プロローグ
神様の手違いによって不幸な死を遂げた俺は今、その手違いをした神様の前にいる。
場所は暗がり。黒い世界のただ中に、俺と神様の2人だけがいた。
『本当に、申し訳ございませんでした!』
その神様は―――女だから女神様? 女神様は頭をぺこぺこ下げて必死に謝っている。その動作はすごい人間くさい。というか日本の社会人くさい。
そして声は何故かステレオチック。音がダブって聞こえてなんだか厳か。悪く言ってしまえば、すげぇ聞き取りづらい。
『お詫びに貴方を異世界に転生させましょう』
どうやら手違いで殺してしまった俺を異世界とやらに転生させてくれるらしい。
異世界―――聞けば、そこは剣と魔法のファンタジー世界。
『もちろん貴方には特典を差し上げます』
そして女神様はその「特典」とやらを語る。
竜であろうと傷つけられない頑丈な肉体、他者より圧倒的に秀でた剣と魔法の才能、異性を惹きつけてやまない魅力的な容姿。そして、たとえ死んでしまっても生き返るという超弩級のおまけ付き。
―――悪くない。日本での生活もそこまで悪くなかったが、その異世界とやらで俺はより刺激的な毎日を過ごせることに違いない。
俺は笑って、その提案を呑んだ。
『分かりました。それでは貴女を今から転生させます』
そう言うと女神様は両手を胸の前に組み、祈りを捧げ始める。
途端、俺の身体が光り始めた―――意識も白み始め、どうやら異世界への転生が始まったらしい。
『―――あ、1つだけ気を付けてください』
完全に意識がなくなる寸前、女神様が最後に一言付け加えた。
『絶対に転生者とバレないよう、気を付けてください。何故ならその世界は―――』
「………」
ぱちりと、目を開ける。
曇り硝子越しに見たように、視界が不明瞭だった。
「………」
目の前に誰かいる。目を凝らし、よくよく見てみる。
不明瞭な視界の中、分かったのは金色の髪、緑色の瞳。外国人のような顔つきの男であること。
俺は悟った。異世界転生は成ったのだ。今の俺の身体は何となくの感覚から察するにとても小さい。赤ん坊みたいだ。
……いや、実際赤ん坊なのだろう。転生ということはこの世界で俺は新たに生まれ変わったのだ。新しい身体の感覚は、とても窮屈で狭かった。
―――そんなことより、目の前の男だ。状況から察するにきっとこいつは俺の父親か、もしくは取り上げた医者ってところだろう。
俺はもう一度目を凝らし、男の目を見つめ返す。俺は今、何も出来ない赤ん坊である。それをこいつはどうするのか、目を見て推し量ろうとしたのだ。
「―――お前……」
驚くことに、男がしゃべったのは日本語だった。
もしくは、聞く俺側の耳が自動で言葉を変換していたりするのだろうか? 興味が湧く。もし手足が自由に動くようになれば本に書いてある文字を見て―――
「もしかして、転生者か?」
――………
『あ、もう死んでしまわれたんですか?』
突然目の前が真っ黒になって、気づけば俺はまた黒い世界に戻ってきていた。
目の前には女神様。佇まいは俺が旅立つ前と変わらず、胸の前で手を組んでそこに立っていた。
『もう、ダメじゃないですかー。その世界、転生者だってことがバレちゃうと死んじゃうんですよー?』
そして女神様はさっきまでの様子と打って変わって、打ち解けた様子で話しかけてくる。どうやら、異世界転生させたことで俺への罪悪感はとうに拭い去ったらしい。先までのしおらしさはどこ吹く風である。
それにしても……嘘だろ? なんだよその世界。どんだけ転生者に厳しい世界なんだよ。
『だから、貴方は転生者だってバレないように上手く生き抜いて下さいね』
は? もう俺死んじゃったんじゃ……と思ったのもつかの間、再び俺の身体は光に包まれ始める。
【たとえ死んでしまっても生き返る】―――女神様が俺につけた特典の内容を思い出す頃には、俺の意識は再び元の赤ん坊の身体に戻っていた。
―――どうやら。俺が死んでしまった事実やその経緯に至るまでの出来事は全てなかったことにされているようで、俺の意識は再び取り出されたばかりの赤ん坊の身体に乗り移っていた。
ぱちりっ、と目を開く。目の前には金髪の男の顔。
「………」
再び男と目が合いそうになって、まずい!と思った俺は目を閉じる。
多分、さっきは赤ん坊のはずなのにガン見してしまったのが転生者だとバレてしまった要因に違いない。俺は今度こそ生き残るために頑なに目を閉じ、時が過ぎるのを待った。
「……泣かないな。お前、まさか―――」
え、嘘だろ?まさか―――俺は男が何を言いかけているのかを悟り、目を見開く。
「もしかして、転生者か?」
――………
『えー、また死んじゃったんですかー?』
またまた俺は黒い世界。目の前には女神様。
女神様は、今度は地べたにクッションを敷いてそこに呑気に座っていた。
『もう、真面目にやってますー? 1回くらいの失敗は私にだってありますけどー、2回も同じ失敗するなんてありえないんですけどー』
……なんだこいつ。打ち解けすぎてそこら辺のギャルみたいな言葉遣いになり始めたぞ。しかも、若干古めの。
『まあ、3度目の正直って言いますしー。今度は頑張ってきてくださいねー』
しかも女神様のくせに日本の慣用句についても詳しいらしい。
さてはこいつ、女神の皮を被った日本人だなと思い始めた途端、また俺の身体が光り始めた。
女神様―――いや、こんなやつ様なんてつけてたまるか。女神はクッションに座ったまま、欠伸をかましながらの寝ぼけ眼で俺を見送っていた。
「お、おぎゃー! おぎゃー! おぎゃー!!」
赤ん坊の身体に戻った途端、俺は全力で赤ん坊らしく泣き叫んだ。
何が悲しくて、いっぱしの自己意識を持った俺がこんな惨めったらしく泣かなくちゃいけないんだ。そう思わないまでもなかったが―――我慢だ。
この我慢を乗り越えた先に、輝かしい未来が待っているに違いないんだ!
