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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

眠りし者

作者: どんC

 

 *****************************



 眠りし者は夢を見る


 空を大地を海を山を


 眠りし者は夢を見る


 鳥を獣を魚を人を


 そうして眠りし者は眠りについた



 ヨキアの書  第五章 『眠りし者創造の初め』

 *****************************




「ゴーツバリ殿何でも『女神の瞳』を手に入れられたそうですな」


「ふふふ…流石地獄耳のガシャ殿だな。いやなに苦労しましたぞ。没落貴族の癖になかなか手放さなくてね。少し痛い目に会わせましたよ」


「流石。ゴーツバリ殿お人が悪い」


「いえいえ。ガシャ殿程ではありません」


「旦那様大変です‼」


「何ですか?騒々しい。お客様の前ですよ」


「【女神の瞳】が盗まれました‼」


「何だと‼」


 強つくばりの商人が、見たのは壁に隠された空っぽの隠し空間。


「どうやら犯人は巷を騒がせている『赤のイル』らしいです‼」


 赤い染料で書かれた文字。


『赤のイル見参』と書きなぐられている。


「おのれえぇぇぇ~~~‼赤のイルめ~~~‼」


 屋根の上、下のさわぎにクスリと笑う人物がいた。


 やがて彼は闇の中に消えていく。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薄暗いステージで女が一人歌う。


 女が歌うのは恋の歌。


 甘く切なく帰らぬ男を思い泣く。


 哀れな女の歌。


 マンドリンの音に客は釘付けだ。

 歌が終わると歌うたいは頭を下げた。

 割れるような拍手が辺りに響く。

 こんな場末の酒場では珍しいことだ。

 それほどまでに歌うたいの声とマンドリンは素晴らしいものだった。


 カラン


 コップの中で氷が鳴る。


「よお♥」


 男は歌手に声をかける。


「あら?いつ帰ったの?」


 花が咲くような笑顔をイルに向けた。


「今日この街に帰ってきた。いい子にしてたか?」


「あら?浮気してないか心配?長いことほっとかれたら浮気しちゃうぞ」


「おいおい。せっかくお土産があるのに(笑)」


「えっ?なに?なに?」


「ほい」


「あら綺麗な貝の首飾り♥」


「今の唄に合うだろ」


「そうね。帰らない船乗りの恋人を恋しがる歌だもの」


「それよりもう仕事は終わりか?」


「ええ今日の仕事は終わり。待ってて直ぐに帰り支度するから」


「ああ」


 彼女は急いでマンドリンをケースに仕舞う。




 ザワザワと周りの男達がざわめく。


「ちっ。歌姫と上手くやりやがって」


「誰だ?アイツ?」


「知らないのか?イルザートさ」


「殺略のイルザートか?」


 一人で凶悪な山賊【宵闇】を潰した。


「マジか‼【宵闇】って百人は居たって聞くが…」


「おっかないから、関わり会うな」


「あんな青二才が?」


「別の噂じゃ信じられない怪力で熊を殴り殺したらしいぞ」


「冒険者ギルドでも一目置かれている」


「クワバラ。クワバラ」


 二人の冒険者は羨ましいと呟いて、家に帰る二人を見送る。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 朝、イルザートは起き上がり背伸びをした。

