あの戦争
そういう事って、あるのでしょうか。
こんな事って、あるのでしょうか。
貴方を裏切る事が、起こるのでしょうか。
「やめろ、横山!」
そんな怒鳴り声さえも、小言に聴こえる。
ただ、赤子の泣き声と貴方の息遣いだけが、はっきりと聴こえる。
暗闇の中に、貴方と貴方の抱いた赤子だけが見えた。
この暗闇の中に、地獄が見えた。
俺は、貴方に銃を向けた。
俺の視界には、貴方と、その子しか居なかった。あんなに愛おしかったのに。
「横山くん……」
貴方は怯えた目で、涙を溜めた目で、俺を見つめた。抱いた赤子を庇うように、抱きしめながら。
俺が銃を向ける貴方は、目の前にいる。照準器を見る必要もない。
「なんで私を撃つの? 私は、貴方に優しくしてたのに! 貴方を信じて、貴方の姉のように可愛がってたのに……!」
貴方は、そのあどけない瞳から、涙を流す。優しい貴方の、哀れな泣き顔。
今の俺に、そんな訴えは受け入れられない。ただ、憎しみと化した貴方への感情が、何もない俺の心から溢れ上がるんです。
「鬼!!」
泣き声で、そう怒鳴った。
「貴方は鬼! あの米兵たちよりも、鬼畜よ! 最低よ! 貴方は私を裏切ったの! 私は貴方の姉なのよ!あんなに優しくしたのに!! 貴方は……貴方は……!」
その罵声は、今のこの冷えきった心を貫けなかった。
「そんな声をだしたら、撃たれちまうぞ……!」
誰かの声が聴こえた。
「一緒に……一緒に遊んであげたじゃない……」
その言葉と同時に、引き金を引いた。もう撃たずとも、バレちまう。ただ、貴方が憎い。
「死にやがれ!俺を殺すな!!」
暗闇に銃口から、鋭い光が発せられる。
一発の死の音。
一発の銃弾は貴方の赤子の息を奪った。
貴方は、死んだ赤子を抱いて、ただ呆然と涙を流していた。
「死ね……」
貴方は、撃たれるその瞬間に、そう呟いた。
気がつくと、二発目を撃ち込んでいた。
貴方は、胸から血を流していた。かすかに息をして、苦しそうに甲高い苦しみの声を、虫の音のように上げていた。
貴方は、死ぬんだ。あんなに優しかった、貴方は。思いもしなかった。そんな事……。
ただ、あの優しい顔を泣かせて、俺を見つめていた。
「姉さん……」
俺は持っていた、銃を握りしめて、ただ座り込んでいる。
冷めきった心が、急に熱せられたようです。
俺の心に、幾つも幾つも、針が刺さります。
俺はただ、一瞬の憎しみの為に、貴方を裏切ったのでしょうか……。
俺は貴方を、抱きしめた。
ボロボロの軍服に、貴方の血が滲む。




