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第2章1節 訓練学校入学式

 美しき木々に囲まれた中、周囲を大きな土壁で作られた街があった。

 街の中には、レンガ作りの家が並び、道も整備されていて、外の景色とはだいぶ様相の違う作りとなっていた。

 僕はこの”ベルン”と呼ばれる街の三大名家の一つであるアスペルマイヤー家の子供として、この世界に生まれ落ちた。

 ヴィルヘルムという名前をもらい、早6年が経過した。


 成長するにつれ、この世界について少しずつ知ることが出来た。

 ここは日本とは違い、僕らと姿かたちの異なる”魔物(モンスター)”というものが存在していた。主な特徴として、液体状の魔物や木に似た魔物など、既存のモノに似た姿の魔物が多いという事だ。

 これらの魔物は例外なく魔力を持ち、必ず僕たち人間を襲う。魔力というのはこの世界特有の概念であり、魔法を発するためのエネルギーのことを指す。

 魔法は火、木、土、風の4属性と生活魔法にあたる無属性の5属性からなり、火は木に強く、木は土に強い。土は風に強く、風は火に強いといった属性に対する有利・不利が存在する。ただ、有利といえど魔力を多く含む木属性の魔法には火属性の魔法も簡単に負けることがあるなど、そこまで属性が大きく影響することはないようだ。

 生活魔法は身体強化・魔力感知など、先ほどの4属性に属さない魔法のことを指す。いつ魔物に襲われるかわからないこの世界では、身体強化や魔力感知は日常生活を送る上で必要となるため、生活魔法と呼ばれている。

 この世界の魔法は詠唱という概念はなく、ただ身体から魔力を飛ばすようなイメージをするだけで魔法を発することが出来る。また、属性魔法は属性を付与するイメージを持つだけで魔法に属性が付く。

 ただし、魔法の属性は生まれ持ったモノにより、ほとんどの人は1属性のみしか持たない。

 僕も例にもれず、持っている属性は火属性のみだった。

 先ほど、ほとんどの人は1属性のみといったが、当然のことながら例外も存在する。

 そして、その例外というのが僕の幼馴染2人であり、まさに今こちらに向かって走っているところだった。


 幼馴染の男の子の方はアードルフ・プロイス、女の子の方はリューリ・シュタールという名前だ。この二人はこの街の三大名家のうちの残り二つであるプロイス家とシュタール家の生まれになる。

「すまんすまん! 待たせちまった」

「もう! ドルフが寝坊するからだよ!」

「いいよ。時間には間に合うからね」

 この世界では、6歳を迎えた子供たちは訓練学校と呼ばれる、魔物との戦い方を教わる学校に通うことになる。

 僕たちは今日から、その訓練学校に入学するのだった。名家同士それなりの交流があり、近い時期に生まれた僕たちは自然と仲良くなった。

 学校の入学式も一緒に行こうという話になり、三家の中で一番学校に近い僕の家で待ち合わせることになった。


 学校からは簡易的な鉄剣といくつかの基礎学術書、算盤、運動用の体育着が支給されていた。

 この鉄剣はいつ魔物に襲われても即座に戦えるように学業に励む間は常に携帯することが義務付けられている。

 この世界では鉄がかなり特殊な立ち位置を持っている。というのも、この世界のほぼ全てのモノは魔力を持っているのだが、鉄だけは唯一魔力を一切持たず、かつ魔力を吸い取ることのできる性質を持っていた。

 魔力を持っているモノはそのままだと毒になりうるため、食べ物は必ず鉄製のモノで調理しないと食べることができない。

 そして、もう一つ特殊な性質を持つモノが水だった。水も魔力を持たないモノなのだが、鉄は吸い取った魔力をそのまま消滅させるが、水は他のモノの魔力を吸い取って保持する性質がある。このため、基本的な料理は全て鉄製の器具で茹でたモノしか食べられず、更に茹でるのに使った水は必ず捨てなければならないというのがこの世界の料理の常識だ。

 更に、元の世界と比べて街が必ず鉱山と隣接して造られていること、鉱山からは豊富に鉄が採れること、雨が一度も降らないこと等がここが地球ではなく異世界であることを大きく実感させていた。


