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第5話 再会と出会い

かなり事細かな風景描写をしましたが、宙空浮遊都市への接近の時に面倒くさかった人は、ここも面倒くさいかもしれません。「ウィーノ」の細かい風景描写は、しっかり理解できてなくてもストーリーを見失う心配はないので、面倒な人はさらっと読み飛ばして頂いても、問題ないと思います。

ざっくりと雰囲気を感じ取って頂ければ、十分なところです。「なんか壮大な景色なんだな」くらいに思ってもらえれば、望外の喜びです。

 若者達の“オヤジ”こと、バルベリーゴ・マグレブのお出迎えだった。

 別に初対面では無い。数回は会ったことのある“オヤジ”との再会だから、ある程度落ち着いた対面になるだろうと予測していたユーシンだったが、バルベリーゴの顔を見たとたんに込み上げて来た激情に、自分でも戸惑いを覚えた。これからこの、たくましい、頼もしいシルエットの隣で、星々への冒険が始まるのだ、そんな思いで頭がじんじんする。

 一刻も早くオヤジのもとにたどり着き、そんな激情を爆発させたいと思っているユーシンを、更なる激情の塊が矢のように追い越して行った。それも2つ。

「オヤジィィィ!」

と叫んで、バルベリーゴの分厚い胸板に、頭を突き刺そうとでもするかの如く、激突して行ったのは、ニコルとノノだった。

 2人の「娘」の手荒い感情表現を、バルベリーゴはたじろぐことなく、寸分も体勢を崩すことなく受け止めて見せた。と言っても無重力空間だから、3人がひと塊に、ニコルとノノの運動ベクトルをそのままに、バルベリーゴにとっての後方へと流れて行ったが。

 バルベリーゴの後ろにいた人垣がさっと2つに割れ、3人の漂流する体を躱したので、バルベリーゴの背中は、後方の壁に(したた)かに叩き付けられた。それでもバルベリーゴは、痛そうなそぶり一つ見せる事も無く、

「おうおう、ニコルにノノか!何年ぶりだ。でかくなりやがったなぁ。一丁前に色気みたいなもんも出してやがるじゃねぇか!」

と、満面の笑みを湛えて叫んだ。

「なんだよオヤジぃ。会っていきなり変な事言ってんじゃないよ。」

「親子だよ。あたしたち。」

「がっはっはっは、娘の色気に(ほだ)されるってのも、男親の醍醐味ってヤツよ。あっはっはぁ。」

 一歩先を越されてしまったユーシンは、ニコルとノノの2人分の背中を、がっしりと包み込んでしまったバルベリーゴの大きな胸板を、少し遠巻きから、ジーンと目頭を熱くさせて眺めていた。

「ユーシン、お前にも、これからたっぷり、宇宙の渡り方ってやつを叩き込んでやるからなぁ。覚悟しやがれぇ、あっはっは。」

「へっ、そんなんすぐに覚えて、俺がオヤジを引きずり回してやるんだ。宇宙のあっちこっちを、所狭しとな。」

「上等だぁ、ガキィ!」

 ユーシンの、いきなりの憎まれ口にも上機嫌で受け合ったバルベリーゴは、

「キプチャク、お前は一番にこき使ってやるからな、俺の手足として。」

と、一番遠くから視線を送っていたキプチャクに言った。

「それを言うなよ、オヤジ。本気でビビってんだぜ俺!これから、どんな目に会わされるんだろうってな。」

 いかにも情けない声色(こわいろ)で叫んだキプチャクに、皆の笑いが注がれる。

「俺も、好きなだけこき使ってくれ、オヤジ。必ず役に立ってみせる。宇宙艇ならどんな種類でも、動かすだけならもう出来る。だが、それで十分とは思っていない。まだまだ、もっと腕を上げる。俺をしごいて、鍛えてくれ。」

