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遠慮と携帯 その1

『茨城の駅のホームで携帯を捨てた』というエピソードは十数年前の私の実話です(笑)。

いつもしょうもないクレームをつける取引先から電話で言いたい放題言われた後にブチッと切れて地面に叩きつけました。


……さすがに、燈梨のようにそのまま捨てては帰れませんでしたが……。

地面に力一杯叩きつけたのに、画面も中身も無傷だったのには、当時の携帯が頑丈だなぁ……と、感心しました。


ちなみに、数年後に転職してたまたま近くを通りがかった時に、その取引先が数日後に潰れる事を知った時は、凄く胸がスッとしました。

 その日の仕事が終わった時、いつもより3時間ほど余分にかかっていた。

 新商品の立ち上げ週で、朝から大掛かりな売り場を作っていたらこんなになってしまったのだ。

 ……家に帰りついたのは既にいつもなら風呂から上がるくらいの時刻になっていた。


 「ただいま」

 「おかえり。……大丈夫?疲れた顔してるよ」


 と、言って迎えてくれた。

 見ると夕飯も準備されており、食べないで待っていてくれたようだ。

 すると、燈梨は


 「先、お風呂にする?もう、沸かしておいたんだ。疲れた時は先にお風呂に入って疲れを洗い流した方が良いんだよ」


 と、言うので俺はそれに甘えて風呂に入ることとした。

 湯船に浸かりながら、俺は燈梨に申し訳ないことをしたな……と思いを巡らせた。

 きっと彼女はいつもの時間か、その後1時間くらいの間に俺が戻ってくるものだと思って夕食の準備をしていたに違いないのだ。


 ……幸い、車通勤の上に直帰が多いので、唐突に飲み会が発生することはないのだが、店舗の現場を回っていると、遅くなることもままあるのだ。

 ……どうにか、燈梨の負担を少なくする方法はないか…と考えていた。


 「携帯?」


 風呂から上がり、一緒に食事にしている最中、燈梨に聞いてみた。

 ……そう言えば、今まで一度も連絡を取り合う機会などなかったので気にもしていなかったが、こういうことがあるので知っておいた方が良いだろうと思い、訊いてみた訳だ。

 すると、燈梨は


 「無いよ」


 と、自然に答えた。

 ……きょうびは小学生ですらスマホのアプリゲームで繋がるほどの時代だ。

 その返答には大いに違和感を感じ


 「それは、家に置いてきたという事か?」


 と、訊くと、燈梨は苦笑いを浮かべて


 「最初は持ってたんだけど、知り合いから電話やメールがめっちゃきてさ……」

 「2ヶ月くらい前に茨城のどっかの駅のホームに置いてきちゃった」


 と、事も無げに言った。

 ……確かに、最初に会った時の様子や、それ以前の状況を推察するに、過去の人間関係を引きずる唯一で最大のツールである携帯は、彼女にとって最大の足枷になったのだろう。

 

 それを手放した時、燈梨にとっての家出生活は再スタートを切ったのだと思う。

 その意味では、彼女にとって大きな意味を持つことだったのだろう。

 ……が、今は俺が遅くなる際の連絡ツールとして困るという事なのだ。


 また、知り合いからはしつこく連絡が来ていても、家族から……という言葉が燈梨から出てこなかったところに、あの日のフレーズが頭をよぎった。


 『きっと何とも思ってないと思うよ……むしろいなくなって良かったと思ってるから……』


 恐らく、燈梨のあの日の表情はこういったことの積み重ねから出ていたんだな。

 ……と、思わされ、考え込んでいると、俺の考えていることを知らない燈梨は


 「大丈夫。……なくても死なないから」


 と、へらっとしながら言った。

 ……それについて、共感はできる。

 確かに、『絶対連絡が取れる』と思っている相手に携帯を捨てたり破壊したりすることで、『お前の思い通りになるもんか!』と、一矢報いることは出来て、すっきりするのは間違いない。

 

 その後、その人が近くにいないとなれば、繋がりを断っても、追ってくるような間柄でない限り日常生活に影響を及ぼさないので困りはしない。

 ……ただ、今問題になっているのは、その後に発生する毎日の連絡が取れない問題なので


 「今日みたいな日に待たせるのは申し訳ないからさ……そういう意味」

 「大丈夫だよ。適当な時間になっても帰って来なかったら、先にお風呂入って寝ちゃうから。作ったご飯は次の日にでも食べればいいでしょ」


 あっけらかんと言うので、その時は、その話に関してはとりあえず終了となった。


 ……しかし、俺には引っかかるフレーズがあった。

 燈梨が携帯を駅に捨てたのは2ヶ月ほど前、以前に舞韻から聞いた燈梨を探し回っている人間が登場し始めた時期も2ヶ月前。

 偶然とは思えない……ので、翌日、フレックスを使って早上がりとした俺は、ランチタイムの終わりを狙って舞韻とランチを囲んで話した。


 舞韻は準備中の札を出すと、俺の話を聞いて


 「ほぼ間違いなく携帯が捨てられたのがトリガーとなって探されてる系ですね。それまでは、恐らく北海道を出ていないと思っていたのに、茨城で携帯が発見された。なので、目指すは東京ではないか……と、探っているんでしょうね」

