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銀河戦國史 (星々を駆る重武装宇宙商船「ウォタリングキグナス」-ヤマヤの虜囚-)  作者: 歳越 宇宙(ときごえ そら)
ヴォーソム星団・キークト星団の章
55/82

第54話 前途多難

 ノノとシャラナの仲睦まじい姿を目にする回数が増えると、対立していた男達もようやく己の愚に気付き、「2人共に称えよう」という機運が盛り上がって来た。そうなったらなったで、2人が一緒にいる場面を目撃する事に、何やらプレミアのようなものが付加されて来た。2人が同時に笑顔になっているシーンを目撃したものには、将来の確かな幸福が約束されるなどという噂が、(まこと)しやかに囁かれるようにさえなった。

「さっき食堂で、2人が並んでお茶飲んでたぞ!」

 「シャラナ様派」の筆頭のジャカールが叫ぶと、。

「よぉし!2人が同時に笑ってる超レアシーンをゲットできるぞ!」

と喚き立てる「ノノちゃん派」の中心的存在のファランクスが、足音を轟かせて一斉に駆け出したりする始末だ。そして、かつては対立し合った彼らが、2人の様を画像に収め、それを比べ合い、自慢し合う事さえあるのだった。

 特にプレミアモノと言われるような画像は、人知れず高値で取引される事もあるようだ。

「ユーシン!見ろ!超レアなお宝画像をゲットしたぞ!」

 そう言ってキプチャクは、操船席のモニターに画像を表示させて、ユーシンに見せびらかした。腕に装着している端末に記憶させた画像を、モニターに転送して表示させたのだ。

 無重力の時間も多い宇宙船内での生活では、筋力トレーニングは欠かせない。やらないと骨や筋肉が猛烈な勢いで退化して行く。この時代にはある、特殊な栄養飲料やトレーニングマシンを駆使する事で、1日1時間程度のトレーニングで事足りるのだが、「キグナス」クルーの全員が、それを義務付けられている。ノノもその例外では無く、シャラナは義務ではないが、真面目に履行しているようだ。

 そしてキプチャクがユーシンに見せびらかした画像というのは、シャラナとノノが一緒にトレーニングに励む姿だった。動きやすいように、体にフィットしたトレーニング用のウエア―を2人は着ている。画像には、ノノの開脚前屈運動を、シャラナが背中を押して補助しているという場面が映されていた。2人ともこちらを見て笑顔を浮かべている所からすると、“隠し撮り”では無いようなのだが、こんな風に画像が男達の間を渡り歩いている事は、承知しているだろうか。

「なんだよキプチャク。ノノのそういう画像見て、嬉しいのか?」

 小さい頃から長い時間を共に過ごした、幼馴染のニコルやノノを女性として見るという事は、ユーシンには理解出来無かった。

「はぁ?何言ってるんだユーシン!冗談はよしてくれ。ノノなんてどうでも良いんだ。シャラナさんに決まってるだろう!俺が見たいのは。」

「へぇ、お前も『シャラナ様派』に参加していたなんて、知らなかったなぁ。」

「参加なんて、してねぇよ。あんなカルト集団みたいなのと一緒にするな!俺はあんな、どうしようもない連中とは違うんだ。ただ、シャラナさんの胸や尻のラインを楽しめれば、それで良いだけなんだ。」

「・・・お前の方が、どうしようもないと思うぞ。」

 そう言うユーシンに、キプチャクは熱っぽく語り掛ける。

「そんな事無いだろ!誰だってたまらんだろう!見てみろよ、この、重量感のある谷間、はち切れんばかりのヒップライン。」

「お前なぁ、女の人のそういう所にばっかり注目するのって、良くないと思うぞ。」

 (たしな)めるようにそう言ったユーシンだったが、彼がクレアにどんな視線を送っていたかについては、完全に失念しているようだ。

 船内の対立が解消しても、船内にはこの事によって不遇をか(かこ)っている者が他にもいた。いや、対立が最も激化している時であっても、対立の原因になっている2人より、対立している当人たちより、もっと腹立たしい思いを胸中に抱えていたと言って良いだろう。

