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銀河戦國史 (星々を駆る重武装宇宙商船「ウォタリングキグナス」-ヤマヤの虜囚-)  作者: 歳越 宇宙(ときごえ そら)
ヴォーソム星団・キークト星団の章
59/82

第58話 臨時戦闘艦宣言、再び

 翌朝には、

「必ず機構軍の『コーリク国』への介入を実現して来る。」

と、自信満々に邸宅を出て行ったブルーハルトだったが、昼過ぎに戻ってきた時には、その表情は一変していた。ちなみに朝や昼は、天体の運行とは無関係に訪れる。

「済まない。『コーリク国』への介入は、一筋縄では実現しそうにない情勢になって来た。」

「どう言う事だぁ?何かあったのかぁ?例の奴隷商人の証言も得られたんだろう?」

 バルベリーゴが問い質した。

「はい。『コーリク国』が宙賊を使って『ユラギ国』や『ヤマヤ国』への進攻を企てている事に関しては、誰も疑いを持つものはいませんでした。介入の必要ありとの認識は、会議出席者の全員が共有しています。しかし、ヘラクレス回廊群の至る所で、機構軍の派兵が必要な案件が、突如として続発して来て、『コーリク国』に回せる戦力が確保できそうにない情勢となったのです。」

「そんなに急に、色んなことが起こるものなの?」

 ニコルが疑問を呈した。

「いや、新たに問題が発生したわけじゃない。今まであった案件に関して、特に状況が変化したわけでも無いのに、それを担当する者達が、派兵や増派の必要性を訴え出したのだ。」

「つまり、今までは派兵の必要が無いとされていた宙域に、その宙域に何か新しい事態が持ち上がったわけでもねぇのに、派兵が必要だという意見が出て来たりしたって事かぁ。」

「はい。現在派兵中の宙域でも、事態に何の変化も無いのに、増派が必要だとの訴えが出て来た案件が多数あります。何かがおかしい!各宙域を担当している将官達は、当然の判断をしているつもりなのだろうが、これだけ沢山の宙域で一斉に派兵や増派が要請されるなんて、前代未聞だ。何者かが将官達の考えを誘導すべく、暗躍しているとしか思えない。」

「将官達の考えを誘導って、そんな事が出来る人は、限られて来るのじゃ・・?」

 ノノも深刻な面持ちで言った。

「会議は今夜に延長される事になったので、そこでも『コーリク国』への介入を訴えては見るが、今すぐの兵力派遣を承認させられるかどうかは不透明だ。先に、背後勢力の影響力下にある機構軍将兵を炙り出す作業を完遂させねば、有効な対処を取れないのかもしれない。そうなると長期戦だ。シャラナ女史、申し訳ない。貴国の現状を考えれば、直ぐにでも兵を派遣せねばならない事態なのに、不甲斐ない事だ。」

 うなだれてそう言うブルーハルトに、シャラナは歩み寄り、手に手を添えて穏やかに、且つ威厳を漂わせて言った。

「あなた方が我々の為に、精一杯の事をして下さっているのは、承知しております。焦ったり、ご自分を責めたりなさらないで下さい。私はもう、ただ祈るのみです。」

 そしてブルーハルトは、2時間ばかり自室に籠って、会議へ向けた理論武装の為の書類整理などをやった後、夕食前には邸宅を出て行った。

「忙しいこったなぁ。やはり機構軍幹部っていうのはよぉ。」

 ブルーハルトの慌ただしさに、バルベリーゴは呆れたように感想を述べた。その日の夕食もブルーハルト邸で食べた。前日に引き続き、極上のジビエ料理で、もちろん詳細は前日とは違ったものが供されていたのだが、前日のように心置きなくそれらを堪能する気分にはなれなかった。こうしている間にも、ブルーハルトは彼らの為に、闘ってくれているのだ。そう思うと料理の味など、あまりはっきりとは感じられなかった。

(機構軍将官の戦場は、こんな所にもあるんだな。)

