猛獣遣い
3日目の朝が来た。
今日は、フー子さん達が帰り、代わりにコンさん達がやって来る日だったが、コンさん達がやって来るのは夜なので、朝食を済ませると、唯花さんとミサキさんの車に分乗してアウトレットへと出かけた。
私は、行きは、ミサキさんのローレルに乗ったが、やはり、この車はゆったりとした乗り心地が印象的な車だった。それは、寸法の問題ではなく、雰囲気や作り、そして路面からの突き上げの角が取れていると、いった面での違いなのだと思う。
以前の私なら、そこまで考える事も、興味を持つこともしなかったけど、今は、とても気になるし、興味津々でもある。
「燈梨ちゃんは、車に興味が出てきたのね」
ミサキさんが、言った。
「うん……」
私は、正直、女子高生である私が、今どき流行らない車に興味を持つことへの抵抗感や、罪悪感を感じ、ちょっと胸を張れずに返事をした。すると、
「良いと思うよ。正直、最初の頃の燈梨ちゃんは、なんか、影があるというか、なにかにのめり込む事をカッコ悪いって思っているような、悪いことだって思っているような、そんな雰囲気があったから、正直、何に興味を持つかなんて、犯罪行為じゃなければ、人それぞれで良いじゃない。それに、私らは、みんな車に興味あるから、大歓迎なんだけどな」
と、ミサキさんは、満面の笑みで言った。
私は、ミサキさんに訊いた。
「みんなは何で車に興味持ったの?」
「フー子とユイが元々好きだったの。ユイは、最初は隠してたの。クラスのイケてるグループに属して、ファッションリーダー的な立ち位置にいる自分が、スポーツカーや、ミリタリーに興味あるなんて知られたら、オタク扱いされちゃうと思って。でも、フー子がオープンにし始めたら、徐々にカミングアウトしていって、楽しそうだなって、私も思って、みんなで免許取りに行って……ってやってるうちに、引っ張られるようにハマり出したって訳」
私は、みんなが共通の趣味を持っているこのグループを正直、羨ましいと思ったが、元々は、みんなが持っていたわけではなく、フー子さんと、唯花さんから波及していったものだと知って、昨日の朋美さんの言葉を思い出した。
『無理に何処かを狙って入って行く必要はないわよ。そのうちに、川にある石みたいに、自然と自分にハマるポジションに形作られていくから』
この人たちは、無理に何かをしているのではなく、友達として触れあっていくうちに、共通の趣味に行きついただけなんだと、そこに、恥ずかしいとか、人にどう思われるなんてことは考えていない。だから、自然体で付き合えるんだと知って、私は、自分の過去を思い出した。
コンさんに出会うまでの私は、無理に人に合わせて自分を改変して作っていった。それが、コンさんからすれば不愉快だったということも思い出した。
きっと、そういう雰囲気を最初の頃の私は、出していたんだと思う。
ミサキさんは、笑って
「でも、いきなりこのローレルをMTに載せ替えるなんて、想像もしてなかったから、びっくりしちゃったんだけど、みんなでワイワイと、この車を囲んで作業してたら、凄くみんなと繋がったというか、何というか……ね。作業は大変だったけど、大変だった分、みんなで成し遂げたっていう達成感で、この車ができた時は、心が1つになった感があったんだ」
ミサキさんが言うには、かなりの苦労があったそうだ。
床に穴をあける作業があったり、ミッション本体が重くて持ち上がらなかったり、あとで足りない部品が出てきて、もう1度解体所に行って探したり……と、色々あり、何度もやめたいと思ったそうだ。
それでも、めげずに作業をするみんなの姿を見て、励まされ、ここで負けてられないと心を奮い立たせたのだという。
「フー子とユイは、しょっちゅう喧嘩してたよ。ほとんど毎日。でも、1つの作業が上手くいくと、すっかり元通りの仲良しになるし、不思議だなぁ……って思った」
最初、ミサキさんは、改造はおろか、工具すら持ったこともなく、主にアシストと買い出し要員として、専ら食べ物や飲み物を用意しているだけだったという。
そのうちに、自分も何かしたいと思うようになり、7日目に、初めてしたのは、ワイヤーを引っ張る作業だったそうだ。
足踏み式のパーキングブレーキから、ハンドブレーキに変更するための作業だそうだが、それでも、これで仲間になれたという達成感で、その日は眠れなかったそうだ。
「次の日は、コンピューターの入れ替え、その次は配線の枝分け、また次の日はクラッチとフライホイールの取り付け……って、段々重作業に入り込んでいったの。そして、車が完成する頃には、オイル交換程度なら、自分でやっちゃう女子になってたって訳」
私は、この話を訊いて、私も、もっとこんな体験をしてみたいと思うようになっていた。
きっと、スポーツをやっていれば、それで体験できるのだろうが、私は、これと言ったスポーツをやって来なかったし、それに、この話を訊くと……と、思うのだ。
