夜と囁き
夕飯を食べると、残ったワインと、おつまみを持って、地下へと移動した。
地下のシアタールームで、DVDでも見ようという話になったので、みんなで見た。
総勢9人となったが、シアタールームは結構広く、15人くらいまでならゆったりできる作りだった。
最初に見たDVDは、車でサッカーをするとか、実車に目隠しした人間が乗り込み、無線指示でラジコンをする……といった、かなりおバカ要素の高い事をマジでやっているというお笑い系の企画で、私は、みんなと共にウケまくっていた。
特に、みんなはお酒が入っていたこともあって、テンションがメチャクチャに高くて、ドッカンドッカンと笑いが起こりまくっていた。
そして、車って案外丈夫なんだなと、いう印象を受けた。かなりメチャクチャになっても走り続ける姿に、たくましさと共に、ちょっと胸の痛むような思いも出てきた。……きっと、私自身が車を持たなければ、芽生えない思いだったのかもしれないと、後になって思えてきた。
次に、コンさんが選んだのは、海外の番組のDVDだった。
内容はさっきのと似たものだったが、スケールが違っていて、1000馬力のスーパーカーと、飛行機で対決するとか、ワンボックスカーの屋根を切ってオープンカーにして、サファリパークに行くとか、車でスキージャンプに挑戦とか、自作水陸両用車を作る……とか、ただおバカなのではなく、突拍子も無いことを、真面目にやっている感が面白かった。
特に印象深かったのが、水陸両用車の企画で、第一弾では、池を渡るという課題にチャレンジして、転覆して失敗したものの、第二弾では、その状態から、車を変えてドーバー海峡の横断にチャレンジして見事成功する……と、いう、発想はやはりおバカ系ながらも、最後には感動してしまうかも……という話で、笑えると同時に、車の可能性を見せてくれる意味で興味深いものだった。
それを、あの迫力の大画面と、お腹まで響くような音響設備で見ると、その臨場感は半端なく、その場で、私も一緒におバカな企画に参加しているかのような錯覚を受けてしまうような感じだった。
DVD鑑賞会が終わると、みんながそれぞれに1階へと上がって行き、お風呂に入ったのだが、コンさんと、唯花さん、ミサキさんが地下へと残って、何か話しこんでいたのが見えた。
お風呂から上がり、私はみんなと一緒に昨日まで同様、師匠の寝室で寝た。
コンさんは、狭くなるのと、男が混ざって寝るのはよろしくないと、言って、2階の寝室で寝てしまった。
「楽しかったね」
隣に寝ているミサキさんが言った。
「なんか、色々あったのに、あっという間だったな……」
「楽しい時間ってのはあっという間に感じられるものだよ」
私は、しみじみそう思った。本当に、この3日間は楽しく、色々なことがあったが、本当にあっという間だった。なんか、それを思うと勿体ない時間を過ごしていたのか、とか、もっと色々な事をしたかったと、思ってしまう。
すると、ミサキさんは
「その短いと思える時間の中でも、燈梨ちゃんは、精一杯色々な事を楽しんだの。だから感じられる短さなんだよ」
と、言うと、続けて囁いた。
「でも、夏は短いようで長いから、もっと色々な事を楽しめると思うよ。だから、精一杯楽しもう」
「うん」
私は、素直に頷いた。
ミサキさんは、
「そして、夏が終わったら、再出発……しよ」
「うん」
私は、またも素直に頷いた。
そうだ、私は、この旅の最初に、あの山でみんなと決めたのだ。
再出発して、高校生へと戻ることを。
夏が終わり、秋が過ぎると、私が、この旅を始めてから、季節が一巡する。
高校生に戻るには、最後のチャンスだろう。
ただ、具体的な事は何も考えていない。まだ、どうするかを決めていない。
しかし、私の気持ちは、今回の旅でハッキリした。
それが決まった事が大きな前進だと思える。
私は、みんなに、隠していた自分の気持ちを遂に告白した。
