最終回
そして、十数年の時が流れた―――
「……長かったね」
その言葉を呟くのは、俺の仲間。ここまで長い道のりを共に戦ってきた戦友の少女。
俺達は魔王討伐の為に、人の住まう地より遠く離れたこの『魔大陸』。その中央に位置する魔王城の前までやって来ていた。
仲間を見回す―――
戦斧を肩に担ぐ不精髭のドワーフ、ワンス。
金髪と黄色の瞳が美しい長弓使いのエルフ族、ナートリ。
無表情の内に類まれなる洞察力を誇る青年、召喚術師サー・ルー。
そして治癒から攻撃魔術まで何でも使える奇跡の少女、魔術師フウラ。
「本当に……ここまで、長かったね」
―――フウラのその言葉に、俺は頷く。本当に長かった。長い長い、戦いだった。
……死ぬこと3万と7回―――くらい、多分。
途中から数えるのが面倒くさくなったからカウントするのを止めていたが、最近あの悪女野郎に『今何回死んだ?』って聞いたところ『3万回』って教えてもらってそこから数えて7回死んだ。
恐らく、その数も相当いい加減だと思う。だが、それが嵩増しされているのか、端折られているのかは分からない。本当のところ、3万回って教えられた時に本当かもなと思ったくらいだ。
俺が今まで築き上げてきた屍の数が、3万と7体。それらの死は全てこの世界の中ではなかったことにされてきたが、それでも俺はそれを経験に代えてきた。
転生者バレして死ぬと、どうやら転生者とバレることをギリギリ防げる時まで遡って俺は生き返るらしかった。もしその3万回をいちいち赤ん坊のころからやり直してたらと思うと―――発狂ものだ。
ただ、この世界。死に戻りで経験を積みまくった俺でさえも容赦なく殺してくる。
まだ幼いうちから本を読み漁ろうとしたところを見られたら『転生者?』
商店に買い物に行って少しでも四則演算ができる素振りを見せると『転生者?』
誰にも習っていないのに魔術を使えるところを見せると『転生者?』
殴られても切られても怪我をしないところを知られて『転生者?』
酷い仕打ちを受けている女奴隷を助けてやったらその女奴隷から『転生者?』
挙句の果てにはすれ違いざまに知らないやつから『よう、お前もしかして転生者?』
―――この世界、転生者を疑う奴が多すぎる。むしろ誰かを転生者と疑うことが常識化しているといっても過言ではない。
……いや、そもそもの問題。実際にこの世界、異世界転生者が蔓延り過ぎている。
まず、この世界においての出生数は相当に高い。村人の数が100人くらいの規模の小さな村でさえ、年間の出生数は300を超える―――間違いではない。およそ人口の3~5倍くらいの子供を産みまくる。
人体の神秘としか言えない。夜の営みを終え、その一週間後には子が生まれるのだ。日本じゃ考えられない。というか日本の少子化対策の為にその秘密を是非教えてあげて欲しい。
しかし、そこから1歳の子に育つまでの間、死ぬ子供の数はおよそ9割5分。そう、300人産んだら285人くらいは死ぬのだ。
何故か? ―――答えは簡単だ。そいつら全員転生者なんだ。
……いや、おかしいだろ。何でそんなに転生者ばっかりなんだよと当時は思った。
でも、よくよく考えたらこの世界にとっての異世界は日本のあるあの世界だけではないのかもしれない。俺にとって未知の世界からこの異世界へ飛んできた転生者だっていっぱいいるのかもしれない―――今の俺は、そんな意味不明な理屈を自分に言い聞かせている。
だって、どうせその謎はどう足掻いても紐解けないのだ。俺は考えることを諦めていた。
―――というわけで。おおよそ1歳を迎えるその時まで、その世界の赤ん坊に成り切れなかった奴から死んでいく。そこまでが9割5分。
そして次の関門は幼少期。
まだ幼い子供が大人のような振る舞いを一瞬でも見せてしまうと―――それが例えば、子供が読むに難しい本を読んでいたり、難しい言葉遣いを知っていたり、何か遠い目をして考え事をしていたり、大人が飲む酒を物欲しそうに見ていたり。そんな些細なことで疑われ、生き残っていたやつの半分以上が死んでいく。少年少女の歳に成長するまで残るのは、初めの2%にも満たない。
そうして生き残った精鋭たち―――こいつらはもう、よっぽどのへまをしない限り転生者であることを疑われない。俺みたいに良心を出して人助けをしたり、欲を出して力を見せびらかしたり、そんなことをしでかさない限り転生者であることを疑われない。
そんなわけでその選りすぐりの精鋭のみが無事に大人へと成長を遂げるのだが……その内のどれだけが転生者であるのか、実は俺にも分からない。全員転生者なのか、もしくは9割くらいは普通の人で転生者は1割にも満たない数なのか―――はたまた、この世界で生き残っている大人の内、転生者はもしや俺一人だけなのかもしれない。
