相棒とドラマと
速度警報チャイムは、子供の頃、親が乗っていた6代目R30型スカイラインが、ああいう鳴り方でした。私が後年、R32型の前期モデルに乗っていた際もチャイムはついていましたが、音源が死んでいたのと、サーキット走行の時に気が散るため、外してしまいました。
親がその後買い替えた車は、電子チャイムな上、速度を上げていくにつれて、音の間隔がどんどん短くなってプレッシャーを与えるタイプだったので、進化と共にウザさを感じていました。
頂上に着く寸前に、フー子さんから言われた。
「実はさ、あたしは、燈梨のシルビアを乗りこなせなかった。……あの車は、あたしにはパワーがありすぎて踏み切れないと言うか、コイツとはスタイルが似てるようで違うから、戸惑っちゃってさ。唯花のエボぐらい違ってると踏み切れるんだけどさ」
頂上に着くと、今度はミサキさんの車に乗った。ミサキさんの車を見るのは昨日が初めてだったが、シルバーのセダンだった。家の車と言われても違和感のない落ち着いたもので、ボディもみんなのものより一回り大きかった。
その車に私とミサキさん、私のシルビアに朋美さんとフー子さん、朋美さんの車に沙織さんと唯花さんが乗ってスタートした。
「ミサキさん。この車って何て車?」
「日産ローレルって車。2003年に廃止されちゃったから、燈梨ちゃんは知らないかな」
ミサキさんの話では、伝統ある上級車だったが、廃止されて、後継車は舞韻さんが持っているティアナだそうだ。ただ、ローレルは後輪駆動で、ティアナは前輪駆動と、後継車ながら機構は大きく変わってしまったそうだ。
そして、このローレルは、ミサキさんのお父さんからのお下がりだそうだ。
ちょうど、家の車を乗り換えるタイミングだったのと、万一の事故の時に、大きな車の方が安心だから、ということで譲り受けたそうだ。
「そしたら、ユイが『これ、クラブSターボだ!折角だからMTに載せ替えちゃおーぜ』って言い出して、みんなで1ヶ月くらいかけてATからMTに載せ替えしたの。最後は、ユイの伯父さん呼んで手伝って貰ってね」
この車の経緯を訊きながら、運転をしていて感じるのは、全ての操作に余裕と重厚感がある。どこが?と、訊かれるとうまく説明できないのだが、私にはそう感じられる。
そして、走らせ方にもシルビアとの明確な違いがあった。このローレルでは、全てワンテンポ早めに操作するということが肝になってくる。
恐らく、車が重いのだと思う。
そのことを言うと、ミサキさんは
「そう。この車は燈梨ちゃんのシルビアよりも200キロくらい重いと思う。特にエンジンが重いから無理矢理曲がろうとすると、どんどん外に膨らんでいくよ」
と答えてくれた。
下り坂と、きついカーブが続く区間では、このローレルという車は、忍の一字を強いられる。
とにかく、かなり手前で減速、充分に速度を落とした上でゆっくり曲がってから加速、そしてすぐに減速……と、繰り返すため、今までの2台に比べると、この区間での楽しさは薄く感じてしまった。
上り区間に入ると、この車の楽しさが、たちどころに現れてきた。
上りは、直線区間の距離が長い場所が多いのだが、エンジンの滑らかさがとても心地よくて、正直、うっとりしてしまう感じだ。
低回転ではちょっとドロドロした感じの音だが、回転数を上げていくに従ってシンクロした心地の良い音に変わっていく様は、リズムの良い音楽を聴いているような感じで、気持ちが高揚してくる。
振動も、それにシンクロして少なくなり、澄んだ音と合わせて、凄く癖になりそうな感覚だった。
その高揚した感じが表情に出ていたのか、ミサキさんが言った。
「気持ちいいでしょ、このエンジンは直列6気筒だから本当にスムーズで、五感を直接刺激するような心地よさなのよね~」
「うん、でも、下り坂ではちょっと疲れちゃったかも……」
と、私が言うと
「この車の走らせ方にもっと慣れると、下りでも気持ちよく走れるよ。恐らく、フー子のロードスターの後だから、違和感が大きいのよ。もっとペースと回転を上げて、メリハリで運転するのがコツかな」
と、アドバイスを受けた。
頂上に到着すると、遂に最後となる朋美さんの車に2人で乗って出発した。
この車に乗る前に、唯花さんが
「トモのスカイラインは、祖父ちゃんの車なんだ。トモのお父さんが、小学生の頃から乗ってるって言ってたぞ」
と、言っており、私は、乗り込むのにもちょっと緊張してしまった。
朋美さんが、最初に
