揚げ素麺
今回は、幕間のお話で、整備日記みたいになってしまっています。
燈梨が、この中で見つけた大事な事が、今回の主題です。
お昼は、朋美さんが作ってくれた揚げそうめんだった。
沙織さんが、別荘のキッチンに残っていたそうめんを見つけて、普通に作ろうとしていたので
「オリオリ、ちょっとやらせて」
と、言ってキッチンに残っていたレトルトの食材を組み合わせて作ってくれた。
唯花さん曰く
「トモは、スポーツと料理だけは得意だからさ。……つまりは、料理上手の脳筋ってやつよ」
だそうだ。その直後、朋美さんにつねられた挙句、手伝いに回されていた。
私は、この2人の力関係は、陽気で行動力のある唯花さんに、口数が少ない朋美さんが引っ張られて行っているものかと思っていたのだが、どうやらそうではなく、対等なもののようだった。
みんなで食べた揚げそうめんは、とても美味しかった。
その存在は知っていたが、食べるのは初めてで、あり合わせの物で作ったものとは思えない美味しさと、適度にお腹にたまる満足感が、癖になりそうな逸品だった。
朋美さんに作り方のコツを聞いたので、今度作ってみようと思った。
どうも、コンさんはあまりそうめんが好きでは無く、貰ったそうめんをいつも舞韻さんにパスしていた……と、訊いている。ただ、皿うどんは好きなようなので、ちょっと試してみたくなった。
お昼が終わると、表に出て、ブースト計の取り付けにチャレンジした。
フー子さんと唯花さんが、それぞれの車のトランクから工具箱を出してきて私はびっくりしたが、2人とも平然としていたので、フー子さんに訊いてみると
「ウチらさ、場所柄、ミサキ以外は、高1の頃から原チャ乗ってたから、色々と自分らでやってたのさ。だから、自然と工具は揃っていったかな」
訊くと、フー子さん達のメンバーの中で、家が厳しかったミサキさんと、元リーダーの桃華さん以外は、みんな原付を持っていて、従兄弟の影響で、唯花さんが、整備や改造を始めたのをきっかけに、みんなで、自然に原付をいじり始めていったそうだ。
やがて、3年生の時に車の免許を取ると、お母さんの車を譲り受けた唯花さん、お祖父さんの車を譲り受けた朋美さんの車を実験台に、対象が車へと変わっていって、必然的に工具が増えていったそうだ。
「ユイのムーヴのメーターさ、タコメーター付きに変えようとしたら、フー子が間違えて配線切っちゃって、スピードも燃料も動かなくしちゃったのよね」
ミサキさんが、笑いながら言った。
それを見たフー子さんが、唇を尖らせて突っかかった。
「なんだよー、繋ぎ忘れたんだよー。それ言ったらミサキだって、ムーヴのホイール交換した時に、ナット締めすぎて、ハブボルト折っちゃったじゃないかよー」
唯花さんが、しみじみと
「色々やったよね~。懐かしいなぁ」
と、言うので、私は
「それで、その車はどうしたんですか?」
と、訊くと、唯花さんがしれっと言った。
「トモが、こかして廃車にした」
「えーーーー!」
「コイツ、酷いんだよ。車貸したら、ひっくり返しやがってさ。『サイドターンしたら転んじゃって……』とか、アホかっての!」
「ゴメン……」
「で、ガラスは4枚割れてるし、屋根は潰れちゃったし、足回りは曲がって、あらぬ方向に向いちゃってるし……で、車検も4ヶ月後だったから解体よ。今でも母親に『朋美ちゃんには、車貸しちゃダメだからね!』って言われてるからね」
私は、その話を訊いて、ふとした疑問を口にした。
「でも、朋美さんも、車あったんですよね。なんで借りたんですか?」
すると、フー子さんが
「朋美の車、祖父ちゃんのでさ、30年以上前のスカイラインで貴重なのよ。そうそう簡単に壊せないからって、練習代わりによく唯花の車借りてたのさ。とりま、始めよーぜー」
と、言うと、ボンネットを開けた。
実は、私は、この車のボンネットをの中を見るのは初めてだったので、それを見た時、思わず
「おおー!」
と、言ってしまったのを唯花さんが見て
「なに?燈梨、自分の車なのに初めて見たの?」
と、言われてしまった。頷くと
「じゃあ、これから、ちょくちょく見るようにして、基本整備と、どうやって動いてるのかくらいは覚えとこうね」
と、言うと、みんなから、しばらく、エンジンの原理と、ここくらいは自分で整備できるように、というポイントを教えてもらった。
その後、唯花さんと本題のメーターをつける作業を始め、その間にフー子さんは、エンジンのその他の部分のチェックをし、ミサキさんと朋美さんは室内作業をやってくれていた。
「ここが、タービン。ターボの本体ね、で、ここに来てるホースがブースト圧、取れるから……」
と、唯花さんが私に見せて説明しながら、細いホースを突然工具で“プチン”と切断した。
「え!?え!?切っちゃうの?」
私が、不安になって言うと
「うん。ここから三又に分けてやるからね」
と、言って、切ったホースの両側に、T字型の部品を入れてから、余った口に、新たなホースを刺して妙な部品に繋いだ。そして、3本のホースの根元近くを結束バンドで締めこんだ。
「一応、ホースが抜けないようにね」
