第80話 未来への跳躍
クレアは、「UF」幹部として、急激に取引先としての重要性を増した「ユラギ国」を熟知したり、情報網を構築したりする任を帯びて、ここ「イヌチヨーナ星系」にやって来た。そして、その活動拠点として、彼女もユーシンの王宮を選んだ。もちろん部屋は別だが、同じ屋根の下で、ユーシンとクレアが寝起きする日々が始まった。
2人きりという場面も、ほとんど無かった。「キグナス」からも、毎日多くのクルーが泊りに来る。ただ遊びに来る者もいるし、「イヌチヨーナ星系」の復興支援に助力する者もいる。
この宮殿から、いかがわしい店に通い詰める悪童もいたし、王宮の一角に、市民向けの無料診療所を開設する聖人もいた。もちろん、前者はキプチャクで、後者はノノだ。
「良い店を見つけたぜぇ、ユーシン!『ユラギ国』の民族衣装を着た美女が、あんな事やこんな事を・・・」
「ユーシン、患者用のベッドの数を増やしたいんだけど・・」
相変わらず、ご飯とみそ汁と焼きじゃけが朝ごはんの定番となっているユーシンは、口も耳も大忙しだ。
ノノやキプチャクだけでは無い。
「宇宙艇のレースが、開催されるらしいんだぜ、ユーシン。復興記念カップとか呼ばれているんだ。俺も、出てみようかなぁ。」
と、アデレード。
「王宮の護衛兵士の中に、凄いイケメンがいたんだけど、ちょっと紹介してよ、ユーシン。王様なんだから、それくらいできるでしょ。」
ニコルは邪な要求をして来る。
「うおおお、シャラナ様が、かつてご使用成なされたテーブルで、食事ぃいい・・・」
ジャカールだ。
「あっはっはぁ、どこに行っても、うるせぇガキ共だぜぇ。」
バルベリーゴも来たのだ。
王宮の大テーブルを囲む夕食には、常に笑顔の花が咲き乱れていた。ユーシンとクレアは、いつでもその中に含まれ、隣同士で笑っていた。
「そう言えば、この前、第3惑星軌道上の別のコロニーで、びっくりするような奴に出くわしたよ。」
キプチャクが、チャプチェとかいう、王宮名物の料理を口に運びながら、ユーシンに話して来た事があった。「あの、『変態商人』ラクサス・デカポロムが、視察か何かにやって来てやがったんだ。」
「あいつも商人だからな。ビジネスチャンスを嗅ぎつけてここに来ていたとしても、不思議はないよな。」
驚きもしないで応じたユーシンだが、続きをキプチャクに聞かされると、そうはいかなくなった。
「いるだけなら不思議じゃないけどよ、『蒼白美女』も一緒だったんだぜ。しかもよ、あの『蒼白美女』がニッコニコの笑顔で、『変態商人』の腕にしがみついてやがんの。ラブラブのカップルって雰囲気だったぜ。」
「なんだって?何だよそれ?『蒼白美女』って、『変態商人』に凌辱されて、魂を破壊されたんじゃ無かったのか?」
「そう言ってたよな、あの『変態商人』。確か。で、その『蒼白美女』が、ニコニコして『変態商人』と腕を組んで、ラブラブの雰囲気で歩いてたんだよ。」
チャプチェを口に運ぶのも忘れて、記憶をたどる様子のキプチャク、ポカンと口を開け、遠くに視線を漂わせるユーシン。
キプチャクは、胸の奥から絞り出して来た深刻な問題であるかのように、尋ねた。
「なぁ、ユーシン。何がどうなったら、そうなるんだ?」
「しらん。」
ユーシンとクレアは、2人で揃って、「ユラギ国」のあちこちに視察に向かう事もあった。ビジネスと復興支援という、異なる目的ではあるが、行き先が重なる事は多々ある。「ユラギ」国民の多くは、いつしかクレアの名前も憶え、彼女にも“様”を付けて呼びかけるようになった。
「ユーシン王様、クレア様、ようこそお越しを!」
「ご機嫌麗しゅう、ユーシン王様、クレア様。」
そんな挨拶で、出迎えられる機会が増えてくる。早とちりする者も、当然のようにいた。
「クレア皇后様!」
「こら、こら、こら、こら」
