宇宙船
1時間が経過し、終了となった時、ラパンはバラバラになっていた。
唯花さんが、最も拘っていて、そして、最も苦戦していたのがマフラーを外す作業だった。
このラパンには、私が見ても社外品だと分かるほど、ごついマフラーが付いていて、最初に唯花さんが見た時から
「あれは頂きだねぇ」
と、言っていたのだが、床下に回ってみて、それが簡単にいかない事が分かった。
床下を見た唯花さんが、私に
「ほら、これが、この車が廃車になった理由だろうね」
と、言って、床下のある部分をレンチで“コンコン”と、叩くと、その部分がバラバラと崩れ落ちた。
床下は、おびただしい数の錆に覆われていた。一部が透けていて、床の隙間から陽の光がさしている状態だった。
唯花さんが
「この辺って、冬は雪が降るから、融雪剤が道路に撒かれるんだよ。それに含まれる塩カルが、車をサビさせるんだ。車にあんまり関心ない人は、見えるところだけ洗い流して、床を洗う機会がそんなにないから、気がつくと床がこんなになってるんだよね」
と、言って険しい顔になり
「コイツが回るかが問題なんだよねぇ……」
と呟いた先には、マフラーを留めているボルトがあった。……それは、真っ茶色に錆びきっていて、一筋縄ではいかなそうなのが一目瞭然だった。幸い、マフラー自体はステンレスなので、錆びてはいなかったが……。
まず、唯花さんが回して歯が立たず、次に朋美さんが回すが、ビクともしなかった。
唯花さんが
「トモ、何のためにバスケでインターハイ行ったんだよ!」
と、言うと
「少なくとも、ラパンのマフラー外すためじゃないね!」
と、いう掛け合いになってしまっていた。
次に、レンチを延長して回そうとしたが、あまりに固着していて、レンチが曲がりそうになったために中止し、最後は、ミサキさんが
「これしかないか……」
と、携帯用のガスバーナーを取り出してボルトを炙り、フー子さんが渾身の力で延長したレンチを回して、ようやく緩んだ。
ボルトが取れた後も、なかなか外れずに、揺すったり、叩いたり、蹴ったりしてようやく外れたが、最後に蹴りを入れたフー子さんの足の上に落ちてきた。
外した部品の山をまとめていると、さっき唯花さんが声をかけていたおじさんが来て
「ユイちゃんは、いつもながら凄いねぇ……普通、女の子が外す量じゃないよ。こうも豪快に外されると気持ちいいねぇ……全部もってけ!」
と、ニコニコしながら言った。
唯花さんは、戻ってくると、何やら紙を桃華さんに渡した。
それを見た桃華さんは、唯花さんに噛みついた。
「なによ!請求書って?」
「それだけの部品外したんだから当然、タダな訳ないでしょ。私の顔で、これだけのパーツ1万5千円にして貰ったのよ。ちなみに、もう私が立て替えてあるから」
すると、このやりとりを訊いていたフー子さんが
「そうだぞ桃華。これ、全部中古パーツ屋とかで買ったら、軽く10万くらいするぞ!窓のスイッチなんて、探してもドアとセットで……とか、言われちゃうんだからな」
と、援護をすると、桃華さんが言った。
「分かってるよ……みんな、アリガト。助かるよ」
「分かってるなら、感謝の気持ちを形に表してもらいたいもんだねぇ」
と、フー子さんが言うと
「うるさい!『みんな』の中に、ぷーこは含まれてないから」
と、返してきた。
そして、フー子さんが、桃華さんに掴みかかりながら言った。
「この野郎ー!いちいちムカつく桃華だな。あたしが名誉の負傷までしてるってのに、それにあたしは風子だぞ。豚みたいな呼び方するなっての!」
「ぷーこはぷーこでしょうに!昔は喜んでたじゃない!」
「あたしは喜んでなんてないやい!」
そのやりとりを羨ましそうに眺めているのを見ていた朋美さんが
「私と燈梨ちゃんでも、やってみる?」
と、私の脇腹を肘でつつきながら言った。
私がはにかんでいると
「あかりんのくせに、生意気なんだよー!」
と、言ってきたので
「変なあだ名つけるなー!なによ!私のくせにって!」
と、ポカポカ叩きながらじゃれ始ると、唯花さんが
「トモの一大事だ。憎きあかりん星人を倒せ!」
と、軽く体当たりをしてきた。
そして、次に私の両頬を軽くつねりながら
「コラ!参ったって言え!言って自分の星に帰りますと言うんだ!」
と、迫ってきた。
私は、初めてあだ名をつけられたり、意味もなく絡んで来られる展開にとても嬉しくなり言った。
「全っ然、参ってません~!それに、自分の星ってなんだよー!」
「おお!トモ、訊いたか?遂にブリブリ異星、かりん星人だと認めたぞ!」
「このぉ~!ユイカ星人のくせに~!」
と、言ってかかっていくと、数日前のサバゲで使ったモデルガンを突きつけて
「弾丸は入ってるんだ!撃つぞ!かりん星人」
と、凄んできた。
……さすがに至近距離からでは痛いので、両手を上げると
「よ~し!正義は勝ったぞ!このかりん星人を、かりん星行きの宇宙船に乗せてしまおう」
と、朋美さんは言って、私の腕を掴むと、部品を剝ぎ取られたラパンのリアハッチを開けて中に押し込もうとしてきた。
正直、この感覚が私は嬉しかった。こういうくだらないことができる友達がいた経験が皆無だったので、まだまだ続けていたいとは思ったが、ミサキさんの一言で、唯花さんが現実に戻されて終了となった。
「でも、これだけのパーツ、どこに置こうか?」
「それなんだよな!そもそも、誰かが今回車で帰ってくれば良かったのにさ!なに、勿体つけてんだか!」
と、桃華さんの方を見ながら、わざと聞こえるように言った。
すると、フー子さんとじゃれていた桃華さんの動きが止まって
「ゴメン……」
「分かりゃあいいんだけどさー!……取り敢えず、ウチに置いとくよ。爺ちゃんの農機具小屋にでも入れておくわ」
と、言ってから、ふと思い出したように
「そうだ!どのみちすぐに、燈梨と海に行くのに、あっちに行くから、その時に桃華の車に付けちゃおう」
と、言ったので、私は
「ホントに来るんだ……で、いつ?」
と、言うと唯花さんは、掴みかかりながら
「なんだよー!『ホントに来るつもりかよコイツら、冗談を真に受けてマジ頭おかしい』みたいな反応してさ!ウチらは、いつでも準備万端なんだぞ!」
と、言ってから、時計を見てからハッとした表情になり
「まぁ、海の日程は、また夕方以降にするとして……」
と、言うと、続けて
「これからは、燈梨の時間なんだよ」
と、言った。
私は、何が起こったのか分からず、ただただ驚くだけだった。
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