山と赤
翌日、朝食後に、唯花たちの軍団は帰って行った。
もう少しゆっくりしていけば、と言ったのだが、みんな今日はバイトがあるために帰らなければいけないそうだ。
沙織は、以前の同僚に会ってくるというので、燈梨のS14を借りて出かけて行った。
俺は、師匠の山へと出かけるべく準備をしていた。普段は山の管理を任せている人間がいるのだが、この時期は休んでいるので、俺が修繕と管理をする必要があるためだ。
夏の山は放っておくと、あっという間に荒れてしまう。そうなると、または入れるようになるまでに、相当手を入れなくてはならなくなる。
特に、この山は師匠がこだわって整備し、野戦ができるエリアと、オフロードのヒルクライムができるエリア、更には大自然を満喫できるエリアなどに作ったため、それをむざむざ無にするのは忍びないのだ。
準備を終えて出ようとすると、燈梨が声をかけてきた。
「コンさん、出かけるの?」
「ああ。師匠の山にな」
と、言うと
「じゃぁ、私も行くよ」
と、言うので、俺は
「遊びで行くんじゃないぞ。山を整備しに行くんだ。重労働だぞ」
と、言うと、燈梨は
「いいよ、私も手伝うよ。初日に、私も入ったしね」
と、言うので、俺は、作業着の上と、タオル、そして麦藁帽を探してきて渡してやると、燈梨を連れてガレージにあるダットサンに乗り込んだ。
杏優によって持ち出されたのだが、元々はこの別荘で使うために師匠が新車購入して、常に別荘に置いていたのだ。
あの事件の後、舞韻の車が修理に出ている間の足や、沙織の足として使われていたが、舞韻の車の修理も完了したので、この機会にこちらへと持って帰ってきたのだ。
燈梨は、助手席側のグリップに掴まり
「よいしょっと!」
と、言いながら助手席に乗り込んだ。
サファリに関してもだが、燈梨はどうもこの手の車への乗降が苦手なようだ。
車を走らせてると、燈梨は、えへへ、と笑いながら
「なんか、この車見てると、昨日のDVD思い出しちゃうね」
「昨日のか?」
「うん。こういうトラックを水陸両用車にして、池や海を渡ってさ」
「ああ、あれか、ちなみにドーバーを渡った方と車種は一緒だぞ。こっちの方が1つ新しい型だ」
「えっ!?そうなの?……でも、そう言われると、何となく納得するかも。なんか力強い感じとかさ」
等と話しているうちに山の入口に到着した。
ゲートのリーダーにカードを通して中に入ると、またゲートを閉じた。
すると、燈梨が訊いてきた。
「なんで、そんなに厳重なの?」
「昔は、オープンにしていたんだが、すると、粗大ごみを捨てたり、勝手に焚火をしたり、オフロードバイクや4駆で踏み荒らしたりする輩が後を絶たなくてな。師匠が設置したんだ」
師匠に訊いた話だが、それに対応して普通の柵や、ゲートを作ったところ、平気で壊して入って来る者が後を絶たずに、遂に師匠の怒りの導火線に着火してしまい、ジムニーと、バイクを数台狙撃したり、ランドクルーザーを地雷で吹き飛ばしたりしたそうだ。
さすがに師匠も、ドライバーやライダーに弾を撃ち込んだり、対戦車地雷を使ったりはしなかったそうだが、それでもその手の輩が湧いてくるために設置したとのことだ。
師匠は、決してその手の者が嫌いではなく、わざわざ師匠を訪ねて、酒の1本でも手土産にお願いしますと頼んでくるようなグループには快く使わせていたし、ヒルクライムのコースが作ってあるのも、そういう人たちが楽しめるようにとの、師匠なりの計らいなのだ。
「ちなみに、ドリフトやスピンターンの練習ができるエリアもあるぞ」
と、燈梨に言うと
「マジ!?」
と、ちょと目を輝かせて言った。
「ああ。恐らく、唯花や風子たちは知らないんじゃないかな?」
と、言うと、山道を少し上がった先にある分かれ道を、左に進んだ。
しばらく行くと、広場に出た。昔は、池があったそうだが、悪臭と害虫、更には不法投棄の山が凄かったために、師匠が思い切って撤去と共に池を埋め立てて広場にしたのだ。
最初は野球場にでもしようかと思ったが、こんな山まで誰もやりに来ない事、俺が日本に帰ってきて大学の自動車部に所属していたことから、未舗装のジムカーナ場に作り替えたのだ。
広場の隅にある倉庫の前にダットサンを止めると、俺だけ降りて周囲をぐるっと見回った。
誰かが潜んで狙撃してくる心配ではなく、猪や、蜂の巣などが無いかを確認したのだ。
何もないのを確認した俺は、助手席側のドアを開けて燈梨の手を取って降ろしてやった。
小屋の鍵を開けて、扉を開けると、そこには埃を被った赤いボディの車があった。
ここでの練習用に師匠が置いておいたものだ。自分の車でもできるが、石が跳ねて傷になってしまうので、思いっきりできるようにと用意したのだ。
「この車、なんていうの?」
燈梨は、ガラスの埃を手で拭って中を覗き込みながら訊いた。
「トヨタカローラレビン、AE86型。世に言うハチロクだな」
俺が答えると、ちょっと明るい表情になって言った。
「ああ、なんか昔、アニメとかで訊いたことがある。ハチロクっていう名前の車、型式のことだったんだね」
俺は、倉庫の中にある水道で濡らした雑巾で、窓を軽く拭いてやると、棚から鍵を取り出してハチロクのドアを開け、キーを捻ってみると、弱々しいながらもエンジンがかかった。
取り敢えず、バッテリーと燃料は大丈夫のようだ。
助手席のドアロックを開けると、ドアを開けて燈梨に
「ちょっと乗りなよ」
と、言って乗り込んだ燈梨と共に、ハチロクで広場をドリフト状態で1周した。
燈梨は、ハンドグリップに掴まりながらも、キャーキャー言って喜んでいた。
それを見た俺は、更に5周くらい回り続けてみて、今度は8の字を描くようにくるくると回り始めると、燈梨は一瞬ビックリしたような表情になりながらも、すぐにまた喜んで
「車って面白いね」
と、しみじみ言った。
俺は、もっと回して遊ぼうか、と思ったが、今日の主目的を思い出して、倉庫の中からトンボを出すとハチロクの後部に取り付けて走り出し、広場の隅から隅までトンボ掛けをした。
「まぁ、こんな所だ。今日は山の整備があるから、また、明日にでも遊びに来ような」
と、ハチロクを運転しながら言うと、燈梨はニッコリとして
「うん」
と、言った。
ハチロクを元通り倉庫にしまうと、燃料の残りだけをしっかりチェックし、再びダットサンに2人で乗り込むと、山の頂を目指して走り出した。
「あのハチロク、洗わないとね。埃の上からコンさんが泥もつけちゃったからね」
「そうだな」
俺は、話しながら、次に頂上近くのホタルの里エリアを目指していた。
唯花たちは、いつも、ここに来ていることは知っていたし、師匠も、ここが気に入っていたので、最も整備が必要なエリアだった。
この山は、師匠があちこち切り拓いて、色々なアトラクション的なエリアを作ってはいるが、メインはこのホタルの里だ。
師匠は元々、ゲリラ戦の訓練をするために、この山を買ったのだが、このエリアを作ってからは、メインがそちらの整備になってしまい、本来のゲリラ戦の訓練にはあまり使っていなかったと訊いている。
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