「ねぇ、ちょっとユーシン。最近『キグナス』の男共の、あたしに対する態度、酷く無い?」

 ユーシンに愚痴をこぼすのはニコルだった。赤毛のボブ頭は、怒りの為かその鮮やかさを倍増させている。

「なんなの、どいつもこいつもシャラナ様だのノノちゃんだのって、あたしには、誰も見向きもしないのよ!あたしとあの女人(ひと)達と、何がどう違うって言うの?」

 そう言いながらニコルは、食堂の脇にあるモニターに、どこで仕入れて来たのか男共の間で流通している画像の数々を表示して行き、そして不平の続きを述べた。

「何であたしの画像は、一つも無いの?何で、こんなにも綺麗さっぱり無視されるの?」

「撮られたいのか?俺が撮ってやろうか?」

 あまり関心も無さそうな様子で、焼きじゃけを箸でつまみ上げながら、ユーシンは言った。

「そういう問題じゃ無いの!」

「あっそう。」

 まくしたてるニコル。気の無い返事の後に、ずずっと味噌汁を啜るユーシン。

「何でこんなに差を付けられなきゃいけないの?胸の大きさだって、シャラナさんには適わないにしても、ノノとだったら大して変わらないのよ?」

 ユーシンは、小さくとも温もりの伝わる半球を思い出しながら言った。

「ニコルぅ、大きさじゃないんだよなぁー。」

「ユーシン?何を想像しているの?」

「・・いや、別に・・。」

 ニコルの一言で一挙に赤面したユーシンに、ニコルは質問をたたみ掛けた。

「ほんとに?お嬢様を思い出したんじゃないの?この前は2人きりでリゾートコロニーに行ったんでしょ?どうだったの?楽しかったの?キスくらいしたの?」

「するかぁ!」

「えー!しなかったのぉー。女の子の方からデートに誘ったんだから、そのくらいの積極性は見せても良いんじゃないの?」

 頭から湯気を噴き出しそうな勢いで、ユーシンは言い返す。

「良いわけあるかぁ!デートじゃないし!お嬢様はいつか機構軍の幹部と結婚する女人だぞ。そんな事が許されるはずがないだろう!」

「いつか機構軍幹部の嫁になっちゃうからこそ、今の内にキスしておけばいいんじゃない。今だったら、誰の恋人でも妻でも無いんだから。」

「なんだよ!その、コソ泥みたいな発想は!お嬢様の未来の旦那に、申し訳が立たないような事、して良いわけ無いんだよ。」

「言わなきゃ、分かんないじゃない。」

「ダメだぁ!バレ無きゃ良いってもんじゃないだろ。そんな事したら、お嬢様の心に、どんな傷を残す事になるか・・」

 ユーシンの鼻息で、味噌汁に輪っか状の波が立った。

「傷なんて残らないでしょ。お嬢様だって、ユーシンの事、好きだと思うよ。」

 ニコルの単刀直入な表現に、一旦箸に乗ったごはんが、また茶碗に戻された。冗談めかして喚き合っている声色から、ユーシンは一段声を落とし、真面目な口調で話し始めた。

「好きでいてくれている・・と・・、俺も・・思う。・・思った。『ソリアノ』での色々な事や、『ウィーノ』での事や、そういうのを考えても、お嬢様が俺を愛して下さっているって気持ちを受け取らなかったら、俺は阿呆だ。あれだけの笑顔を見せられて、愛されてる事実を受け入れなかったら、愚か者だ、俺は。でも、好きだとしても、愛してくれているとしても、それは恋じゃない。俺もお嬢様は好きだけど、それも恋じゃない。恋って認めちゃ、いけないんだ。どんなに強く想っていても、恋じゃないって言い張らなきゃ。」

「機構軍幹部に嫁ぐからぁ?なにそれぇ。好きになった人と一緒にいれた方が、お嬢様も幸せに決まってるじゃない。お嬢様を守ってあげたいんでしょ?支えてあげたいんでしょ?だったら、もしお嬢様がユーシンを好きなら、機構軍の幹部に嫁ぐ前に、ユーシンが結婚しちゃえば良いじゃない。それがお嬢様の為ってものよ。さっさと、結婚してしまったっていう既成事実を作っちゃえば、ボス・クロードも仕方ないなって思うんじゃない?ボスだって父親なんだから、娘が幸せな方が良いに決まってるし。」

「あのなぁ」

 ユーシンは呆れ顔で、ニコルを見て言った。「それで、『UF』は、機構軍との提携関係を続けて行けるのか?続けて行けなくなったら『UF』は存続して行けるのか?『UF』が存続できなくなったら、好きな人と結婚できたとしても、お嬢様は幸せになるのか?お嬢様の幸せの第一条件は、『UF』が健全に存続して、その従業員たちが楽しく働き続けられることじゃないか。」

