緊張と弛緩と
沙織さんは、夕飯の買い出しに出かけるため、私達だけでブースト計のテストと称したドライブに行くことになった。
シルビアに私とフー子さん、唯花さんが、ミサキさん、朋美さんが、ミサキさんの車に乗って出発した。
走り出して、さっき付けたメーターが、しっかりと動いているのを視界の端に捉えていた。
「燈梨、このメーターの『0』から上が正圧って言って、ターボが働いてるって考えていいよ。今のこの車の状態だと、0.7くらいまでがマックスだから、異様に高い数字指したら異常だからね」
と、唯花さんが説明したが、今の私には、そこまで逐次メーターを確認している余裕は無かった。
それを察した唯花さんは
「だからって、いつもしっかり見る必要ないからね。目線がそっちに向いた時に、端っこに捉えるくらいでいいからさ」
と、言ってくれたので私は安心した。
車は、唯花さんの指示に従い、山道へと入っていった。
別荘の周囲も結構、くねくねと曲がった山道だったが、やって来たところは、道幅も広くて走りやすいながらもやはり九十九折れの山道で、リズミカルに右へ左へと曲がりの続く道だった。
この区間では、この車の面白さが私でも分かった。
テンポよく曲がっていくことができ、ひらり、ひらりと曲がるたびに後ろから押される感覚がお尻に伝わってきて、車がもっと走りたがっている……と、思わせてくれるし、曲がるたびに車の先端が、カーブの先へ、先へと自分から進んでくれていっているような錯覚にも陥り、早く次のカーブが来て欲しい、と思わせるのだ。
自分で遠くへ移動できる喜びの他に、車の楽しみがあることを知った瞬間だった。
頂上の見晴らし台に車を止めると、みんなで、眼下に広がる景色を眺めながら、自販機で買った飲み物で乾杯した。
「どうだった?燈梨、ウチらおススメの峠道走ってみて」
コーラを飲みながら唯花さんが訊いてきた。
「うん、楽しかった。なんか、この車の知らなかった楽しい一面が見えて」
私は、サイダーのピーチ味を飲みながら答えた。……いつもはあまり炭酸飲料は飲まないが、適度に緊張と気分の高揚があった後には、心地よかった。
「燈梨の走り、上手かったぞー。少なくともミサキや朋美より上手いんじゃないか?」
と、コーヒーをぐいっと飲み干したフー子さんが言うと
「燈梨ちゃん、上手かったよ。間違いなく風子よりね」
と、ミサキさんが返して、朋美さんが頷くと
「なんだよー。あたしが下手だってのか」
と、フー子さんが突っかかり
「風子が下手だってことは否定しないけど、燈梨ちゃんが上手いって事だよ」
と、朋美さんが言って、その場が笑いに包まれた。
「でも、シルビアだと、街中よりも、こういう場所を走らせた方が、より楽しく感じられるからさ、一度走らせたいなと思ったのさ」
と、唯花さんが言ったので
「うん、ホントに面白かった。別に、こういうところを走ろうと思ってこの車にしたわけじゃなかったんだけど」
と、答えると、朋美さんが
「別にそれでいいんだよ。みんなも、たまたまこの辺に住んでたから、こういうところが楽しいことに気付いただけで、最初からそんなことしようと思ってないよ……ユイ以外は」
と、言って、唯花さんにヘッドロックをされていた。
「そうだ」
不意に、フー子さんが言った。
「明日、またここに来ようぜ。で、今度は、燈梨にウチらの車に乗ってもらうってのはどうだ?」
「いいんじゃね?ほら、燈梨が練習に来た時、そういう話になったじゃん。あの時は練習中だからってオリオリに断られたけど……」
唯花さんが、答えると、ミサキさんが
「みんな。燈梨ちゃんの意見を聞かなきゃダメでしょ!……で、どう?燈梨ちゃん」
私は、今日の出来事を考えると、みんなの車がどんな動きをするのか、無性に知ってみたくなった。車それぞれに楽しみが違うのかと思うと、それを試してみたくて身体がウズウズする感覚に襲われた。
なので
「うん。そうしよう。私も、みんなの車に乗ってみたいし」
