鰻と地下2階
今回は、遅れていたフォックスと舞韻が登場します。
夕方に別荘に戻ると、エントランスにはコンさんのシルビアが止まっていた。
解体所を出発する際に、買い物に寄ろうと思ったのだが、そのことを話した際に沙織さんが
「夕飯の支度は大丈夫よ」
と、言っていたのには、こういう訳があったようだ。
恐らく、沙織さんのところには、コンさんか舞韻さんから連絡があったのだろう。
なんで、私のところではないのか?と、以前の私なら思っただろうが、こういう時のコンさんには、サプライズ的な趣向で、私を驚かせたいという意図があるためだと分かっているので、私は素直に乗って、驚き、楽しめばいいのだ。それが一番コンさん達を喜ばせることになるのだ。
私が、自分の車を自然にコンさんの車の脇に止めると
「S13とS14が並んで止まっているのは、映えるね~」
と、唯花さんが言ったのを皮切りに、みんながコンさんのシルビアを囲んで見始めた。
「13はQ'sかー」
朋美さんが言ったので、私は
「でも、軽いからなのか、結構速いですよ」
と、言うと
「そうなんだ。実は私ら、この車見るの初めてなんだ」
と、言われて私は驚いた。
朋美さんの話では、コンさんとは、10回以上は会ったことがある顔見知りなのだが、いつも乗ってくるのはサファリで、シルビアに乗っているという話は、訊いたことはあっても、実物を見るのは初めてだそうだ。
その様子を見ていた沙織さんが
「燈梨。フォックスから鍵借りてきて。あの娘らだって言えば、すぐ貸してくれるから」
と、耳打ちしたので、私は別荘の中に入った。
コンさんは、キッチンにおり、みんなの話をするまでもなく、快く貸してくれた。
「なんだったら、その辺一回りして貰ってきても良いからな」
と、言われて、私はみんなのところに戻った。
みんなはボンネットを開けて、エンジンルームを見た。
すると朋美さんが、納得した様子で
「燈梨ちゃんが速いって言うのも納得するかな。よく見ると、結構手が入ってるもん」
と、言った。そして
「それでいて、過激にパワーに走ることなく、長く乗れるように、考えて作ってあるね」
と、羨望の表情で満足そうに続けた。
他のみんなは、室内やエンジンルームを覗いたりしていて、運転席にいた唯花さんが、エンジンをかけて空吹かしをしながら
「ハチロクみたいに回転数で稼ぐタイプじゃなくて、中低速でのトルク型っぽいね」
と、言うと、フー子さんが
「そりゃあね。SRは回し過ぎるとロッカーアームがぶっ飛ぶからね」
等と、色々分析し合って盛り上がっていた。
しばらくみんなで盛り上がった後、舞韻さんが呼びに来て、みんなで室内に入った。
みんなは、夕飯まであるとは思っていなかったようで驚いていたが、コンさん達はしっかりと用意しており、地元牛のステーキと、地元産のウナギを使った豪勢なメニューを用意していた。
私は、この手の込んだメニューと、食材を見て訊いた。
「コンさん達、いつから来てたの?」
「燈梨達がここを出た直後だと思うぞ、洗った皿の水が切れてなかったからな」
「……でも」
「燈梨が、1回戻ってくるとは思わなかったからな、あの時は本当に思ったぞ“焦らすぅ~”ってな。あの時、室内に入ってきたらアウトだったんだけど、車取りに来ただけみたいだったから、安心したよ」
私は、コンさんをジト目で見ると、ポカポカとコンさんを叩きながら言った。
「コンさんのバカー!なんで、いつも黙って早く来るのさー」
「スマンスマン!食材の調達とかあるから、早くなっちゃうのは仕方ないんだ。そして、そういう風なメニューだって言うと、燈梨は自分も手伝う。とか言い出すだろ。折角みんなと遊びに行ってるんだから、家事の事は忘れていて良いんだ」
「でも……」
と、言ってから、ふと気がついて周りを見ると、みんなが私たちの方を見てニヤニヤしていた。
