プロローグ
……眩暈がする。それも猛烈に。立っていられなくなった俺は道の脇に座り込んだ。
どれぐらいの時間が経ったのかは分からない。1時間なのか、一瞬だったのか、肩を激しく揺すられて正気に戻った。
「……丈夫?おじさん!大丈夫?ねえ!」
「あ……」
と、言うと同時に激しい頭痛が俺を襲い、目の前が真っ暗になった。
「……うっ!ぐっ!!……があっっっ!!」
痛みに耐えてじっとしているとそれは徐々に引いていった。と同時にまた揺すられる。
「ねえ、おじさん!大丈夫?」
「あ、はい」
と、今度こそ快方に向かった俺は顔を上げた。
目の前には赤い縞のリボンと紺色のブレザーの襟、さらに見上げると声をかけた主の顔が見えた。
……目が合って恥ずかしくなって逸らした。でも、その姿を見て何故か安心した。
「もう!何かと思ったんだからね。突然私の横にうずくまったと思ったら急に呻きだして」
と、声の主は屈んでいた姿勢から立ち上がって声を浴びせた。立ち上がったため今度は俺の目の前でひらひらとチェックのスカートがなびいている。制服の感じから女子高生のようだ。
可愛らしい顔をしている。恐らく、これから成長していくにつれて可愛いから少しずつ美人になっていくようなそんな感じだ。髪は肩より少し長めで若干茶髪にしているように見える。
俺も立ち上がると
「申し訳ない。世話になりました」
と、言って一歩踏み出した時
「おじさん、帰れる?」
と、さっきの女子高生からまた声をかけられた。
「あぁ」
「どうやって?」
「取りあえず駅に向かって」
「もう電車ないよ」
と、言われ腕を見るが時計をしていない。
ポケットをまさぐると白い携帯が出てきたのでカパッと開ける。AM1:34の表示が見えた。
「今時ガラケーだし」
と、後ろで一人ウケている女子高生に目覚めてからずっと疑問に思っていることを尋ねた。
「俺、どこから来たんだ?」
「は?何言ってるの、さっきが初対面だし、知るわけないし」
「……俺はいったい誰なんだ?」
「マジ?記憶喪失?じゃあどこ帰ればいいのか分からないじゃん」
と言われ、俺は現実の残酷さに目の前が真っ暗になった。記憶がなくなっていたのだ。
俺は女子高生と深夜の住宅街で『自分探し』をしていた。
全てのポケットをまさぐって中身を取り出す。
まずは財布、1万2千円ほどの現金が入っているのみでカード類は皆無だった。
次にさっきの携帯だがロックがかかっていて中が見られない。
1111や0000などの初期設定にある番号を打ち込んでも弾かれるので自分で暗証番号を設定しているようだが、当然のことながらその記憶もない。
次に鍵が2つ出てきた。1つはLEDライト付きキーホルダーに束になっていてそのうちの一番長いのが家の鍵と思われる。あと2つ鍵がついているがそれが何だかは分からない。
そしてもう1つは鍵とリモコンのついたものでキーヘッドに「NISSAN」と打刻されている。どうやら車のキーのようだ。
「やったね。車が見つかれば中に住所とかあるでしょ。これで帰れるよ」
「じゃあ……」
と、女子高生は上目遣いにこちらを見てにこっとしながら言った。
「車が見つかったらおじさんの家に泊めてよ」
……記憶のない俺にも一つ分かることがある。この女子高生はとんでもないことを言っている。
「たわけたこと言ってないで家に帰りな!知らない男の家についていく女子がいるか!」
「帰るとこないの……いいじゃん!死にそうになってるところ介抱してあげて、更には家に帰る手伝いまでしてるんだから!」
と、語気を強くして喰ってかかってきた。
……これ以上議論していると、ヒートアップ気味の彼女の状況に近所から警察を呼ばれそうだ。
更にさっきの「帰るとこない」という言葉から家出か何かのようだ。深夜にこんな人気のないところにこの娘を置いていくことにも抵抗を感じ、その勢いに飲まれることとなった。
「大体、車で来ているんだからこの近くに住んでるわけじゃないと思うぞ」
「大丈夫。どこでもいいよ、泊めてくれるなら」
「北海道だって言ってもか?」
と、俺が言うと表情を曇らせ
「北海道は嫌かな……」
と、照れ笑いともごまかし笑いともとれる笑いを浮かべて言った。
車のキーと家の鍵を別々にしていてわざわざ持っていたことから、ここまで車で来たと推察される。
すぐ近くにコインパーキングが2つあった。
手前にある照明の明るい方には日産車が止まっていなかったのでここにはないようだ。
そして奥にある暗い方には2台あった。