その勘違い市民に、慌てて駆け寄り、全速力で首を横に振って、
「ちゃう、ちゃう、ちゃう、ちゃう」
と、懸命に訂正するユーシン。「皇后じゃない。上司だ、上司。仕事先の上司。」
首をかしげる、善良な市民。国王様の上司、などという概念が、「ユラギ」国民に受け入れられるはずは無かった。
クレアは3か月程滞在し、「ウィーノ星系」へと戻って行った。また3か月程したら、「イヌチヨーナ星系」に視察に来るとの事だ。3か月毎の行ったり来たりを、繰り返す事になるらしい。
クレアがいなくなった王宮で、ユーシンはシャラナの部屋に立っていた。
(本人からも、見てね、って言われたんだから、もう、見ない理由なんて、無いよな。)
端末に手を伸ばしたユーシン。だが、何かが彼を、ためらわせる。
(やっぱり、刺激が強すぎるかも。あんなのを、何枚も見たら、頭がどうにか、なってしまうかもしれない。そうだ、1日1枚ずつ、見る事にしよう。それなら、多分、大丈夫だ。我ながら、何て素晴らしいアイディアなんだ。)
そう決心して、改めてユーシンは、端末に向かって手を伸ばす。キーボードをパチパチと弾く。画像が表示された。ユーシンの顔が、3cm程落下した。
「水着じゃねえのかよ!」
ビーチ沿いのオープンカフェで、T-シャツ姿のクレアが、ストローをくわえたポーズで映っていた。
(なんだよ。ビキニ画像は、あれだけかよ。)
がっかりしたのは一瞬だった。T-シャツ姿のクレアも、十分に愛らしいではないか。
(ビキニ姿じゃないんだったら、1日1枚とか、必要無いな。)
全ての画像を見たい気持ちが、素直に噴出して来た。
(よし、もう、全部見よう!)
軽やかに、キーボードを弾くユーシンの指。次の画像が現れる。
「ぴギャぉおおおー」
(お嬢様、そんなぁー)
世界はまたまた、盛大な縦回転を巻き起こした。ディスプレーの中で、ビーチにうつぶせに寝そべるビキニ姿のクレアが、頬杖を突いた姿勢で胸元も露わに、こちらを向いてほほ笑んでいる。悪戯っぽいウィンクをしているのは、今この時のユーシンの姿を、見通してのものだろうか。
国王就任から半年も経つと、復興の進んだ「ユラギ国」の各宙域から、お礼の品やら貢物やらが、大量に王宮に届けられるようになった。ユーシンだけでは消費し切れる量では無かった。「キグナス」クルーと分け合っても、まだ余る。月に数回、市民を集めて宴を催して、何とか消費できたのだった。
「これが、第4惑星での生産が軌道に乗り始めた豆で淹れたコーヒーか!」
ユーシンは香りを楽しみ、満足気な表情で、ずずっとそれを啜った。彼の王国の民が、心血注いで量産化に漕ぎ付けたコーヒーの味わいは、格別な感動を与えるものだった。
「他にも、たくさんの貢物が届けられておりますぞ、国王陛下。」
すっかり王の秘書官に収まっているサムダージュが、ホクホクの笑顔でユーシンに伝えて来る。「フルーツや香辛料などの食料品に始まり、工芸品、貴金属類なども、色々と送って来られています。」
「そうか。うん、うん。また市民を集めて宴でも開かないと、消費し切れ無いなぁ。」
嬉しいような困ったような顔でそう応え、また彼の国のコーヒーを、ずずっと啜るユーシン。
「それから、ジュチーエ星系からは、美女30人が送られて来ました。」
「ブシュー」
霧状にコーヒーを吹き出したユーシン。「な・・なな・・何だって?びびび・・びじょ・・?それを、俺に、どうしろと・・?」
「それはもう、国王陛下のご自由に。わが『ユラギ国』においては、よくある事ですよ。」
頭をくらくらさせながらも、ともかくその美女達を王室に招き入れて、謁見する事にしたユーシン。
「おおお・・えええ?この人達が、送られて来た女人達か・・。あの、君、歳は幾つ?」
「ななつー!あのね、あのね、こくおーさまぁ。あたし、いっぱいはたらいて、おーさまのやくにたつのー。」