「ああ、もちろんだぁ。そうするとも、アデレード。お前ならしごきがいがあるぜぇ。必ず超一級品の宇宙艇乗りに、仕上げて見せるからなぁ。」

「へへへ」

「あはは」

「うふふ」

 和やかなムードでひとしきり再会を喜び合っていたが、そこへ口を挟んで来た者があった。

「お取込みのとこなんじゃがのぅ、そろそろ、わしらも紹介してくれんかの、バリーよ。」

 最初にはバルベリーゴの背後に、そして今は彼の両脇に控えていた者達の1人が、しゃがれた声で言って来た。小柄で華奢で、一団の中でも最年長と思しき、老人と言っても良いであろう男だ。

「あっはっは、済まん済まん、ドーリー。お前たちの紹介もしないとな。」

 近くの壁を手で押して、無重力の空間をスーッと移動したユーシンが、そんな老人の前に進み出て、リーディンググリップのブレーキでぴたりと止まる。

「あなたが『キグナス』の、操船要員の長、ドーリー・ゴッドフットですね。画像で顔は拝見してます。これから、お世話になります。俺に操船を、スペースコームをジャンプして宇宙を渡る船の操作を、教えて下さい。」

 少し緊張気味に、上気して赤らんだ顔で、神妙な口調でユーシンは言ったが、

「あっしゃっしゃっしゃ、堅っ苦しいのぉ、若いの。わしらは同じ船で寝食を共にしていく、家族のようなものじゃぞ。そんな堅っ苦しくしゃべられたら、息が詰まるわ、あっしゃっしゃ。」

との返事が来た。少し戸惑ったユーシンだったが、気を取り直して言い直した。

「え・・ああ、それじゃ、よろしく頼むぜ!ドーリー。」

「あっしゃっしゃ、調子に乗るんじゃない。」

「ええぇー」

「冗談じゃ。あっしゃっしゃ。」

「ドーリー、あまり新入りをからかうもんじゃないよ。」

「あっしゃっしゃ、済まんの、マルコ。おう、ユーシンよ。こっちの男がマルコ・シーラーじゃ。」

 紹介されたマルコは、ユーシンに右の手の平を大きく広げて繰り出しながら、

「操船要員のマルコ・シーラーだ、よろしくな。」

と言った。ユーシンはその手を取って、がっちりと握手。

(この3人が重武装商船「ウォタリングキグナス」を操って行くんだ。)

と、しみじみと思い、また新たな情動が沸々と湧き上がるのを感じていた。雄々しい冒険心の高鳴りを、胸の奥に噛みしめた。

「このマルコも、なかなか腕を上げて来てはおるがの、まだまだわしの足元にも及んではおらんのじゃ。だいたいからして宇宙船の扱いというものはのぅ、おなごの扱いとこれ、瓜二つなのじゃ。何と言ってもせっかちはいかん。急いて求めてはへそを曲げるもんじゃ。良いかユーシン、それからマルコも聞け。まずはその、アレの、ナニを、ナニしてだな・・・」

 この辺りからユーシンは、急激にドーリーの話に関心を失って行った。彼の話をうわの空で聞き流す一方で、その視界にはアデレードと、彼に自己紹介している人物を捕え、その発言を、一部ではあるが、聞き取っていた。

「・・・はファランクス、宇宙艇のパイロットだ。『宇宙艇団』のリーダーのコロンボが、野暮用で来られ無かったんで、俺が・・」

 アデレード達の向こうでニコルやノノも、それぞれ師として付くべき人物に、自己紹介していた。ユーシンには皆初対面だが、画像では見たことがあった。「メンテナンス要員」の長と、「キグナス」の船医だ。名前までは覚えてないが。

「よーし、お前達。挨拶はこの辺にして、取りあえず『UF』の『ウィーノ』第3オフィスに向かおうじゃねぇか。」

 「UF」が「ウニヴェルズム・フォンテイン」の略称だとは、皆すぐに気付いた。バルベリーゴはしゃべり続ける。

「ちょうどウチが保有する、百余りの商船の内の2つの船が、この宙空浮遊都市に入港していて、その船長達と第3オフィスで落ち合う約束だ。商船の船員なんざ、一度外に出ちまえば、同じ会社の仲間でも他の船のクルーとは、関わる機会が少ねぇもんだ。だが、繋がりは持っておいて損はねぇ。せっかくだし会っておけ。」

