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「僕、今世では病弱じゃないはずなんですけれど」
「今世?」
自室のベッドで目を覚ました僕に、ディノ―ルが紅茶をいれてくれながら首をかしげます。
いけません。
前世の話なんてしたら、おかしくなってしまったと思われます。
そんなことになったら、昔のロベルトお兄様のように幽閉されかねません。
あ、お兄様は幽閉ではなく、放置でしたでしょうか。
駄目ですね、僕、混乱しています。
とにかく、ごまかさなくては。
「根性、ですね。言い間違えました」
ディノールが何とも言えない顔をしています。
僕も思います。
根性では病弱じゃないはずって何。
意味が全く分かりません。
でも咄嗟に似たような言葉で思いつけたのが、その言葉なんです。
ロベルトお兄様なら、もっと上手なごまかし方が出来たかも。
「疲れていらっしゃるのですね……無理もありません。お相手が、あのミーヤ公爵令嬢なのですから」
「あの? それって、どうゆう意味?」
ミーヤ公爵令嬢は、すでにディノール達が知るぐらいにヤンデレ令嬢なのでしょうか。
でもヤンデレって好きな人ができると、その人だけに病んで迫るんですよね?
実は僕、あんまりヤンデレの定義がわかっていなくて、あいまいなんですけれど。
「いえ、失言でした。王子は、ゆっくりと体調を戻すことに専念してください」
ディノールが淹れてくれた紅茶は美味しかったけれど、なんだかもやもやします。
ミーヤ公爵令嬢からは、出来るだけ逃げれますように。
……心配げだった泣きそうな顔が、忘れられないけれど。
綺麗な彼女の顔を頭の中から振り払うように、僕は小さく頭を振って、ベッドの中に潜り込みました。
◇◇◇◇◇◇
「こんなに沢山、僕の為に……?!」
次の朝。
僕が目を覚ますと、僕の周りにはたくさんのお花が飾られていました。
ミーヤ公爵令嬢からだそうです。
白に近いクリーム色の花は、薔薇なのでしょうか。
僕、あまり花の名前には詳しくありません。
でも部屋を埋めつくさんばかりに届けられた花束は、とても綺麗です。
「ルペストリス王子によく似ていますね」
ディノールがそんな事をいうから、僕は花束を抱きしめたまま、首をかしげます。
「えっと、僕に花が?」
「そうして花束にお顔をうずめていらっしゃいますと、花と同化していらっしゃいます」
「あぁ、そういえば、僕の髪と同じような色ですね」
ちょっと癖っ毛ぎみの髪を少しつまんでみます。
贈られてきた白に近いクリーム色の花は、お母様譲りの僕の髪色とよく似ていました。
ミーヤ公爵令嬢がくれた手紙には、無理をさせてしまったこと、早く元気になってほしいことなど、僕を思いやってくれる言葉の数々が並んでいました。
完璧な筆致ではなく、どことなく丸みを帯びた癖字も親しみを覚えます。
……なんで、彼女はヤンデレ悪役令嬢なのでしょうか。
あんなに綺麗でかわいい女の子に好意を向けられて、うれしくないはずがありません。
ちょっとぐらい嫉妬深くたって、ヤンデレ悪役令嬢でさえなかったら。
僕を殺したりしないでくれるなら。
きっと、仲良く過ごせるのに。
彼女を避けないと、僕の未来は刺殺です。
だから、僕はそっけないお礼の手紙を返しました。
ほんとは、すごく、うれしいのに。
その後も出来るだけミーヤ公爵令嬢と会わないように避け続けました。
罪悪感がいっぱい沸きあがってきます。
僕に避けられると、ミーヤ公爵令嬢は寂しそうな笑みを浮かべるから。
でも、ここでめげたらいけないんです。
命がかかっているんですから。
どうしても一緒に出なければいけないパーティーなどは、僕は体調不良を理由にすぐに王宮へ戻るようにしました。
それでも彼女は、一度も僕を責めません。
僕が王子だからというのもあるのでしょう。
けれど体調不良を理由に僕が城に戻ると、次の日には、心のこもったお見舞いの品が彼女から届きます。
僕が倒れてしまった日に飲んでいた紅茶や、パーティーで僕が彼女の前で口にしたことのある焼き菓子、ふと目を止めた美麗なティーカップ。
それらによく似たものや、同じものが届きます。
僕の好みをよく見てくれているんでしょう。
そして必ず、彼女の直筆で僕を気遣う手紙が添えられています。
どうして、こんなに思ってもらえてるのに、僕は彼女を避けなくちゃいけないんでしょう。
運命に泣きたくなってきます。
いっそ前世を思い出さない方がよかったんじゃないでしょうか。
そうしたら、僕はミーヤ公爵令嬢と運命の日までは幸せに暮らせた気がします。
ゲームの中のルペストリス王子はなんで浮気なんかしたんでしょうね。
僕だったら、絶対、ミーヤ公爵令嬢だけを見続けるのに。
……ん?
待ってくださいね。
僕いま、凄い事に気が付きました。
ミーヤ公爵令嬢が僕を殺す理由って、僕がヒロインと浮気をするからですよね?
僕、ヒロインのこと好きじゃないんです。
いえ、ゲームの中のルペストリス王子はヒロインの事が好きだったと思います。
でも、プレイヤーとしての前世の僕は、婚約者がいる人に四六時中くっついて回って、「そんなつもりなかったんです……」って言い訳するヒロインの姿に全然共感持てなくて。
僕が男の子だからでしょうか。
女の子だったら、ヒロインと王子の身分違いの恋にドキドキできたのかな。
でも僕は前世もいまも男の子ですし。
ゲームの中でミーヤ公爵令嬢に刺されなくても済む方法は、ヒロインとの愛情値を最大値まで高めることでした。
愛の力がどうたらで、僕を刺してもナイフが刺さらないとかなんとか。
ネットで見た情報なので、僕は未体験です。
結局僕はあんまり乗り気になれなくて、何回かプレイしても刺されて終わっちゃったんですよね。
いまの僕も、出会う前からヒロインにあまりいいイメージがもてないから、愛情値が最大になるなんてことはなさそうです。
なので、ヒロインには最初から近づかないという方法も取れるんじゃないでしょうか。
つまり、僕は、もしかして刺されなくて済んだり、しないかな……?
ミーヤ公爵令嬢を避けなくちゃって思っていたけれど、ヒロインを避ければいいって考えたら、なんだか気が楽になってきました。
僕はうきうきと鼻歌を歌いたい気分になりながら、ミーヤ公爵令嬢にお見舞い品のお礼と、今度、一緒にお出かけしましょうって手紙を書きました。