 柔らかく煮込まれたカモの肉を頬張りながら、ユーシンはそんな事を思っていた。

 ブルーハルトの帰宅は、翌朝、皆が起床した後だった。徹夜の会議だったようだ。

「やはり、今すぐの派兵は無理だった。シャラナ女史、申し訳ない。ただ、調査チームの派遣は決まった。その調査の結果、『ヤマヤ国』に緊急の派兵の必要があると判断された場合は、各戦域から少しずつ戦力を裂いて、『ヤマヤ国』防衛に振り向ける事になる。」

 ブルーハルトの説明に、ユーシンが見解を差し挟んだ。

「あくまで『ヤマヤ国』防衛なんだね。『コーリク国』への派兵じゃ無く。」

「そう言う事だ。今の機構軍の状況では、同盟関係に無い『ユラギ国』の防衛には戦力を裂け無いという判断だ。同盟契約のある『ヤマヤ国』の状況が、判断の決め手になる。」

「派兵の必要ありとなったとして」

 今度はバルベリーゴが口を出して来た。「戦力を確保できそうなのかぁ?あちこちから戦力を裂くって、それでそれらの戦域は大丈夫なのかぁ?」

 その質問には苦笑い気味に答えたブルーハルト。

「そもそも、各戦域とも必要以上の戦力を要求しているのです。何故だかどの戦域も、必要戦力を、普段より多目に、過大に見積もっている。具体的な各戦域の状況を確かめて、問いただして行くと、遥かに少ない戦力で大丈夫って結論になるんだが、全戦域を今回の会議だけで取り上げるのは時間的に見て不可能でした。特に多すぎる戦力を要求している案件にのみ、具体論に切り込んで要求戦力を引き下げさせたが、件数があまりに多すぎた。だが、いずれの戦域も、『ヤマヤ国』が急を要する状況ならば、戦力を裂く用意はあると言って来ています。」

「なんだぁ、そりゃぁ。戦力を裂けるんだか裂けねぇんだか、はっきりしやがれって言ってやりたいなぁ。」

 憤慨気味のバルベリーゴ。

「戦力を裂く事は可能なのだと思いますよ。ただ、多くの将官が、多目の余剰兵力を抱えておかないと不安で仕方ない、という心理にさせられてしまっているのです。」

「それが、何者かが暗躍した結果だと考えられるわけですね。」

 ブルーハルトの言葉を、ユーシンが質した。

「そう言う事だ。よほど弁の立つ何者かが、将官達の心理に上手く這入り込んで、不安感や危機感を煽り立てたんだろう。」

「機構軍の『コーリク国』派兵を阻止するのに、そんなやり方があるなんて、思ってもみなかった。なんだか、相手は俺達より、一枚も二枚も上手のように思えて来た。恐ろしい敵だ。」

 大きく頷いてユーシンに賛同の意を表したブルーハルト。

「そうだね。戦場でぶつかり合うのなら、機構軍はどんな勢力にも負ける気はしない。現状では銀河に、機構軍に対抗できる敵などい無いと言って良いだろう。だが、こうやって内部を攪乱して活動を滞らせるといった戦略を取って来られると、案外(もろ)い部分もあると思い知らされた。」

「戦場では無敵であるがゆえに、そう言う隙が生まれてしまったのかもしれませんね。」

「そう言われると、全く面目ない限りだ。我が機構軍も、一から体勢を見直す必要があるのかもしれんな。」

 15歳の若造の生意気な指摘にも関わらず、ブルーハルトは真摯に受け止めた。

「もしくは、銀河連邦構想を、実現させなければいけないのかも。」

 ぼそりと言ったユーシンの言葉に、ブルーハルトはニッと笑って応えた。

「ほう、そう言ってくれるか。知っての通り、私は銀河連邦構想を提唱する者の、筆頭格だ。現場での実戦指揮に当たる度に、二国間同盟を積み上げているだけの今の連合勢力や、同盟国の防衛だけを任として活動する機構軍に限界を感じていてね。連合勢力全体で、銀河全域の平和と安定に責任を持つ体勢を模索しているのだよ。」

