企みとワイン
久しぶりのフォックス視点でのお話です。
忘れているかもしれませんが、主人公はフォックスです(笑)。
シアタールームで、DVDを見終わり、ワインもすっかり空いたのでお開きとした。
燈梨と、沙織の子分たちの女子は、そのまま風呂に行かせたのだが、そのうちの2人から呼び止められた。
「フォックスさん、ちょっと」
この娘は、唯花という名前だ。
沙織曰く、高校生の頃は、いじめグループの実行部隊だった娘で、頭の回転が速く、その場の空気を読むことに長けているが、芯はしっかりしているとのことだ。
見た目は一番チャラく見えるが、俺も、以前からその分析は正しいと思っていた。そして、いつもニヤニヤしているように見えて、目つきが鋭いことも、俺が以前から見逃していないポイントだった。
もう1人の娘は、美咲という娘だ。
この娘は、高校生の頃、その他の4人のグループからいじめられ、クラスから孤立させられ、物を隠されたり、囲まれて圧をかけられたりした娘だが、沙織の助けで、その後すっかり5人は仲良くなったとの経歴を持っている。
この娘は、おっとりしていて、優しそうな印象を受けるのだが、その印象とは違った策士の雰囲気を発している。
「なんだろう?」
「今はちょっと……さ、続きはもう少し人が少なくなってからで良いかな?」
唯花は、声を低くしつつ、チラッと階段を上がる一団を見た。
その視線の先に燈梨の姿があり、俺は、彼女の狙いが分かった。
きっと燈梨のことについて話があるのだ。
俺は、舞韻に見張りを頼み、舞韻は沙織に頼み、地下室から人を遠ざけた。
「さて、始めようか?」
俺は言うと、唯花と美咲は互いを見ると、唯花が頷いて話した。
「燈梨のことなんだけど……率直に、今後のことをどうしようって思ってる?」
俺は、まさに数日前に舞韻と話し合ったことが、ここでも出てきたことに驚いたが
「そろそろ学生に戻る頃合いだと思ってる。ここを逃すと2留になる。あとは、本人の意向次第だけど」
と、答えると、唯花は即座に答えた。
「なーんだ、そこまで考えてたんだ。ウチらもそこを心配して、燈梨本人に訊いてみたのさ。そしたら、やっぱり高校生には戻りたいって希望はあるみたい」
「ただ、俺の考えとしては、向こうに帰って学校に行くというのは反対だ。恐らく、燈梨がダメになってしまう」
俺は率直に言うと、唯花はニヤッとして言った。
「それは、ウチらも一緒。燈梨を問い詰めたら『家に帰って、学校に戻る』みたいなこと言いかけたから、ウチらで、燈梨の本当の気持ちを訊いたら、『家に帰りたくは無いけど、学校に行くためには戻らないと』みたいなことを言ってたからさ」
「そうなのか。……しかし、色々ありがとう」
俺はため息交じりにそう言った。
正直、この件に関しては、そのうち、燈梨を問いただす必要があると思っていたのだが、彼女たちも同じ事を考えていて、行動に移してくれていたのだ。
彼女たちにとっても、燈梨は大切な存在なんだということがよく分かるし、そういう存在の人間がいることを俺は嬉しく思った。
今までの燈梨は、そういう存在に飢えていたのだ。自分の事を考え、心配し、手を差し伸べてくれる存在。そして、言いづらいこともしっかりと言ってくれて、自分のことを導いてくれる。
そういう人間がいて、初めて燈梨の心の傷は癒されていくのだと思う。表面的な心配や、金銭の援助ではなくそういう存在が……だ。
そこで、唯花が訊いてきた。
「で、フォックスさんは、今後の燈梨をどうするつもり?」
「俺は、燈梨に別人ではなく『鷹宮燈梨』として、生きて欲しいと思っているし、これから、その方向性で色々と動いていこうと思ってる。ただ、学校については、転校させるとして、俺の元からにするのか、他の土地で、とするのか、最終的に本人の意向を確認したいと思ってる」