「あ・・あはは・・、で、そちらの方は。」
「あたしゃあ、今年で75になりますじゃ。なんでもお命じ下しゃりませ。歳はいっても、床の方の手管も、まだまだ若い者には負けませんぞ。うしゃしゃしゃ・・」
「サムダージュさん。『ユラギ国』の美女の定義を教えてくれ。」
混乱の末、彼女達は「UF」で雇われる事になった。クレアには、職を求めて王宮に来た女性達という形で報告し、「UF」での雇用を承諾してもらったのだった。
「貢物として送られて来た美女だって事は、お嬢様には絶対、内緒にして下さい。」
「は、はぁ・・」
不思議そうに首をかしげながら返事をしたサムダージュだったが、王のお願いは忠実に守ったのだった。
国王就任から1年が過ぎた。いくら兼任とは言え、1年くらいは国王としての執務に専念していたユーシンだったが、一周年を機に「キグナス」クルーとしての活動も再開する事にした。
万歳を唱える国民達の盛大な見送りを受けて、ユーシンは王宮を後にした。国王としての威厳に満ちた背中を、宇宙港にも詰めかけていた、彼の国民達にたっぷりと披露した直後、
「さっさとしねぇかぁ、ガキィ。置いて行くぞぉ!」
と、バルベリーゴに怒鳴りつけられ、あたふたとシャトルに乗り込んだ。
「国王兼見習いも、楽じゃねえなあ、ユーシン。」
アデレードがコックピットから声を掛ける。コンソールに置かれた写真の中で、ファランクスも笑顔でユーシンを見つめている。
「キグナス」の航宙指揮室は、別に久しぶりという事は無い。クルー達の顔も、しょっちゅう見ていた。だが、「キグナス」クルーとして「キグナス」に乗って宇宙に飛び立つのは、1年ぶりの事なのだ。胸が高鳴った。期待に心が弾んだ。やはり宇宙商船の船乗りとして、宇宙を駆け巡る暮らしが自分には合っている、とつくづく思ったユーシン。
船長席の隣には、クレアの姿もあった。彼女の前で初めて披露する、ユーシンの操船シーンだ。出航時の操船も、もうすでにマスターしていた。
「『キグナス』、発進!」
声高に宣言する。背中にクレアの視線を感じ、ユーシンの気持ちは得意の絶頂だ。
「イヌチヨーナ」星系内を進む間にも、国王座上の船をひと目見ようとしてか、多くのシャトルが見送りに出ていた。手を振ったところで見える訳は無いが、彼等に何かをして応えたい衝動に駆られたユーシン。「キグナス」を一回転させて見せたら、ドーリーに怒鳴られた。
第3惑星からある程度離れると、ワープ可能宙域までは、やる事も無くなる。機構軍の駐留もあって、星系内には何の危険も無い。通信索敵も1人で良い事になり、操船の予備要員も待機していなくて結構となり、航宙指揮室の人数は、がくんと減った。閑散とした有り様だ。船長も席をはずし、武装管制席も空っぽだ。
ストン、と、左隣に誰かが座る気配を感じたユーシン。1Gの重力が生じるくらいの加速が実施されているから、ストン、と音を立てて座る事ができる。見るとクレアだ。
「やっぱり、操船している姿は、カッコイイわね、ユーシン。」
「おだてても、何も出ませんよ、お嬢様。」
「あら、そんなはずは無いわよ。国王様をおだてたら、何か良いモノが出て来るはずだわ。」
ふと気付いたユーシン。国王就任以来、多くの者の言葉遣いが、やたらと丁寧になった。最上級に丁寧な敬語ばかりが、連日、彼の耳に届けられて来る。国王なのだから、当然だ。が、しかし1人だけ、逆に、それまで敬語だったのに、敬語を使わなくなった人がいる。それに気づいた時、ユーシンは、天にも昇る程の幸福感に満たされた。
「ねえ、ユーシン」
幸福な呼び掛けが、また耳に届いた。
「何です?」
「私がいつ、初めてユーシンを見たか、知っている?」
想いを巡らせたユーシン。
「確か、『ウィーノ』での、俺達の歓迎会・・・」