 そう言うブルーハルトの瞳の、穏やかな中に宿る確固たる情熱を、ユーシンは見た。銀河全体などという、とてつもない大きなものに対して、この人は理想の形を考察しているのだ。自分などとは、スケールが違いすぎると、圧倒された気分になった。やはりこの人こそ、クレアの夫にふさわしいなどとも、思ったりした。

「そんな構想が実現すれば、素晴らしいし、銀河の中で平和を享受できる人はぐんと増えるのだろうけど、とてつもなく難しい事だとも思えます。自分たち以外の平和の為に、何かをしようなんて人は、なかなかいないと思いますから。」

「うん。だが、その一方で、たとえ銀河の果ての見知らぬ人であっても、彼等が悲惨な境遇にあったとしたら、全く平気でいられる人間や、一切の同情を感じない人も、そうそういるものでは無い。私はそんな、人の持つ優しさを信用し、期待したいのだ。銀河のどこかに、困難に直面している人がいたら、それ以外の、銀河に住む人々全員で、その人に手を貸してあげられる。そんな銀河の姿を、私は夢見ているのだよ。青臭い理想論だなどとの(そし)りを受けながらもね。」

「凄いなぁ。でっかいなぁ。」

 ユーシンは感嘆と称賛の言葉を投げかけた。「俺なんか想像も出来ないくらい、大きなスケールで物事を考えておられるのですね、ブルーハルト大佐は。尊敬します。ハーフナイトの相方として、誇りに思います。」

「あっはっは。そう言ってもらえると嬉しいよ。」

 照れたように笑ったブルーハルト。

「ハーフナイト・・?ユーシン、何?ハーフナイトって。」

「お前には関係ないんだよ。ニコル。」

「ちょっとぉ。何よそれぇ、ユーシン。」

 唇を尖らせたニコルを他所に、バルベリーゴは話を戻した。

「とりあえず、その調査チームってやつの活動の結果を待つしかねぇって事だな、今の俺達にゃぁ。そうだろ?大佐。」

「あ、いえ、その事なんですが。」

 ブルーハルトは表情を引き締め直して、バルベリーゴを正面に見て言った。「その調査チームを『ウォタリングキグナス』に運んでいただきたいのです。」

「ほう?」

 思いがけない依頼に、驚きを露わにしたバルベリーゴ。「調査チームを運ぶ船も用意できねえ有様かい?今の機構軍てぇのは。」

「いえいえ、そう言うわけでは無いのですが。お話しした通り、背後勢力の影響が、機構軍のどの範囲にまで及んでいるのか分からない現状ですので、調査チームの派遣も、余り大っぴらな動きをすると、いつまた、どんな妨害が入るやもしれません。ですから、チームの派遣自体は会議の場で決定しましたが、いつ誰を向かわせるとか、どの艦で輸送するかなどという事は、秘密裏に決定する事にしたのです。」

「なるほど、だから俺達に、こっそり調査チームを運んで欲しいっていう事か。」

 納得顔のバルベリーゴに、ブルーハルトは背筋を伸ばし、姿勢を整え直して言った。

「極秘の通達でありますが、私、シュルベール・ド・ブルーハルトが、機構軍大佐の権限において依頼します。宇宙貿易商社『ウニヴェルズム・フォンテイン』所属の商船『ウォタリングキグナス』に、機構軍の作戦に参加して頂きたい。」

「あっはっは。こいつは、引き受けねぇわけにいかねぇなぁ。」

 すかさずユーシンは、背筋をびしっと伸ばして叫んだ。

「宇宙商船『ウォタリングキグナス』、只今をもって宇宙保安機構軍所属の臨時戦闘艦を宣言します!」

「何で、てめぇが宣言してんだよ、ガキィ。だたの操船見習いのクセしやがってぇ。」

 思わず噴き出した一同。シャラナまでが、ケラケラと笑っている。

「もちろん、表向きは一般の商船として活動してもらうよ。送り届けるのも、表向きはスペースコロニーの建設技師で、『テトリア国』在中の建設業者が彼らの運搬を依頼するという形をとる。」