「おーおー、よしよし。元気な子だ! ほら、見てみろナリーシャ!」
「……本当ね、あなた」
そうこう泣き叫んでいたら、唐突に俺の身体が持ち上げられる。
恐らく、今回は目を開けていないから見ていないが例の金髪男が俺を持ち上げたのだろう。ふわっと全身が浮かび上がる浮遊感とともに俺の身体は運ばれる。
そしてもう1つ、初めて聞く声の女のもとへと降ろされる。
「おぎゃー! おぎゃー! お……っ!?」
や、柔らかい!! なんだこの弾力、堪えがたい―――!!!
運ばれた先で初めて感じる感触を、俺は思わず堪能してしまう。
こ、これは、まさか―――!! ぱっと目を見開くと、目の前にはたわわな双丘。それは間違いなく、女の象徴。
生まれて初めて―――いや、俺は今生まれたばかりなのだから当たり前だが。前世の日本でさえ拝めなかった生の「それ」が今、俺の前に―――
「……あら? この子、どうしたのかしら。突然泣き止んで胸ばっかり見て―――まさか……」
「!? お、おぎゃー! おぎゃー!! おぎゃー!!!」
もうこの展開の先は読めている。読めているが俺は抗わずにはいられなかった。
恥も欲望もかなぐり捨て、俺は必死に泣き叫ぶ。
「もしかして、転生者なの?」
だめだったぁ……――
もうあの世界、嫌だ!! 別の世界がいい!!
俺は黒い世界に戻った途端、女神に頼み込んだ。
目が合っただけで死ぬ。
泣かなかっただけで死ぬ。
豊満な胸を目の前に赤面しただけで死ぬ。
いかに身体が頑丈だろうと、才能が溢れようと、容姿が素晴らしかろうと、容赦なく死ぬ!
やってられるか、あんな異世界生活!! 俺の怒りは女神へとそのまま伝えられた。
『えー、でも貴方。もうあの世界で天寿を全うする以外に輪廻する方法がないですよー?』
は? 俺は女神が何を言っているのか、その意味を少しも理解できなかった。
理解は出来なかったが、嫌な予感だけはきっちり感じた。
『だからー。貴方があの世界への転生を認めた時点で貴方の魂はあそこに囚われているんです。貴方には死に戻りの呪いがかかってますからねー。寿命で死んだら呪いは解けますから、そうしたらやっと別の世界へ魂を廻せるようになりますよー』
は? は? ようするに、俺は自然に死ぬその時まであの転生者疑いまくりの世界で生き抜かないといけないってことか?
―――ってかこいつ、今最初につけた「特典」のこと「呪い」って言ったか? 言ったよな? 聞き間違えか?
『あ、そういう言葉尻を捕らえるようなコメントはノーセンキューですー』
こいつ、誤魔化しやがった!!!
そうこうしているうちに、また俺の身体は光り始める。
『まあ、頑張ってくださいねー』
ふざけんな!! しかし、怒りに身を任せた大ぶりの拳は空を切ったように、女神の身体をすり抜ける。
『ふふふ、無駄ですよー。呪いが解けない限り―――あ、違った。私の祝福が利いている限り、貴方は私に手出しできませーん、ふふふっ』
そう言って、笑う姿はマジ女神。
だけど中身はマジ悪女。悪女野郎。
俺は光と消えながら、心に決めた。
―――絶対、生き抜いてやる。
あのふざけた世界を生き抜いて、呪いとやらを解いてこの悪女野郎を―――ブッ飛ばす!!!
こうして悪を滅ぼすと心に決めた彼の、長い長い異世界生活が始まる。
果たして彼は巨悪を滅ぼす事が出来るのだろうか?
次回、絶対にバレてはいけない異世界転生―――感動の最終回。『3万回も既に死んだって、嘘でしょ女神様!?』
乞うご期待。
短期連載予定。
今日中に完結まで突っ走りますー。