「お嬢さまが機構軍幹部と結婚しなくたって、『UF』が存続できる道くらいあるんじゃないの?そんな事は、『UF』の偉い人たちが考えてくれるわよ。」

 ニコルは主張したが、ユーシンは呆れ顔のままだ。

「誰だよ!『UF』の偉い人って。お嬢様こそが、社長令嬢であり、ボス・クロードを除けば『UF』の筆頭幹部だろう。お嬢様が機構軍幹部と結婚しなかったとして、そこからどうやって『UF』を存続させるかって問題は、全てお嬢様の肩にのしかかって来るんだぞ。どうあがいても、機構軍幹部と結婚する事でしか、お嬢様の幸せは有り得ないんだ。」

 ごはんも味噌汁も焼きじゃけも、すっかり目的地に飛び込むタイミングを見失っている。

「じゃあ、お嬢様がたとえどんなにユーシンの事を好きだったとしても、機構軍幹部と結婚した方が幸せになるっていう事?そんなのって、あるの?」

「大丈夫だよ。機構軍幹部には、俺なんかよりずっと良い男が、ちゃんといるから。その人の傍にいたら、俺の事なんか、直ぐに忘れてしまうよ。お嬢様は。」

 ユーシンは、ウィーノ星系第3惑星で見た、ブルーハルトをうっとりと見上げるクレアの瞳を思いだした。もしもクレアが、ユーシンに想いを寄せているとしても、ブルーハルトなら、その想いを忘れさせ、ブルーハルトだけにクレアの想いを集めさせ、そして、クレアを幸せに出来る。ユーシンはそう確信していた。そして、安心していた。それは、とてつもない痛みを伴う安心感ではあったが。

「それで、ユーシンは幸せになれるの?」

「俺ぇ?なんで俺の話が出るんだ。俺の幸せなんて、どうでも良いだろう?」

「どうしてよ?」

「社長令嬢と、元宇宙孤児だぜ。お嬢様の幸せの前じゃ、俺の事なんか芥子粒みたいなもんだ。お嬢様には、俺の事なんか考えずに、自分が幸せになる事だけを考えてもらわなきゃ。」

 何かを飲み込みたい衝動に駆られたユーシンは、ここでご飯を口いっぱいに頬張った。そんなユーシンに、ニコルはずいっと身を寄せて言った。

「お嬢さまが、自分の事を愛してくれているって、ユーシンさっき言ったでしょ?」

「・・うん、むむん」

 口いっぱいのごはんを咀嚼しながら、ユーシンは答える。

「ユーシンが不幸になったら、ユーシンを愛しているお嬢様は幸せになる?」

「・・・」

「お嬢さまだけじゃないよ。あたしだって、ノノだって、キプチャクやアデレードだって、オヤジだって、ユーシンを好きな人は皆、ユーシンが幸せになってくれないと、幸せになれないよ。」

「むむむん・・んぐっ」

 ようやく飲み込んだユーシン。「そんな事・・・そんな・・・そう・・なのか?」

「そうだよ。それが、愛するっていう事だよ、ユーシン。」

 体を密着させんばかりにユーシンにすり寄って、ニコルはそんな言葉を告げた。

「・・・俺も、幸せにならなきゃいけないのか?」

 そんな事は、ユーシンは考えた事も無かった。彼自身も含め、この銀河に、ユーシン・マグレブの幸せを考えている人間なんてものが、いるとは思わなかった。彼の成長や成功は、バルベリーゴやドーリーも願ってくれているだろう。それはもちろん実感している。だが、幸せを、となると、誰かが自分のそれを願っているなんて、ユーシンは思ってもみなかったのだ。

「俺が幸せにならなかったら、お嬢様も幸せになれない・・って、そんな事言われたら、どうして良いか分からなくなるじゃないか。」

「うん、そうだね。大変だね、ユーシン。」

 ユーシンを目いっぱい困らせたニコルは、しかし何故か、満足気な顔だ。

「じゃぁ、あたし、仕事があるから、行くね。」

 困り果てているユーシンを残して、ニコルは立ち去って行った。

(俺自身も、幸せにならなきゃいけない。いや、それだけじゃない。それが、お嬢様に伝わらなきゃ、意味がない。俺は、お嬢様を守り、支えていく為には、俺自身も幸せにして、それがお嬢様に伝わるようにしなきゃいけない・・って・・事なのか・・??)

 クレアに愛されていると実感して、生きる事への執念には目覚めたユーシンだったが。

(それに加えて、幸せになる努力と、幸せである事がお嬢様に伝わる努力をしなきゃいけない・・って、難しいぞ!それ!)

