ラパンSS
お昼は、アウトレットモールの中にある、和食屋さんに入った。
地元の県と、周辺3県にしかないチェーンらしく、私は入るのも、見るのも初めてだった。
「ここは、地元食材を使って美味しいから、マジお勧めだよ。それに、スイーツも美味しいの」
と、ミサキさんは、大絶賛だった。
更に、フー子さんが
「しかも、このチェーンさ、唯花と朋美がバイトしてるんだぜ。見ろよあの制服!」
と、店員さんを指差すと、制服は、和服をちょっぴり洋風にアレンジした、大正風の和洋折衷のファッションだった。頭にも大きなリボンが付いていて、ちょっと、制服のファッションでもお客さんを呼びたいのかな……と、いう狙いが見えるものだった。
「おススメは、地元産のステーキか、しゃぶしゃぶ。サラダは、山菜ミックスのシーフード風か、シーザー風、蕎麦ミックスサラダだね」
と、唯花さんが言って、みんながそれぞれに頼んでいった。
私は、気になったので、唯花さんのおススメとは外れるが、『地元鶏のトロットロオムライス』を注文した。
和食屋さんなのに……と、いうところと、唯花さんのおススメとは外れるので、ちょっと躊躇するところがあったが、唯花さんから
「燈梨ぃ~。イイ線ついてくるねぇ。これは、元々まかないから昇格した、知る人ぞ知るメニューなのさ!」
と、言われて、私はちょっと嬉しくなった。
そして、朋美さんは、その間に、人数分の和風パフェと、特製の飲み物をオーダーしていた。その際に、しっかりと、『モール店の、竜崎と池村ですけど』と、いう自己紹介を忘れていないところに、何かこの後のメニューの特別さを感じずにはいられなかった。
とは言え、どうも、その自己紹介が無くても、店の娘達は、唯花さん達の姿を見ただけで、ヒソヒソと話したり、羨望の眼差しを向けていたので、どうやら、朋美さんと唯花さんは、このチェーンのバイトとしてはかなり知られた顔らしい。
昼食はとても美味しかった。
あちこちのお店で、オムライスは結構食べ慣れてきたのだが、ここのオムライスは、トロットロの卵だけでなく、中のチキンライスのチキンも地元産で美味しく、そして、それだけに留まらずに、味にダシが入っていたりして、物凄く工夫を重ねたレシピが、他にない深い美味しさを出しているのだ。
そして、スイーツの和風パフェも美味しかった。
パフェの和風なんて、どんなとんでもないものになるんだろう、と思っていたが、餡と生クリームの絶妙な味の加減が、互いを殺さずに控えめに主張し合って、とても美味しかった。
そして、飲み物が、そのパフェを上手く引き立てつつ、調味に回ってくれて、非常に良かった。飲み物と言っても、正体はお茶だけど、苦みを感じさせずに、スッと飲めるにも関わらず、甘くなった口の中を適度に引き締めてくれる味で、一言『絶妙な味』だという感想だった。
唯花さんと朋美さんに訊くと、この特性のお茶は、お店では出していない特別なブレンドで、従業員の特権的なものらしい。でも、このパフェとの相性は抜群で、メニューにしないのは勿体ないと思えた。
また来たいと、素直に思えるお店だった。
ショッピングモールから、唯花さんのランエボに乗って移動した。
唯花さんのランエボには、唯花さんと私の他には、沙織さんが乗って目的地へと向かっていった。
「凄く美味しかったね。また行きたいな」
私が、感激気味に言うと、唯花さんが
「そうかー。じゃ、今度は、別荘から15分くらいの場所にあるショッピングモールにあるお店に来てよ。そこなら私とトモがバイトしてるから、サービスできるし」
と、ニコニコしながら言った。その表情は心底嬉しいといったものだった。
次の瞬間、唯花さんの表情から笑顔が消えて
「話変わってゴメンだけど、まったく、桃華のやつはさ、今回、ホントに騒がせてくれるよね!高校の時のチクりがばれてるのに嘘ついて謝らなかったり、車買ってたのを隠してたり……とかさ!」
唯花さんは、噴飯やるせないといった調子で言っていたので、私は
「桃華さんも、今頃買ったなんて言っても、中古の軽だなんて知れたらバカにされると思って、悩んでたみたいなの……だから」
と、言うと、唯花さんが
「それなのよ。結局、そのことで燈梨にまで気を遣わせてるでしょ、年上のくせに、そういう配慮の無さがガキなのよ!」
と、更に怒りのネタを見つけて怒り始めていた。
それを、後ろの席でニヤニヤして見ていた沙織さんが言った。
「燈梨、心配しなくていいの。コイツらが、誰かの事を愚痴ってる時は、別に喧嘩になるような険悪なムードって訳じゃないから、放っておいて傍観してればいいの」
「オリオリ!言っとくけど、私は怒ってるからね。……でも、燈梨。オリオリの言う通り、燈梨が気を揉む必要はないからね。桃華は、私らがやっつけるから!」
私は、大丈夫だろうとは思いながら、唯花さんの最後の一言が気になった。
……と、いうのも、車は、集落を離れて、倉庫などの多いところに向かっていたからだ。まさかとは思うが、決闘するとか、言い出しはしないかと、ちょっと不安になった。
「ここもさ、本当は燈梨メインで楽しんでもらおうと思ったんだけど、桃華のせいで、そうもいかなくなっちゃったんだよなぁ……」
唯花さんが、そう言って車を止めると、私達には車の中で待つように言って、高いフェンスで囲われた場所へと入って行った。