「うふふ・・、違うのよ。私、もっと前から、ユーシンを見知っていたのよ。『ウィーノ』で私たちが会う、2年も前。どこの星系かは忘れたけど、どこかのナレッジセンターで・・」
「えっ?お嬢様も?俺も、お嬢様を、ナレッジセンターでお見かけしました。」
「まぁ!そうなの!? 」
ユーシンを驚かせるつもりだったのだろうが、クレアの方が大きな驚きを見せる事になった。「あのナレッジセンターで、端末のディスプレーを真剣な表情で眺めるユーシンの横顔が、何故かとても、私には印象に残っていたのだけど。ユーシンもあの時、私を見ていたの?」
「ええ。大きな星域図を前に、お嬢様がボス・クロードに話し掛けられている後ろ姿を、お見かけしました。」
言いながら、その時の光景がまざまざと、ユーシンの脳裏によみがえって来た。頷くたびに、髪の光沢がその形を移ろわせる光景だ。守りたい。支えたい。思い出すだけで、溢れ出す気持ち。
「そうなの。それなら、私の方が先ね。お父様と合流して色々な話を伺ったのは、ユーシンを見かけた後だったもの。」
「そうなんだ。あの時にはもう、お嬢様は、俺の存在を知っていたんだ。」
その事に、どんな意味があるのか、無いのか、分からないが、ユーシンにはとても、感慨深いものがあった。
「その時・・、ユーシンを始めて見かけた時、思ったの。ディスプレーを真剣な表情で見つめる横顔を見て、この人はいつか、私を、私の置かれた境遇から、連れ出してくれるのではないかって。何故そんな事を思ったのか、全く分からないのだけれどね。」
「連れ出す・・・?」
(連れ出せ、って言われているのか・・?俺は今、お嬢様に・・?連れ出す事は、出来るかもしれないけど・・・。連れ出した後、お嬢様は幸せになるのか?「UF」から逃げ出して、「UF」から離れて、そこにお嬢様の幸せはあるのか?)
「もちろん、そんな事が現実にあるとは思ってはいないわよ。でも、あの時、「UF」の幹部になるっていうプレッシャーに押し潰されそうだった私は、ユーシンにそんな期待をかける事で、どうにか心のバランスを保ったのだと思うわ。」
「そうですか。」
考えに沈みながら、ユーシンは呟く。「連れ出す事は、出来ません。お嬢様の幸せは、「UF」の中にあるのだから。俺に出来る事は、力の限り、守る事。全身全霊で、支える事。それだけ・・」
「ユーシンがそう思ってくれるのなら、あの時の私の直感は、間違っていなかったのだわ。」
クレアの言葉は、ユーシンの心を、ふっと軽くし、ぽっと温めた。
何やら、運命じみたものを感じる。同じ日、同じ場所で、それぞれが相手に気づかれずに、相手の存在を発見し、強い想いを持った。あの日、あのナレッジセンターで、運命の糸のような物が生まれたのだ。だがそれは、赤い糸では無い。どうしようもなく不完全な、おかしな色の糸だ。ハーフナイトとして、彼を彼女に結び付けた糸だ。
恋愛も結婚も招く事の無い、でも決して切れる事の無い、中途半端で不可思議な糸。あの日あのナレッジセンターで生まれ、そして今も繋がっている、と確信できる糸。
「守ります。支え続けます。俺の生涯を懸けて。全てを注いで。お嬢様を、必ず。」
「有難う、ユーシン。これからも、どうぞよろしく、お願いします。」
中途半端で不可思議で、でも決して切れない糸が、互いの想いと体温を伝え合い、2人の心は、ポカポカだった。
「でも、お嬢様も、そんな夢を見るんですね。」
少し茶化す言い方をして、ユーシンはクレアを見た。
「そんな夢?」
「ええ。何ていうか、白馬に乗った王子様が連れ去ってくれる、みたいな夢。」
「もー、なーに、ユーシン。馬鹿にしているの?良いでしょ。白馬に乗った王子様を、夢に見たって。」
唇を尖らせたクレア。
「ええ。もちろん。結構ですよ。」
「あーっ、やっぱり、馬鹿にしているっ。ダメよユーシン、そういう事で、女の人を馬鹿にしたら。女の人は、みんな、そう言う夢を見るものなのだからね。いつか、白馬に乗った王子様が、どこかへ連れ去って行ってくれるって。」
