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第20話 勝ち組女子の再会



名を呼ばれたから、反射的に答えた。


「は、い?」


疑問形になったのは、状況を把握できなかったせい。


居るわけがないという現実否定。

それでもこの自分が彼の声を聞き間違えるわけがないとも思う、相反する自己肯定。


繰り返し思い出し、夢にまで見てきた声――。


ゆっくりと振り返った先には思い描いた通りの人物がいた。

高い背と広い肩と、筋肉質な体。


遥にとっての、絶対安全地帯。


驚きすぎて、一瞬息が止まったような気がする。


かつての弟は、遥の記憶にはない少しぎこちない笑みを、たぶん精一杯の愛想を込めて浮かべて言った。


「はじめまして。姉がお世話になってます」


――はじめまして。


その言葉がショックでなかったと言ったらうそになる。


でもそれ以上に頭の中が一気に染まった。

色は、……たぶんピンク。あるいは花畑。


なんだ、こんなことならもっと早く会いに行っておけばよかった。

そう思った。

立ち直れないくらいにとは言わないけれど、きっと相応に動揺するだろうと思っていたのに。


なんてことはない。

歓喜の方が大きすぎて、痛みは霞んでしまっていた。


秋人だ。

秋人だ。秋人だ。秋人だ!


会いたかった人だ。顔を見たかった人だ。

夢にまで見た姿だ。


よく今まで我慢ができていた。

一目、見てしまったらそんな思いがあふれた。


「……あの?」

「あ、ああ、すみません。ちょっと……びっくりして」


見惚れていて。とは言えないので、視線を斜めに飛ばした。


「すみません、名乗りもせずに突然話しかけてしまって。鈴代秋人。姉の名前が冬子です。お友達だと伺っていますが……?」


他人行儀な言葉は少し寂しいけれど、ちらと窺うような視線に頬が勝手に熱を持った。

……前にもましてかっこいい気がする。


惚れた欲目か恋愛フィルターだと冬子なら突っ込んでくれただろうが、あいにくとここに彼女はいないから、遥は心の中で存分に舞い上がった。


「あ、はい! 友達です。仲良くさせてもらってます」

「いつも弁当を作ってくれていたのはあなただと姉から聞いて、いつかお礼を言いたいと思っていたんです」

「そんな! 別にお礼なんて! 好きでしていたことですので!」


ぶんぶんと大袈裟に頭を振る遥を見て、秋人が少しだけ微笑んだ。

遥はもはや早鐘を打ち過ぎた心臓が止まるのではと心配になって自分の胸に手をやる。


混乱とときめきを極めた遥の脳裏にいつぞやの冬子のセリフが思い浮かんだ。

――いつかあんたの理想の出会いを演出してあげる。

いたずらに笑う顔が見えるようだ。


確かに小憎らしいサプライズだった。

だが、心臓に悪すぎる。


心の中だけで深呼吸を繰り返し、遥は冷静になって(つもり)秋人に聞いた。


「でも、なぜこの学校に?」


秋人の着ている制服は、記憶にあるものとは違う。

――というか、遥の学校の規定服だった。

つまり秋人はこの学校に入学したわけで……。


本来なら、冬子と同じ学校に行くはずなのに。

どこでどう未来が変わったのだろう。


静かに混乱している遥をよそに、秋人は遠い目をした。


「秋から死ぬ気で勉強した。この学校のレベルだと、かなりきつかった」


そもそも部活一筋の秋人は、遥が冬子だった頃も成績が壊滅級だった。

それに気付いた遥は慌てて、かつ必死に勉強を教えたものだ。頭は悪くないので教えればできるのだが、いかんせん対策が遅すぎた。

高校に合格できたと聞いたときは喜びよりも安堵の気持ちが大きかったと言えば、その程度がわかるだろう。


それを思えば今回は教師役である遥の存在がない上に、この学校は冬子の学校よりだいぶ偏差値が高い。本当に大変だっただろうと遥だからこそ想像できること。


その苦労は十分にわかったのだが、まったくもって遥の質問の答えにはなっていない。

少しばかりズレた答えを返してきた秋人に「むむ」と顔を顰めていると、不意に低い位置にある遥の顔を秋人がひょいと覗き込んだ。


「どうしてもここがよかったんだ」


少しだけ目を細める仕草は小さな笑みを示している。遥以外には読み解けない秋人のその表情はよく見知ったもの。


でもその声は聞いたことがない。

囁くような音が遥の耳をくすぐった。


「――あんたが、通ってるから」

「……え?」


得意の「え」はまだ存命していた。使い切ったかと思っていたが、生存確認完了だ。

にっと笑った秋人は遥が口を挟む隙もなく、そのまま流れるように姉の話を始めてしまった。


「姉貴は今日こそ『涼太くん』にアタックするんだって息巻いてた」

「え? ええ。いつもながら、元気そうでよかった」


ついに彼女も運命の決行日らしい。秋人の話からそれを知る。

その成功を祈ったが、はて、と遥は内心首を傾げた。


