第63話 命を賭す覚悟
無重力空間をキプチャク達に向かって漂いながら、ユーシンは説経口調だ。
「お安い御用じゃねえよ、キプチャク。機構軍との取り決めがあるんだ。それを見せてしまったら、『UF』にどんな迷惑がかかると思ってるんだ。あんな事やこんな事はあきらめろ。それができる、いかがわしい店でも探す事だ。」
「あ・・ああ・・、ユーシン。・・そうだ、そうだよな。俺、どうかしてた。やっぱり、ダメよな。ダメに決まってる。設計図なんて見せたら。俺、何ていう事を・・。オヤジに・・。ユーシン・・オヤジには・・」
「言わねえよ、別に。まだ見せてねえんだから。それに、今調べてみたら、設計図のファイルにロックが掛けてあった。オヤジも、こういうのは予測してたんだろう。」
そうキプチャクに告げたユーシンは、赤面してうなだれる彼からツキノカに向きを変えて続けた。「ツキノカさん、祖国の窮状を何とかしたいって気持ちは分かるけど、やっぱり見せる訳には行かないんだ。済まない。」
「あ・・ああ」
ツキノカはすがるような目をしてユーシンにすり寄った。「ユーシン様。そこを何とか、お願い致します。何でもします。どのような要望にもお応えいたします。ですから・・」
そう言って、また服を一枚脱いだツキノカ。まだ4枚も残っている。
(って事は、キプチャクと2人きりになってからは、1枚も脱いでなかったって事か。今まで、何やってたんだろう?)
「あはは・・悪いけど、俺はキプチャクとは違うから、そういうのでは・・・。それに、ロックの外し方、オヤジしか分からないし・・」
心の呟きはさておき、ツキノカに対しては、苦笑しながらそう言ったユーシン。
「私ごときではご不満なら、『ヤマヤ』皇宮のどの女子でも、どんな産物でも、差し出す用意はあります。『ヤマヤ国』内の領地でも、地位でも、お望みとあらば・・」
「いやいや、そういうのを得るつもりで、俺は『キグナス』に乗ってるわけじゃないんだ。ある人を守ったり支えたり・・・」
後半は聞き取れないくらいに小声になったユーシンの発言だったが、ツキノカに買収を断念させる効果はあったようだ。
「嗚呼っ!それでは、我が祖国は、・・『ヤマヤ』は・・、お願いです、ユーシン様、なにとぞ、ご慈悲を。」
買収は諦めても説得は諦めていなかった。じっと潤んだ瞳でユーシンを見つめて、訴えて来る。男だったら心を動かされずにはおかない程、胸に迫る姿だ。
「そこまでしないといけない程、『ヤマヤ国』は苦しい状態なのですか?各部族の離反は、そこまで現実味を帯びた事態になっているのですか?」
「なぜ、それを・・」
「それを食い止める為に、『アマテラス』が必要なのでしょう?銀河最強の武器を手にする事で、皇帝の求心力を維持し、各部族の離反を食い止めようとしているのでしょう。それは、あなたがそこまで身を穢し、名を貶めるような事をしなければならない程、切実なものなのですか。」
「・・それは・・」
「あなたには、故郷に大切な人などは、おられないのですか?」
その問いを受けたとたん、ツキノカの瞳からは大粒の涙が溢れて来た。説得を試みる為に、意図的に潤ませていたさっきまでの瞳とは違う様だ。意識もせず、自然に溢れて来たような涙だった。思わず両手で顔を覆い、嗚咽の声を漏らした。
「・・いるんですね、大切な人が。それなのに、こんな事をしてまで、『アマテラス』の設計図を入手しなければ、ならなかったんですね。」
(シャラナさんといい、このツキノカさんといい、「ヤマヤ国」の女性にはこういう系統の受難が多いな。)
ユーシンはそんな感想を持った。死を覚悟した男共が戦場で血を流し合うだけならば、ただの武勇譚でもいられるのだが、銃後の女性が身を穢し、名を貶めなければならなくなると、戦争というものはその悲惨の色を濃くするものだ。
