①本運びの少女
あの森の奥には人の命を簡単に奪うことのできる死神がいるという。何百年も昔からこの国の人々が近づくことを恐れている。
その死神の姿を見ただけであの世に連れて行かれてしまうらしい。
生きている人間でその死神の姿を見た者はいないが、噂によるとそれはもう恐ろしくおぞましい姿だという。
はたして本当に死神がいるのかは不明だが、何百年と伝説のように語られているからただのお伽噺では無いと勝手に思っている。
勿論、その死神に会うつもりは毛頭ないが。
「ライア、この本をミカエラの家に届けてきてくれないか」
「ミカエラおばさんの家ね。まかせて」
私はライア。
このトリティアという町で本を届ける仕事をしている。トリティアは別名本の街。この町にしかない本を離れた場所に住む人々に届ける仕事をしている。
この国は移動手段が基本徒歩の上、よほどの上級貴族でもない限り馬車には乗れない。
だからこうやって本の運び屋をやっている。あいにく私が生まれたときに両親なんてものはいなかったし、私のような孤児も対して珍しくはない。
だからこそ、どんな仕事でも受けないと生きていけない。それに私は本が好きだし、歩くのも好きだ。
本を読みながら、本を届けれるこの仕事がきっと私に一番向いていると思う。
ミカエラおばさんに届ける本をまとめて鞄に入れる。ミカエラおばさんの家は歩いて隣町のため1日半くらいかかる。
そのため行きと帰りの分の食料もしっかりと準備する。今回届ける本は5冊。そこそこ分厚い本もあるのでいつもより重たいが問題はなさそうだ。
出発しようとしたその時、雇い主のアルグルさんに呼び止められる。
「どうしました?」
「いや、あのね…」
「・・・?」
「ミカエラに本を届けた後でいいんだが、この住所に家があるか確認してきてくれないか?」
そう言って住所の書かれた紙を渡される。こういう依頼はよくあることだ。初めて届けてほしいという連絡があった場合は本当に書かれてある住所に家があるか確認するのだ。もし無かった場合は時間の無駄になってしまうからだ。
でもどうにもアルグルさんの様子がおかしい。
「ここに、何かあるの?」
「いや、その・・・」
「なあに?」
「少し前、その住所を確認してきてくれと頼んだ奴がいたんだがえらい怖がって帰ってきて、挙句の果てに精神もおかしくなっちまってな・・・。だから本を届けられずにいたんだが、何通も何通も本はまだかという手紙が来てしまっていてな…。あいにくライア以外の奴は今出てるし、できることならライアには頼みたくないんだがどうにも急いで確認しなきゃいけなくてな…。しかもその住所、例の森の近くなんだ・・・」
ああ、そんなことか。と声が出そうになったがこらえた。
たぶん、死神の森が近いから誰も怖がって行かないだけだろう。そこであんまり死神に興味の無い私が頼まれたなんて容易に考え付く。
そうしたら、食料を少し多めにもっていかなきゃな。なんて考えていると急に黙ったからかアルグルさんに声を掛けられる。
「ライア、嫌ならいいんだぞ・・・?無理するな」
「大丈夫よ。食料多く持っていかないとなあと思ってただけ。ちゃんと帰ってくるから安心してくださいな」
依頼した本人が誰よりも不安な顔をしてどうするんだ・・・。このおじさんは。
そんなおじさんをよそに、しっかりと準備した私は家を出て、ミカエラおばさんの家を目指す。
ミカエラおばさんの家までは1日半くらいかかる。今日はひたすら歩いて、暗くなってきたら休憩を取って休もう。街に入れば宿があるからとりあえずそこを目指す。できたら野宿は避けたい。
本を運ぶ仕事をするときに、お気に入りの小説を読みながら歩くのが私の楽しみだ。昨日の夜読み進めたところから続きを読む。
因みに今読んでいるのはファンタジーミステリーだ。
この主人公のへっぽこぐあいと、相棒の頭の良さが最高なのだ。
主人公は人間のふりをしているが、実は魔法が使えるのだ。純粋なミステリーも好きだが、こういう変わり種も好きだ。
「うわー…この人ものすごく怪しいのに…」
怪しい人をある程度泳がせてから100パーセント黒の証拠が出てきたところでとらえるのがもどかしいが最高。
…なんて熱く語っている場合じゃなかった。
そろそろ、あの噂の森の前を通る。帰りに森に入って住所を確認しなくてはならない。
此処は本当に暗い森だ。少し覗いただけで暗く、長い道が続いているのが分かるほどに。
「んー…入れないわけじゃないけど確かに不気味だなぁ」
仮に死神がいなくても、“死神がいる”という噂が経ってしまうのも分かる。
なんて思いながら先を急ぐ。
この森を抜けたお屋敷は一体どんな人が住んでいるのだろうと思いながら。