やがて戻ってきて、開いた入口から2台の車が入ると、入口は再び閉じて、車は入口からすぐの場所に止まった。
「燈梨、降りて。ここが目的地なんだぁ。きっと気に入ると思うよ」
と、唯花さんに言われて車を降りると、そこは工場のような場所だった。
奥の方には、薄くスライスされたような鉄板が、いくつも重ねてあった。
「燈梨、こっちきて」
と、唯花さんに手を引かれて、今度は右側の方へと向かって歩いた。
その先にあるものを見て、私は驚いた。車が5台くらい積み重なった列が、いくつも整然と並んでいたからだ。
私は、この場所が何となく分かった。ここは、廃車処理場だ。この整然と積み重なった車が、潰されて、最終的にさっきの場所にあった薄い鉄になってしまうのだろう。
正直、みんなが私をこんな所へ連れてきてくれた理由と、私が、気に入ると思う理由とは一体何だろう。
……今の段階で、私は胸が締め付けられるような思いがして不快だ。
私が好きになった車が、無残な姿を晒して、その一生を終えようとしているところを見る事が、楽しいとは到底思えないのだ。
すると、唯花さんが
「燈梨、ゴメンね。最初に燈梨……と思ってたのに桃華が割り込んできたから、桃華から始めるね」
と、両手を合わせて謝罪のポーズをしてきた。
「大丈夫。でも、何をするの?」
「ちょっとこっち来て」
と、言われて廃車の山の一角を曲がると、作業場のような屋根のついた場所に入った。
その作業場の中には、白いラパンSSが1台置かれていた。
ちょっとクタッとしていて、薄汚れているそれは、恐らくあの山の中にあった廃車だろう。ナンバープレートもついていない。
すると、それを見た唯花さんが、車の向こうにいるおじさんに
「おっちゃーん、ありがとー!ねえ、これ、いつもの一本勝負でOK?」
と、声をかけると、おじさんは頷いたため、唯花さんは、みんなの方に振り返って
「よし!野郎ども!!一本勝負だ!!」
と、言うと、工具箱を持ったフー子さんとミサキさん、朋美さんが一斉に
「オーーーー!!!」
と、右手を上げて雄叫びを上げると、それぞれがバラバラな場所へと散っていった。
私は、ラパンの後ろに回り、リアワイパーに手をかけている唯花さんに訊いた。
「何をするの?」
「桃華はリアワイパー外した状態の車を買ったんで、最初にコイツを外すのさ。画像を見る限り、ただアームだけを外してるように見えるんだけど、もしかしたらモーターごと壊れてる可能性もあるから、モーターも頂いていくよ!
と、慣れた手つきで、リアワイパーをガキガキと小刻みに揺らすと、数回目にワイパーアームがあっさり外れた。更に、ハッチを開けると、内張りを遠慮なくバリバリと剥がして、ハッチの裏側にあるワイパーの駆動部分をレンチでネジを外してあっさりと取り外した。その間、僅か5分だった。
唯花さんは、外したものを足元にある段ボールに入れると、桃華さんを捕まえて訊いた。
「他に、何か壊れてる所とか、無いの?」
桃華さんは、考え込んでいたが、ふと思い出したように
「そう言えば、右後ろの窓のスイッチの爪が折れてて……」
と、言うと、唯花さんは、室内にいたフー子さんに声をかけた
「フー子!右後ろパワーウインドースイッチ……だけど、念のため全席分」
「ラジャー!」
すると、ボンネットを開けてエンジンを覗き込んでいた朋美さんが
「ユイ、やったね!タワーバーついてた。いただき!」
と、鉄パイプのような棒を持ってきて渡してくれた。
それを見た唯花さんは、エンジンルームの方に行ったので、私もついて行ってみると、唯花さんは、スマホの画面を見比べてから
「トモ、メガネ頂戴。このインタークーラー社外品だぞ!」
と、叫び、朋美さんが工具を持って駆けつけてきた。
「マジ?純正の位置にあったから純正品かと……」
「純正交換タイプなんだよ。よく見ると、トラスト製だ」
と、エンジンルームの上の方にあるフィンのたくさん付いた銀色の部品を取り外していた。
「この車、結構社外品てんこ盛りで、超ラッキーだぞ!」
唯花さんが喜んでいると、朋美さんが訊いた。
「あと、どれいく?」
「ホイールは、スタッドレス用に持って行くのと、マフラーが社外品だから、コイツは頂きたいねぇ。その他にどんなものがついているかは、見て判断するしかないよね」
と、言うと、朋美さんは再び別の場所へと消えて行った。
私は、唯花さんがしていることが分かった。
唯花さんは、桃華さんの車に足りないものを、この廃車から摘出しているのだ。
しかも、この廃車には思いの外、社外品のパーツが多くて、桃華さんの車をカスタムできる……と、みんな喜んでいるのだ。
私は、みんなの行動力もさることながら、桃華さんのために動くことを厭わない、みんなの動きに正直、感動してしまった。
あれだけ文句を言っていても、やはり友達であり、仲間である桃華さんが車で困っている状況に、嫌がることなく、動いてくれる。
コンさんに出会う前の私には、一生縁のない出来事だったが、それを今、目の前で当たり前のようにやる人たちがいるその光景に、私の胸の奥は、じーんと熱くなっていった。
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