What is 雌叫び
六時間目の国語の時間。みんなが静かに授業を受ける中、俺はうんうんと唸っていた。
「うーん……うーん……」
「どうしたのソウ。そんなうんこ気張ってる時みたいな声出して」
隣から声を掛けてきたのは幼馴染みのつん子。本当はつぐみという名前だが周りからはつんつんと呼ばれ、それが変化して俺はつん子と呼んでいる。
「つん子にうんこって何か面白いよな」
「そんなこと考えてたんならしばくよ」
「いやいや、ちょっと気になることがあってさ」
つん子は不思議そうにハーフアップを揺らす。清楚な髪型のイメージなのに出てくる言葉はうんこやら雄っぱいやら汚いものばかりなのが何ともつん子らしい。
「つん子、雄叫びって言葉は聞いたことあるだろ?」
「あるね。おぉぉってやつでしょ」
「じゃあ雌叫びってあると思わないか?」
「……? 昨日道端の犬のフンでも食べた?」
「つん子はうんこネタが多いんだよ。アロエならまだしもうんこは食べないから」
アロエならまだわかる。アロエなら食べても納得出来るけどうんこは食べないよ。俺の大好きなアロエならまだわかるんだけどさ。
「……で、何? アロエのうんこ?」
「全然違う。雌叫びだよ雌叫び」
「聞いたことないなぁ」
「そりゃそうだろ。何なら雄叫びだって聞いたことないよ」
「違う違う、雌叫びって言葉自体ね。……ふっ、ふふっ、ふふふっ」
「何、急にツボに入ってどしたの」
つん子はこういうところ不思議ちゃんだ。口元を手で隠すけど漏れる笑い声はしっかりと耳に届く。
「い、いやね……? 雄叫びっておぉぉだけど、そしたら雌叫びってめぇぇなのかなって……ふ、ふふっ、や、ヤギじゃん!」
「……ふふ」
「ぜ、絶対ヤギだよ。男が腰振っておぉぉとか言ってんの見ながら女はめぇぇって鳴くんだよ」
「ふふっ、ちょっやめろ。今授業中だぞっふ」
「こ、交尾じゃん! 絶対交尾じゃんそれ!」
「「あっはははは!!!」」
国語の時間だと言うのに二人して大声で笑ってしまう。教室中の生徒はぎょっとした顔で俺とつん子を向くけど、直後やっぱりなと溜め息をつく。解せん。
そんな俺達を見て、アラサーバツ四先生(略してアバヨン先生)はガンガンと手に持った黒い棒で黒板を叩く。ちなみにあれはスタンガンだ。
「おーいアンタ達、授業を真面目に受けないなら留年させるわよー」
「俺は学年一位です」
「私も学年一位です」
「嘘つけって言いたいけどアンタ達アホなくせして意味わからんくらい頭良いんだよな……。はぁ、今度は何で笑ってたんだ」
「つ、つん子が女のヤギはセックスで交尾っつか……ぶふっ!」
「めぇぇって! めぇぇって鳴くんですアバヨン先生!」
「ホントクソ童貞と芋臭処女ね。……生徒には使いたくなかったけど」
アバヨン先生はバチバチとスタンガンの電源を入れる。教室中からヒエッという声が上がった。ここは元凶の俺が何とかするしかない。
「落ち着いてくださいアバヨン先生」
「そもそもそのあだ名が気に食わないのよ」
「え……? でもアバサンではないですよね……?」
「あっははは! ソウってば遠回しにアバヨン先生をオバサン扱いとかあはは! やめて、もうお腹痛い!」
「ここらでちゃんと言っとくけどアタシのバツは相手が悪いのよ。アイツらが全員浮気するから……! クッソイラついてきたなオラァ!!!!!」
ガン!!! と黒板を拳で殴りつける。うぉぉ怖ぇ……バーサーカーじゃん……。アバヨン先生イライラするとすぐ黒板殴るからうちの黒板ヒビだらけなんだよな……。アバヨンが気に食わないならバサカ先生とかにあだ名変えとこう……。
「はい先生」
「何だつんつん」
「雌叫びってどんな感じですか?」
「は?」
上手い具合につん子が話題を変えてくれる。流石つん子、頼りになる。
「雄叫びってあるじゃないですか。おぉぉってやつ。じゃあ雌叫びはどんなのだろうってソウと言ってたんですよ」
「……あっはぁぁぁん♡♡♡とか?」
「ヴォエエエエエ!!!!!」
「今アタシの喘ぎ声で吐いたやつは放課後体育館裏来なさい」
っべぇ……俺また怒られる……いやでも今吐いたの俺だけじゃなかったしセーフセーフ……うんセーフ……。
そんなことをしているうちにスピーカーからチャイムが鳴り響く。気付いたらもうそんなに時間経ってたのか。キンコンカンコンのキが聞こえるなり委員長は早口で号令を口にする。
「起立礼着席終わり!」
「うぇーい今日どうするよ!」
「あたし〜出来たてのかき氷屋さんに行きたい的な〜?」
「うち駄菓子屋行きたーい」
「かくれんぼとか最近マジ熱いからそれもやろーぜー!」
クラスメイトは今日最後の授業が終わってこの後の予定を立てる。アバヨン先生改めバサカ先生はその様子を見てクソデカ溜め息を吐いた。
「……まあ良いわ。どうせアンタらはアホなくせして予習は全部終わってるでしょうし」
スタンガンをポケットにしまうとバサカ先生は教室を出ていく。嵐は過ぎ去った。
……さて、あとは本題の雌叫びだ。
「ねぇソウ。結局雌叫びって何だろう?」
「……俺の仮説を聞いてくれるかつん子」
「いつになく真剣な顔。何かあるの?」
つん子は不思議そうに首を傾げる。髪の毛をくるくる弄っていた。
「まず雄叫びの英語はroarだよな」
「うん」
「つまり雌叫びはfemale roar」
「? まあそうなるのかな」
俺はノートにfemale roarと書く。
「次に男と女と言えば嫁。だからyomeであるyとmを足す」
「は?」
female roar y m
「そして俺はアロエが大好きだからアロエを食べちゃうんだ。スペルはaloeな」
「は?」
fem rar ym
「fは邪魔だから消す」
「は?」
em rar ym
「そしてこれを並び替えると……」
俺はノートにサラサラとアナグラムを書く。カッコイイから勿論筆記体でだ。
──marry me
「結婚してくれるか? つん子」
「は?」
おかしいな、最高にカッコイイプロポーズなのにリアクションがおかしい。つん子にはこの高度なプロポーズは理解出来なかったのか?
「式はいつ挙げる?」
「やっぱり犬のフン食べたんでしょ」
「……ぬう。これもダメか」
行けたと思ったんだがな。これで通算百一回目のプロポーズ失敗だ。何が悪かったんだ。
「……前から言ってるけど、もっとちゃんとストレートに言ってくれたら受け入れてあげるから。アホみたいな告白だと恋バナで話せないの」
「アホ? むしろ最高に頭の良いプロポーズじゃなかったか?」
「……はぁ」
心の底から呆れたと言わんばかりの溜め息。わからねぇ……今回こそはいけるはずだったのに……。
「……もしちゃんと告白してくれたら、あたしの雌叫びくらい聞かせてあげるから」
そっぽを向きながらつん子は呟く。
横から見えた耳は、アロエの花のように赤かった。