と、言うと、唯花は更に訊いてきた。
「他の土地って?具体的には何処かあるの?」
「本人が希望するなら、その希望を最大限叶えてやりたいし、なければ、例えばここからとか……かな」
俺がそう答えると、唯花は目を丸くして言った。
「さすがだね。プロは違うなぁ……。ウチらは、フォックスさんは、何にも考えてないのかと思って心配してたんだけど、そこまでの答えがあったんだね。ちなみに、燈梨には、そこまでの明確なビジョンは無いみたいだよ」
「燈梨に免許を取らせたのも、車を買ったのも、1つは楽しみとしてなんだが、もう1つはその布石でもある。他の土地に1人で移った時に、困らないためにな」
と、俺が言うと、唯花はニヤッとした顔になり、言った。
「素直じゃないねぇ……」
「なんの話だ?」
「1人で……なんて、行かせるつもりないから、車渡したんでしょ?」
俺が黙っていると、唯花は突っ込んだ。
「車があれば、車を手掛かりに探すことは容易だし、税金の時に、何としても本人と連絡とるでしょ?車検受けられないから。フォックスさんは、燈梨が1人でどこかに行っても、見守りたいんだよね」
以前から思っていたが、唯花という娘は、分析力も、観察力も並外れていると思う。
さっきから言ってくることが、全てまとの真ん中を突いてくるのだ。チャラくて、頭の中身がなさそうに見える外観や、言動とは裏腹に、分析して話してくることにキレがある。
正直、俺は頭の切れる人間と話すのは、好きであるし、楽しくもある。
適度に緊張感があるし、こちらも、相手を分析をしようと五感をフル回転させるその感覚が、たまらなく楽しいし、ドキドキもするが、ワクワクもする。
「フォックスさんは、燈梨を見捨てたりしないだろうし、遠い場所から見守ったりなんてできない。……そうでしょ?」
また、鋭いカミソリのような言葉が、俺の胸をスパッと抉ってきた。
唯花。侮れない娘だ。
すると、今まで黙っていた美咲が
「ユイ、私たちの目的は、フォックスさんが、燈梨ちゃんの学校の件をどう考えてるかを確認することで、フォックスさんが燈梨ちゃんをどう思ってるか、じゃないでしょ!」
と、唯花をいさめてきた。
この美咲という娘も、おっとりとした印象とは裏腹に鋭くて、頭が切れるタイプだ。
しかし、唯花がちょっと無遠慮で、感情にストレートなのに対して、美咲は、あくまでフラットを装っていながら、その奥で冷静にしっかりと分析しているタイプなのだ。
俺は、この2人になら、俺の企みを話しても大丈夫だと判断したため、ハーフボトルの白ワインを出すと2人に注ぎながら
「このことは、唯花と美咲の2人の中に留めておいて欲しい。他の3人には特に他言無用でな!」
と、言うと、2人は目を丸くして固まっていたが、黙って頷いた。
脅かし過ぎたかもしれないが、このことは、燈梨に耳に事前には入って欲しくない事なのだ。
そのために、今段階では、俺と舞韻、沙織しか知らない話なのだ。今の燈梨が知ったら、きっと傷ついて、そのこと自体を阻止しようとしてくるだろう。
なので、他のメンバーには知らせて欲しくないのだ。不意に口を滑らせて、燈梨の耳に入ってしまわないように……だ。
長い話を訊いた2人は、当初こそはビックリしていたが、話を訊き終わる頃には、全てを悟ってニッコリとして
「さーすが、フォックスさんだね。燈梨の将来のことまで考えて、そこまでやるなんて」
「きっと、燈梨ちゃんはビックリして、誤解するかもしれないから、その時は、私たちでフォローしますね」
と、言ってくれた。
さすが、俺の見立て通り、この2人は相当に頭が切れる。
俺は、頭の切れる人間と話すのが、やはり好きだ。
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