 横で眠るリリアナに口付けし、部屋を出る。

 昨夜はリリアナが寝た後、こっそり抜け出して依頼人に会っていた。


 その老人と女の子はうらぶれた長屋に住んでいた。

 元は貴族だったらしいが。

 没落したらしい。

 手元に有ったのはなけなしの矜持と妻の形見の首飾りだけだった。

 だがその首飾りさえもごうつくばりの商人に取り上げられた。

 項垂れた老人に囁く影がいった。


「首飾りを取り返したいか?お前、今いくら持っている?」


 老人が差し出したのは二千ベル(二千円)だった。


「良かろう。その金で仕事を受けよう」


 黒装束の男は、依頼を受けた。


 約束通り、首飾りを取り返した。


【赤のイル】と名乗る怪盗の噂は昔からあった。

 単なる都市伝説と考えられていた。

 もし存在しているならエルフ並の長寿か、何代もの人物がその名を受け継いでるのか。

 イルと言う名前はイルアレイ神から、男子に付けられた良くある名前だ。


 イルアレイ神またの名を【眠りし者】。

 創造神であり眠りの神でもある。


 イルは野菜とベーコンを切りスープを作る。

 コカトリスクの骨で出汁を取ることは忘れない。

 近所で買ってきたパンを暖炉でかるく焼く。

 フライパンに油を塗りハムと玉子を焼く。

 軽く塩胡椒をふり水を周りに回しかけ蓋をする。

 リリアナは目玉焼きを両面焼いたのが好きだから、彼女の目玉焼きだけ両面焼く。


「あ~美味しそうな匂いね」


「パンに野苺のジャムを塗るかい?キラービーの蜂蜜にするか?」


「パンにジャムを塗るわ。蜂蜜は紅茶に入れる」


「お嬢様。仰せのままに」


 イルはクスクス笑い。

 蜂蜜入り紅茶をリリアナに差し出した。

 リリアナは元は隣国の王太子の婚約者だった。

 ある日突然王太子に在らぬ罪を被せられ、婚約破棄され国外追放となり、船に押し込められた。

 しかも船は嵐に合い海の藻屑となった。

 彼女を檻に入れ輸送していた、兵士も船員も皆溺死した。

 何故だか彼女だけ助かり、浜辺に打ち上げられた。

 そこを鍛錬で走っていたイルに助けられた。

 イルはずっと彼女の面倒を見ていた。

 下心無しで。三年前の事だ。

 恋人になったのは一年前だ。

 リリアナは歌やマンドリンが得意だったので、酒場で吟遊詩人の真似事をしている。


 劇場のオーナーに声をかけられてもいる。

 しかし貴族には関わりあいたく無かった。

 隣国とは言え王太子の元婚約者を知っている者も居るだろう。

 ゴタゴタしかないな~

 うん。却下だ。

 オーナーは残念そうな顔をしたが、気が変わったら来てくれと言った。


 今はイルと静かに暮らしたい。

 王太子の婚約者だった時。いつも何か追い立てられるようだった。

 違和感に苛まれていた。ここは私の要る場所じゃない‼

 イルと出会ってやっと息がつけた。

 やっと居場所を見つけた。

 イルの側は暖かい。

 ただ…


「良く眠れ無いの?」


 最近夢見が悪いようだ。


「良くわからない夢を見るんだ」


「夢見巡礼に行って見たらどうかしら?」


「夢見巡礼?」


「エフリ島が一年に一週間だけ解放されるわ」


 夢見巡礼とはイルアレイ神が眠る、総本山が一週間だけ信者に解放される。

【眠りし者】が眠っているとされる総神殿は王と言えど近付く事は許されない。


「あ~エフリ島の近場に薬草の依頼来てたな~次いでに行って見るか」


「私も行くわ。良いでしょう」


「薬草採取の時は宿屋で大人しく待っててくれるなら」


 イルは笑いながら答えた。


「あら?焼きもち?」


「目を離すと直ぐに男に囲まれるし、この間拐われかけただろう、巡礼中に拐われた何て話し良く聞くからな」


 リリアナはクスクス笑い、イルにキスをする。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 エフリ島は、ラウド大陸から十キロ離れた所にあり。

 普段は神官と神官見習いが日々イルアレイ神に祈りを捧げる静かな場所である。

 しかし今は信者達でごった換えしている。

 浜にまで大小様々なテントが張られ。

 お土産売りの声や屋台の美味しそうな匂いで活気付いていた。


「凄い人出ね」


「はぐれるといけないから、手を繋ごう」


 リリアナは赤くなる。

 全く女誑しなんだからと小さな声でブツブツ言う。


「リリアナ?」


 ふと呼ばれてリリアナは振り返ると。

 そこに一人の男がいた。


「知り合いか?」


 リリアナは首を横に振る。


「人違いよ」


 リリアナは包帯だらけの男を残して、イルと一緒に人混みに紛れていった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「リリアナがいただと‼」


 豪華なテントの中でアルバート王太子が振り向いて包帯だらけの騎士を睨んだ。


「間違いないのか?」


「確かに海で死んだはずのリリアナ伯爵令嬢でした」


 アルバート王太子は考え込んだ。

 これはイルアレイ神のお導きなのか?