「軍の密命を帯びて、一般商船を装って『キークト星団』に潜入かぁ。なんだか、面白くなって来たなぁ。」

「遊びじゃねぇんだぜぇ!ガキィ。浮かれてたら、痛ぇ目にあうぜぇ。」

 はしゃぐユーシンと窘めるバルベリーゴ。

「と言っても、実際に任務に就いてもらうのは3日ほど後の事ですけどね。こちらも、そうすぐに準備は整いませんから。」

 ブルーハルトのその言葉に、バルベリーゴが応じた。

「そりゃあぁそうだ。俺達の方も、直ぐに出航って訳にはいかねぇからなぁ。任務だろうが何だろうが、どこかに行くなら、そこまで運んで売り捌く荷を積んで行かねぇとなぁ。どんなときだろうが、商売を忘れる訳に行かねぇのが、貿易商社の(さが)ってやつだぁ。」

「あっはっは。商売熱心ですな。それならば、目いっぱい儲けて頂かなくては。」

「出航まで、この屋敷でのんびりくつろいで頂いても、私の方は問題ありませんが、いかがいたしますか?」

 ブルーハルトの申し出に、ニコルは目を輝かせたが、バルベリーゴは言った。

「いやいや。こっちには出航までにやるべき仕事が山のようにあるんだぁ。こいつらにはのんびりくつろぐ時間なんざぁ、与える訳に行かねぇ。すぐに戻って、目いっぱいこき使ってやるとするぜぇ。」

「何だよオヤジ、少しくらい良いじゃねぇか、けちくせぇなぁ。こんな快適な屋敷で過ごす機会なんてめったにねぇんだ、1日くらい大目に見ろよ。」

 ここへ来て、今まで黙っていたキプチャクが口を挟む。

「やかましいわぁ、ガキィ。てめぇらには百年はえぇんだよ、こんな豪華な邸宅で過ごす時間なんざぁ。」

「シャラナ女史。あなたには当面、私の館で生活して頂きたいと思っております。少し窮屈で不自由な想いをさせる事になるかもしれませんが、安全面を考えるとそれが一番だと思います。ここでなら、ワープ通信で『キグナス』ともいつでも連絡を取れますし、トクワキ氏達にも、『イリノア』に到着し次第、こちらにおいで頂こうと考えております。」

 離婚したトクワキと一つ屋根の下で過ごす事は、シャラナにとっていかがなものなのだろうと、ユーシンは少し心配して彼女の方に目をやったが、シャラナはいつも通り穏やかに、且つ凛々しく返答した。

「そう言う事でしたら、お世話になります。これだけ広大で立派なお屋敷ですから、窮屈でも退屈でもありませんわ。よろしくお願い致します。」

 そう言って頭を下げる仕草にも、優雅さと気品が溢れている。この邸宅に最もふさわしいのは、彼等の中では間違いなくシャラナだと、ユーシンはつくづく思ったのだった。

 そんなわけで、ブルーハルトの邸宅をユーシン達が楽しむのも、その日の昼食までという事になった。ブルーハルトも交えて臨んだ、庭園に繰り出してのバーベキューは、夕べの食事より遥かに愉快なものとなった。

 ブルーハルトは徹夜明けである事を感じさせない程、朗らかで和やかに過ごしていた。シャラナも、祖国への憂慮など微塵も滲ませない。これぞ貴族のたしなみというものだと思った。どこかの変態商人の“貴族のたしなみ”は、一切理解できないユーシンにも、こちらは理解できた。

 出立の時は、あっという間にやって来た。キグナスのいる外港コロニーへの直行シャトルを、ブルーハルトは用立ててくれていた。

「じゃぁ、世話になったなぁ、大佐。任務の方はきっちり遂行するから、安心していてくれぇ。」

「はい。お願いいたします。」

 コロニーの回転軸中心にあるドッキングベイで、無重力空間に漂っているバルベリーゴとブルーハルトは、がっちり握手。

「またお邪魔して良いですか?今度はあのプールで泳ぎたい!」

「ああ。いつでも訪ねておいで。家宰達も君達の顔は覚えたから、いつなんどきでも顔パスで、ここには入って来られるよ。」

 そう言ってニコルの手を取り、その甲にキスをした。

(おっ!貴族のたしなみ!)

