第十夜‐後
二〇××年 四月十二日
瞼を開くと、洞窟の外に雲ひとつない快晴の空が見えました。
「いい天気だ」と、傍らにいるはずのアルバを探しますが、彼女はそばにはいません。
「また食べ物を探しに行ってくれているのか」
ありがたいことだ。とつぶやきます。
アトルのからだは長旅に疲れていて、うまく動かせないようでした。立ち上がって、外の様子を確かめようとしましたが、立ち上がることさえ叶いません。
「情けないな」
いえ、単なる疲れというよりは、急に訪れた心安らかな休みによって孤独の緊張が解け、たまった疲れが体調不良というかたちであらわれたようでした。彼ができることは、洞窟の中に臥せって、アルバの帰りを待つことだけでした。
「アトル」アルバの声が聞こえます。
「起きて、アトル」
その声にアトルは目を覚まし、アルバのすがたを認めると嬉しそうに声をかけます。
「ああ、アルバ、お帰り」
「お帰りじゃないわ。もう、ずっと寝てるんだから」
「ごめんね。もうすぐよくなると思うから」
「いいのよ。これまでひとりで頑張ったんだから。さあ、ごはんにしましょう。ちゃんと食べないとだめよ」
アルバはひとりでたくさんの食料を集めてくれていました。
小動物から木の実に至るまで、オオカミが食べられそうなものはほとんどすべてそろっていました。
「毎日毎日ほんとうにありがとう」
「もういいわよ、そんなに言わなくたって。あなたが元気になってくれたらそれでいいのよ」アルバは笑顔で言います。
「ありがとう」
アルバは嬉しそうに、彼女の集めた食料を口にします。ただ、たくさんは食べられないようでした。胸にアミトの言葉が残っていたのか、単に体調不良ゆえなのか、わかりかねましたが。
「ねえ」とアルバが食事中のアトルに話しかけます。
「どうしたの」
「もし、元気になったら、また山を目指すの」
「どうしてそんなことを聞くの」
「また旅に出て体調を崩したら大変じゃない。それに、わたし、ふたりでのんびり暮らしたいわ」
アトルには、自分が何かを目指さなければならないことは分かっていました。それが漠然としていて、目標とさえ言えないことも。それでも進まねばならないということを、銀色の友から学んだのでした。
『ならば、ぼくはもう一度アルバを置いてどこかに行けるだろうか』
彼は首を振って、それからアルバの顔をじっと見つめました。
「言う通りにするよ。ぼくはきみのそばにいる。どこにも行かない」
「ほんとうに?」
「ああ、ほんとうさ」彼はアルバの顔をじっと見つめます。
「うれしいわ。ありがとう、アトル」
アルバはほんとうにうれしそうな顔をしていました。
振り返れば、彼女はずっとアトルを慕っていて、彼もまたアルバのことを想い続けていました。ようやく、そんなふたりが一緒になることができたのです。僕も自分のことのようにうれしかったのを覚えています。アトル、彼女を大切にするんだよ。頭の中でそう呼びかけました。
あの夜、ふたりが見つめ合い、笑いあったその瞬間から、流れる時間はこれまでのそれとはまったく異なるものになりました。お互いに気になってはいたものの、一緒の群にいた、ただの幼馴染としてのふたりから、つながったひとつのこころ、それぞれがかけがえのない片翼として生きるようになったあとでは。
しかし、ふたつの時間は、ただ、異なっているのでした。
〝ちがう〟ことは、そのまま〝くらべる〟ことを意味しません。
時間を比べることなどできはしません。それぞれが大切な時だったのです。