と、言うと、みんなもニコニコして頷いた。
「じゃあ、今日は泊まるから、明日もこのくらいの時間に来ようね」
朋美さんが言って、それぞれの車に乗り、今度は山を下った。
下りは、上りと違って、緊張感がぐっと増した。コース自体は、上りとさして変わらないものだったが、速度が乗りすぎるため、すぐにスピードを落とさなくてはならないし、思うようにスピードが落ちないため、カーブを曲がるのにも上りの数倍、気を遣うのだ。
すると、幾つか目のカーブの手前で、唯花さんが
「燈梨、肩の力を抜いていいよ。そして、下りでは、重力とブレーキで、車の重心を、全部前に持って行く感覚で操作するんだよ」
と、アドバイスしてくれ、ある地点で
「ここで、全ブレーキの7割で踏めー!」
と、具体的に言ってくれたので、私は、7割くらいの感覚でブレーキをかけて、重心を前に持って行く感覚で車を前屈みにすると、上りの時と同じように、グイグイと車がカーブの先へと勝手に進んでいくような感覚ですんなりと曲がることができた。
「そうだよ!燈梨ぃ、この感覚でいけば、下りも怖くないから」
と、唯花さんに言われて私は、今まで支配されていた緊張感から解放され、純粋に楽しむ気持ちになれた。それと同時に、冷静に考えられるようになった。
この車が、後ろから押されるのであれば、重力の法則で、下り坂ではより押されていくはずなので、早めにブレーキをかけても、上り坂よりもずっと速いペースで走っているから、ブレーキは早めで良いのではないか……と。
そこからは、下りもスイスイと走ることができて、麓へと降りた。
その後は、街の入口の駐車場に車を置いて、フー子さん達のJK時代によく行っていたお店巡りや、みんなの通っていた学校を見たりして、あちこちを巡った。
「最近は、隣の市にできた大きなショッピングモールが流行りかな」
朋美さんが言うと、みんなも頷いた。
訊くと、スーパーがメインで、専門店街に色々なブランドショップが入っていて、無料シャトルバスもあるため、JCやJKにも気軽に行けてしまうのも人気の要因らしいとのことだ。
すっかり街ブラも楽しんだ頃、唯花さんが
「これから、例の場所行ってみよう。燈梨は、昼間行くのは初めてじゃね?」
と、言い出した。
例の場所……最初にみんなと会った時に招待された、蛍と夜景と星空のコントラストが美しい、みんなのとっておきの場所だ。確か、コンさんや、沙織さんの亡くなった師匠の持ち物だったと聞いている。
「でも、鍵は?」
ミサキさんが言うと、フー子さんが
「借りて来たよ」
と、カードを取り出した。
それを見たミサキさんと朋美さんは、全てを悟ったような表情になり、再び車に乗ると、ミサキさんの先導で山にやって来た。
この間は、夜だったので分からなかったが、山に向かう遥か手前の地点から
『私有地 立入禁止! 柵に高圧電流のためさわるな!』
と、いう看板にフェンスと、入口には頑丈な扉と電子錠があって、誰でも気軽く立ち入れる場所ではなかったようだ。
……恐らく、師匠という人が、軍事訓練をする目的で所有していたのだろう。
山頂付近にある例の場所は、昼もとてもいい場所だった。
切り開かれてはいるが、緑が適度に残されており、川も流れている。その川の水も透き通っており、蛍が生息するだけのことはあるな、と思わされた。
昼に来ても景色は絶景で、ここは、時間に関係なく、心が安らぐ場所だと思えた。
眺めを楽しんでいると、唯花さんから
「燈梨に、話があるんだけどね」
と、言われた。振り向いて表情を見ると、さっきまでのニヤニヤしたものではなく、妙に硬い表情だ。
他のメンバーも妙に神妙な面持ちで、さっきまでの雰囲気と明らかに違うものを出していた。
私は、思わず強張る身体を隠して、唯花さんに向き合った。
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