 三年前リリアナはアルバート王太子の妹姫、暗殺未遂事件の犯人として国外追放になった。

 その途中嵐に遭いほとんどの者が帰らぬ人となった。

 包帯の騎士は数少ない生き残りだ。

 顔や体を岩礁にぶつけて酷い有様で未だ傷が治らない。

 昨年妹姫暗殺未遂犯が捕まり、リリアナの無実が証明された。


「今さらだな…」


 そう今更なのだ。

 アルバート王太子の婚約者はローズマリー・オスロ伯爵令嬢に決まり、来月式を上げる。

 だが一言謝りたいと思った。

 誤ってどうなる?

 自分が楽になりたいだけだ。


「彼女は幸せそうだったか?」


「男連れでした。仲良く手を繋いで歩いてました」


「そうか…」


 彼女が笑った顔を思い出そうとしたが…思い出せなかった。


「そうか…笑っていたなら…いいか…」


 二人の会話を聞いている影がいた。

 影はするりとテントの外に抜け出して闇に溶けていった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 マンドリンが情熱を奏でる。

 リリアナは歌う。

 甘く切ない恋の歌。

 彼女の歌に客達がすすり泣く。


 彼女に与えられた個室に突然の客がきた。


「久し振りね。リリアナ」


 豪奢なドレスを身に纏い、侍女を引き連れ。

 護衛の騎士が五人彼女の周りを取り囲んでいる。

 後ろで酒場の支配人が困った顔をしている。

 リリアナはここは任せてと目で合図する。

 渋々と支配人は立ち去った。

 平民はお貴族様には逆らえない。

 まして夢巡礼の期間兵士の見回りも手薄になる。

 治安も悪くなり達の悪い貴族の無法も目に余るものがある。

 庶民は殆どが泣き寝入りだ。


「誰かと人違いしていませんか?」


 リリアナは柔らかい笑みを浮かべた。

 リリアナは昔、国一番の美姫とも歌姫とも呼ばれていた。

 その身に纏う服は伯爵令嬢だった時とは雲泥の差だが。

 それでも彼女には品があり女としての色香も纏っていた。


「私は貴女が嫌いだわ!! 何でも持っていた。知性も地位もドレスも宝飾品も…ただひとつ持っていないのは、王太子の心だけ。私来月アルバート様と結婚するの」


「それはおめでとうございます」


「羨ましい?ねぇねぇ羨ましい?貴女は全てを失って‼ 代わりに私が手にいれた‼」


 リリアナは艶やかに笑い。


「私は一番欲しかった物を手にいれて、今が本当に幸せです」


 リリアナは見事な礼をすると化粧部屋を出ていった。



「何よ‼ 何よ‼ 何よ‼ 何時だってあの女は持っている‼ 私には無いものばかり…何時だって…敵わない…」


 ローズマリーは扇子を床に叩きつけた‼


「良いわ…良いわ…また奪えば良いのよ…また前みたいに…男がいるのね…あの女から何もかも奪ってやる」


「ローズマリー様」


 いつの間にか包帯の騎士がいた。


「調べてくれた?」


「はい。リリアナは冒険者と暮らしているそうです」


「どんな男?」


「A級でかなり腕がたつようです」


「良いわ♪良いわ♪ハンサム?」


「そこそこ美形です」


「私のペットにしましょう♪首輪を着けて♪ふふ…あの女どんな顔するか楽しみだわ。その後あの女はお前の好きにするが良いわ♪」


「ありがとうございます」


「お前あの女を手に入れる為に、主も裏切るなんて♪恋は盲目ね」


「……」


 黙りこむ男を無視してローズマリーは手を叩く。

 ズルリとローズマリーの影から影使いが出できた。


「リリアナと冒険者をあそこにご招待して」


 邪悪な笑みをこぼして影使いに命じた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ああ……


 またあの夢だ……


 幾千年幾万年戦い続けた。


 始めは敵も味方も大勢いた。


 戦の理由はなんだったか?


 もはや誰も覚えていない。


 最後に俺と彼女だけになった。


 戦乙女の名はなんと言ったか?


 そもそも自分の名はなんと言ったか?


