僕のお父さんはサンタクロース
今日は12月23日。僕のお父さんは朝からずっと眠りっぱなしで起きる気配が無い。無精ひげをつついても、お腹をこそばせても。
「もう、それぐらいにしておきなさい。」
お母さんがホットケーキをフライパンからお皿に移しながら言った。
「ほら、手を洗って。」
最後にお父さんの鼻をぎゅっとつまむと、僕は洗面台に立った。蛇口をひねると冷たい、指がちぎれそうなぐらい冷たい水が噴き出す。
えい、と手を突っ込んでぐしゃぐしゃ洗うと、ぴゃっぴゃと水を切ってタオルで拭いた。
「はい、これゆう君の分。こっちがお母さんの分。テーブルに運んでね。」
「お父さんの分は?」
「後で焼くからいいの。先に食べちゃいましょ。」
ほかほかのホットケーキをテーブルに並べると、自分のコップに牛乳を注ぐ。お母さんはマグカップにカフェオレを並み並みと注いだ。
「いただきます。」
ぱん、と両手を合わせると、すぐにフォークをホットケーキに突き刺した。もぐもぐどんどん口に放り込んでいると、少し息が詰まりそうになる。慌てて牛乳で流し込む。サラダも食べて、コーンスープも飲んだ。
食べている間、ちらちらとソファで眠りこけているお父さんを見ていたけど、やっぱり起きない。こんなに良い匂いがしているのに。
「ごちそうさまでした。」
お皿を流しに運んで水に浸ける。こうしておくと、お母さんが”後が楽”になるらしい。
歯も磨き、お父さんをつつくことにも飽きた僕は、借りてきてもらったアニメのDVDを見ることにした。
お父さんが起きたのは、おやつの時間になってからだった。お母さんはおやつに林檎をむいていたところだったので、お父さんのためにりんご入りのホットケーキを作った。甘い匂いがして、おいしそう。何だかずるいぞ。そう思いながらじっと見ていると、お父さんは大きくホットケーキを切り分け、そのうち一切れを僕に食べさせてくれた。
お父さんはホットケーキを食べ終わると、軽くストレッチを始めた。足を伸ばし、腕を伸ばし、ぶんぶん振り回す。次に胸を反らすと、あああ、と低い声を出した。
その後は、ゆっくり全身をマッサージ。あっちこっちをもみほぐし、叩き、また伸ばしている。おとうさんはマッチョじゃないけど、力こぶなんかは結構大きいんだ。
お父さんは黒に黄緑の線が入ったジャージに着替えると、
「ちょっと走ってくる。」
と言ってランニングに出かけた。
ここだけの話、僕のおとうさんはサンタクロースなんだ。たぶん。いや、絶対。
証拠その1。
僕のおとうさんは電気会社に勤めていて、普段はあちこちの電柱に登って作業している。何回かお父さんがお仕事している所を見たことがあるけど、お父さんはすごく真剣な顔で色んな道具を使い分け、他の大人と話し合っていた。それなのに、お家に帰ると
「ゆう、今日、公園で遊んでたろ。」
と言い当てるんだ。だからお父さんはきっと、お仕事しながら子ども達を見張っていて、プレゼントをもらえる良い子かどうかを考えているんだ。
証拠その2。
お休みの日には、僕はお父さんと一緒にお買いものに行く。お母さんに頼まれたお買い物が終わると、二人でおもちゃ売り場に行ってプラモデルやミニカー、ゲーム機なんかを見に行くんだ。初めのうちは僕がお父さんの手を引いて、アニメに出てくる格好いい武器を探したり、新しいゲームで遊んでみたりする。だけど、いつの間にかお父さんの方が夢中になっていて、真剣な目で一つ一つ、おもちゃを手にとって色んな角度から見たり何ができるか試したり、箱の説明を読んでたりしているんだ。
これはきっと、クリスマスに配るおもちゃを下見する、サンタの大事な役目なんだ。
そして証拠その3。
