ログハウス
ホタルの里エリアに到着した俺は、ここでも、一応燈梨を車の中に残して周囲を見回った。
ここには、燈梨達が数日間に一度来たそうなので、大丈夫だとは思うのだが、念のためもう一度見回って危険が無いかを確認した。
それが終わると、降りてきた燈梨に、虫よけスプレーを吹いてから、最初に川の中を目視確認した。
この川の中は基本は澄んだ水なのだが、たまに、どこから飛んできたのかゴミが入っていたり、動物の死骸が沈んでいたりすることがあるので、そういったものがあれば除去する。
今日は、そういった物は無かった。
次に、川沿いに生い茂る草を確認する。ヘビや蜂の巣などが確認された場合は、同じく除去する。
本当は、ここも手付かずにするのが良いのだろうが、そんな事をしてしまうと、人間が近寄れなくなってしまうので見てみたが、ここも特に問題なし。
そして、道沿いの雑草をむしり、プレハブ小屋の窓を開け放って風を通す。
このプレハブ小屋は、作業中や、蛍を見に来た際の休憩や、雨宿り、更には帰れない状況に陥った際の臨時宿泊施設も兼ねているため、エアコンや冷蔵庫、カセットコンロなどもある。
棚の中にある非常食のカップ麺と、冷蔵庫内の飲み物の期限と、カセットコンロのボンベのチェックも一緒にやった。カップ麺が危ないため、明日にでも新しいものと入れ替えの必要ありだな……と、思っていると
「コンさん、私にもできる事、ある?」
と、燈梨が訊いてきたので
「じゃあ、モップと雑巾があるから小屋の掃除して貰えるか?俺は外の作業してるから」
と、言うと、俺は外に出て小屋の外の埃払いや、蜘蛛の巣取りをやった。
夏場は、やってもすぐに蜘蛛の巣が張るのだが、だからと言って放っておくことができないのが俺の性分なので、しっかりやる。これは、師匠も同じだった。
それは当然だ。何故なら、俺の性分は師匠に叩き込まれたものだからだ。
外観が終わりに差し掛かった頃、窓から燈梨が顔を出し
「終わったよ」
と、言うので、次にやかんに水を入れてお湯を沸かしてもらい、その間に、気になる雑草を刈ってこのエリアの気になるところの作業はすべて終了となった。
「コンさん、お湯沸いたよ」
と、燈梨が言うので、俺はプレハブ小屋に戻り、期限の近いカップ麺を2つ出して
「味気なくて悪いけど、昼にしよう」
と、言うと、燈梨はニコッとして
「ホントだね……って嘘、お腹減ってるし、ここの場所で食べるなら、きっと美味しいよ」
燈梨とプレハブの中にあるテーブルを囲んでカップ麺を食べた。
避暑地とは言え、真夏の山で食べるのには辛いものがあったが、外の眺めも良く、腹も適度に減っていたので、心なしかいつもより美味く感じた。
「本当だな、美味いな」
と、言うと、燈梨が
「でしょ!外の景色も良いし、それに、カップ麺って大体1人で食べることが多いけど、今日はコンさんと一緒に食べてるからってのもあって……」
と、言いかかったかと思うと、急に下を向いて
「やっぱ、なんでもない」
と、言って、それきり黙って食べ出した。
昼食を終えると、燈梨と周辺を散歩した。
次に、プレハブに隣接する倉庫を開けてみると、様々な長さに切り出した丸太が何本かと、焼き入れをしたベニヤが置かれていた。
「どうやら、師匠はプレハブの外観をログハウス風にしようとしていたんだな」
俺が言うと、燈梨は
「そだね。あの場所にあるにしては、味気ない外観だもんね。雰囲気は出るよね。やってみようよ」
と、言うので
「分かった。ただ、今日は時間が足らないから無理だな。今回の休みのうちに取り掛かろう。燈梨も手伝うんだぞ」
と、言うと
「うん!」
と、喜んで返事をした。
プレハブまで戻ってくると、今度はダットサンに乗って野戦エリアを見回った。
野戦エリアというくらいなので、正直、あまり手を加えてはいないが、道が通れなくなると困るので、そこだけはしっかりとチェックしたが、問題は無かった。
最後は、師匠が作ったヒルクライムのエリアだが、登る前に
「ここは非常に怖いエリアだ。激しく揺れる乗り物がダメなら降りておくことを勧めるぞ」
と、言ったが、大丈夫だから行けと言うので、ダットサンのトランスファーを『4L』にすると、勢いよくではあるが、しっかりと急斜面を登っていった。
燈梨を見ると、ハンドグリップに必死に掴まりながら、必死の形相になっているのが見えた。
だから言わないこっちゃない……と、思っていたが、次の瞬間
「コンさん、これ、面白いよ!こんな急斜面を車が上がって行くなんて。そして、この背中がシートに押し付けられる感覚。マジでいいよ」
等と突拍子も無いことを言い始めた。
大抵、初めての人間を乗せて、この傾斜を登ると、ほとんどが怖いから止めろ……と、わめくか
、顔が引きつったまま、酷い人は気絶してしまうか、なので、これを嬉々として受け止める燈梨に、俺はちょっと面食らうと同時に、初めての経験に少し戸惑ってしまった。
結果、コース上の幾つかの枝が危ないと判断し、頂上に車を止めて歩いて下り、伐採してから戻って、再度登ったが、その際も燈梨は嬉々としていた。
そういえば、さっき麓でハチロクを振り回していた際も、喜んでいたので、元々燈梨には、ジェットコースターとか、乗り物でのそういったアクロバティックな動きが楽しく感じる素養があったのかもしれないな……と、思えてきた。
予定より少し時間が余ったため、さっき倉庫で見つけたベニヤを当てがってみると、やはりプレハブの外壁の寸法とピタリ一致した。
師匠は、完全に施工するつもりで切り出しを終え、準備は完了していたようで、板の裏側にはナンバリングもされていたので、舞韻や沙織を連れて来て、やる気になれば半日で終われるな……と、思った。
夕方になり、夕陽に染まる景色を眺めていた燈梨は、素直に感動して言葉を失っていた。
傍らで、出発準備を終えた俺は、燈梨がこの景色に満足するまで、その燈梨の様子を眺めていた。彼女の今までは、あまりにも色々なことがあり過ぎた。それも、辛い体験ばかりが。
なので、それが少しでも癒せるなら、この景色くらい好きなだけ見させてやりたいし、燈梨には、今までが薄幸で、失うばかりだったので、これからの人生は、もっともっと楽しんで、喜んで、感動して、笑顔になって欲しい。今までの薄幸分を消し去ってしまえるほどの、幸せと喜びをその手に掴ませてやりたいと思うのだ。
そんな事を思いながら、俺はそのために何ができるんだろうと、思っているところに燈梨が向き直ると
「コンさん、私、コンさんに話しておきたい……と、いうか、お願いがあります」
と、言い出した。
燈梨の表情は、とても真剣で、これが単純なお願い事や、おねだりでは無いことを物語っている。
語尾が敬語であることからも、恐らく何かしらの覚悟が必要な話だろう。
俺は、息をのむと、燈梨の次の言葉を待った。
どうしてだろう、訊く俺の方が物凄く緊張して、鼓動が脳にまで響き渡るほど聞こえてきた。
燈梨が、俺のことを『コンさんは強いね』と言うが、そんなことは無い。
俺は、燈梨が次に発する言葉が怖くて、一瞬の時間が永遠に思えるほどなのだ。
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