と、ユーシンの内心の、阿呆な呟き。「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたニコルの顔は、ボブ頭と同じ色に染まる。生まれて初めての女性扱いといったところか。

「この次も美味しい料理を期待しています。」

「うん。ウチのシェフは、超一流だからね。」

 ノノの手の甲も、ブルーハルトのキスの洗礼を受けた。ニコル程の大きな反応は無いが、ほんのり桜色に染まったノノの頬。青みがかった黒髪に包まれて、鮮やかに()える。

「機構軍は嫌いだけど、あなたは別格って事にしておくよ。」

「それは光栄だ。有難う。」

 キプチャクの憎まれ口にも、穏やかな対応。そして固い握手。

 そしてユーシン以外の面々は、先にシャトルへと乗り込んで行った。

「ユーシン君」

 名を呼んで彼を見つめるブルーハルトの眼には、何とも晴れやかな雰囲気が備わっていた。恋敵を見るような目では、決して無い。長年苦楽を共にした、戦友か同志に対するそれの方に近いだろう。

「君達は一旦『テトリア』に戻って、それから『キークト星団』に向かうのだろう?ならば、クレアにも会えるわけだ。羨ましいよ。私は、次はいつ会えることか。」

 少し寂し気ではあるが、ユーシンを妬むような色は、その瞳のどこにも見られない。「クレアの事、くれぐれもよろしく頼むよ。あの()は、若いながらも重い荷物を背負う事になり、精一杯気を張って生きているのだ。滅多に表情には出さないが、あの娘なりに相当に苦しんでもいると思う。いつも朗らかな笑顔だが、心から笑った顔は、あまり見た覚えがない。だが、君の事を話している時は、満開の笑顔になるのだよ。あの娘の笑顔を、守ってあげてくれ。」

 そう言って差し出された手を、ユーシンは強く握った。

「大佐も、あの笑顔が好きなんですね。俺も好きです。お嬢様の、満開の笑顔。絶対に守ります。守り抜いて見せます。約束します。」

「ああ。約束だ。私達は、ハーフナイト。2人揃って、ようやくクレアを幸せにしてあげられる騎士たり得る。私には君の力が、君には私の存在が、必要なのだ。」

「はい。ハーフナイトの一方として、死力を尽くします。」

 シャトルはブルーハルトのコロニーを出立した。ご丁寧に、機構軍の戦闘艇が護衛に付いてくれた。

「別にもう、危険はねぇと思うんだがなぁ。シャラナのねぇさんは置いて来たんだし。」

 そう言うバルベリーゴだが、殊の外嬉しそうだ。ブルーハルトの心遣いには、感激しかないのだった。

 キグナスに戻り付くと、早速の大忙しだった。『キークト星団』に運ぶべき荷物の選定、買い付け、検品、積み込み。地球からの豊富な産物が溢れる「イリノア星系」だから、それにかかる手間暇も格別だ。

 並行して、「キグナス」のメンテナンスも当然進めなければいけない。加えて、「キグナス」の操船訓練は当然の日課だし、宇宙艇の操縦訓練も、ファランクスやアデレードと共に、着々とこなして行ったのだった。ユーシンは目が回りそうだった。

 そんなかなでもキプチャクは、いかがわしい店に足繁く、せっせと通っているようだ。外港コロニーの中にも、幾つか出店されているらしいのだ。

「あーダメだ。こんな辺鄙な所にある店じゃぁ、ロクな女がいないぜぇ。」

「じゃあ行くなよ。」

「いいや、行く!どんなに苦しい状況でも、これだけは絶対にやり通すんだ!」

 キプチャクの力強い宣言だが、一体何の矜持(きょうじ)なのだか、ユーシンにはさっぱり分からない。

 だが、彼が最も手を焼いたのは、「シャラナ様派」の連中を慰める作業だったかもしれない。

「もう『キグナス』には乗って下さらないのかぁ、シャラナ様はぁー。」

 そんな事を涙ながらに訴えられても、ユーシンにはどうする事も出来ない。だが、シャラナの為に、『ヤマヤ国』への調査チームの派遣を遂行するのだという目的意識を持たせることで、なんとかそれなりに、おとなしくさせる事には成功した。「シャラナ様の御為に」を合言葉に、彼等は日々の業務に邁進して行ったのだった。

