第十二夜‐後
二〇××年 六月十八日
翌朝早く、アトル一家は、新天地へ向けて旅を始めました。
アトルが前を、アルバが後ろを歩き、子どもたちを守るように進みます。アトルたちの縄張りになっていた洞窟周辺の平原を抜け、ひたすらに歩いていきます。
途中で穴を掘って休んだり、そこを拠点に獲物を狩ったりと、旅は順調に進んでいきました。しかし、少しずつ不穏な空気があたりを漂い始めたのです。
「シカが、死んでる」
それを見つけたのは先頭を歩いていたアトルでした。
いえ、彼らにとって、死んだ動物を見るのは慣れたものです。問題はその死に方にありました。
「人間が使う銃弾が、こいつを殺している」
つまり、人間がこの周辺にいるということを示します。
けれども、いままで人間を近くに感じたことがないだけで、彼らはどこにでもいるものなのです。いえ、この言い回しはおかしいですね。この世界で人間というものは存在すらしていなかったはずなのに、どうして、いまになって。
僕は不吉な予感がしていました。けれども、
「ざんねん、ごはんになると思ったのに」とアイル。
「おなかすいた」とコルン。
「はいはい、人間のにおいのしないところに行ってからね」とアルバ。
こうした家族の気の抜けた会話を聞いていると、まあ大丈夫だろうという気にはなったのです。アトルですら、
「とにかく注意して進もう。きっと大丈夫だから」
と、楽観的なことを言っていましたから。彼なりに家族を安心させるための言葉だったのかもしれませんが。
それからは一度も、人間に殺された動物を見ることはなく、僕は胸をなでおろしていました。彼らの新しい住処も、いつのまにか決まっていました。ある山のふもとにある広く、平べったい洞窟。前の〝海〟沿いの洞窟の二倍ほどは広く、子どもたちが大きくなっても、きっとのびのびと暮らせるだろうと思われました。周囲には森があり、餌にも困ることはなく、人間からも見つかりにくい場所でした。
「さあ、みんな今日からここで暮らすんだ」
「やった!」子どもたちも嬉しそうに洞窟の中を跳ねています。
「こらこら、こけるわよ」
そんなやんちゃな子どもたちをなだめるのは、やはりアルバでした。それでも、彼らは嬉しそうに駆け回っています。そんな様子を眺めながら、
「アルバ」とアトル。
「どうしたの、あなた」
「これからもよろしく頼むよ」
「急になによ」嬉しそうに首をかしげます。
「俺にとっては、もちろん、家族みんなが大切さ。でも、君は俺の半身と言っていいほどなんだ。俺たちが鳥だとしたら、ふたりは片翼ずつなんだ。君がいなくなれば、俺はもうまともに飛ぶこともできないんだ」
「ええ、そうね。私、小さいころからあなたのそばにいて、まさかこうなるなんて、予想もしなかったけど、いま、ほんとうに幸せよ」
「ああ、俺もだよ。ありがとう、アルバ」
「お礼なんていらないわ。ずっとそばにいてね、アトル」
「もちろんだよ」
新たな地で、新たな希望が目の前に広がっていました。
新しい暮らしにおいしい食べもの。新しい家族だって増えるかもしれません。
アトル一家には明るい未来が待っていました。