 もはやどうでも良いことだ。


 彼女に止めを刺した時、彼女の羽飾りのある兜が割れて。


 彼女の顔が露になった。


 !!!!




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「かっ…はぁ…はぁ…」


 俺は慌てて口を抑えリリアナが起きていないか隣を確かめる。


 すうすうと軽い寝息がしている。

 リリアナを起こさなかったのでホッとする。

 昔この宿屋の女将が、病気になった時、薬草を取ってきた事があった。

 それいらいどんなに宿が混んでいても、一部屋借りれるのだ。


 夢巡礼の時期が来ると、何時も悪夢にうなされる。

 明日は神殿に入り夢巡礼するのだが……

 宿屋の窓を開け冷たい風にあたる。

 嫌な予感がする。


 夢巡礼とは一年に一度神殿が解放され一晩神殿の中で眠るのだ。

 そして夢の中で神から神託を受ける。

 王族や貴族なら立派な客室があるが、平民は神殿の庭で雑魚寝だ。


 ある者は富を願い。

 またある者は愛を願う。

 ある者は健康を願い。

 またある者は誰かの死を願う。

 ある者は知識を求め。

 ある者は謎を解く。

 夢の中全ての願いが叶うと言う。


 それ故に人々は夢巡礼を行う。

 眠りし神に願いを込めて。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「……?」


「どうしたのイル?」


「あ……いや何でもない」


 相変わらず祭りの人込みは多い。

 誰かに見張られている。

 どこだ?

 イルはレーダー探知機のように索敵スキルを展開する。

 二百m離れた所からこちらを伺っている。

 かなりな手練れだ。

 まあリリアナは美人で歌とマンドリンが上手く。頭もいい。

 どこぞの貴族にでも目を付けられたか?


「美人の恋人を持つと気苦労が絶えないな~」


「えっ?」


 帽子を見ていたリリアナが振り返った。

 町の中あちらこちらでバザーが開かれている。

 小さな教会前でも色々なバザーや、旅芸人が己が芸を披露している。


「日ざしが強いから帽子を買おう。これがいいかな」


 イルは白い薔薇の花飾りが付いた帽子をリリアナに被せた。


「うん。良く似合うよ」


 リリアナは頬を染める。

 うれしかった。

 王太子に誕生日に侍従をとうして贈られる誕生日プレゼントよりも。

 そして侍従に適当に選ばせたであろう上品な宝石よりも。

 イルは自分を見てくれる。

 飾り立てた自分より、ホントの自分を見てくれる。

 幸せだな。

 笑みが零れる。

 このまま幸せが続きますようにリリアナは神に願った。


 その願いは神に届かなかったようだ。


 リリアナとイルが宿屋のドアを開けて部屋に入った。

 瞬間床に書かれた魔方陣が、発動して彼等は何処かへ強制転移させられた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ピチャン