そう疑ってしまうくらい、この世界の者は転生者の匂いに敏感だったし、転生者と疑うことが常套句となっていた。俺が生き延びれたのは単純に、悪女野郎が俺につけた死に戻りの呪いのおかげだった。
―――無念だろう。悔しかろう。俺は死んでいった転生者達の悔しさを思うと涙が出てくる。
赤ん坊のふりをして乳幼児期を過ごし、出来ることを我慢し幼少期を耐え凌ぎ、本当は助けたいとか本当はやりたいとか思ったことを我慢して大人になって、それなのにほんの些細なことで疑われ死んでいく。
俺には死に戻りの呪いがあるからやり直せるし、やり直さざるを得ないからもうすでにその境地には立っていないが―――彼らにはきっと、この世界でやりたいことがあったからそれらの苦行に耐えてきたに違いない。世界を救いたかったとか、モテたかったとか、のんびり暮らしたかったとか―――その想いが何であったか、俺にはもう知る由もない。彼らはもう、何も言えぬ骸なのだ。
遥か高くに積みあがった転生者の亡骸の山を見て、俺は思った。
この世界を救いたいとか。
この世界を正したいとか。
そんな正義感は微塵も抱かなかった。
―――ただ、狂ったこの世界から早く去りたい。そう強く願ったんだ。
俺の寿命について、様々な国を巡った結果とある占い師より予言を授かり、知ることが出来た。
俺の寿命―――運命づけられた死といっても良い。俺は世界に恐怖と混沌を振りまく魔王と戦い、刺し違えて死ぬらしい。それ以外、いかなる方法であっても死なないと言われた時は死に戻りの呪いがあるからなと内心で笑ってしまったものだ。
俺はその時、既に魔王討伐を目的とした冒険者ギルドに加入していて、仲間も多くいた。このギルドに入ったのは、強すぎる力を持っていても怪しまれない為だった。
このギルド、この世界の常識で考えれば規格外に強いやつが多すぎる―――それでも、力を最小限に抑え込んだ俺と同等程度。俺が全力を振るえた機会は一度だってなかった。
―――そして、その占いの結果を出した占い師はとても高名で、占いが外れることはないそうだ。
その時既に魔王が居座る拠点の場所を掴んでいた俺達はそこへ向かおうとしていた。しかし、止められた。
「絶対にダメ! アーくんが行っちゃ、ダメ!!」
ちなみにアーくんというのは俺のあだ名だ。本名はアルス。いつまで経っても聞きなれない、この世界での俺の名だ。
俺は泣いて縋ってくる少女―――同じ町で生まれ、少し年は離れているが幼馴染として育った魔術師フウラを優しく押しのけた。
―――行かなくてはいけない。俺は死ぬ為に行かなくてはならない。
そう本心を少し露わにしてしまった俺の言葉に対し、彼女は涙を止め、宣言した。
「ぜったいに……ぜったいに、あなたを殺させやしない! あたしが守ってみせるから!!」
……誤解に満ちたやり取りは、俺の胸をちくりと刺す。
それでも俺は言った。『ありがとう』と―――この世界、俺が死ぬついでに救ってやる価値が、少しでもあるならそれも良い。
「ガアァアアアア!!!!???」
魔王が叫ぶ。怒りと無念に満ちたその呪詛は、決戦の舞台となった広間に轟き叫ぶ。
―――やがて慟哭鳴り終え、静寂が落ちた頃、魔王の身体が朽ちていく。
……強かった。だが、力の全てを解放した俺の前に、魔王といえど滅びから逃れられなかったのだ。
そして……
「アー…くんっ…!!」
俺の視界は横へとぐらりと傾き、そのまま床が壁となる―――俺は、その場に倒れたのだ。
傷つき、血だらけとなった仲間が広間の向こうに見える。みんな、息も絶え絶えで動けない。その中で1人、地を這い俺のもとへ向かってくる者がいた。
―――幼馴染の、フウラだった。
「ありが、とうっ、アーくん…!! アーくんのおかげで、魔王は、滅んだよっ…!」
そうか―――と、俺は呟きたかった。しかし、その呟きは呻き声にしかならなかった。
俺の身体は、限界だった。いかにあの悪女野郎から「特典」として貰った身体が頑丈であっても、世界最強の魔王の前ではさすがに耐えきれなかったらしい。
「それに、それにっ…アーくんが庇ってくれたおかげで、みんな生きてる、生きてるよっ…!!」
そうか―――俺は変わらず、呻き声を上げる。
もう、声も出せない。俺の口からは血と苦しさしか溢れてこない。
「アーくん、ありがとう……! ほんと、に、ありが、とう……っ、だから―――だか、らぁ……っ」
視界が、覆われる。俺の目の前に、フウラの胸があった。
「死なないでっ、アーくん…!! 死んじゃ、やだよぉっ…!!」
