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珈琲

作者: 鳴瀬


マンデリンとはインドネシアのスマトラ島で生産されているコーヒー豆の中でも高級銘柄。味は酸味控えめで深いコクとほろ苦さが特徴的。


この物語はコーヒー好きなOLの恋話。



 「まあこれでも…」


 缶コーヒーを爽やかに差し出す眼鏡を掛けた紳士に対して、私は素直に感謝の意を伝えればいいものを「缶のコーヒー…ね」なんて悪態をついた。


 「カップのコーヒーが良かったですかね。それともコーヒーショップの人気のものとかオシャレなものを差し入れた方が良かったかもしれませんね。失礼しました。」


 気を遣わせたい訳じゃない。もっと可愛く素直に気を遣ってくれてありがとうとか、コーヒー好きなの知っててくれたのねとか。私がもっと気の利いたこと言えば良かったじゃない!なんて頭の中で堂々巡りしたって仕方ない。「…いえ、ありがとう。頂くわ。」なんて、またまた素っ気ない具合で缶コーヒーを開けた。





 仕事一筋の私にとって、色恋沙汰なんて必要なかった。


 みんな周りは結婚、出産、なんならもう離婚してる奴もいるけど、人生の幸せは仕事の達成感で埋められたし、それで手に入るお金で自由に暮らすのもとても気に入っていた。



 親は妹が結婚、出産を早めにしてくれたから、私に結婚を進めることはないし、昔から働くということに関して生き甲斐を感じていた私の事を理解している両親は口出しせずに、優しく見守ってくれていた。



 この缶コーヒーを差し出して私に悪態をつかれた眼鏡の男は私の同期の山崎。同期入社だからといって仲が良い訳でもなく、あまり話した事はない。部署だって違うし、お互いプライベートを話す感じではない。


 「女の人は身体を冷やしてはいけないと言いますから、ホットにしたんですが、気に入りませんでしたか?」と笑顔で問いかけてくる。


 「別に。コーヒーなら何でもいいわ。」と素っ気ない返事をしても山崎の笑顔は消える事は無かった。



 「黄昏ていたみたいでしたが、お疲れでしょう。同期の中では出世頭ですし、悩みも多いでしょう。」とまたもや笑顔で問いかける。


 ヘラヘラしやがって。なんだこいつ。なんで知ったようなフリしてんだ。ていうか、こんなに喋る奴だっけ?何か裏があるのか。仕事一筋の脳内では、他人の一言が疑心暗鬼でしょうがない。ここは無言で切り抜けるか。缶コーヒーをぐぐっと飲み、喉をゴクゴクと鳴らしてみせた。口にはブラックの奥深いコクと苦味が広がった。



 「…何でコーヒーお好きなんですか?」と山崎も折れない、逃げ出さない。


 しょうがないとため息交じりに口を開き「私ね、時代の波に乗って禁煙したの。煙草の煙の苦味の広がり方とコーヒーの苦味の広がり方が似てるし、コクの後味が癖になってからは、コーヒーばかり飲んでるの。」とこれまた素っ気なく答えた。



 「そうですか…禁煙されたんですね。煙草を吸ってる高嶺(たかみね)さんもカッコよくて好きだったんですけど、時代の波にのまれちゃったんですね。そうですよね、どこもかしこも、禁煙マークだし、喫煙所も少ないですし、うちの会社も禁煙しましょうって健康診断で説教ですもんね。」とへらっと笑いかけてきた。


 山崎の言葉に絶句した。まず第一に煙草吸ってるのを知っていた事やカッコいいと思っていた事、それを好きだと言った事、そんな言葉が山崎の口から出るなんて思ってなかった。私はクールな雰囲気を保つ為にコーヒーに口をつけた。


 すると畳み掛けるように山崎は「そうやって意地張ってカッコよさを求めなくてもいいんじゃないですか。」なんて笑うもんだから()()まで感じてくる。


 「別にカッコつけてるつもりはないけど!」なんて勢いつけてみたが、後から思うに逆効果だったと思う。


 「山崎だって、今日は饒舌(じょうぜつ)じゃない。そんな喋るキャラだったっけ?」


 「高嶺さん、そんなにキャラって大切ですか?素でいいと思うんです、僕は。」


 「何言ってんの?どうした、山崎。」


 「ま、明日は休みですし、お茶でも如何ですか?お茶と言っても、喫茶店でコーヒーでしょうけどね。」なんてキラキラの笑顔で誘ってくる。


 山崎の野郎、そんなキャラじゃなかった癖に。そんな綺麗な笑顔じゃ断れないじゃん。残りのコーヒーを一気に飲んで、立ち上がり、空になった缶を山崎の胸元に突き付けた。


 「……マンデリン…」とボソッと呟くと間髪入れず「豆の種類ですか?取り扱ってる良いお店探しておきますね。明日10時A駅前で待ち合わせしましょう。」と直ぐに豆の名前だと気付いた山崎に感服した。








 


 高嶺は久しぶりのデートだったが故に前日に服が決まらなかったし、当日の朝もドタバタして準備したのは言うまでもない。













 ここで小噺。当日、連絡先の交換していない二人がA駅の何口の前で集合とか、どこぞの銅像の前で集合とか、しっかり打ち合わせしていなかったがために、時間通りに出会えなかった。

 そして、いつもは喋らない二人だから喫茶店で会話が弾まなかったのも想像通りである。















 山崎の高嶺に歩み寄る努力と姿勢が功を奏し、二人は恋人になったかも…?







コーヒーにも男にも深みがあると思いませんか?





コーヒーには深みの他にもコクや酸味といったテイストがあるので、恋はコーヒーに似てると思う、今日この頃。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーがしっかりしていて面白かったです。
2019/06/18 21:25 退会済み
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