私は、高校生であることから逃げ出しながらも、戻ることを望んでいたのだ。
ただ、あの生活には戻りたくない。
家にいても、学校にいても、1人ぼっちで、自分を殺して隠者のように過ごしてきた。いや、そう過ごすことを強いられてきたあの生活と、あの学生生活には。
その思いの狭間で揺れ動いていた私の気持ちが、あの出来事をきっかけに爆発して、唯一の拠り所としていた“高校生である私”を捨てさせたのだ。
みんなは、それを、それぞれのアプローチで、私にその拠り所を思い出させてくれたのだ。そして、それを取り戻す最後のチャンスである今、私の背中を押してくれているのだ。
私は、その期待に応え、最後のチャンスをものにしたいと思うが、何故か、少し怖い。
それは、新しい生活の中で周囲に、過去の事を知られてしまうかもしれない、ということではない。
学生生活に戻るのに必要な、何か重要な物を欠いていて、それを手に入れなければきっと後悔してしまうということだ。
しかし、今の私には、それが何だかは分からない。ただ、残された時間の中で、それを見つけなければいけないということだけは分かった。
すると、逆サイドに寝ていた唯花さんが
「燈梨、時間は無いように見えて、まだたっぷりあるからね。この夏を、ゆっくり楽しんで、たっぷり遊べば、きっと何かが見つかるから、焦らなくていいよ。大事な事だから、もう1度言うよ。時間は、まだたっぷりあるんだからね」
と、ミサキさんと同じトーンで囁いた。
すると、どこからか
「燈梨ちゃんは、大事な事に気がついて決意した。それだけあれば、ウチら、みんなでサポートするからさ。ウチらは、そばにいられないかもしれないけどさ、燈梨ちゃんの味方だし、友達だよ。だから、気を大きく持ってね」
と、言う声が聞こえてきた。声から、朋美さんであることは分かった。
すると、今度は違う方向から
「燈梨ちゃん。もし、分からなかったり、心が折れそうになったりしたら、私のところに頼って来て良いからね。コイツらと違って、私は、燈梨ちゃんの近くに住んでるからさ」
と、声が聞こえてきた。この声は、桃華さんだろう。
すると
「桃華はインチキ東京人だからなー」
と、言うフー子さんの声と
「そうだね。桃華はイジメと、気に入らない奴の心を折ることに関しては、得意分野だからね。頼っても良いかなー」
と、言う唯花さんの声が聞こえてきた。
「ぷーこ、ユイ、あんたらマジムカつくわ。高校生の頃、私の下僕だったくせに超生意気なんですけどー!」
と、桃華さんが2人のヤジに噛みついてきた。
「なんだよー!車買ったこと隠して、こっそり電車で帰省してたくせにー!」
「私は、お前の下僕だった覚えはないぞー!まったくさ、今回だって、私が手配してやらなきゃ、必要なものすらついてない、脳足りんみたいな車に乗ってたくせに!」
と、反論されて、プライドをへし折られた桃華さんは
「あ、あんたらねぇ……」
と、言いかかったところを
「3人共、いい加減にしようね。今は、あんたらの喧嘩じゃなくて、燈梨ちゃんの、これからの話なんだからさ!」
と、朋美さんが怖い声で言うと、その場は静まり返った。
やはり、この5人にはそれぞれ役割はあるんだなと、納得した。暴走したメンバーが出た時に、それをいさめる役目は、朋美さんが担っているんだと、改めて分かった。
そして、昨日、河原で朋美さんが言っていた
『無理に何処かを狙って入って行く必要はないわよ。そのうちに、川にある石みたいに、自然と自分にハマるポジションに形作られていくから、今は、何も考えずに、みんなの中に飛び込んで来て』
と、いう言葉を改めて思い出して、大事な何かのヒントを見つけたような気分になりながら、納得したまま眠りについた。
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