「その前にオヤジィ、何か食べさせてよ。シャトルじゃロクなもの食べてないんだよ。」

と、ニコル。

「そうじゃ、今慌てて向かおうとしても、直通のシャトルは無い時間じゃぞ、バリーよ。」

と、ドーリー。

「あっはっは、そうだな。じゃぁ、メシにするか、メシ。行きつけの店に連れて行ってやる。」

 そう言い終わるが早いか、バルベリーゴは先頭に立って、リーディンググリップに導かれて移動を開始した。他の「キグナス」クルー一同もそれに従う。ユーシンも慌ててグリップを起動し、後を追いかけようとした。アデレードとキプチャクとニコルとノノは、ユーシンに捕まって移動すべく、彼に手を伸ばしたが、

「やっぱりあなた達、ケチ臭く1個のグリップを5人でシェアしてるのね。そんなんじゃ置いて行かれちゃうわよ。これ、あげるから使いなさい。」

と、ニコルと挨拶を交わしていた「メンテ要員」の長の女が、持っていた鞄から次々とリーディンググリップを取り出しては投げて、ニコル達に渡して行った。

「ありがと、キムル。」

ニコルが礼を述べる。それを耳にしてユーシンが心中で呟く。

(そうそう、キムルだった。「メンテ長」の名前。)

内心の呟きは、さらに続いた。(年齢は、いくつ位なんだろ?胸元をさっくり開けて若作りしているけど、そこそこイッてそうだな。)

 総勢11人の一団はリーディンググリップに導かれ、近くにあったエレベーターに飛び込む。エレベーターが動き出すと、初めはエレベーターの進攻方向と逆の重力を感じたが、それは加速重力だ。エレベーターが等速運動になると、再び無重力に戻る。そして、更にエレベーターが進むにつれて、今度は側壁に体が押されるようになり、乗員同士でも押し合いへし合いを余儀なくされたかと思うと、いつしか進行方向側の壁、つまり床に、ユーシンの体は押し付けられるようになった。それはコロニーの回転によるものだ。

 回転により遠心力という疑似重力を発生させているコロニーだが、シャトルの発着場は回転軸中心付近にあるので、無重力(正確には無遠心力)だった。荷物の積み下ろしやシャトルの離発着などには、無重力の方が都合良く、軸中心に集められている。

コロニーの外周壁面付近にまで移動すれば、1Gの重力になるのだが、ユーシン達は、1Gの領域にまでは、行かない予定だ。重力があった方が都合の良い作業もあるので、コロニーのより外側の部分にも、様々な設備や施設がある。

 無骨な感じの格子状の金属フレームが百から数百メートル位の間隔で並び、ところどころに垂直や水平の、飾り気の欠片(かけら)も無い金属の板で、格子の一つの面が埋められる様が見受けられる、という光景が大半を占めるような港湾施設の中を、一行の乗ったエレベーターはすり抜けて行った。

そして、そんな殺風景な港湾コロニーの中で、そこだけはライトグリーンの絨毯やベージュの壁紙で飾られ、明るい装いを見せるフロアで、エレベーターは止まり、バルベリーゴを先頭に、彼等は降りて行った。

「港湾用のスペースコロニーに、こんな感じの良い空間が設けられてるなんて、さすが『ウィーノ』ね。」

とニコルが、キョロキョロしながら言った。長い廊下をポーンポーンと跳ねるように進みながら、ユーシンは答えた。

「ああ、港湾コロニーと言えば、物資集積とか各種工作とか情報収集とかの為の、機械だらけの不愛想な空間ばっかりがあるものだけど、でかい都市のでかいコロニーと来れば、こういう空間を作る余地があるんだな。」

 重力の強さの関係で、皆がユーシンと同じく、ポーンポーンと跳ねるように進んで行く。

「おう、ここだ。」

と言ってバルベリーゴが入って行った店の看板には、「麦の丘」とかいう意味らしい、どこかの民族語の文字が、でかでかと表示されていた。

 入り口を入ると、広大な麦畑のど真ん中に出た。入ったのに出たと感じさせるような、開放感のある店内の風景。四方の壁全てに、どこまでも続き果てが認められない麦畑の画像が表示されているのだが、穂が風に揺れ、昆虫達が飛び交っている様も見る事が出来る。動画壁面になっているようだ。画像の隅っこの表示が、この映像がライブ動画である事を示していた。