(やはり、「ヤマヤ国」をこれ以上このまま放っておく事は出来ない。最終的な「コーリク国」との決戦は機構軍に頼っても良いだろうが、その前に「ヤマヤ国」皇帝の求心力を回復し、国が空中分解するのを防ぐためにも、機構軍無しで宙賊を征伐するくらいの成果は上げる必要がある。)
「ツキノカさん。『アマテラス』の設計図を見せる事は出来ませんが、『キグナス』が『ヤマヤ国』軍と共闘して宙賊を征伐するのは、可能性があります。・・というか、少なくとも、それなら機構軍との協定違反にはなりません。」
「お、おい、ユーシン!本気か!相当やばい戦争に首を突っ込む事になるぞ。」
「もちろん、それの最終決定はオヤジがするから、俺が約束出来る訳じゃ無い。でも、『アマテラス』の設計図を見せるのは絶対にダメだ。それに比べれば、『キグナス』が『ヤマヤ国』軍に助太刀する方が、現実味があるって話だ。取りあえず、オヤジに進言してみようと思う。」
「本当ですか?」
ツキノカは顔を上げて尋ねた。「本当に『キグナス』の我が国軍との共闘を、バルベリーゴ船長に進言して頂けるのですか?」
「進言するだけならた易いよ。実現するかどうかは、分からないけど。『ヤマヤ国』軍が『キグナス』と共闘してでも、宙賊を征伐できれば、各部族の離反を食い止め『ヤマヤ国』の体制を維持していけるのだろう?」
ユーシンの問いかけに、ツキノカは大きく頷いた。
「はい。宙賊を征伐するという成果を上げられれば、各部族の方々も皇帝を見直してくれるはずです。」
「おいユーシン」
キプチャクは怯えた顔だ。「機構軍に追い払ってもうのじゃ、ダメなのか?『キグナス』が、そんなに危ない橋を渡らなくったって・・」
「今『イヌチヨーナ星系』を占拠している宙賊を機構軍が追い払ったとしても、『コーリク国』に『ヤマヤ国』の各部族が脅しを掛けられている状況は変わらない。『コーリク国』に寝返らないと宙賊をけしかけて、部族の領域を荒し回るぞ、とかなんとか、言われているのだろう。そして、『ヤマヤ国』皇帝に、宙賊に対処する力も意思も無いとなれば、各部族は『ヤマヤ国』皇帝を見限るしかなくなる。だから、宙賊の征伐に関しては『ヤマヤ国』軍が成し遂げる必要があるんだ。」
「ユーシン様、なぜそこまで『ヤマヤ国』の内情を御存知なのですか?そのようなことは、他国の方には漏らしてはならない、とされていたはずなのに。宴の席で、酒の勢いで誰かが漏らしてしまったのですか?」
「まあ、そんな所だ。誰からとは言わないけど。とにかく、『キグナス』が宙賊征伐に参加するって事になれば、『アマテラス』の設計図を見る必要は無くなるんだな。」
前半部分はけむに巻くように小声で言ったユーシンンは、その分後半部分は力強くはきはきと発言した。
「はい。『キグナス』に共闘して頂けるとなれば、『ヤマヤ国』軍も宙賊征伐を決断できましょうし。宙賊征伐が成し遂げられれば、部族の離反も止まりましょう。」
「じゃあさあ、オヤジに進言してみるから、その結果を待っていてくれよ。」
「はい。かしこまりました。ユーシン様のお気遣い、心より感謝致します。」
ツキノカとの間で話がまとまったところで、ユーシンはキプチャクに詰め寄り、からかうような小声で囁いた。
「で、ツキノカさんと、しっぽりいくのか?」
「いけるかぁー!」
「別に2人が合意のもとでなら、何をやったって、俺は構わないんだぜ。」
「やれるかぁー!」
実にバツの悪そうな顔をユーシンに向けて、キプチャクは言う。「あんな涙を見せられて、こんな事情を聞かされて、何をやれっていうんだ。」
「あ・・あの」
ツキノカが口を挟んで来た。「一度お約束した事ですし、お望みとあらば、その・・」
「勘弁してくれー!」
キプチャクへのお灸は、こんな所で良いかなと思ったユーシンだった。
翌日、ユーシンはその事をバルベリーゴに話した。バルベリーゴは、一旦顔を伏せ、何かの痛みに耐えるようなそぶりを見せた後、決然と顔を上げて言った。
「皆を集めろ。話がある。」