「別に古いって言っても、大昔の車じゃないから、変な儀式とかしなくても大丈夫だし、エアコンもパワステもついてるから、普通の車だと思って運転して大丈夫だからね」
と、言って、敢えてエアコンをつけてくれた。
走り始めると、確かに身構えるような特殊感は無く、今の車と比べて、パワステと言っても、少し重い感じがするくらいで、違和感は皆無だった。
エアコンが冷えすぎなので切り、窓を開けようとしてスイッチを探すと
「窓のスイッチはここ」
と、言われてシフトレバーの後ろのスイッチを指された。
4つあるので操作すると、4枚の窓が開いたのに驚いた。私の感覚だと、2ドアの車の後ろの窓は開閉しないものだと思っていたので
「この車、2ドアなのに後ろの窓も開くんだ……」
と、言うと
「スカイラインはこの型まで、2ドアはクーペじゃなくて、ピラーの無いハードトップだったの。だから、後ろの窓も開閉できるようになってるの」
と、言われて、ミラー越しに見ると、確かに、開いた窓同士の間には柱が無く、フルオープンになっていた。
下り区間は、走らせてみて、とても荒々しい感じもなく、大人しい車だと思った。年代物の高性能車と言われると、とても気難しいような印象を受けてしまうが、沙織さんのジムニーの方がよっぽど気難しい車のように思われた。
ただ、ギアをチェンジする時に、シフトレバーの移動量が大きいとか、段差を超えた時のねじれ感が感じられる……とか、時代を感じられるような箇所も無い訳ではなかった。
そして、この車も上りに入ると、その性格が一変した。
それまでは、繊細で、低速の弱い感じのするというエンジンという印象だったが、上り坂で、アクセルを開けた次の瞬間、物凄い勢いで性格が一変した。
眠っていたなにかを呼び起こしたような感じで、ドカンと急激な加速が始まった。
さすがに、私もこれはターボの加速だということは分かったが、かかる前と後の変化が今まで乗った車の中では最も大きく、驚くものだった。
それと同時に
“キコン、キーンコーン、キーンコーン、キーンコーン”
と、チャイムのようなものが鳴り始めたのにも驚いた。
朋美さんが
「昭和の車は、105キロくらいから警報が鳴るようになってるの」
と、説明してくれた。
朋美さんの話だと、スカイラインでは、この2つ後の型までついていたので、平成になってもついていたらしい。
私は、朋美さんに疑問になっていたことをぶつけてみた。
「なんか、ターボのかかる前と後での違いが一番大きく感じたんですけど……」
「そうだね。ターボ車のフィーリングって、時代とともに洗練されていってるんだよ。恐らく、この車より、燈梨ちゃんのシルビアの方が、同じ人が走らせたら速いよ。でも、体感速はこっちの方が速いと思っちゃうだろうね」
と言われて、私は何となく納得がいった。
同じ山に登ったとしても、慣れた人がすんなり登るより、初めての人が、失敗を繰り返しながら必死に登った方が、より感動するようなものだろうと解釈をした。
そして、もう1つの疑問も訊いた。
「このスカイライン、直列6気筒にしては、ミサキさんのローレルと感じが違うのは何でですか?」
すると、朋美さんはクスッとして言った。
「このスカイラインは直列4気筒。レイアウトで言えば、燈梨ちゃんのシルビアと一緒だよ」
「えっ!?そうなんですか?」
私も、少しは車の事を調べたり、コンさんの部屋にある車の本を読んだりする中で、スカイラインの上級版は全て6気筒エンジンだと思っていたのだ。
朋美さんの説明を訊くと、歴代スカイラインの中で唯一、6代目モデルだけが、最強版が4気筒になっているのだそうだ。
「ちなみに、このエンジン、他にはシルビアにも積まれてるよ。燈梨ちゃんの乗ってる2つ前の型で」
と、言われ、私はこの車の意外な一面と、シルビアとも関係があることを知って、少し嬉しくなった。
「この車って、ちなみに何年くらい前のですか?」
「昭和60年式だから、今年で36年前になるのかな」
「そんなになるんですか?」
私は、素直に驚いた。
朋美さんの話では、朋美さんが小さい頃から、お祖父さんとこの車を洗車したり、出かけたりしたので、思い出深く、免許を取った際に、その辺をちょっとだけのつもりで
「乗っていい?」
と、訊いたところ、車を譲ってくれると言い出して、朋美さんが驚いていたそうだ。
それぞれの車の違いや楽しさと、それぞれの車にまつわるドラマを訊いて満足したところで、頂上に到着した。
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