宙空浮遊都市「ウィーノ」内にある農場用コロニーの1つから、数秒の時間差で送られて来ている映像だそうだ。

 風まで感じることが出来る。センサーで検出した現地の風向や風量を、店内のエアコンで、可能な限り忠実に再現しているらしい。麦穂の揺れと、肌に感じる風が調和している。

 天井を見上げると、空にも逆さ向きの麦畑があった。コロニー内の光景だから、大地は上にまで続いている。円筒形のコロニーの外周壁の内面が全て、“大地”という事だ。30kmの彼方の麦畑を真上から見ている光景だから、ただ黄金色の大地が一面に広がっているとしか見えないが、すぐ目の前にある麦の穂という状況と合わせて、それが麦畑だと、ユーシンは判断している。

 その麦畑に覆いかぶさられている空には、銀色の図太いラインが、両端がかすんで見えないほど長く伸びているが、それはコロニーの「軸棒」に当たるもので、その中にドッキングベイなど、コロニーの出入りにまつわる施設が入っている。外からコロニーに来たものは、その軸棒からエレベーターで、外周壁内面という“大地”に降りて来るのだ。

 30kmの空間を挟めば空気も澄明では無く、黄金の平面は白く(かす)んだように見えている。その(かす)みこそが、コロニーの巨大さの証拠だった。15km先の銀の軸棒も霞んでいるが、麦畑ほどではない。その霞み具合の差は、見る者に距離の差を教えている。コロニーの真ん中を通る軸棒と、反対側の壁面の、距離の差だ。

「この辺の席にしようじゃねえか、どっこしょ。」

と言って、バルベリーゴは後ろ向きにダイブする勢いで、椅子に腰を落とした。一同もそれに習う。

 細長い木材を平行に並べただけのような天面のテーブルと、同じ質感の木材で出来た椅子。粗末なようだが、麦畑の真ん中での食事という趣向を助長してくれる。

 そこのメニューに載っている料理の豊富さ、出て来た料理に使われている食材の豊富さも、若者たちの目を見張らせるものがあった。「テトリア星団」のどこの星系でも、そんなものは見た事も無かった。

「このパエリアってやつ、凄い沢山の種類の魚介類が入ってるぞ。俺が今までの人生で見て来た魚介類の総数が5種類くらいだってのに、この皿の中だけで10種類くらいいるぜ。」

 頬っぺたいっぱいにそのパエリアを詰め込んで、アデレードが興奮気味に言った。

「このシーザーサラダっていうのも、凄い野菜の種類。20種類入ってるんだって。サラダに入ってる野菜なんて、普通多くても3・4種類よね。あたしの経験では。」

 色とりどりの野菜でにぎやかなボールを、フォークで突っつきながら、ニコルも言った。

「そりゃあ、そうだろうよ。」

と、バルベリーゴが話に加わる。「この宙空浮遊都市『ウィーノ』の、内側から4つ目と5つ目の円環にある、50基ほどのコロニーが、農産物や水産物の生産専用に作られてるからなぁ。種類も量も他の宙域じゃぁ、ちょっとねぇくらいに豊富なのさぁ。」

「あっしゃっしゃ。第4惑星の衛星からも、いろんなものが毎日送られて来ておるからのぅ。特に第3衛星は海産物の宝庫じゃ、他星系はおろか、『テトリア星団』の外にも大量に輸出されておる。わしらが『キグナス』で運ぶ、主要な産品の一つでもあるのじゃ。」

と言ったドーリーは、パスタをスプーンの上で器用にフォークに巻き付けるという、老人に似つかわしくない洒落た食べ方に挑戦していた。口にたどり着く前に、パスタはフォークから落下したが。

「じいさん、何、若者の前で洒落た食い方して、カッコ付けようとして失敗してるんだ。慣れない事は止めて置け。」

と、マルコに突っ込まれ、顔を真っ赤にして、

「いつもやっとる事じゃわい!たまたま落っことしただけで、わめくんじゃないわい。」

と言い返した。

「第4惑星では、希少価値の高い野菜や果物も、豊富に生産されているよね。ドクター・ギボンズ。」

と言ったのはノノだった。その視線の先にいる、「キグナス」船医を、ユーシンも見つめた。

(そうそう、この人の名前、ギボンズだった。キグナスの船医で、ノノが所属する「医療要員」の長だ。)

