夏と川
みんなの車の乗り比べをした後、全員で河原へと移動した。
各自の車を運転し、私の車には沙織さんが同乗してくれた。
色々な車に乗った後で、自分の車に戻ると、とても懐かしい感じがした。
とは言っても、僅かな期間しか乗っていないのだが、それでも体に馴染むような感覚になるのは、それだけ私に合っているのだと思う。
「燈梨。どうだった?色々な車に乗ってみて」
「それぞれの車に性格というか、個性があって、同じ車なのに全然違うんだなって、正直、面白かった」
「それで、燈梨はどの車が良かった?」
「色々乗ったけど、このシルビアが一番合ってると思うんだ。……この車に一番長く乗ってるからかもしれないけど……」
と、答えると、沙織さんはニッコリして言った。
「それで良いのよ。いきなり『唯花のエボが良かった』とか言われちゃうと、燈梨の相棒選びそのものが間違ってたって事になっちゃうからさ」
私は、それを訊いて自分の選んだ『相棒』が、間違いでなかったことを知って、改めて自信をもってこの車を好きになった。
河原に着いた時には、お昼頃になっていた。
みんなで河原に降りて行ったが、ミサキさんだけがいなかった。
「あれ、ミサキさんは?」
と、言うと、唯花さんが
「ミッキーは、バーベキューの準備があるから、後から来るよ」
と、言いながら、私の手を引っ張って、川の近くへと連れて行くと、靴を脱いで
「ほら、燈梨ぃ、入ろうよぉ~」
と言うと、川の中へと入って行った。すると、沙織さんが
「行ってきなさい」
と、背後から声をかけてきた。
私は、靴を脱ぐと、履いているデニムの裾を捲くり、唯花さんの後に続いて川の中へと入った。
川の中は冷たかったが、外の暑さを緩和してくれて、とても気持ち良かった。
「真ん中あたりは、深いところがあるから、この辺までね。ホラホラホラ~」
唯花さんは言うと、屈んで水を掬い上げ、私に向けてかけてきたので、私も
「このぉ~!」
と、言うと唯花さんに向けて水を掬い上げた。
すると“ぱしゃ”っと私の顔に水がかかったので、びっくりして水の飛んで来た方向を見ると、朋美さんがニヤニヤしながら、水鉄砲を手に持って立っていた。
「燈梨ちゃんは、注意力散漫だなぁ~……そんなんじゃ、ウチらの軍には入れないよぉ」
と、挑発されて、私は今度は朋美さんに
「軍になんて入りませんから~!」
と、何回も水を飛ばしたが、避けられた。そして、今度は渾身のやつを……と、思って屈んだところ、脇の下から手が伸びたかと思うと、後ろから羽交い絞めにされた。
そして、背後から唯花さんの声がした。
「トモ、燈梨は抑えたぞ。やっちまえ~!」
私は暴れて必死にもがいたが、唯花さんは締める力を強めてきて、一向に離れない。そんな私の目の前で、朋美さんが、水鉄砲に川の水を汲み始めた。
「あんたら!いい加減にしなさい!!また燈梨をいじめて。怒るからね!!」
と、河原にいた沙織さんに怒られた。
「ちぇー、いじめてないのに……」
と、唯花さんが小声で言うと
「そういうのを、いじめてるって言うの!燈梨を押さえつけて、2人がかりで水かけて、どこが遊びなの!」
と、更に沙織さんに怒られて、私はようやく解放された。
「よし、今度は岸から石投げしよう!」
と、唯花さんは言い、川から上がると、河原から適当な石を拾ってから振りかぶると、ヒュっと水面にほぼ平行に投げた。すると、石は水面に当たって、数度跳ねると川に沈んでいった。
「こうやって、誰が一番遠くに投げたかとか、一番バウンドした回数が多いのは誰か、とか色々な競争ができるんだよ」
と、唯花さんは言うと、更に
「燈梨は、この石の投げ方ってできる?」
と、言うので
「やったことが無いんだ……」
と、答えると、唯花さんは、適当に石を漁ってから
「これをやる時、石はなるべく平らそうで、軽すぎないのを選ぶの」
と、自分の探した石を見せてから
「投げる時は、なるべく低めで、水面に平行にいくような感じで、投げるの。トモ!」
と、言うと、既に石を拾って構えていた朋美さんが、ヒュっと手に持った石を投げた。
すると、石はぴょんぴょん……と、水面を何度も跳ねていき、川の真ん中あたりまで飛び続けて沈んだ。
「まぁ、私は少なくともユイなんか、相手じゃないかな」
と、朋美さんはドヤ顔で言うと
「トモのくせに生意気なんだよー!」
と、唯花さんが朋美さんに飛び掛かって、あちこち揉み始めたので、しばらく石投げは中断してしまった。
その姿を見ながら、私は、羨ましくなってきた。……すると、唯花さんが言った。