俺は恐る恐るリモコンのボタンを押してみると“カシャ”という音がしたのでその車に向かって行きドアノブを引くとドアが開いた。
念のため鍵穴にキーを差し込んで回すとロックがかかったのでこの車に間違いないようだ。
ゴツい4輪駆動車だ。
色はカーキ色ともベージュとも言えない色合いの色でフロントには丸いライトが2つ、その間にはご丁寧にも大きな白い「NISSAN」のエンブレムが鎮座している。
これが俺の車のようだ。
見つかった。これで帰れる。
後ろを見ると、さっきの女子高生が何やら持っている。どうもゴルフバッグのようだ。
立派な物ではなく練習に行く際などに数本入れておくようなものだ。
なんで、女子高生が夜中にゴルフバッグ持っているんだろう?と近づくと
「これ……おじさんの?」
「記憶にない」
「でも、さっきおじさんが座ってた後ろにあったんだけど……」
と、言うので、既に開いているファスナーの中を覗いてみる。
クラブが3本と何やら木のグリップのようなものが見えた。それを不思議に思って取り出してみる。
……すると、それはライフル銃だった。このずっしりとくる重量感。本物のようだ。バッグの底の方には弾丸らしきケースも入っている。
それを手に取った瞬間、俺は女子高生の後ろに敵意のある人影をはっきりと見た。
……それを見た途端、本能的に構えると同時にバッグの中から出した弾丸を素早く、そして静かに装填した。カチリ…と、ゆっくり装填レバーを戻して向けた。
しかし、その瞬間、人影と気配は消えた。……どうやらこちらの動きに反応して姿を消したようだ。
相手の気配が完全に消えたのを確認してふと見ると、自分に銃を向けられたと思った女子高生は口をパクパクさせて、今にも悲鳴をあげそうになっているので、装填レバーを解除すると
「静かにしろ!」
と声を低くして凄んだ。
「……マジ?」
と、両手を挙げて呆気に取られている女子高生を車まで歩かせ、後ろのドアを開け後席に座らせた。
背が高い車なので女子高生が乗り込むのにも一苦労ではあった。スカートの中が丸見えだが、銃を構えていると全く気にならない集中力があった。
ドアをロックして閉めると料金を払ってフラップの下がったのを確認してから車に乗り込みエンジンをかけた。
ドゥン……野太い音を立ててエンジンが目覚めるとギアを1速に入れ、クラッチを繋ぐと静かに、そして素早く駐車場を後にした。
あれから10分くらいは走っただろうか。それまでの先の不安に苛まれていた自分とは違い、銃を手にしてからの俺は自分の意識とは関係なく体が動いているように思う。
どこにいるかも行くかも分からないのに車を走らせる。
……次は右だと意識が呼び掛けてくるようだ。
その先に踏切、と頭に思い浮かんだ次の瞬間、目の前に踏切があった。一時停止して出発するとコンビニの前に信号。頭に思い浮かんだものが現れる。赤信号になり停車した。
後ろのシートに座らされた女子高生は混乱の最中にいた。
最初は頼りなげなおじさんだと思っていたが、あのバッグの中にあるライフル銃を手にしてからの動きの俊敏さと迷いのなさ、さらに本人は自覚しているかは不明だが、豹変した目つきの鋭さは狂気じみている。
……殺される!そう思った。次の瞬間、車は信号で止まった。
「私、降りる。降ろして!!」
と、言うと同時にドアノブをガチャガチャと何度も引いた。……反応はない。
そうだ!ドアロックだ。
今の車では見ないドアの上部にあるつまみをトンと引き上げ、またドアノブを引いてみるがガチャガチャと音がするだけで反応はない。
何度もつまみを押したり引いたりして試すが同じだった。窓から出れば、と窓のスイッチを押すがこちらも無反応だった。
壊れているのかとも思ったが、次の瞬間思ったのが
「この車、仕掛けがされているんだ」
後ろの席は中からドアも窓も開閉できないような仕組みになっているのではないか……と。
ライフルを持って街中を歩くような男の車なのでそれなりの仕掛けがされていても不思議はない。
……もうダメだ。と絶望した瞬間、信号が変わり車は発進した。
本能の赴くままに車を走らせていて俺は思った。
間違いない、この車は俺の物で今、自分の家に向かって走っている。
頭に行く先と景色が思い浮かんでそれが現れていくし、この車のちょっと癖のあるクラッチのミートポイントもしっかり足が覚えていてまるでAT車のようにスムーズに走らせられる。
大きなボディも自分の体のように隅々まで感覚が掴めて体に馴染んでいる。