 ユーシンがそう内心で呟いている間に、聞かれたギボンズを差し置いて、メンテナンス長のキムルが答えた。

「そうね。第4惑星でも、農産物と言えば第4衛星のものが有名ね。第3衛星は氷の塊で、第4衛星は岩の塊だから、それぞれの特性を活かした開拓が、千年以上も前から続けられて来たのよ。ちなみに、第4惑星自体はガス状惑星だってことは、説明の必要無いわよね。」

 それを聞くと、ユーシンは思わずにいられなかった。

(その第4衛星の広大な領土で、変態商人は「蒼白美女」に、どんなことをしているのだろう?)

 広大な面積の土地が、農業生産で利益を上げるのに役立っている事は理解できるが、女を(たの)しむ事にどう使われるのかは、全くの疑問だった。


 食事を終えて、再びエレベーターで軸中心に戻った一行は、無重力の空間をリーディンググリップに引っ張られて、コロニー内の交通手段の一つであるリニアモーター式の無人列車に乗り、コロニー間移動用のシャトルの発着場へと移動して行った。

緩やかな加速ながら10分ほどかけて、時速200km位にまで加速し、また10分ほどかけて減速し、スペースコロニーの、到着した時とは反対側の端にやって来た。長さ50kmもあるコロニーだから、真空かつ無重力の環境を利用して、移動はスピーディーに行えるようになっている。

 そこにも「ウィーノ」に向かった時と同じようなシャトルが待っていた。内部にシートは無く、進行方向に沿って5階建て風に仕切りが施され、その各階に乗客が立ち乗りで入る形だった。

「今いるのが最外殻のコロニー群だが、第3オフィスは一つ内側のコロニー群にある。そのコロニーがもうじき最接近するから、このシャトルでひとっ飛びだ。」

 別の環にあるコロニー同士では、位置関係が常に変化し、近づいたり遠ざかったりするので、そんな発言が出て来るのだ。環を成すコロニー群は全て回転している。コロニーにも“自転”と“公転”があるという事だ。コロニー群全体の重心を中心として、12本ある各環状コロニー群が公転し、その遠心力とコロニー群の重力が釣り合っているのだ。

 今いるコロニーと違う環上にあるコロニーにならば、タイミングを上手く見計らって飛び出せば、シャトルは余り軌道修正の必要なく、そこにたどり着くことが出来る。軌道修正を少し多めにすれば、どのコロニーにでも行ける。違う環ならば。

 同じ環同士の方が移動はしづらい。というか、そんな移動の仕方は、この宙空浮遊都市にいる人々は、誰もしない。一度違う環に飛び移り、タイミングを見計らって戻って来る方が、楽に移動できるのだ。コロニー群自体の回転運動を利用する事で、時間もエネルギーも節約している。ここに暮らす人々は、いや、ここ以外の全ての宙空浮遊都市に暮らす人々は、何層かある環状コロニー群を、内から外へ、外から内へと飛び移って移動する生活を、するものなのだ。

 乗り込んだシャトルは、先端がコロニーからはみ出すくらいに、コロニーの端っこにいるので、その窓からは、今いるコロニーを除いた、宙空浮遊都市「ウィーノ」の全景が見渡せた。「ウィーノ」に到着した時には、ある程度近づいてからは、今いるコロニーの死角に入ってしまった為に、その全景は見られなかった。遠くにいる間は、見えるには見えたが、点にしか見えなかった多くのコロニーは、近づくと手前のコロニーにさえぎられて、見る事すら出来なかったのだ。

 コロニー群がただの光点の集まりに見えていた時の全景と、今見渡す「ウィーノ」の全景では、その迫力は桁違いだった。両隣のこぶし大に見えるコロニーは、到着時も見たものだが、同じ位の大きさに見えているコロニーが、他にいくもあるのだ。一つ内側の環にあり、比較的近い位置を占めているコロニーも、多少の大小のばらつきはあっても、こぶし大くらいに見える。