 調査チームの人間そのものは、「テトリア国」で拾う事に決定した。背後勢力の息のかかった者に、事の推移を悟らせないようにとの狙いもあるようだ。「キグナス」はただの一商船として、「キークト星団」に荷物を運搬するだけという体裁を整えて、「イリノア星系」から出航する事になった。

 しかし向かう先は、事実上「コーリク国」による侵略戦争の真っただ中にある星団なのだ。

「こりゃ、もしかしたら、これまでの比では無い程に、危険な任務になるかもしれねぇぜぇ。場合に寄っちゃぁ、国家間の本格的で大規模な戦争に、首を突っ込む羽目になるかもしれねぇ。」

 そんな予感を、バルベリーゴは漏らした。そして、彼の予感は、完全に的中する事になる。銀河には暗雲が立ち込めつつあるのだ。機構軍を中心に据えた平和と安定の仕組みに、反攻を企てる勢力が、人々の想像を遥かに超えて影響力を増しているのだ。

 そしてその、暗雲の最も濃い部分へと、宇宙商船「ウォタリングキグナス」は切り込んで行こうとしている。いや、宇宙商船では無い。未だ極秘ではあるが、今の「キグナス」は、宇宙保安機構軍所属の臨時戦闘艦なのだ。その向かう先に、熾烈な闘いが待っていても不思議では無い。

 此度の飛翔は、壮絶なる運命に向かってのものとなるのだが、白鳥は、宇宙を、いつものごとく美しく飛んだ。

「『キグナス』、ジャンプ!」

 ユーシンが叫んだ。「キグナス」の操船席で。虹色の光は、空間を切り裂く。滴形の光が、時間を歪める。

「お嬢さま・・」

 空間跳躍の激しい違和感の中でユーシンは、「テトリア国」でクレアに再開する場面ばかりを想像していた。壮絶な闘いが目前に迫っているのだが、そこまでは予期していないユーシンの頭は、クレアでいっぱいだ。

 恋と認める事は出来なくても、想う事はブルーハルトにも公認されたようなものだ。遠慮なく想像を膨らませる。

 滑らかな曲線を想う。(てのひら)に残る感触を思い出す。

 温もりの伝わる半球を想う。頬に残る感触を思い出す。

 満開の笑顔も、思い出す。幸福感が溢れて来る。

 そんな事ばかりが、頭の中を埋め尽くしている。ハーフナイトの使命は、果されるのだろうか。

今回の投稿は、ここまでです。今週の投稿も、ここまでです。次回の投稿は、'17/8/25 です。

なんだかんだで、「キグナス」は「キークト星団」にまで行くことになりました。そして、バルベリーゴも予感していた通り、本文でも触れたと通り、この「キークト星団」への旅が壮絶な運命を、登場人物達にもたらします。ここからの話を書きたくて、これまでの話を書いて来たと言っても過言ではありません。ここまでの話は、ここからの話を述べるための「ネタ振り」だったわけです。ここからを読まなけりゃ、ここまで読んで来た甲斐は無いと言えます。なので、ここまでお付き合い下さった読者の方々は、ここからを是非お見逃しの無いように、よろしくお願い致します。というわけで

次回 第59話 「ユラギ国」の実情 です。

「キークト星団」の情勢は、若干ややこしいかもしれませんが、これから「キグナス」クルー達の運命を大きく揺さぶることになるものなので、それなりに抑えておいて頂けるとありがたいです。よくわかっていない人にも、それなりに楽しんでもらえる書き方を試みたつもりではありますが。

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