 

 ……そう言えば、その探している人間の調査をする……と、言っていたように思ったので訊いてみると


 「調査している人間は抑えている系です。北海道の興信所で、大した実績もない小物です。……そして依頼者の身元は今のところは掴めませんでした。……しかし、手を回しているので、暫くは九州から沖縄にかけてを探していく系でしょう。燈梨は東京から九州に向かうバスに乗った。と、いう情報を多量にバラ撒きましたし、向こうでも、博多から電車で移動して、鹿児島のビジネスホテルに一泊して沖縄に渡ったと、いう情報が飛び交っています。無論、ホテルも抑えていて、燈梨が偽名で泊まって、翌朝沖縄への渡り方を聞いていった……と、言うように既に手はずは整っている系です」


 と、自信たっぷりに言うので、俺は、この世界の大きさと恐ろしさを感じた。

 ……俺の表情からそれを読み取られたのだろう。舞韻はニヤッと笑みを浮かべると、


 「オーナーも、昔はフォックスとして、DV親に追われている少女を同じように情報かく乱で、救ったことあるんですよぉ」


 舞韻は懐かしむような眼で続けて


 「あのクソ親、その娘を金蔓にしようとしていたのでマジでしつこくて、フォックスは日本全国を奴らに行脚させた挙句、海外に渡らせて、空港でパスポートを掏った上で荷物にコカイン入れて刑務所にブチ込ませてました。……ちなみに、クスリに対して厳しい国なので、一生出て来られません」


 ……俺は、昔の自分の行動に驚くと共に、昔の自分も困っている少女を助けていたんだな……と、知って今の自分の行動が以前の自分の行動に繋がっていることに安心した。


 ……すると、舞韻が


 「とにかく、燈梨をリサーチしている人間に関しては私に任せてください。いざとなったら、本気で潰しますから。未だ燈梨の尻尾も掴めないヘボ探偵なんて相手ならない系ですけど」


 と、へらっとしながら言ってのけた。ので、俺は


 「ちなみに、どこら辺までそのヘボは掴んでるんだ?」

 「な~んにもです。燈梨がいつ本州に渡ったのかも、以後、何処にいつ居たかも掴んでなく、漠然と東京近郊をローラーで……というところなので。それも、調べているのが宿泊施設と商業施設中心で、燈梨が個人宅を泊まり歩いていた事にすら目が行ってないので……」


 ……それを聞いて、記憶のない俺でもちょっと杜撰だと思った。

 燈梨の家族から依頼されているとすれば、彼女の当初の所持金から、どういう手段、どのタイミングで移動するかを考えるだろう。


 ……俺の推測だと、燈梨は家を出た当日か、翌日までには海峡を渡ったはずだ。

 以降は制服なので移動手段が限られてくることから、昼の時間に電車で移動した可能性が高いが、同じく制服なので宿泊するところも限られてくる。

 ………なのに、かけてる網がその2つとは、恐らく、今まで燈梨が最も避けてきた場所だろう…なので、舞韻の言うことに納得した。


 「それで、携帯の話ですけど……」


 と、言うので俺は我に返って話に聞き耳を立てると舞韻はクスッと笑いながら


 「私も、持っていた方が良いと思う系です。オーナーが連絡を取りやすいというのもありますが、彼女自身のためでもあります」

 「今やオーナーは裏の仕事から引退しましたが、引退直後ということもあって、いつ何時、誰が悪意を持ってやって来るか分からない系です。家には二重三重のセキュリティがあるので入っては来れませんが、何かあった時のために連絡が取れるようにしておくべきです」


 と、今までになく力説した。

 ……ただ、燈梨のことだ。買ってやると言っても全力で遠慮されるだろう。


 服を買った時も半ば無理矢理だったし、あの時は、俺が実際に白い目で見られているのを目の当たりにしていたから……と、いうのもあったと思う。

 ……その様子を見た舞韻は口を開くと


 「もう、買って有無を言わさず渡すしかない系だと思いますよ。オーナーの名義にしてしまえば面倒な手続きもないし、当人が嫌がってもオーナーだけで買えますからね」


 と、言った。

 確かに彼女単独では契約できないだろうし、仮にできたとしても追っ手に足跡を辿られる諸刃の剣になるので、その方法が必須だろう。

 と、いう表情を読み取ったのか、舞韻は


 「じゃ、決まりですね。私がついて行った方が良い系ですか?」

 「申し訳ない。頼む」


 と、言って次の休みに舞韻と行くことにした。


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