 今日は入学式のため、支給された鉄剣と学業規則だけを持って訓練学校に向かう。僕達学生は聖なる学生と書いて聖学生(しょうがくせい)と呼ばれていた。

 聖学生は将来軍に入り、魔物たちと戦うことが決まっている。

 学業規則の最初には"全ては勝利後に味わえ"といった言葉が書かれており、その後に魔物がどれだけ恐ろしい生き物なのか、人間が襲われた事例、軍の活躍が続いていき、そして最後に学校で過ごすための規則が始まる。

 前世では日本で過ごしていたため軍役とは無縁の生活を送っていたけれど、もし戦争当時に生まれていたらこういった教育体系だったのかなと感じさせられていた。


「ウィル、どうした?いつもの考え事か?」

「ああ、ごめんごめん」

「ウィルは本当に頭良いもんね。私なんか1分も考えてられないよ」

「僕は君たちみたいな天才じゃないから、追いつけるよう日々努力してるだけだよ」


 この言葉は嫌味でも謙遜でもなく、文字通りの意味である。この2人はこの世界でも唯一と言っていいレベルの天才だ。

 というのも、2人とも世界初の4属性の魔法を使うことができるからだ。三大名家と銘打っているだけあって、多くの人々からいつか4属性の魔法を扱える英雄と言って差し支えないような存在が生まれることを期待されていた。

 そして、まさかのその内の二家から同時に天才が生まれてしまうものだから、残りの一家で凡人として生まれてしまった僕は2人に負けない努力が必要だった。

 幸い、僕は前世の経験があったため"知識"を得ることだけはこの世界の中で最も早くできるようになっていた。だから、勉強し、思考を続けることがこの天才たちに追いつける唯一の手段だったのだ。


「ウィルはたまにそういう嫌味なこと言うから俺は寂しいぞ?」

「そうだよ!私たちは運が良かっただけだもん。ウィルの方が絶対天才だよ!」

「ははは、ごめんごめん。僕たち全員天才ってことだね......っと」


 ちょうど学校に到着した。レンガ作りの塀に鉄の格子状の扉が付いており、そのそばに門番のような大人が2人立っていた。挨拶をして門扉を開けてもらうといよいよ学校入学の初日が始まるのであった。

 学校は街の中でも最も外に近いところに位置している。僕たちの家が街の中心部に位置しているのに対して、訓練施設や武器庫などはすぐに外にいる魔物と戦えるように街の外周付近に建てられているのだった。

 門を抜けて校舎の横にある集会所のような建物の中に入る。入学式はこの中で行われるのだが、すでに多くの学生たちがすでに座っており、僕たちは一番後ろの左側最初の席の方に案内された。

 座席はどうやら着いた順で座っていく形式のようだ。


「大分後ろの方になっちまったな」


 小声でドルフが話しかける。


「まあまあ、しょうがない」


 十数分経過して一番後ろの席も後から来た学生たちで埋まった頃、入り口の扉が閉ざされた。

 これから入学式が始まるようだ。前の石作りの教壇にローブを着たご老人が近づいてきた。

 おそらく彼がこの学校の校長のオホト・アッヘンバッハのようだった。3属性の魔法を使うことのできる英雄と呼べるほどの傑物で、若い頃に魔物の中でも最上級に位置する強敵である四天王と戦い、生き延びることのできた数少ない人物の一人と聞く。

 彼のおかげで魔物の中に四天王と呼ばれる強敵の存在が分かり、魔物の生態を数多くの文献に残してくれたため、魔物との戦いがかなり有利になったと言われている。

 そんな彼が軍を退役した後も後任育成に励んだ結果、本校は数ある訓練学校の中でも最も優秀な学生を多く輩出できているということだった。


「諸君」


 校長が話し始めた......


「この戦がやまぬ日々の中......よくぞ本校に入学してくれた......」


 落ち着きのある声だが、それでいてしっかりと遠くまで響く声だった。この世界にマイクは存在しないが、生活魔法による増幅で通常の話し声を大きくしているようだ。教壇と大分離れているはずの後ろの席でも問題なく聞き取ることができた。


「我々は魔物との戦いで平和とは程遠い生活を送っているが......たくさんの聖軍たちの活躍のおかげで昔と比べ子供たちの生存率は上がってきておる......」

「君たちはこれから未来の人類の繁栄の礎を築いていくために......苦しい日々を耐え抜くために......聖なる学生......聖学生として、魔物たちと戦っていける力を身に着けてもらいたい」