 冷たい雫が顔に落ちる。


「此処は何処だ?」


 ムクリとイルは起き上がり辺りを見回す。

 腕にはしっかりリリアナを抱いている。

 何処かの洞窟みたいだ。

 光り苔のお陰で辺りは明るい。

 天井から皿の様な物が下がっている。

 中に薬草を燃やした後があった。

【眠り草】だ。これで眠らされていたのだろう。


 チャリ


 足を見ると足枷がはめられている。

 リリアナの足にも足枷がある。

 鎖の先を見ると壁に打ち付けられている。

 イルは懐から針金を出すと、リリアナと自分にはめられている足枷の鍵を解除した。

 そしてリリアナをお姫様抱っこすると声がする方に歩き出す。

 洞窟を出ると十メートル程の高台に出た。

 下を見ると水晶の床に二十人はどの黒いローブを纏った者たちがいる。


「るう~~~~~りゅ~~~る~~~~~ぶ~~~うえ~~う~~~~」


 何処か獣の唸り声の様な音がフードを被った男達から漏れる。

 水晶の森の中。男達は十メートルほどある魔法陣の中で何やら呪文を唱えている。

 錆びた鉄の臭いがした。

 それは人の血と臓物で作られた魔方陣だった。


「邪教徒か?」


 噂に聞いた事がある。

 闇の力で【眠りし者】を縛り。

 己が欲望のままに世界を変えようとする者達の事を。


「酒の上の与太話じゃ無かったのか」


 ずきりとイルの頭が痛んだ。

 昔から夢巡業で行方不明になる人がいると噂されてきたが。

 てっきり奴隷商人に攫われているのかと思い込んでいた。

 また【眠りし者】は気に入った者を己が夢に連れていくとも言われている。

 行方不明になったものは神の使徒になったとも言われてきた。

 イルは急いでリリアナを岩の隙間に押し込むと隠遁の術を使った。

 これで奴らにはリリアナを見つける事ができない。

 イルはそろそろと下に降りて行った。


「お父様」


 一人の娘が現れた。

 包帯の男を連れている。


 誰だ?


「ローズマリーか?ここに来るなと言っておいたはずだ」


 フードの男達の中でリーダー格の男が不快を述べる。

 オードリア神官長だ。

 ローズマリーの養父でもある。


「誰だ?」


「ローズマリーだ」


「ああ。オードリア神官がスラムから拾ってきた」


「今は王太子の婚約者」


「上手くやったな」


「オードリア神官が大枚はたいたんだろ」


「金食い虫」


「いずれ使った金は回収するさ」


 黒衣の男達がひそひそと話す。


「でも神殿にいなかったから、ここだと思ったの。で儀式は成功したの?」


 聞こえているわよ。とローズマリーは男達を睨む。


「もう少しだ。もう少しで神の力が我が物に出来る。見ろ」


 足元の水晶が点滅する。そして水晶の中にいる神の姿を浮き上がらせる。


【眠りし者】だ。


 胎児のように身を曲げて、巨人が水晶の中に眠っているのだ。


 ローズマリーはこの男は狂ってると思った。

 だが、この男の野心は利用出来る。

 五歳の時、スラムで拾われて貴族に養子に出され駒として生きてきたが。

 利用しているつもりだろうが、本当は私が利用しているのだ。

 王太子妃になったら、この男のお遊びに付き合うつもりはないが。

 切り捨てるのはもっと後で良いだろう。


「があぁぁ!!」


 ブオン!!

 いきなりイルは地面に叩き付けられた。

 影はイルの足に絡みつき再びイルを地面に叩き付ける。

 数か所に仕掛けられた罠が発動してイルを切り裂く。

 生贄が逃げ出さないように、いくつも罠が仕掛けられている。

 ただし致命傷に成らない程度の傷だ。

 殺してしまっては生贄にはならないからだ。


「あら?カロン。」


「おとこにげた」


 カロンと呼ばれた男はたどたどしく言葉を紡ぐ。

【影使いのカロン】A級冒険者だ。

 ただし闇ギルドでの事だが。

 黒いマントを羽織りフードの中の顔はゴブリンのように醜い。


「流石冒険者ね。寝り草が効かなかったのね。毒耐性のスキルでもあるのかしら?リリアナは?」


「みあたらない」


「ローズマリー。約束だ」


 包帯の男はローズマリーを睨み付けた。

 主を裏切る報酬はリリアナなのだから。

 から手形はごめんだ。


「約束は守るわ。カロン探しなさい!! 遠くに行ってないはずよ」


「わかった。においたどる」


「ぐっ……」


 影の拘束から逃れようとするが手足を拘束されて動けない。

 イルが何とか起き上がろうとするが、イルの頭を包帯男が踏む。


「お前は大人しくしていろ!! リリアナはお前ごときが触れていい存在じゃない!!」


「リリアナに無実の罪を着せて国を追放させたのはお前達か?」


「賢い男は嫌いじゃないわ。でも知りすぎた男は嫌いよ」


「お前を目の前で殺せばリリアナも大人しくなるさ」


「王太子の婚約者に懸想して罪に落としたわけか。こっちの女は王太子妃狙いだな」


「苦労してやっと手に入ったと思えばあの嵐だ。檻と共に沈んだと諦めたが、神は慈悲深いな。再びリリアナを俺のもとに戻してくだされた。ははははははは……」


 男は狂ったように笑う。

 いやもう狂って居るのかも知れない。

 男の目は狂気に濁り、イルを踏みつける。


「止めて!!」


「リリアナ!! 馬鹿!! 出るな!!」


 いきなり飛び出てきたリリアナに驚いて魔術師達が術を発動させてしまう!!

