寝取りの決意
その日、霞から連絡があった。
週末だし一緒に飲みに行こうと。そう言う連絡だ。新しい彼氏にまたフラれたのかと、私は少しの説教を混ぜながらその提案を快諾した。
喜んでいるくせに、まるで仕方なく付き合ってあげているような恩着せがましい自身の物言いを恥じつつも、内心ではウキウキだ。だけど一つ気になるのは……いつも連絡時にある「フラれたから慰めて」の一文が無かったことだ。
……まさか結婚の報告じゃないよなと、私の中の嫉妬心が首を擡げる。
だめだ、そうならそうと祝福すると決めたじゃないか。それにそうと決まったわけじゃない。まだ焦る時じゃない。
それから私は平静を装って店を選び、仕事をいつもの倍の速度で終わらせて定時に帰る。何か週末だし皆で飲みに行こうかとか上司が言っていたがそれは丁重にお断りして足早に店へと直行する。
予約時間よりもかなり早く到着してしまったが、店の人は快く入れていれた。案内された予約した個室にお茶を持ってきてくれたので、そのお茶の飲み一息つく。
待つ時間……この待つ時間が嫌いではない。だけど今日は早く来て欲しいとも、来てほしくないとも思ってしまう。
自身の醜さが嫌になるが、とにかくまずは霞と会えることを喜ぼう。
私の緊張を他所に、ほどなくして霞は現れた。ほんの少しだけ陰のある表情を見て、私の内心でホッとしてしまう。どう見てもおめでたい報告ではない……たぶんまたフラれた話だろう。だったら慰めるだけだと、私はいつもの苦笑を顔に貼り付ける。
「何よその顔……またフラれたの?」
「えっと……ちょっと……明菜ちゃんと一緒に飲みたくてさ」
いつもならここで涙目になりながら取り乱すように大声を出し、それから即座にお酒を頼むというのに……なんだか彼女の歯切れが悪いのが気になった。そして彼女は、少しだけぎこちない動きで私の向かいに座ると、彼女はゆっくりと掘りごたつの穴の部分に足を入れる。
それからいつものように注文……飲み放題にして私はビール、彼女は焼酎……。しかし、彼女のペースがいつもより遅いし、フラれたことに対する愚痴も無い。他愛もない話に終始する。
……なんだろうか、この違和感は。
今日はただ単に私と一緒に飲みたかっただけなのだろうか? それならそれで嬉しいのだが、変な違和感が終始付きまとう。お酒のペースも私と同程度と遅く、ちびちびと飲んでいる。
なのに表情は晴れていない。時折、話題に対して笑顔は見せるのに、どうにも終始暗い陰が消えないのだ。こんなことは今までになかった……。
酒を飲み料理を食べ……滅多にない普通の飲み会としての時間が続いて行く。
このペースなら今日は泊まりは無しかなと……少し残念がっていた際に、掘りごたつで向かい合っていた私の足が不意に霞の足にぶつかった。少し遠くにある料理を取ろうとして身を乗り出したときにぶつかったのだが……
「痛っ……!!」
身を乗り出したときに、私の足はちょうど跳ね上がる形になり霞の外腿辺りに軽くぶつかった。本当にそれだけなのだが……彼女はその衝撃とも言えない衝撃に顔を顰めていた。
痛いという言葉も反射的に出てしまったのか、慌てて彼女は両手を口で押えていた。
「……霞……?」
「あ……明菜ちゃん、違うの。今のはちょっとビックリしただけで……」
言い訳を始める彼女を無視して、私は掘りごたつの中に、自身の身体を滑り込ませるように無理矢理に侵入する。目の前にはロングスカートに隠された彼女の下半身だ。
「明菜ちゃん?!」
抗議するように声を張り上げる霞を無視して私は彼女のスカートに手をかける。どうか今は店員さんが来ませんようにと祈りつつ、私は両手で押さえつけられているスカートを無理矢理に捲り上げて彼女の太ももを露出させる。
私が羨ましいなと思っていた真っ白い彼女の肌には……痛々しい青紫の色が付けられていた。
「違う……違うのこれは……」
「何よこれ!? 霞?! 痛っ?!」
私は激昂のあまり、そこが掘りごたつの中だという事も忘れて思わず身体を跳ね上げる。天板に頭をぶつけるが今はそれどころじゃない。まずは霞の方だ。
なんだこれは……ぐちゃぐちゃに混ぜた気持ちの悪い絵の具をぶちまけたような色が、霞の肌を汚している。
これはどう見ても……打撲の跡だ。
「あんたこれ何?! 何があったらこんなことに……」
既に掘りごたつの中からは出て、私は彼女の足をこたつから出して真っ直ぐにして打撲箇所を露出させる。見れば見る程に痛々しく、私はその箇所に触れないようにしながら彼女の顔を足に視線を行ったり来たりさせていた。
「……あのね……今付き合ってる人とちょっと喧嘩になっちゃって……普段は優しい人なんだけど……怒ると……その時につい出した足が私の太ももに当たっちゃって……」
つい? ついで蹴ると言うのか? たかが喧嘩をした程度の事で、そいつは私の霞を傷つけたのか?
頭に血が上り、彼女が何か色々と言っている言葉は私の耳には碌に入って来ない。それでも彼女は、今の彼氏の擁護を続けている。こんなになるまで擁護するのは優しいの範疇を超えている。
「あのね……謝ってはくれたの……でもなんだかビックリしちゃって……それで明菜ちゃんに会いたくなって……今日それで……」
「謝る? 謝っただけなの? 病院は? こんなこと立派なDVだよ、警察に……」
男の力で殴られるだけでも相当だというのに、蹴りと言うのはそれ以上だ。それを謝るだけで済まそうとするなんて碌な男じゃない……今すぐにでも別れさせないと……私はそんな風に考えていたのだが……
「謝ってくれたし大丈夫だよ、それに……彼が言ってたの……私のことが好きだからついって……。だから……私の事を好きな人がしたことなら、私は許してあげたいの……」
そこで私の思考は止まる。
彼女は言った『私の事を好きな人がしたことなら許す』と。だったら……だったら私のこれまでの我慢はなんだったんだろう?
私が彼女に好きだと伝えていたら……彼女は受け入れてくれたんじゃないか?
だって彼女自身が言ったのだから。『私の事を好きな人がしたことなら許す』って。
だったら、彼女の恋人が私でも問題ないじゃないか!!
酒のせいか思考が急激にグルグルと回る。支離滅裂だと理解しつつも、私は都合の良いように思考を重ねる。
私は霞が好きだ。大好きだ。愛している。喧嘩をすることもあるかもしれないが、私ならこんな風に霞を傷つけない。
絶対に幸せにする。霞を今まで悲しませてきたような男達みたいなことは絶対にしない!!
だから……私がやることは一つだ。
「明菜……ちゃん?」
「霞……今日は私にとことん付き合ってよ。明日、休みでしょ?」
「う……うん、良いけど」
私は無理矢理に、笑顔を浮かべた。唐突に豹変した私に面食らいながらも霞は了承してくれた。
この時、私はもう決めたのだ。
彼女を男達から寝取ると。