「ははは」
馬鹿にするつもりではないが、そのクレアの発言に、笑いが止まらないユーシン。でも、心中では、別な想いを抱えていた。
(連れ去りたい。許されるなら、どこかにお嬢様を、連れ去ってしまいたい。それでお嬢様が幸せになるなら、迷わずにそうする。その為に、何を失ったって構わない。誰にどう思われようとも悔いはない。でも、お嬢様は、「UF」に居てこそ幸せになれるんだ。)
ユーシンは、ブルーハルトを思い浮かべた。彼は素晴らしい人物だ。どこまでも、クレアに優しく、紳士的に接してくれるだろう。彼に嫁ぎ、「UF」を繁栄させて行く。そこにこそ、クレアの幸せはある。そんなクレアを、ユーシンは支えるだけだ。それは、クレアに想いを寄せるユーシンには、苦痛を伴う事ではある。だが、それこそが、クレアを幸せにする行動なのだ。連れ去る事では無い。
自らに言い聞かせるユーシン。
(たとえお嬢様がそれを望んでも、俺はあなたを連れ去りはしない。たとえあなたがどれ程の想いを俺に寄せてくれたとしても、あなたは大佐の妻となり、俺は、そんなあなたを支えるだけ。それが俺達の、運命だ。あの日あのナレッジセンターで始まり、中途半端な糸で繋がれる、俺達の運命だ。)
辛い。苦しい。切ない。でも、それでクレアが幸せになるなら、耐えて行ける。何故なら彼は、ハーフナイトだから。
痛む胸は痛むままに、それでも今のユーシンには、軽い冗談でクレアに接する心のゆとりがあった。
「俺は、白馬に乗った王子様には、決してなれませんが・・」
「え?なあに?」
ユーシンの顔を覗き込んだクレア。
「白鳥に乗った王様で良ければ、いつでもお傍に駆け付けますよ、お嬢様。」
「まぁ!白鳥に乗った王様ぁ!・・素敵。そっちの方が、良いかも。うふふ。」
「おい、ガキィ!そろそろ、ワープ可能宙域に入ったんじゃねぇのかぁ!」
突如背後で、バルベリーゴが大声を張り上げた。今の今まで席をはずしていたが、さすがにワープの瞬間は、航宙指揮室で立ち会うのが船長というものだ。
「うわぁおっ!オヤジ。いつの間にそこに居たんだ、驚くじゃないか。」
言いながら、ディスプレーに目を走らせるユーシン。「本当だ。もうとっくに、ワープして良い宙域だ。うっかりしてた。」
「馬鹿野郎!ヘラヘラしてねえで、しっかり操船しやがれぇ!」
「はいよ。ワープインシーケンス、開始ぃ!」
「キグナス」は翼を広げた。躍るがごとく、くるくると回転し始めた船体が、虹色のベールを纏い始める。その、時空を切り裂く虹色の光は、「キグナス」を、そのクルー達を、そして、ユーシンとクレアを、新たな未来へと導く灯火でもある。その未来は、彼等の予測を覆すものかも知れない。
光の滴を、翼の先から迸らせ始めた「キグナス」の中で、ユーシンはワープへの最後の操作に移ろうとしていた。左手の辺りにあるレバーをぐいと引けば、「キグナス」は、回転加速と直進加速を激化させ、ワープする。
一旦そのレバーに手を掛けたユーシンは、ふと思い立って、また手を離し、ちらりとクレアに目をやった。
「え?」
不思議そうに、でも笑顔で、ユーシンの大好きな満開の笑顔で、クレアはユーシンを見返した。
ユーシンは、クレアの手を取り、レバーの上に乗せ、その上から、クレアの手を自分の手で覆った。
「一緒に、号令しましょう。」
「うん。」
「せーの」なんて言わなかった。そんな事しなくても、2人の呼吸はぴたりと一致した。
「宇宙商船『ウォタリングキグナス』、ジャンプ!」
二つの手が、一つのレバーを引く。2つの想いが、1つの波動となる。それは「キグナス」に、時空も運命も切り裂き、突き破って行ける、エネルギーの爆発をもたらした。
白鳥が、宇宙で跳んだ。
エピローグもありますので、よろしくお願いします。