「キグナス」の航宙指揮室には、少々窮屈なのを我慢すれば、クルー全員が入る事が出来る。滅多に無い事だが、この時は全クルーが指揮室に詰め込まれた。
「ガキ共ぉ、良く聞けぇ。これから宇宙商船、いや、宇宙保安機構軍臨時戦闘艦『ウォタリングキグナス』は、『ヤマヤ国』軍と共闘しての、宙賊征伐作戦に参加する事にした。つまり、本格的に戦争に介入する事になる。」
クルー一人一人の顔を見渡すようにして、バルベリーゴは言葉を続けた。
「今回の作戦は、これまでとは比べ物にならねぇくらいに、危険なものになる。戦闘も、激しいものになる。『キグナス』から死者が出る可能性も、かなり高い確率になるだろう。だがこの作戦は、何としてもやり遂げてぇところなんだぁ。『ヤマヤ国』と『UF』の長い親交を踏まえれば、その滅亡は『UF』にとって、でかすぎるダメージだぁ。逆に、宙賊征伐に成功すれば、『イヌチヨーナ星系』経由の『ヤマヤ国』との貿易は、これまで以上に『UF』の独壇場となり、莫大な利益を『UF』にもたらす事になるだろう。だから、『UF』の従業員として、これは、命懸けでもやり遂げてぇ作戦なんだぁ。」
シーンとして聞き入る「キグナス」クルー達。バルベリーゴは更に語る。
「各部族の離反が現実味を帯び、『ヤマヤ国』が、機構軍に頼らず宙賊を征伐する必要が出て来た今、『キグナス』の参戦無しに『ヤマヤ国』を救う手立てはねぇと思われる。逆に、『ヤマヤ国』軍の戦力なら、『キグナス』が助太刀する事で、もし仮に『コーリク国』軍が手を出して来ても、何とか渡り合えるだろう。」
また言葉を途切ったバルベリーゴ。言葉を詰まらせたと言った方が正確かもしれない。意を決したように続きを語る。
「とは言っても、お前達にこの闘いを強要するつもりはない。命を懸けて『UF』の利益に貢献するのが務めだって言っても、いつどこで命を懸けるかは、お前たち自身で決める事だ。そこで俺は、これから数日の間は、お前達に『キグナス』からの下船を許す。『UF』の別の船のクルーとなって、別の時に別の場所で命を懸ける事を認める。これから一旦『ユラギ国』の臨時港に戻り、そこに『UF』の船を呼び寄せるから、下船を望む者はそこで、その船に乗り移って『キグナス』から去れば良い。」
一番言いたく無かったであろうセリフを言い終わると、バルベリーゴは、ふーっと深く息を吐いた。クルーの間を沈黙が支配した。何かを発言すれば、それが誰かの決断を邪魔立てするような気がしたのかもしれない。下りるにしろ、残るにしろ、それぞれが自分で決断する事だ。誰かに相談して決める事じゃない。
バルベリーゴはクルーへの話が終わると、「ヤマヤ国」軍に宙賊征伐作戦への参加と、一旦「ユラギ国」の臨時港に向かう事を伝えた。
「俺達が参戦するって言っても、『ヤマヤ国』軍が宙賊征伐に打って出ねぇ可能性も、今の段階ではあるからなぁ。出航は返事を聞いてからだぁ。分かったか、ガキィ。」
「ヤマヤ国」軍への伝達を終えた直後のバルベリーゴに声を掛けられ、小さく頷いたユーシン。それを見た後、バルベリーゴはぼそりと囁いた。
「なんか、心のどっかで、『ヤマヤ国』軍が動かねぇ事を期待しているぜぇ、俺は。」
だが、「ヤマヤ国」軍からは、征伐作戦敢行の意思が伝えられて来た。
「この度は勇気ある決断を、我が『ヤマヤ国』の為に下して頂き、心より感謝申し上げます。」
ヤモカーケスは目を真っ赤に腫らして、気持ちを露わにしている。「本来ならば我々は、もっと早く、積極的な作戦に打って出るべきでした。『ユラギ国』に何度も宙賊征伐の共闘を呼びかけられていたのに、自国民を戦闘に巻き込みたくない一心で、それを拒否し、『ユラギ国』には機構軍との和解を勧めるばかりでした。ひたすらに戦争を避けたい一心でした。我が国の、そんな意気地の無さを、今更ながら恥じ入っております。それに引き換え、『ウォタリングキグナス』の何と勇敢な事か。」