さっき後ろで女子高生が降ろせとわめいていたようだが勝手なものだ……と思った。
最初は家に泊めろとわめいていたのにだ。
しかし、よく考えてみればライフル突き付けられて車に乗せられたのだから無理のない話ではあるなと後で気づいた。
バックミラーで確認すると、さっきまでの元気はどこへやらリアシートでうなだれている。
俺も少し頭の中を整理したいので大人しくしていてくれるのは助かる。
40分ほど走ってとある住宅のガレージに入るイメージがわいたのでその絵柄の通りの家に車を入れる。
ガレージのシャッターは車内にあったリモコンを押すとすんなり開いた。
中には2ドアのスポーツタイプの車と、5ドアのちょっとお洒落なコンパクトカーがあって、その間にこの車が入りそうなスペースがあり、そこへバックで車を入れ、エンジンを切る。
俺はすぐには車を降りずに車の中をあちこち捜索した。
まずはグローブボックスから車検証入れを出し、ボックス内を見たが、懐中電灯くらいで特にほかに物は無かった。
次にコンソールボックスを開けるとカード入れとスマートフォンが入っていた。
財布とは別に持ち歩き、ガラケーとは別にスマホを持っていたのだろうか。……分からないことだらけだ。
俺は車を降りると、後ろのドアを開け、うなだれたまま降りて来た女子高生を連れて、後ろからゴルフバッグを取り出して担いだ。
……それにしても、この車のバックドアは観音開きのごついドアだ。イメージにぴったりだなと、妙に納得した。
車の後ろにある建物のドアに持っていた鍵を挿し、回した。
カチャっという感触で鍵が開き中に入ると電気をつける。入って左手にスイッチ。イメージ通りだ。
1階にドアが1つあるが、ここは居室ではない気がする。
ドアを開け、電気をつけるとそこはカウンターバーだった。
趣味で作ったものではなく本格的な店のようだったが、しんとしており、今日は営業していないような印象を受ける。
廊下に戻り、階段を上がって2階に上がると電気をつける。
リビングと台所、更に部屋が2つあるが、人の気配は全くない。
車が3台ある状況から他に家族がいるのではないかと思ったのだが、どうやら俺1人のようだ。
リビングに戻ると女子高生は蒼白な顔で身じろぎしながら後ずさった
「こ、殺すの?」
「なんで?」
「だって私、おじさんがそんなもの持ってるの見ちゃったんだよ。それに拉致されたし!」
「アホ抜かせ、なにが拉致だ。お前が家に泊めろとわめき散らしたんだろうが、それに殺すならここまで連れて来ない!」
「でも私が警察に行ったら」
「行けるのか?」
と、俺が聞いたら女子高生は暗い表情になって目を伏せ黙り込んだ。
十中八九間違いなく家出だ。
警察に下手に駆け込めば自分にも不利なのは承知しているのだろう。
ただ、ライフルと俺の行動を見て殺されると思ってカマをかけたんだろう。
「取り敢えず今日のところは何も考えないで寝ろ!風呂沸かそう」
と、言って風呂場を見に行こうとした時、後ろからぎゅっと抱きつかれた。
「なんだ?」
「そうだ。泊めてくれるお礼しなきゃ……」
と、言って彼女は着ていたブレザーを脱ぎ捨てると中のカーディガンとリボン、ブラウスのボタンを外して脱ぎ捨て、薄い青の下着姿で今度は前から俺に抱きつくと
「今からシよう」
「ふざけんな!ウチはヤり宿じゃねぇ!」
と、自分の家かイマイチ自信がないが、俺は言っていた。
「……でも」
「お前なぁ、自分を安売りすんなよ。いらねぇものはいらねぇ!いいか?俺はタダでさえ自分の記憶が無くなってどうしようか考えなきゃならねぇんだよ。そんなことしてる暇はねぇ!」
と、言い放ち、彼女を振り切って風呂場に向かう。
使われている形跡はあるので俺は少なくとも風呂にはきちんと入っていたようだ。
風呂を沸かして彼女を入れ、彼女が出た後に風呂に入った。
風呂から上がるとリビングのテーブルの上で彼女が封筒の中身を数えていた。
なんだこの封筒は?と、思ったその時
「あのゴルフバッグの中から見つけた。凄い金額が入ってるよ……おじさん、ヤバめの人なんじゃない?」
と、言われても全く否定できない自分がいた。
……何もかもが思い出せない。このまま考えるとまたひどい頭痛に襲われるような不安に苛まれ、
「お前……人の荷物を漁るなよ。とにかく寝ろ寝ろ」
と、言いリビングのL字に置かれたソファでそれぞれ眠りについた。
……午前1時半以前の記憶は全くないのだが、それでも色々とありすぎた1日は終わりを告げた。