よかった? んだけど、なんのはなしだったっけ。


「元気も元気。今朝も露出狂みたいな恰好して、クネクネしながらどっちのポーズが魅力的かなんてあほなこと聞いてきやがって」


苦々しい顔で語る秋人の話は簡単に想像できて、思わず吹き出して笑ってしまった。

ついでにちょっと引っ掛かっていた『何か』も一緒に吹き飛んだ。


「絶対に好きになってもらうんだって。それにしては行動が馬鹿なんだよな。もはや憎めない……」


呆れを強く乗せた声には親愛の情が見て取れた。

冬子は『家族』をちゃんと作れたのだと、少し嬉しくなる。

秋人は寂しくないのね? そうは聞けないからきゅっと口の端を上げた。


「まあ、俺が言うのもなんだけど、あれだけ必死に好かれたら、いつかは絆されて落ちるんじゃねーのかな。大抵の男はああいうのに弱い」


鼻の頭を掻きながら、秋人はなぜか照れたようについと視線を逸らした。

今の会話のどこに照れる要素が? とは思ったが遥が気になったのはそこではない。


秋人もそう? 必死に好かれればいつかは絆される?

もしそうなら一回フラれたくらいで諦めないでいいということになる。


そんな危ない思考に陥りかけたところで、当の秋人から思考に横やりが入った。

絶対に無視できない、最大級の爆弾発言があまりにも唐突に差し込まれたのだ。


「――あれでいて、実は『涼太くん』の記憶なんてほとんどないらしい」


浮かれ気味だった頭の中が突如強い光に照らされたように白く染まった。


「……え?」

「支えにする思い出もないくせに、よくあそこまで一途に思い続けられる」


それだけは尊敬に値する。

秋人がしみじみと言った。


「秋人、待って。冬子が、……なに?」


強張る腕を上げて、秋人を止める。


なにか、おかしな言葉を聞いた。

全部が、おかしな台詞。


震える手で額を抑えて、混乱をなんとか収拾しようと頭を働かせた。


苦笑した秋人が壊れ物に触れるかのように慎重に遥の髪を撫でていく。


「姉貴から貰った生まれて初めての誕生日プレゼントは、……そりゃあもう、驚かされた」


じっと合わせられた視線に、遥はなんだか落ち着かない気分になる。

これは良い予感なのだろうか、それとも悪い予感? どちらとも判断のつかない胸のざわつき。


秋人の目の中の慮るような色が少し怖い。



「――なにせ、『記憶』だ」



遥は無言で目を見開いた。


「勝者権限があるなら、敗者権限もくれってダダこねたらしいぜ」


そうして遥が自分(冬子)に分けた記憶容量を、他人に譲り渡す権利。それをもぎ取った。


「我が姉ながら無茶苦茶だ。――けど、死ぬほど感謝もしてる」


秋人にとってはそのたった一つの事実で、これまでのことをすべてチャラにしてもいいと思えるほどの功績だった。


そういえばと、遥は静かに思い出す。

『遥』として過ごした時間の思い出を尋ねた時も。

涼太の話をねだった時も。


冬子の答えはいつだって同じ。


――覚えてないわ。


照れでも、誤魔化しでもない。

ただの、真実。


「……本当に、なにも覚えてなかったのね」


熱を出した時のような、ぼんやりとした頭でそう呟いた。

思考がひどく重い。


冬子にあるのは、一年間の『遥として過ごした』という事実だけ。

空っぽの思い出と、空白の一年。


感情(後悔)だけ残ればいいって、そう言ってたな」


それから、

たった一つの、愛。


「――あとはあんたへの、贈り物なんだってよ」


見上げると、秋人が肩を竦めてみせた。


「姉貴なりの、感謝の仕方なんだと思う」

あるいは贖罪。



祝福を。

私からあなたへ。

飛び切りの、贈り物。

貰った以上の、幸福をあなたに。



得意げに、「どうよ!」とばかりに満面の笑みを浮かべている冬子が頭の中にちらついた。


遥はゆらゆらと溢れそうな感情で頼りなげに友の名を呼ぶ。


「……冬子、冬子、やりすぎよ」


遥は知っている。

だって友達だから。


そう、いつも彼女は加減を知らない。

それがいい所で、それがいつだって心配の種。


感謝を伝えなければならないのは、たぶん自分の方なのに。

この一年、どれだけ冬子に助けられてきただろう。


「もっと、伝えればよかった」


あなたが居て、とても嬉しかったと。

足りないものは確かにあった。けど遥はちゃんと、十分に幸せだったのだ。


なのに自分の大切なものを削ってまでその幸せを積み上げようとする人がいる。


「伝わってるだろ、きっと」


秋人があっさりと、そして少しだけ困った顔で言った。

それでもやりたいことをやるのが冬子なのだ。


「こんなの祝福過多だ、絶対に」


ぶわりと押し寄せた感情にまかせ、遥は涙に変えて熱を体外に流し出した。


彼女は果たして知っているだろうか。



あなたも、わたしの幸せの一つだなのだと。




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