そんなヤモカーケスの言葉に、バルベリーゴは苦笑交じりに応えた。
「平和を求める気持ちが、悪い事のはずはねぇぜ。戦争をしたくねぇとか、自国民を戦闘に巻き込みたくねぇとか、それは自然な情ってもんだ。『キグナス』クルーを戦闘に巻き込む事が本当に正しい選択なのかって事も、絶対的な確信があるわけじゃねぇ。それでも、俺は元軍人だ。闘って切り開ける未来があるなら、そこに向かっていくのが性ってもんだ。」
「切り開きましょうぞ!共に闘い、お互いにとって最高の未来を!」
「キグナス」と「ヤマヤ国」艦隊は、共に「ユラギ国」の臨時港を目指す事になった。「ヤマヤ国」艦隊も、本格的な戦闘に打って出るなら、直前に改めて補給とメンテナンスをやっておきたいからだ。その「ユラギ国」の臨時港で、ユーシン達は驚きの光景を目にする事になった。
「大型戦闘艦1,中型戦闘艦1,小型戦闘艦 2、そして、空母3。合計7艦もの戦力であるぞ。」
通信探索席のラオが興奮交じりに報告した。「これだけの戦力が『ユラギ国』にあったとは。特に空母を3艦も持っているとは、意外であったな。」
空母とは言っても、兵装はほとんど無く、戦闘艇を運ぶためだけの輸送船と言った方が良いかもしれないが、宙賊征伐が目的ならば十分に戦力と言えるだろう。
「オモチャみてぇな軍隊なんて言って、悪かったなぁ。ここまでの戦力があるとは、思わなかったぜぇ。」
臨時港で出迎えたサムダージュに、バルベリーゴが言った。
「あっはは、私も驚いておるよ。我が国にこんな戦力があったなんてな。族長達が各部族からかき集めて来たらしいのだ。」
(確かに、予想以上の戦力ではあるが、宙賊の征伐が精一杯の戦力だな。)
とは、ユーシンの感想だ。(「コーリク国」軍が介入して来たら、簡単に蹴散らされるだろう。)
そう思う一方で、ユーシンは「ヤマヤ国」軍の戦力も改めて確認した。大型戦闘艦2、中型戦闘艦3、小型戦闘艦15、空母3で、合計23艦だ。
(1艦ごとの性能も、「ユラギ国」軍は「ヤマヤ国」軍に劣るだろうし、「ヤマヤ国」軍も「コーリク国」軍に劣るだろう。後は、どれだけの「コーリク国」軍戦力が、宙賊征伐戦に介入して来るかだな。)
そんな事を思っているユーシンの前で、「ヤマヤ」と「ユラギ」の艦隊には、補給とメンテが忙し気に施されていた。
「キグナス」クルーは、一旦全員が臨時港の施設内に移動させられた。各自に個別の部屋があてがわれる。数日後、「UF」に所属する商船である「ノーザンスワロー」がやって来た。「キグナス」から去りたい者は、居残るクルー達の視線に曝されずに、「ノーザンスワロー」に乗船できる環境を整えたのだった。更に1日が過ぎた頃、「ノーザンスワロー」の船長であるムアザムから、バルベリーゴに通信があった。偶然「キグナス」の航宙指揮室で作業をしていたユーシンは、その会話を聞く事になった。
「今の所、誰も乗って来ねえけど、時間が来たら出航して良いんだな。」
「ああ、時間が来たら、状況に構わず出航してくれ。」
そして数時間後、「ノーザンスワロー」は新たなクルーを迎える事も無く、引き返して行ったのだ。
「いったい何をしに来たのか、分からねえじゃねえか。」
そんなムアザム愚痴を、笑って聞いたバルベリーゴ。
「なんでぇ、誰も下りねぇのか。馬鹿なガキ共だぜぇ、全く。」
喜んでいるのか、悲しんでいるのかは、ユーシンには分からなかった。
そしていよいよ、「ヤマヤ-ユラギ-キグナス」連合艦隊が出撃する時がやって来た。機構軍の1個中隊くらいの規模の艦隊だ。「キグナス」には「ヤマヤ国」を代表してヤモカーケスが、「ユラギ国」を代表してサムダージュが乗り込んで来る事になった。出撃直前には、航宙指揮室のモニターに「ヤマヤ国」の将官が映し出される。