「我らが人類の未来のために......全ては勝利後に味わえ!!」

「「「全ては勝利後に味わえ!!」」」


 前世では味わえなかった短い校長の言葉だった。合言葉かのように"全ては勝利後に味わえ"の言葉に全学生が復唱した。聖軍(しょうぐん)というのは、この世界の軍の呼び方だ。魔物と戦う人類が聖なるものであるということを象徴するためか、魔物との戦いに従ずるものは必ず"聖"の文字が含まれていた。

 その後、中年の男性から学校で過ごすためのいくつかのルールとこの後のクラス分けの話と初日の鉄剣素振り訓練の説明を終えて、入学式は終了した。


 集会所を出て校庭に出ると、4つの大きな石板が用意されていて、そこに紙が張り出されていた。

 クラス分けの張り紙がされているようだ。左から順に"最上級組"、"上級組"、"中級組"、"低級組"と分けており、事前に個々の能力測定の結果から組分けをされていた。軍に入ることが約束されている以上、能力で分けた方が今後の訓練は楽なため、このクラスの分け方は妥当と言える。

 そして、当然ながら、僕の幼馴染2人は"最上級組"だった。しかし......


「おい、ウィル!おまえ中級組じゃんかよ!」

「ウィル......一人だけ別の組なんて寂しいよぅ」

「まあ仕方ないよ。魔力に関しては明らかに僕だけ劣っているわけだし。合同訓練とかだったら一緒になれるからその時は一緒に組んでくれると嬉しいな」


 クラス分けの能力測定はほとんど魔力量によって決められるといっても過言ではなかった。

 ただ、入学時のクラス分けは魔力量で決められるが、そこから先は学業成績や剣術の要素も評価に含められるため、組の移動は結構頻繁に発生するということは先ほどの集会所での話で聞いていた。

 寂しがる2人を横目で見送りつつ、僕は自分のクラスに向かった。

 僕のクラスの先生は若い女性の先生だった。声がハキハキとして力強さを感じられる女性にしてはやや低めの強い声だ。赤毛で天然パーマのせいかクルクルと髪の毛が回転している。


「おまえたち!中級組にようこそ!」

「最上級組に入れなくておちこんでるんじゃないぞ!おまえたちは幸いなことに最も教えるのがうまいこの私の組に入れたんだからな!!」

「一年もしないうちにおまえたち全員を上級組にあげてやるからな!ついてこいよ!」


 勢いのあるその言葉は清々しさを感じさせるくらい力強いものだった。6歳というまだまだ若い子供たちにとっては下の方の組に入ったというだけで落ち込んでしまっていた子もいたようだが、不安そうな顔をしていた子や低く見られて苛立ちを若干覚えているような子もその言葉に後押しされて顔を上げていた。

 その後は予定通り校庭に出てクラス毎に集まり、鉄剣素振り訓練を行った。


「ん?お前名前なんていうんだ?」

「はい!ヴィルヘルム・アスペルマイヤーです!」

「おぉ!そうか!あの名門のアスペルマイヤー家の子供か!他の子と比べて明らかに筋が良かったからな!そういうことか!」

「お褒めに預かりまして恐縮です!」

「言葉遣いもえらい丁寧じゃないか!しかし確かに鉄剣の扱いは慣れているようだが、いささか筋力が少なく見えるな。もっと肉を食べて大きくなれよ!」

「はい!食事もなるべく多く食べるよう気を付けます!」

「よし!頑張れよ!」


 先生の指摘通り、どうやら僕の身体は通常の男子と比べると華奢な方であった。鍛錬は欠かさず日々行っているのだが、筋肉が付きにくいのかあまり身体は大きくならず、金色に輝く髪を肩くらいまで三つ編みにしているせいか偶に女子と間違われる始末だ。ちなみになぜ男なのに三つ編みをしているかというと母親の趣味だった。こっちの方が可愛くて似合うかららしい。

 鉄剣の訓練が終わるとそのまま帰宅の時間となった。荷物を教室に取りに行って校門に行くとドルフとリューリが待ってくれていた。


「よし!ウィル!帰るぞ!」

「今日はウィルん家でご飯食べていってもいい?」

「んー、たぶんうちの両親も2人の分作ってくれてると思うからいいんじゃないかな」

「よっしゃ!ウィルママの飯うまいから楽しみだ!」


 こうして、入学式を終え、訓練学校初日は幕を下ろすのであった。

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