お父さんは仕事が忙しかった日でも、毎日トレーニングを欠かさない。走ったり、お家の中で鍛えたり。12月になると会社のお休みが増えて、もっとトレーニングに集中するようになる。サンタさんは寒い冬の夜をトナカイと一緒に飛び回るから、きっと体力が必要で、それで鍛えてるんだ。
そういう訳で、僕のお父さんはサンタさんなんだ。
ぼくがこたつで冬休みの宿題をやっている間、お母さんはずっと台所でばたばたしていた。切ったりこねたり煮たり焼いたり。じゅうじゅうコトコト、いい音と、いい香り。お腹も空くし、眠くもなってきた。
窓の外を見ると、どんより白っぽい、曇り空。その雲を切るような、ザクザクと鋭い音が聞こえてきた。玄関前の庭石を踏む音。お父さんが、帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえりー。」
「あ、ごめん。まだお風呂沸いてないの。」
「いや、いいよ。シャワーだけ浴びるから。」
お父さんはそう言いながら、まっすぐお風呂場へと向かった。お母さんはちらっと時計を見ると、手を動かすスピードを上げた。
「何か手伝おうか?」
僕が聞くと、お母さんは
「お願い。」
と短く答えた。
こたつの上の宿題や鉛筆を片付けると、手を洗いに洗面台に立った。お風呂の前だから、お父さんがざあざあシャワーを浴びる音が聞こえてくる。蛇口をひねると、たっぷりせっけんを泡立てて手を洗う。掌、手の甲、指、爪、手首。僕が手洗いをさぼったせいでお父さんがお腹を壊して、サンタのお仕事できなくなっちゃダメだもんね。
手を拭いて台所に行くと、お母さんに
「それじゃあ、レタスをぐるぐるして。」
と言われた。お母さんが洗ったレタスを、レタスぐるぐるに入れて、取っ手をぐるぐるする。そしたら、レタスの水気が飛ぶんだ。
「できたよー。」
「じゃあ、大きいお皿出して、そこに広げて。」
重なったお皿をそっと持ち上げて、サラダ用の大きいお皿を出す。レタスをそこに広げると、お母さんはそこに、トマトやブロッコリーを盛りつけた。
「はい、テーブルに持って行って。」
料理がどんどん出来上がり、僕はせっせとお皿を運んだ。
サラダ、豚の生姜焼き、オムレツ、お味噌汁、きんぴらゴボウ、ふろふき大根、唐揚げ。
お箸を並べbていると、お父さんが風呂場から出てきた。
「おお、すげえーうまそー。」
お父さんはいつもより大きなどんぶりを食器棚から取り出すと、のりと納豆もテーブルに並べた。
「はい、じゃあ・・・いただきます。」
三人で手を合わせると、僕はじぶんのお箸を取るよりも先にお父さんをちらりと見上げた。お父さんは豚の生姜焼きを数切れつまみ上げると、ご飯の上にのせてぐわっとお箸で持ち上げた。大きな一口が、どんんどんお父さんのお腹へと収まっていく。お味噌汁をすすって、一息ついたお父さんと目が合った。
「どうした、食べないのか?」
「ううん、いただきます。」
僕っは2回目のいただきます、を言うと、唐揚げに箸を伸ばした。山盛りあった唐揚げも、いつの間にか大分減っている。お父さんは早くもご飯のおかわりをよそいに立った。またどんぶりにいっぱいご飯が盛られている。お母さんはもくもくと、きんぴらごぼうを噛みしめている。
いつもはもっと、お喋りしながら食べてるよ。でも、毎年この日はお父さんの勢いがすごすぎて、僕もお母さんも何も言えなくなってしまうんだ。
お母さんの料理はとてもおいしい。お肉も、お魚も、お野菜も。お母さんによると、昔はそんなに料理が得意ではなかったらしい。お父さんと結婚して、お父さんのご飯をいっぱい作っているうちに、得意になったって。でも、お父さんに聞くと最初から美味しかったって言うんだ。どっちなんだろうね?