「燈梨、何やってんだよ。今のうちにトモをやっちまおう!」
私は、突如、そんなことを言われて、頭の中が混乱していたのだが
「私も……やっていいの?」
と、言うと、唯花さんは
「なに言ってんのよ。前に言ったでしょ、ウチらは、燈梨と友達だって、さっき、燈梨はトモに酷い目に遭わされたんだから、今度は仕返す番でしょ!」
と、言った。
朋美さんも、抵抗するフリをしながら、明らかに隙だらけで、わざとやられているのだし、私が飛び掛かれるように、敢えて場所も空けてあるのだ。
私は、それを見て
「このぉ~!」
と、言うと朋美さんに飛び掛かって行って、唯花さんと2人であちこち揉みまくった。
その姿を、少し離れたところから満足そうな表情で見る沙織さんの姿があった。
ようやく、揉み合いが終わり、石投げに入ろうとした時、私はふと気付いたことがあったので、2人に訊いた。
「フー子さんは、なんであっちの方にいるの?」
私のイメージでは、フー子さんは、この手の遊びごとになると、率先してやるはずなのに、ここに来てからというもの、フー子さんは、沙織さんと離れた場所に設営したピクニックテーブルの椅子に座ったまま、こちらには近づこうとしてこないのだ。
すると、朋美さんが言った。
「風子は、水が苦手なの。ウチらの中で、唯一泳げないしね」
私は、それを訊いて意外だった。私の中で、フー子さんはスポーツ万能で、アウトドアの遊びが大好きそうなイメージが強いので、そのフー子さんが水が苦手だとは、イメージできなかった。
そして、思い出したことがあったので
「でも、前にみんなで海に行ったはずじゃ……」
と、言うと、朋美さんは
「海には行ったよ。でも、風子は、ずっと浜辺にいただけ。帰りにオリオリから『水が苦手なのになんで海に来たのよ』って言われてたからね」
と、口角を上げ、ニヤリとして言った。
……それを見たフー子さんが
「なんだよ~朋美。燈梨に余計なこと言ったら、タダじゃおかないぞ」
と、言ったが、朋美さんはフー子さんに
「どうタダじゃおかないの?風子。変なことするなら、美咲が来たら、ゴムボートに風子乗せて川に流しちゃおっかな~」
と、今までにないほど、得意気にニヤリと笑みを浮かべて言うと、フー子さんは
「ぐっ……」
と、言って黙ってしまった。
私の見た感じ、この4人の力関係の中で、朋美さんは、フー子さんに頭が上がらない、と思っていたのだが、どうやら、そんなことは無く、この4人の力関係は均衡を保っているのだ。
恐らく、朋美さんの場合、口数が少ないのと、フー子さんや唯花さんが、物事を率先してやり、それについていっているイメージがあるために、そう見えてしまうのだが、そう言えば、過去にミサキさんを孤立させたクラスのグループから、最後まで離脱を拒んで、唯花さんまで巻き込んだというエピソードがあったくらいなので、決して、ただついて行っているだけの人では無く、静かにみんなをまとめているのが、朋美さんの役割なんだと気がついた。
石投げの勝負は、やはり朋美さんが上手いのは不動だったが、意外に初心者の私も、朋美さんの記録に喰い込むことができて、とても楽しかった。正直、川遊びなんてやったことが無かったので、海と違って泳ぐこともないのに何が楽しいんだろ?なんて勝手に考えていたが、それは間違いで、充分楽しいと思えた。
しかし、唯花さんは
「なんだよー!燈梨。折角、けちょんけちょんにしてやろうと思ってたのにさー。初心者なのに上手いとか、反則だろ!」
と、不満タラタラだった。
そこに、朋美さんが
「燈梨ちゃんが上手いのは間違いないけど、それ以上に、ユイがヘタクソなのも大きいのよね~」
と、口角を上げてニマリとしながら言った。
なんか、今日の朋美さんは、いつもより口数も多いが、それ以上に毒舌が目立つような気がする。これが朋美さんの素なのだろうか?
更に、沙織さんが
「唯花ー!そうやって、燈梨をビッケツにするような遊びを仕掛けて、いじめようとして、返り討ちに遭った気分はどう?」
と、言うと
「いじめようとなんてしてないやい!川遊びを教えてるんだろー」
と、言っていたが、本心では、私には勝てると思っていたようで、一瞬だけ、表情にマジな部分が現れていた。
石投げが佳境に入って来た頃、入口の駐車場にミサキさんのローレルが止まった。
後席と、トランクから荷物を出して、やって来るミサキさんを見て、みんなが驚いた。
何故なら、ミサキさんの車からは、もう1人、降りてきたからだ。
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