「私は『ヤマヤ国』艦隊総司令官、タケマヤルだ。階級は中将だ。この度は『ヤマヤ-ユラギ-ウォタリングキグナス』連合艦隊全体の総指揮も担当させて頂く。と言っても、『コーリク国』軍が大型戦闘艦を繰り出して来た場合には、その砲塔に対抗できる武装は『ウォタリングキグナス』のプロトンレーザー砲、『アマテラスマークⅢ』だけとなるので、そちらとの戦闘指揮は、『ウォタリングキグナス』に移譲することになるので、その旨、よろしく頼む。」
「はいよ、了解。」
と、返答したバルベリーゴだが、あまり乗り気では無さそうだ。そんな事態には、なって欲しく無いと言った顔だ。
「ヤマヤ国」軍からの通信に引き続き、「ユラギ国」軍からも通信が入る。
「私は『ユラギ国』艦隊総司令官、ウバム少将である。今回は『ヤマヤ国』艦隊の指揮下に入る形にはなるが、作戦目的は、我が祖国が領有するところである『イヌチヨーナ星系』の奪還である。最も危険とみられる戦闘は、我々が最前面で引き受けたいと思っているので、任せて頂きたい。だが、我が連合艦隊の最強兵器は、貴艦が搭載する『アマテラスマークⅢ』である故、貴艦に頼らねばならい局面もあるかも知れない。その時にはよろしくお願い致す。」
「はいよ、了解。」
同じ返事をした、バルベリーゴだった。バルベリーゴは、事前に合同作戦会議があった折に、彼等とは会って話をしているので今更言う事も無いのだろう。この通信は、他のクルーに向けた挨拶だ。とは言え、「キグナス」を代表して返事をするとなると、船長であるバルベリーゴという事になるのだ。こんな感じになるのもやむを得ない。
その合同会議の席上で、バルベリーゴは「ユラギ国」にある事を確認していた。
宙賊の征伐に関しては、機構軍には救援を依頼しないが、「コーリク国」軍に「ヤマヤ国」軍や「キグナス」が攻撃された場合は、救援要請をする事になる。その事には「ユラギ国」は異を唱えないようにと、釘を刺したのだ。
その場合はあくまで、「ユラギ国」に関係の無いところで、「ヤマヤ国」や「キグナス」と「コーリク国」との間に闘いが起こり、「ヤマヤ国」や「キグナス」を救う為に、機構軍を呼ぶだけだから、「ユラギ国」が口を挟む問題では無いという理屈だ。機構軍抜きで実施するのは、「イヌチヨーナ星系」を占拠している宙賊を追い払う事だけ、との認識だ。
プキキニは少し不満そうな顔をしたが、サムダージュが族長会議に、その点については了承を取り付けてくれた。今の機構軍の状況からして、救援依頼をして直ぐに駆けつけてもらえる事は、期待できないが、それでも機構軍への救援要請が可能になった事は、心強いものがあるのだった。
そして、今まさに出航と言う時、バルベリーゴは船内放送を掛けた。
「おいガキ共、良く聞け。この船に居残ったって事は、全員ここで命を落とす事になっても、後悔はねぇって事だな。その覚悟は褒めてやる。だが、死を覚悟するってのと、死んで良いってのは話が違う。全員、死なねえように死ぬ気で闘え。どんな局面でも、生きて帰る事を諦めるんじゃねぇ。生きてさえいれば、俺が責任もってお前らをこき使って、『UF』に利益をもたらせてやる。『UF』に少しでも利益をもたらすには、死ぬより生きたほうが良いに決まってるって話だ。分かったら、気合入れろぉ、ガキ共ぉ!」
「キグナス」は艦隊の先頭を切って虚空に切り込んで行った。索敵能力でも最も優れているのは「キグナス」だから、当然のようにそうなった。その後を「ヤマヤ国」艦と「ユラギ国」艦に輸送船団10隻程を含め、およそ40隻の艦船群が続く。
臨時港の近くからワープをすると、敵に臨時港の位置を知られる恐れがあるので、4日程通常航行で進んでからワープするというのは、前回臨時港を後にした時と同様だった。気合を入れ武者震いまでして出撃したが、出撃後は早速退屈な時間を過ごす事になったのだ。
「タキオントンネル航法で向かえないのかな?」
キプチャクは不満気に言った。