僕とお母さんがお腹いっぱい食べ終わっても、お父さんはまだご飯を食べていた。お母さんは炊飯器の蓋を開けて中を覗き込み、
「足りないかも。」
とぼそっと呟いた。お母さんは冷凍庫から、凍ったご飯の固まりを取り出すと、電子レンジに入れた。
「お父さん。」
「ん?」
「おにぎり、何がいい?」
お父さんはうーんと唸り、
「おかかと、ゆかり。」
と口をもごもごさせながら答えた。
僕が歯磨きしていると台所からチン、という音が聞こえた。お母さんは電子レンジから熱々のご飯を取り出し、お椀に入れてふりかけを混ぜ込んだ。手を濡らすと、お母さんの手からはみ出そうなおにぎりをぎゅっぎゅと握っていく。
ぶくぶくうがいが終わって手と口を拭き、こたつに戻るとテレビを点けた。ニュースだったから変えようかと思ったけど、お父さんもお母さんもニュースを見ているのが分かったから、そのままにする。
天気予報。レポーターのお姉さんが、どこかイルミネーションの輝く街で白い息を吐いている。
明日、クリスマスイブ、僕の住む街に雪は降らないらしい。
「ごちそうさまでした。」
お父さんがようやくご飯を食べ終えて、ふーーっと息を吐いた。そのまま、緑茶をちびちびと飲んでいたけど、お母さんが
「おとうさん、おにぎりできたよ。」
と声をかけると
「ありがとう。」
と言って立ち上がり、食器を片付け始めた。歯を磨くとお母さんからおにぎりの包みと水筒を受け取り、リュックサックに詰め込んだ。リュックサックには他にも色々入っているみたいで、パンパンに膨らんでいる。お父さんはまた軽くストレッチすると、もこもこのダウンジャケットを羽織った。
「じゃあ、行ってきます。」
夜の七時。お父さんは、仕事に行く、とは言わない。どこに行くんだろう。テレビに目を戻すと、チキンを持った白ひげのサンタが微笑んでいた。
24日の朝は、毎年ちょっと寂しい。お父さんがいない朝それ自体は、お仕事なんかもあるし珍しくはないんだけど。
僕もお母さんもゆっくり起きると、目玉焼きトーストをかじった。
今日は何も予定が無い。友達やクラブのクリスマスパーティーはもう終わっているし、みんなお家の人とクリスマスを過ごすから一緒に遊べない。
お母さんは、今日はケーキを焼いている。晩ご飯はもちろん、ローストチキンだ。でも、お父さんは一緒に食べない。お父さんの分のチキンとケーキは、ラップをかけて冷蔵庫に入れられるんだ。僕はいよいよ寂しくなってきて、気を紛らわせようと昨年のクリスマスにもらったゲーム機を探した。テレビ台の上かな、と思ったけど、無い。じゃあ、”宝物庫”かな?
”宝物庫”は、お母さんの本と、お父さんのプラモデルと、僕のおもちゃがまとめられた部屋だ。みんなが大事にしているものを置いてある場所だから、ぱっと見は物で溢れているようだけど、それぞれにこだわって並べられている。
僕のおもちゃは入って左の下の棚だ。思った通り、僕のゲーム機はそこにあっった。手にとって、ふと思いついて他のおもちゃも手に取り、並べ替える。昨年もらったゲーム機、一昨年もらったアニメの動く人形、その前の年は変身グッズ、その前は・・・
今年は何が貰えるんだろう?
お父さんの帰ってこないまま、晩ご飯のチキンとケーキを食べ終わり、普段あまり読まない新聞を広げてぼんやりしていると、お母さんがどこからか地球儀を持ち出してきて新聞の上に置いた。
「ね、ゆう君。時差って分かる?」
「ちょっとだけ。今日本は夜だけど、朝の国も昼の国もあるんでしょう?」
「そう。それでね、世界で一番早く、朝や昼や夜が来る場所があるの。それが、この線。」
お母さんはジグザグと海の上を走る線を指でなぞった。
「そこは今、何時ぐらいなの?」
お母さんはちらっと時計を見ると、
「23時。」
と答えた。
「だからね、今、サンタさんはこの辺りの、子どものいる家を飛び回っているの。」
おおお、と僕は声が出た。海の上を橇を引いて走るトナカイが目に浮かんだのだ。
「じゃあ、そこでプレゼントを配り終わったら、次はどこに行くの?」
「この辺り。」
お母さんは、ちょこっとだけ地球儀を回した。
「そしたら、その次の、次ぐらいで、日本にサンタさんが来るんだね!」
「そうでーす。」
お母さんは楽しそうに笑って、地球儀の上の日本をつついた。
「お母さん。」
「ゆう君。」
お母さんと、声が重なった。僕がお母さんを見上げると、お母さんはクラスの女の子みたいにクスクスと笑った。
「ゆう君、サンタさんが来るの、起きて待ち構えていようか。」
いつも僕は21時には寝てるけど、サンタはもっと遅い時間に来るらしい。それまで僕は到底、起きていられそうにないので、ちょっとだけ仮眠を取ることにした。目覚ましをセットして、それでも起きられなかったら、お母さんが起こしてくれることになった。
お布団に入って目をつぶったけど、何だかすごくワクワクして眠れる気がしない。お母さんは、いつも早く寝なさい、って言ってるから、こうして”起きてて良い”なんて言われるのは初めてだ。サンタが来るクリスマスイブなんて、特に。お父さんがサンタなんだと思い始めたのはいつからだっけ?本当は、どうんなんだろう?お父さん、今、何してるんだろう?