それを見たミサキさんは
「やっぱり、燈梨ちゃんは、私らと同じ目をしてるよ。今日も何かできるかもしれないから、あとで燈梨ちゃんの車、みんなで見てみようね」
と、ニッコリして言った。
もしかして、みんなは、私が免許を取るということになった時、こうなることを期待していたのかもしれない。
私とみんなが共通の趣味を持つことで、私とみんなが友達であることに加えて、仲間にもなる事で、もっと心を通い合わせることができる存在になる……と。
すると、後ろの席から
「ミサさ、なんか、私だけ完全に仲間外れ感が強いんですけどー」
と、桃華さんの声がした。
「だって、桃華だけ車も免許も持ってないじゃん。だから、この話題ができないのよー」
と、ミサキさんが言うと、桃華さんが
「持ってるわよ」
「え!?」
「免許くらい、持ってるわよ」
「えーーーーーー!!」
ミサキさんが、完全に驚いて叫んだ。
「そんなに驚くこと?」
「だって、桃華、去年訊いた時『就活で必要になるまで取らない』って言ってたじゃん」
「いや、去年から3台自転車盗まれて、坂道も多いから原付でも乗ろうかと思ったの。でも、この歳で、原付免許だけ取るのなんて勿体ないじゃん。だから、4輪の免許取ったの」
「ふーん。そうなんだ。で、原付買ったの?」
「それが、住んでる所の駐輪場にバイク置いちゃダメらしくて、それで、原付のために駐車場借りるの勿体なくてさ」
「うん」
「中古の軽買ったの」
「えーーーーーー!!」
ミサキさんが、再び驚いた。
「なんで、いちいちそんな大声で驚くのよ!」
「だって、そんな話、全くしてなかったじゃん!今回だって電車で帰って来てたし」
「別に、言うほどのことでもないと思ったし……」
「思ったし?何?」
ミサキさんが、少し低い声で凄むように言った。
「中古の軽なんか、みんな興味ないでしょ!」
「そんなことないよ!フー子やユイが喜ぶよ、勿論、私もトモも」
「……」
「……で、何買ったの?答えて!」
ミサキさんは、今までになく厳しい口調で桃華さんに迫った。
みんなに訊いたが、こと、桃華さんの扱いに関しては、ミサキさんが一番上手なんだそうだ。
他のみんな曰く、桃華さんは、プライドが高く、その上で構って欲しいらしく、そして、ご機嫌取りをすると調子に乗るので、基本はしびれを切らして寄ってくるまで放置しているそうだ。
確かに、今回も話しかけてくるまで、基本放置で話しかけさせ、肝心なところで口を噤む桃華さんに対して、マウントを取って一気に畳みかける。
他のみんななら、『桃華ウザい』とか、言われて完全無視されて、桃華さんが拗ねて肝心な事を訊き出せなくなるパターンだが、ミサキさんの戦略は、桃華さんの心のドアを開けさせ
「……ラパンSS」
と、言わせた。
そこから、桃華さんが話したところによると、大学近くの教習所で免許を取った桃華さんは、教習所の隣にある、教習生をメインにしている中古車屋さんに行って『30万で買えるマニュアルの軽』という条件で、探して貰ったそうだ。
最初に出てきたのがワゴンRだったが、以前に、唯花さんのムーヴを、朋美さんが横転させた話を訊いていたのでパスし、次に出てきたのは、ミラのバンだったそうだが、明らかな営業用グレードで、ラジオもAMのみ、更には、灰皿から強烈な煙草臭がしたため、これもパスした。
そこから1週間して見つかったのが、今回のラパンSSだったそうだ。
可愛らしい外観と、ターボによるパワーで、すっかり気に入って即買いしたそうだ。
「なんで、乗って帰ってこなかったの?」
ミサキさんは、相も変わらずちょっと怖い声で言った。
「……だって、中古の軽なんか乗って来ても、みんなが相手にしてくれないと思って……」
「だったら、なんでマニュアルのなんか買うのよ!オートマでいいでしょ!」
「……だって、オートマのなんて買ったら、風子と唯花にバカにされると思って……『桃華さー、マニュアル乗らないなら、なんで限定免許取らなかったの?トラックでも乗る気か?』とか、言われてさ」
桃華さんはさっきまでの態度とは一変し、消え入りそうな小声で言うと、ミサキさんは、今度は怒ったような声で言った。
「ほら!見なさい!!やっぱりみんなに見てもらいたかったんじゃない!なんで、素直にそう言わないの!桃華のそういうところ、他のみんなは、物凄く困ってるのよ。みんなは、桃華の都合に合わせて生きてるんじゃないの!!見てもらいたいなら、見てもらいたいなりの態度を示さないと分からないでしょ!」
「……ゴメンなさい……」
桃華さんは、シュンとして、黙り込んでしまった。
ミサキさんは、私に向かってニッコリすると
「燈梨ちゃん、ゴメンね。桃華が変な隠し事するから、燈梨ちゃんに不快な思いさせて」
と、言うと同時に車が止まり、ミサキさんが言った。
「燈梨ちゃん、着いたよ」
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