 イルは影が己が身を切り裂くのを無視してリリアナに飛びついた。


「イ……イル……」


 ぬるりと手に血がまとわりつく。


「い……いや……イル……イル……」


 名を呼べどイルの反応は無い。

 ダラダラと血が流れてその血が魔法陣まで流れた。


 ボウッ!!


 生贄の血肉と交わると魔法陣が燃え上がる。


「こ……これは……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


「きやぁぁぁぁ!!」


「ひいぃぃぃぃぃぃ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 大地が揺れ。

 バキバキと辺りの水晶が割れ始める。

 水晶の中で眠っている【眠りし者】が動いた。

 イルは目を開けて【眠りし者】と視線を合わせる。


 ああ……


 おイルは神(俺)で……

 神(俺)はイル(俺)なんだな……


 眠りし者は目覚めた。

 世界は消えた。



 眠りし者は辺りを見渡した。

 虚無の中にいた。

 何も無い。

 誰もいない。

 上も下も無い。

 空も大地も無い。

 鳥も魚も居ない。

 動物も人もいない。


 眠りし者 ただ一柱のみ。


 眠りし者は思い出した。

 はるかな昔。


 なぜ?


 戦っていたのか。

 最後に生き延びた者が創造神になり、先に倒した者達の血肉を使い世界を創るのだ。

 最後に戦ったのは戦乙女。

 二柱は長い間戦った。

 最後のイルアレイ神の攻撃で戦乙女は死んだ。

 死ぬ前 彼女は言った。


「お願い……世界を創造して……」


 彼女の羽根飾りが付いた兜が割れて、その美しい顔が露わになった。


「その世界で、また逢いましょう……」


 彼女は倒れイルアレイ神はその身を受け止める。

 もう彼女は動かない。

 他の神のように死んだのだ。

 イルアレイ神は戦いしか興味が無かった。

 戦う相手のいない世界など興味が無かった。

 戦う相手のいない世界など価値が無かった。


 でも……戦乙女は世界を愛した。

 戦乙女は世界を望んだ。

 ならば……世界を創ろう。

 そしてその世界で聞きそびれた彼女の名前を聞こう。


 イルアレイ神は声を上げる。

 創造の言葉を紡ぎ出す。

 声が虚無を揺るがし。

 光を産み。

 世界を創り出す。



 眠りし者は夢を見る


 空を大地を海を山を


 眠りし者は夢を見る


 鳥を獣を魚を人を


 そうして眠りし者は眠りについた


 再び彼女に会うために


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここは……?」


 ローズマリーは起き上がり辺りを見渡した。

 浜辺のようだ。

 エフリ島の浜辺かと思ったが、何か違うような気がした。

 皆浜辺に倒れている。

 取り敢えず近くに倒れている神官長を起こした。


「むぅ……?ここは?どこだ?」


 神官長はガバリと起き上がり笑い出した。


「素晴らしい!! 素晴らしい!! あの記述は本当だったんだ!!」


「記述?」


「ああ。マリユス大神官の日記に『眠りし者は己が分身を作りこの世界を渡り歩く』と言う記述だったが誠であった!!」


「あのイルとか言う男がそのイルアレイ神の分身だと言うの?」


「そうだ!! 素晴らしい!! 何という幸運だろう!! 我等は神を見つけたのだぞ!!」


 ローズマリーは黙った。

 神?

 あのイルとか言う冒険者が?

 何の冗談なの?

 まあ確かにハンサムではあったが……

 あれが神ならこの世は冗談で出来てるの?


「うっ……?」


「ここは……?」


「海?エフリ島の浜辺か?何でこんな所に?」


「ちょっと待て……世界は壊れた?」


「我々は……世界を消滅させたのか?」


「いや……ならば、この世界は何だ?」


「恐ろしい……虚無空間だと……」


「ブツブツブツブツ……」


「リリアナはどこだ?」


 辺りに倒れていた魔術師達やカロンや包帯男も目覚めたようだ。

 各々が勝手に喋り出す。

 皆混乱している。


「おい!! まさか!! ここは!!」


「そんな馬鹿な!!」

 

 海を見ていた魔術師の1人が指さした。

 その先にクラーケンがいた。

 ただのクラーケンではない。

 虎の様に縞模様がある。珍しいクラーケンだ。

 タイガー・クラーケンと呼ばれる。

 生息地は暗黒大陸と呼ばれる大陸の近くの海のみに生息する。


「えっ?ここは暗黒大陸?」


「突然変異種の魔物しかいないという」


「誰も生きては帰れないと言われている所……」


 バキバキバキバキ!!