ピピピピピピピピピピピと、耳の中で小人が暴れているかのような音が鳴り響いた。眠れない、と思っていたけど、いつの間にかぐっすり眠っていたようだ。お布団のなかでもぞもぞしていると、約束通りお母さんが起こしにきてくれた。
「大丈夫、起きる。」
僕が体を起こすと、お母さんは部屋の電気を点けた。
「じゃあちょっとおトイレ行って、それから着替えようか。」
そういってお母さんは、僕のセーターとジャンパーを持ってきた。見ると、お母さんもしっかりコートを着込んでいる。よく分からないままにトイレに行って、あれこれ着込むと、お母さんはカーテンを開けてベランダに出た。すごく冷たい風が部屋の中に入り込んでくる。僕は覚悟を決めて外にでた。痛いぐらいに寒さが、顔を刺し、服の隙間にも入ってくる。お母さんに抱き寄せられたけど、まだ寒い。お母さんの腕の中から見上げると、お母さんは夜空をぐるぐると見渡していた。
「そろそろだと思うんだけどなぁ。」
僕も一緒に空を見る。今日は良く晴れていて、小さな白い星があちこちに輝いている。
ふいに、その星の一つが強く輝いた気がした。
それと同時にお母さんも、
「あ。」
と呟いた。
気のせいかと思った輝きはどんどん大きく、強くなり、しかも、こっちに近づいて来る。あまりの眩しさに目をつむり、そして目蓋を刺す光に耐えながら目を開くと―そこには、大きな動物―毛むくじゃらで、大きな角の―トナカイだ―と、赤い服と帽子の、お父さんがいた。
「メリークリスマス。待たせてごめんな。寒かったろ。」
「お父さん!」
僕と、お母さんの声が重なった。お母さんを見ると、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っている。
「ほら、早く乗りな。毛布があるから、多少は暖かいんだ。」
僕、お父さん、お母さんの順にトナカイの橇に座ると、お父さんは手綱を引き、トナカイはベランダから空へと駆け上がった。
「お父さん、やっぱり、サンタだったんだ!」
「何だ、ばれてたのか・・・ちょっと待ってな。」
お父さんはある家の前でトナカイを停めると、窓に手を掛けた。鍵がかかってるんじゃないか、と思ったけど、窓はからりと開き、お父さんは橇の後ろに積んでいる大きな白い袋から一つプレゼントを取り出し、ちょっと確かめるように見回すと、さっと窓をくぐった。そしてすぐ、窓から出てきて、トナカイは再び飛び上がった。トナカイはほぼひとっ飛びで、次の家まで飛んでいく。お父さんはその度、どんな窓でもあっさり開けてしまい、素早くプレゼントを届けては橇にもどってくるのだった。
そんな訳でなかなかお父さんとお話できないので、僕はお母さんに話しかけることにした。
「ねえおかあさん、お母さんはお父さんがサンタさんだってこと、知ってたの?」
「知ってたわよー勿論。」
「いつから?何で?」
「うーん、結婚するちょっと前かなぁ。毎年毎年、クリスマスの夜はバイトだーとか行って、全然一緒に過ごしてくれないから、とうとう我慢できなくなって、問い詰めたのよ、そしたら、クリスマスイブの夜に、起きて待っていてくれ、って言うから・・・それでね、今日見たいに待ってたら、迎えに来てくれたのよ。」
ちょうど戻ってきたお父さんに、
「そうなの?」
と聞くと、
「何が?」
と目を見開き、お母さんは小さく笑った。
お父さんは首を傾げたけれども、
「まぁ、いいや。ちょっと山を越えるから、高度をあげるぞ。」
と言って手綱を握りしめた。
グイグイとトナカイは空を駆け上がり、街の光は星よりも小さくなった。このままじゃ宇宙に突っ込んじゃう、と思ったけれど、お父さんはトナカイの高度を下げ始め、山の中に降り立とうとした。見ると、山の中にもほんのりと明かりが灯っている。