唯花さんが
「いやー、私たちのことは気にせずに続けて、続けて」
と、言ったのを合図に、ミサキさんが
「燈梨ちゃん、息ピッタリって感じで、良かったよ~」
朋美さんが
「燈梨ちゃん。私たちとも、このくらいの間合いでの掛け合いが欲しいかなあ」
と、言うとフー子さんが
「燈梨ー、夫婦の会話みたいで良かったぞー」
と、言った。私は、それを訊いて一気に恥ずかしくなって真っ赤になり、下を向いてしまった。
すると、沙織さんが
「あんたたち、くだらないこと言ってないで、さっさと準備する!」
と、言ってみんなを押し出すと、それぞれ準備を始めた。
準備が終わって、それぞれが席に着こうとした頃、コンさんは、フー子さんと話していて
「ええーー!今日帰りなの?」
と、素っ頓狂な声で言った。
「え!?何か問題でも?」
と、フー子さんが返すと
「いや、せっかくだと思ったから、下からとっておきのやつ2~3持ってきてたのに……」
と、残念そうな表情で言うと、冷蔵庫の中からワインの瓶を取り出した。
それを見た朋美さんが
「いえ、大丈夫です。やりましょう」
と、目の色を変えて言うと、コンさんは
「いや、ダメでしょ。みんな車だし、またの機会にして……」
と、切り返すと、今度はミサキさんが出てきて
「いえ、泊まります。ねえ、みんな?」
と、みんなの方を向きながら言うと、桃華さん以外が全員頷いた。
コンさんは
「女の子が、家族にも聞かずにそんな事を勝手に決めちゃダメでしょ。親御さんが心配するよ」
と、言うと、ミサキさんは、目の前で携帯を取り出すと、電話をかけて
「もしもし、私。実は、オリオリの別荘に、もう一晩、みんなと一緒に泊まりたいんだけど、良いでしょ?」
と、言うとニヤリとして通話を終了し
「親の了解取れました」
と、言うと、他のみんなはメッセージアプリで同じように了解を取り、1泊の延長が決定した。
唯一、桃華さんだけは
「私は、別にワインくらいで釣られたりしないから」
と、言っていたが、ミサキさんから
「あ、そう。じゃあ桃華は帰るって~。夕飯始まると、みんな飲んじゃうから、桃華は夕飯もなしで良いでしょ」
と、言われ、ミサキさんは桃華さんを送ろうと、席を立って準備しようとすると
「待って!……分かったわよ」
と、言うと、家に連絡をしていた。
夕飯は、とても美味しかった。
どちらも地元食材なので、新鮮さもさることながら、脂の乗った身から出る、じゅわっとした食感が、たまらなく、美味しさを倍増させていると思った。
その夕飯の席で、コンさんから
「燈梨、訊いたんだが、S14の部品取り車の件な」
と、言われ、私は思わず
「コンさん、ゴメン。私から話さなきゃ……と、思ってたんだけど。出来れば、どこかに置かせてください」
と、勢い任せにお願いしてしまった。
すると、コンさんは、満足そうな笑顔を浮かべて言った。
「いいよ」
「えっ!?」
「だから、いいよ。置いて、場所は、ここの方が近いし、いいだろう」
「でも、この別荘のガレージを塞いじゃうし……」
と、私が困惑すると、コンさんが苦笑しながら
「なんだ、燈梨は必死にいらない方向に話を進めたいように聞こえるぞ。いいよ、ガレージじゃなくても、地下2階にも車が入れる場所があるし、そこに置いておけば」
と、言うと、唯花さんが
「そうだぞ!燈梨、せっかく自分でお願いしてOK出たのに、自分で断る方向に持ち込んでどうするんだ!」
と、言ってみんなが笑いに包まれた。
よく考えてみると、舞韻さんを含めたこちら側の全員と、桃華さんを含めた地元メンバーが揃っているのを見るのは、私にとっては初めてだったのだが、後で訊いたところによると、どうやら、桃華さんと、コンさん、舞韻さんは初対面だったそうだ。
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