 恐る恐る振り返ると。

 巨木を倒して一匹のドラゴンが現れた。

 これも変異種だ。耳の後ろに鬣のような羽がある。

 ギロリと彼らを睨み付けた。

 ぼたぼたと涎を垂らす。


「うわわわわー!!」


「ひあいあいあいいいいいぃぃぃ!!」


「打て!! 打て!! 打て!!」


「何でもいいから魔法を打ちまくれ!!」


 しかしながら不幸なことに、彼ら魔術師は【眠りし者】を覚醒さすために魔力を使い切っていた。

 三日と持たず、彼らは全滅した。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「悪いな。俺は寝起きが悪いんだ」


 エフリ島の浜辺から遠くを眺めながらイルはそう呟いた。


「うん……イ……イル?」


「おはよう。リリアナはお寝坊さんだな~」


 毛布に包まれてイルの腕の中にいる。


「ここは……?」


 パチパチと焚き火が燃え。しゅんしゅんとポットにお湯が沸いている。


「昨夜星を見ながら、海辺でねむってしまったんだよ」


「なんか変な夢を見たわ……」


「どんな夢だい?」


「?あれ?思い出せない?」


「悪い夢はコタリに食べてもらうんだよ」


(コタリ=こちらの世界の獏。羽の生えたカバ。悪い夢を食べ災いを遠ざける)


「そうね。もうちょっとこうしていたい」


 リリアナはイルの胸に顔を埋めた。

 イルは笑ってリリアナを抱きしめた。

 二人は朝日を眺めながら幸せを噛みしめる。




           ~ Fin ~



__________________________________________________


 ★ イルザート 22歳

   A級冒険者。赤のイルと呼ばれる怪盗でもある。


 ★ リリアナ 20歳

   イルの恋人。元アルバート王太子の婚約者。元伯爵令嬢。

   無実の罪で国外追放になる。船に乗せらせその船が沈没して。奇跡的に浜に打ち上げられ。

   イルに助けられた。のちイルと恋人になる。


 ★ アルバート王太子 25歳

   リリアナの元婚約者。今はローズマリーと婚約している。

   ローズマリーが行方不明でまた婚期が伸びた。


 ★ ローズマリー・オスロ 19歳

   アルバート王太子の婚約者。リリアナを罠に嵌め国外追放にさせた。

   オードリア神官をうざいと思っている。


 ★ オードリア神官 47歳

   いかれた神官。魔術師を使い神を操ろうとしたら怒りを受けて暗黒大陸に飛ばされる。


 ★ 包帯騎士 22歳

   王太子の婚約者リリアナに懸想する。

   リリアナを手に入れるため無実の罪を着せて国外追放にさせる。

   船が難破した時の怪我が治らない。包帯男である。


 ★ カロン  (?歳)

   ローズマリーの手下。影使い。

   闇ギルドのA級冒険者。


 ★ イルアレイ神  

   またの名を【眠りし者】。眠りし者の夢の世界がこの世界なので神を起こしてはいけない。

   神が目覚めるとこの世界は消える。エフリ島に眠っている。





 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 2018/5/1 『小説家になろう』 どんC

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

は~やっと書き上げた。昔書いた物を少し付け足して書いたら上手くまとまらなくて苦労しました。

昔書いたのはイルが主だったからリリアナの過去やら王太子の婚約者だったこととか。ローズマリーやカロンや包帯騎士やマッド神官なんか増えた~。

苦労した分楽しんでいただければ幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 眠りし者と呼ばれる神様がクトゥルフ神話に出てくるアザトースに似ていると思いました。 クトゥルフ好きなので、つい。
[一言] えっと、最後がよくわからなかったのですが、結局ローズマリー達はどうなったのですか?
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