その部品を、エンジンルームの室内側に空いた穴に、ネジで留めると、今度は、その部品から伸びているコードを、唯花さんが用意した長細い金属の棒の先端にガムテープでぐるぐる巻きにしてエンジンルームの端の穴に突っ込んだ。
「燈梨、行っくぞ~!」
と言う、唯花さんの後に続くと、右前輪のタイヤハウスの中にあるピンのようなものを、ドライバーで外してから、タイヤの内側のカバーをめくった。
カバーの内側には、さっきの配線をつけた棒の先端がやって来ており、唯花さんはそれを力一杯、手繰り寄せてから、タイヤカバーの内側にある、大きなゴムのカバーを両手でめくった。
「燈梨、このカバーを引っ張れ」
私は、唯花さんに言われる通り、力一杯引っ張ると
「よし」
と言われた。見ると、私が引っ張って広げたゴムカバーの隙間に、さっきの金属棒が根元まで入っていた。
唯花さんは、棒を押し込みながら
「トモ~、どう?配線行った?」
と、訊くと
「まだ」
更に押し込んでから
「どう?」
「まだ届かない」
「大体の場所くらい見て確認してよ!」
朋美さんは、運転席の床に仰向けになって、ハンドルの下の、さらに奥の方に頭を突っ込んで見ているようだった。
唯花さんは、突っ込んだ棒をぐりぐりと押しこんだり、ぐるぐる回したりして
「どう?今、動かしてるけど」
「……」
「あった!」
と、朋美さんが言った次の瞬間、唯花さんの手元の棒が、室内に引き込まれて消えた。
唯花さんは、ゴムのカバー、タイヤカバーを元通りに直して
「助手がいると結構、スムーズにいくんだよね。1人でやると結構悲惨だよー。室内と外を何度も往復して、配線が来てないとイライラしてきて」
と、言った。
私は、それを見て、なんかこの雰囲気が、とても楽しく感じた。
1つの作業をみんなでワイワイと、声をかけ、手伝いながら進めていく、そして、自分の車が変わっていくという2つの楽しみが味わえるのは、今までの私には無い経験だった。
なるほど、みんなは、このような作業を通じて、心を通い合わせているんだな……と、思うと、私ももっと参加してみたくなった。
唯花さんに訊いた。
「私に何かできる事は?」
「こっちはもう終わったから、室内でトモの指示貰って」
私は、助手席側から室内に入って、朋美さんに訊くと
「配線は引っ張ってきたし、オーディオからの電源と、照明の配線の枝分けは、美咲がやったから、燈梨ちゃんは、このメーターを固定する位置を選んで」
と、言われて悩んでいると、朋美さんが
「大体は、ハンドルポストか、ダッシュボードの上だけど……って、このシルビア、20年以上前の車なのに5万キロしか走ってない!」
と、驚くと、外の2人も
「マジか~」
「すげーな!」
と、驚いていた。
私は、それが、どのくらいのものなのか、分からなかったが、ミサキさんが言うには、一般的には1年1万キロくらいが妥当だという。……と、すると、24年で5万キロは異様に少ないんだということが分かった。
すると、外で見ていた沙織さんが、
「前に乗ってた夫婦は、この他にキューブ持ってたんだって。遠乗りの時くらいしか、シルビア使ってなかったって言ってたわよ」
と、声をかけてきた。
私は、前オーナーの奥さんのことを思い出し、彼女の病状が悪くて、車に乗れなかったのではないか?そんな夫婦から、心の拠り所であるこの車を取り上げて良かったのか……と、不安に苛まれかかっていたのを沙織さんは、敏感に察したようだ。
すると、唯花さんが
「夫婦が乗ってたのか。な~んか、そんな感じがするね。旦那が独身の頃に買って、ちょこちょこいじってたけど、結婚を機に、パワーより快適性と長持ちさせる方向にシフトしていった……って手の入れ方だったからさ」
すると、フー子さんが口を挟んだ。
「唯花、知ったかするなよー!お前が見ただけで分かるもんかー」
「分かるよー、このインタークーラーが、前置きじゃなくて、純正交換品の社外になってるとことか、エアクリーナーも湿式じゃなくて乾式になってるとことかな。風子はバカだから分かんないんだよー!」
「バカって言ったやつがバカなんだぞ」
2人が言い合っているうちに、私はメーターの場所を決めた。
ハンドルポストの、左側にした。ダッシュボードの上につけると、見た目がスマートじゃないので、ちょっと気になっていたのだ。
遂に取り付けが終わった。
唯花さんに
「燈梨ぃ、エンジンかけてみなよ」
と、言われ、キーを捻るとエンジンがかかり、その瞬間、遥か下を指していたメーターの針が『0』に一挙に上がってきた。
それを見たみんなが
「やった~!」
「良かったな、燈梨」
「どう?お店でやってもらうより感激しない?」
「これで、ブーストかけるのが楽しくなるよ」
と、次々に喜んでくれた。
私は、頭の中が真っ白だったが
「みんな、ありがとう。私も、見てるだけだったけど、楽しかった。これから色々な事、覚えていきたい」
と、言うと、唯花さんがポンと私の肩を叩いて
「燈梨ぃ、付けたものは試さないと意味がないんだ。と、いうことで、走りに行こうぜ」
と、言った。私は
「うん」
と、頷いた。
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