―――馬鹿だな、フウラは。
俺はいつものように髪を撫でようとして、だけど身体は動かない。
いつもの死とは違う。突然のブラックアウトじゃなくて、冷たい感覚が背を昇ってくる気配を感じる―――俺は、もうすぐ死ぬのだ。
「女神様、お願いします! あたしの全てを捧げます! だから、どうか、どうか、アーくんを―――!!」
フウラは治癒術を行使する為の詠唱ではなく、神への奇跡を求めて祈りを捧げる。
もはや、フウラには魔術を使える余力が残っていない。だから神への奇跡を求めるんだ。
―――だから、やめろってフウラ。いつも言っているだろう? 女神なんて、信じるだけ馬鹿を見るだけだって。
「信じて何が悪いの!!?」
―――俺は口には出していない。言葉はもう、紡げる身体ではない。
それでもこいつは、俺の言葉を聞いてくれたんだ。
「嫌だよぉ……アーくん……なんで、アーくんが、っ、死なないといけないの…?」
泣くフウラの後ろに、傷だらけの仲間が寄ってくる。
みんな、俺を見下ろして涙を流している。
「どうして、お前さんだけが死ななくちゃならないんじゃ…っ!!」
ドワーフのワンス―――いつも俺を助けてくれた。力じゃない、その頼もしさが俺を幾度も救ってくれた。
転生者と疑われる絶対の窮地を、何回もその馬鹿みたいに大きな笑い声で吹き飛ばしてくれた。お前は俺にとって―――なくちゃならない、相棒だった。
「嘘よ、アルス―――あなたは、生きなくちゃいけないのよっ! 起きなさい!! ……起きて、フウラをちゃんと、見てあげなさいよ…っ!」
エルフのナートリ―――俺にとってのワンスみたいに、常識知らずでおっちょこちょいなフウラをいつも助けてくれた。
実は俺も、あんたのこと、姉のように思ってたよ―――恥ずかしくて、一回も言えなかったけどな。
「魔王にすら匹敵するこの力―――アルス、君はやはり―――いや、言わないでおこう……」
召喚術師サー・ルー―――いやお前、この期に及んでもまだ俺を転生者だと疑ってんのか……そういえば、お前に殺された回数も百じゃ収まらないな。いつか仲間から外してやろうかと本気で思っていたぞ。
でも―――やっぱ、ダメだな、俺。お前と張り合って過ごした日々は、やっぱり楽しかったよ。そう、何回殺されたって、お前は俺の仲間だから。
「アーくん……!! アーくん……っ!!」
そして、フウラ―――
まだガキの頃、いつも俺の後ろを歩いてきて、鬱陶しがってた頃もあったな。
俺のやることなすこと、みんな真似しようとして失敗してばかりで、泣いてばっかだった頃もあったな。
旅立つ俺の前に立ちふさがって、連れて行かないと嫌だって駄々こねて、魔術を使って危うく火事になりそうだったこともあったな。
旅の合間、いつもいつも俺に付き纏って、母親みたいに小言も言ってこれば恥じらって何も言ってこなかったこともあったな。
―――ごめんな。俺、お前の話を真面目に聞いてやれなくて。
だって、そうだろ? 俺は転生者。この世界の住人じゃないんだ。
俺がいることで、誰かの生活を変えてしまうのが怖かった。誰かの想いを捻じ曲げてしまうのが怖かった。
だから、お前に好かれていると気づいても、それに応えることが出来なかった。
だって、その気持ちは本来、俺がいなければ別の男に向けられるべきものだったんだから―――
……視界が滲む―――あぁ、俺、泣いているのか。
……カッコ悪ぃな、俺。最期の最期で後悔している。こいつの想いに応えてやれば、もっと向き合ってやれば―――死に戻りするから意味ないかもしれないけれど、本当のことを話してやれば良かったって。
今更、思って―――
「アーくん……ごめんね、ごめん、ねっ…。本当に、死ぬべきなのは、アーくんじゃ、ない、っ、のに……!」
意識が、遠のく―――
フウラの声も、もう、微かにしか聞こえない―――
せめて、最期に言葉を送りたい。ありがとうと、それと、ごめんって―――
……だけど、もう、俺の意識は黒ずんでいって―――
「この場で死ぬべきだったのは―――転生者の、あたしの方だったのに……っ!!」
――………
こうして魔王は倒され、世界は平和を取り戻したのです。
しかしその後、勇者の姿を見た者は誰もいません。次に世界が危機に瀕する時まで永い眠りについたのだと、勇者と共に戦った3人の仲間は語ったのです。
人々は世界を救ってくれた勇者の名を高らかに謳い、今日も感謝の祈りを捧げます。
世界を救った彼は今も、どこかで眠り続けているのです……
―――絶対にバレてはいけない異世界転生 fin
and to be continued...?