 漆黒の中に忽然と浮かぶそれらのコロニーは、それが現実の光景だとは受け入れられないほどの異質な存在感があった。背景の黒い宇宙と円筒が見える部分が、同じく現世の光景とは思えないのだ。宇宙空間に穴が開いて、そこから別の宇宙が見えているように思えた。

 米粒位の大きさだが、円筒の形状が何とか視認出来るコロニーも数十基が見受けられ、後は数え切れない程の、光点にしか見えないコロニー達があった。と言っても、光点にしか見えないから、背景の星との区別も不可能で、光点の密度が異様に高い部分では、星では無くコロニーである光点が多数を占めていると推測出来るというだけだ。

 真空中に漂っているので、(かす)む事も、もやがかかる事も無く、円筒形を認識できるものは、どれもくっきりと見えていて、距離感を把握する材料がない。だから、こぶし大に見えている円筒と、米粒位にしか見えていない円筒が、本来同じ大きさのものだなんてことは、ちっとも実感できない。大きさそのものが違うと、どうしても人の脳は認識してしまう。

 無数の光点と、円筒が知覚出来るものを、一つの集団として認識するのも難しい。全く別の存在に思える。太陽が天の川の一部と思えないのと同じ理屈だろう。星が比較的高い密度で集まっている部分があって、その手前に幾つかの、大小様々な円筒形構造物が、規則性も無くランダムに浮いていると、予備知識がなければそんな認識になるかもしれない。

コロニー群が円環を形成している事も、全く知覚できない。端の方のコロニーの密度が低い部分では、それぞれの光点が背景の星なのかコロニーなのかは分からないし、コロニー密度の高い部分は光点が多すぎて、その並びに規則性などは認められない。

 そんな感慨を漠然と胸中に遊ばせているユーシンを乗せ、シャトルは加速した。数分かけて音速を突破するような加速だが、衝撃波などは生じようがない。ほぼ真空の宇宙なのだから。加速度も、先ほどのように下っ腹に力を込めなければならないようなものではない。快適な移動だった。

 シャトルが進んで行けば、出発したコロニーはどんどん小さくなっていき、その向こう側にある宇宙も見えて来る。そこに点と言うには大きい光を見止めたユーシンは、それが人工構造物であると気づく。最外殻の円環にあるコロニーから見て外側に見えるという事は、宙空浮遊都市「ウィーノ」の一部では無い。ユーシンにはそれに心当たりがあったので、手近にいたドーリーに尋ねてみた。

「あそこに見えるには、発電用のコロニー群だよな。」

「おお、そうじゃ、良く知っておるな。」

ドーリーは目を細めて答える。「10基ほどのコロニーが固まっておって、核融合で発電しておる。」

「随分『ウィーノ』から遠くにあるんだな。」

と、話に加わって来たのはキプチャクだった。「ここで使う電気を作ってんだろ?」

「あっしゃっしゃ。核反応を伴う発電施設を、人が暮らす場所の近くに造るなんぞ、そんな阿呆な事をする(やから)がおるはずも無いじゃろ。万一の事故があっても安全な場所に造って、そこから電力をビームで供給するのじゃ。」

 そう言われてよく目を凝らすと、コロニー間にも時折ビームが走るのが分かる。発電コロニーから、そこに最接近しているコロニーに電力が供給され、更にそれが、コロニー間でもビームで送られ、全てのコロニーに必要な電力が行き渡るのだ。拡散係数の極めて低いビームだから、それを横から見ても、うっすらとしか見えない。

 そのビームの微かな瞬きは、この巨大宙空浮遊都市が活きている証だった。「ウィーノ」の脈動と言っても良い。そんな光景を見つめていると、自分自身の脈動や体温が強く感じられて来るユーシンだった。



次回の投稿は、明日('17/2/25)になります。

いくつかの景色と人が登場しましたが、まだまだ、宙空浮遊都市も「キグナス」クルーも、その全貌が知れるのは、これからというところです。ということで、

次回 第6話 白鳥の武勇伝 です。

作品のストーリーにも、世界観にも、登場人物達の運命にも、重大な影響を及ぼす出来事が、語られます。

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