「あの臨時港にあるタキオントンネルターミナルの規模とかタキオン粒子の備蓄量を考えると、戦闘艦30艦以上をタキオントンネルで送り出すのは、現実的じゃないな。無理にやったとしても、2・3艦ずつを15分間隔位で送り出す形になる。敵の近くに、まだ数隻しか送り込んでない時に敵襲を受けたりしたら、その数隻はあっさり撃破されてしまうさ。」
キグナスの食堂で、ごはんと味噌汁と焼きじゃけの朝食をむしゃむしゃとやりながら、ユーシンはキプチャクに答えた。
「こうやって退屈な時間の中で緊張感が薄れていくのも、なんだか怖いんだよな。」
本格的な戦争への介入に、キプチャクは幾分ナーバスになっているようだ。
「怖いんなら、『ノーザンスワロー』に乗り移っても良かったのに。」
「そんな事言うなよ、ユーシン。怖いし、死にたくないけど、俺だって『ユラギ国』や『ヤマヤ国』を何とかしてやりたい気持ちはあるんだぜ。それにツキノカさんの事もあるし。ここで逃げ出すなんて、出来るかよ。」
「ツキノカさんには、結局何にもしてないんだろ?なら、別に責任を感じる事は・・・」
「何にもしてなくてもよぉ、あんな綺麗で、あんなに色っぽい人が、あんな涙を流して、あんなにも必死で、助力を求めてたんだぜ。男だったら命の一つも懸けて、協力してやりたいって思うだろ?」
(キプチャクにこんな気持ちにさせたのだから、あの重ね着作戦は大成功だったって事かな?)
キプチャクだけでなく、ジャカールなど、この作戦に恐怖を感じている「キグナス」クルーは沢山いた。いや、恐怖を感じていないクルーは一人もいないと言っても良いかもしれない。だが、誰一人「キグナス」から下船する者はいなかった。この作戦の間だけ「ノーザンスワロー」にでも乗り移って、「キグナス」がこの作戦を無事に終えるのを見届けた後で、また戻って来るという選択肢もあるのだ。しかし、誰一人、一旦であろうとも、「キグナス」を離れようとは思わなかったのだ。
「ユラギ国」や「ヤマヤ国」を憂う想いも当然そこにはあるだろうが、それ以上に、キグナスクルーはもう家族同然だった。バルベリーゴは、クルー全員にとって父親のような存在だった。危険な作戦に挑もうとする家族を、父親を放っておいて、自分だけで逃げるなど、「キグナス」クルーの誰にもできる事では無かったのだ。
バルベリーゴは、そんなクルー達の気持ちに気付いているだろう。それだけに、彼の背負うものは重いはずだ。「この闘いで死んでも悔いのない者だけが残った」と、彼は言ったが、それも事実ではないだろう。
この闘いで死ねば悔いは残るが、この闘いから逃げて生き残るのはもっと悔いが残るから、皆は残ったのだ。どんな言葉を吐こうが、バルベリーゴだって、そんな事は分かっているのだ。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は明日 '17/9/9 です。
とうとう「キグナス」が戦争に参加することになってしまいました。それを決めたユーシンやバルベリーゴの判断が、どれだけ共感を得られるものなのかはよく分かりませんが、誰かを守るとか、親しい人を幸せにするとか、自分自身が利益を得るとか、どういう視点においても、安全ばかりを考えてはいられない時代なのだとご理解ください。戦争に参加してもらわないと、物語が成立しないという作者の都合もるのですが。ツキノカの"重ね着作戦"に踊らされて戦争参加を決めたのは、キプチャクだけです。念のため。もし続編を書くことがあれば、重要な役割を担ってもらおう、という伏線を張る意味で、ツキノカには登場してもらいましたが、"ヤマヤの虜囚"編ではもうあまり、目立った出番はないでしょう。というわけで、
次回 第64話 イヌチヨーナ奪還戦 です。
ついに戦闘が始まります。こちらから殴り込む形での戦いも、ユーシン達には初めての経験になります。「コーリク国」軍が出てくれば、国家の正規軍との戦いというのも、初めて経験することになります。どういうことになるでしょうか?是非、注目していただきたいと思います。