おとうさんは山の中の小さな家に降り立つと、プレゼントを届けに行った。こんなとこにも、サンタさんを待っている子がいるんだな。そう思ってそっと中を覗いたけれど、真っ暗で何も分からなかった。
その後、山を越えた次の街でも、お父さんは沢山のプレゼントを届けてまわった。その次の街でもその次の次の街でも。
そしてお父さんはまたトナカイの手綱を引き、今度はトナカイは夜の海の上を飛んだ。
「しばらく、ゆっくり話せるな。」
お父さんはそう言うと、足下のリュックサックから水筒を取り出し、熱いお茶を一口飲むと僕にも注いでくれた。
「そう、実はお父さん、サンタクロースだったんだよ。」
「うん。」
僕は水筒を、お母さんに渡した。
「まぁお父さん一人で世界中の子ども達にプレゼントを配っている訳ではないんだけどな。何人もサンタがいて、みんなで手分けしてプレゼントを配っているんだ。他にも、トナカイの訓練をする人や、プレゼントを用意する人もいて、みんなで今日の為に準備して・・・色んな国の人がいるんだ。お父さん、ちょっと英語が喋れるだけなんだがな・・・で、お父さんの役目は、決められたエリアのこどものいる家に、プレゼントを届けること。お母さんにご飯一杯作ってもらって、パワー溜めて、な。あぁ、そうだ。」
お父さんは、橇の後ろの袋―プレゼントがいっぱい入ってる大きな袋じゃないほうだ―をごそごそ探ると、すごくきらきら光る何かを手に取った。
「お母さん、メリークリスマス。いつもありがとう。」
お母さんが受け取ったのは、雪の結晶や星の光、オーロラの虹、氷の花で出来た、きれいなきれいな夜空の花束だった。
「これ、すごく冷たいのよね。一晩しかもたないし・・・」
そう言いながらも、お母さんはすごく嬉しそうに、夜空の花束をそっと抱きしめた。
「お父さんも、ありがとう。帰ったら、チキンとケーキあるからね。」
「お、楽しみだなぁ。」
「おいしかったよー。」
会話になかなか混ざれなかった僕が割り込むと、お父さんは
「おお、そうだ。」
と声を上げ、もう一度袋の中をごそごそと探し回った。
そして差し出したのは、赤い包装紙に金のリボンがかかった、プレゼント箱だった。
「ゆう、メリークリスマス。今年も、良い子にしてたな。」
「ありがとう、お父さん・・・サンタさん。」
お父さんは照れくさそうに鼻の頭を掻き、お母さんは笑った口元を花束で隠した。
「そろそろ次の街に着くな。」
お父さんが境の消えた空と海の向こうを指差したけれど、僕はもう、眠くなってきて目が開けられなくなってきていた。
「実はな・・・お父さん、サンタを首になったんだ。今日で、お父さんがサンタになるのもお終いだ。少子化でプレゼントを贈る子どもが少なくなって、日本のサンタの配達も数を減らす事になってしまって・・・ついに言われたんだよ。お前は、自分の子どものクリスマスに集中しろってさ。サンタになるのはずっと憧れだったし、残念ではあるけど・・・そうだよな。ゆうとお母さんに、寂しい思いさせてたもんな・・・それでな、最後にゆうにお父さんのサンタ姿を見てもらえるように、お願いしたんだ・・・なぁ、ゆう。ゆうも、大きくなったらサンタにならないか?すごく寒いけどな、それでも・・・あぁ、もう寝てるか。」
僕はまだ目を閉じているだけで、眠ってはいなかったんだけど、起きてるよ、って声は出なかったし、その後の記憶は、何もないんだ。
翌朝目が覚めると、僕は僕のお布団の中、パジャマを着て天井を見上げていた。お布団の外はすごく寒かったけど、起き上がって、振り向いた。
枕元には、赤い包装紙に金ピカのリボンがかけられたプレゼントが、朝日を受けてきらめいていた。