 ユーシンは、計画力や計算力には自信があった。達成すべき目標に対して、色々な要素を計算し、計画を立てて事に臨む。そういう能力に関しては、人並み以上のものがあると自負していた。だが、今彼の眼前に提示された目標は、計画力や計算力では太刀打ちできそうに思えない。

 計画力や計算力では解決できない問題を前に、ユーシンはただ呆然とするしか無かった。

(うーん・・どうする・・どうしよう・・。よし!取りあえず、逃げよう。)

 ちょうど、操船を引き継ぐ時間がやって来た。残っていたごはんと味噌汁と焼きじゃけを掻き込んだユーシンは、航宙指揮室へと走り出して行った。難しい問題から仕事への、逃亡だった。


 最後のワープを終えると、宇宙商船「ウォタリングキグナス」は「イリノア星系」内部にいた。同星系のオールトの海や、星間風の風向きの境目であるヘリオポースや、星系円盤の最外縁を占める微惑星群であるエッジワース・カイパーベルトも、7つある惑星の外側の4つの軌道も飛びこえた。軌道は4つ飛び越えたが惑星そのものは1つしか飛び越えていない。3つの惑星は、星系の反対側を周回中だったので。

 星系を構成するそれらの名称は、本来は人類発祥の星系の構成要素に対して与えらた固有名詞だった。だが、宇宙時代を迎えた今、それらは一般名詞と化していた。

 そして「キグナス」は、目的の人工天体へと近づいている。といっても、人工天体に近すぎる場所でのワープアウトは、安全面から禁じられているので、数時間の飛翔は避けられない。既に減速行程に入っているから、“前”が“下”の状態で、「キグナス」クルーは重力のある生活を送っている。

 ここ「イリノア星系」には、宙空浮遊都市は存在しない。「ウィーノ」や「ソリアノ」で見たような、ただの光点に見えたものが近づくにつれて巨大建造物の群れに代わって行くダイナミックな光景は、ここでは拝めない。「キグナス」クルーの目に映ったのは、たった8基の円筒形コロニーが、自転の軸線を一点で交差させるように円を形成し、同一平面上に浮かんでいる姿だった。それは、漆黒の闇から(にじ)み出て来るように現れたのだった。

 8基とも港湾コロニーであり、外港コロニー群と呼ばれている。地球系が中心になって開発された星系に良く見られるように、「イリノア星系」でも、惑星の地上か、惑星の軌道上に人々は集住しているので、巨大な宙空浮遊都市は無いのだ。

「あっしゃっしゃ。地球系人類というのは、地球がよっぽど居心地が良かったからか、惑星上に、地球に近い環境を造り出す頃に、えらく心血を注ぎよるのじゃなぁ。」

 宇宙系には理解できない地球系人類の嗜好を、ドーリーは笑い飛ばした。

「でも、『ウィーノ』や『ソリアノ』のコロニー内に造られている環境も、地球の環境を再現したものなのだろう?だったら、宇宙系人類だって、やっぱり地球の環境を求めているって事なのじゃないか?」

「まぁ、そうとも言えるがのおぉ、コロニーの中でもあれだけのものが造れるというのに、なぜ地球系の者達は惑星の上とか近くとかに住みたがるのか、そこがわしには疑問じゃのぉ。重力に捕らわれてしもうたら、身動きが取りづらいじゃろうに。」

「まぁとにかく、積荷を売り捌くにも、新たな積荷を買い付けるにも、そして、シャラナのねぇさんを機構軍の本部に連れて行くのも、ここの外港コロニーに『キグナス』を預けて、シャトルに乗り換えて向かわにゃぁ、ならんってことだぁ。面倒くせぇ話だがなぁ。『キグナス』のでかい図体を惑星に近づけるってのは、重力との無駄な戦いを強いられることになっちまうからなぁ。」

 バルベリーゴの言葉に、ユーシンが付け加えた。

「主に第3・4惑星の衛星軌道上と第4惑星の地上に、大規模な都市が建設されているのが『イリノア星系』だよな。機構軍本部は第4惑星の地上だから、俺とオヤジは、シャラナさんとそっちに向かう事になるか。」

「あたしとニコルとキプチャクも、行くことになったんだよ、ユーシン。」

 ノノが控えめな音量でそう言った。

「なんだ、キプチャクも行くのか。ニコルとノノは、俺が連れて行くように、オヤジに言ったけど。」

「あっちで売り捌く荷物が、色々とあるんだよ、ガキィ。キプチャクの奴には、それの世話をしてもらわにゃならねぇんだぁ。」

 シャラナの事を思うと、一刻も早く機構軍本部に向かいたいところだが、積荷をシャトルに移し替える作業に半日ほどかかった。税関のチェックなどという野暮用もあるのだ。ようやくという感じで、荷物をシャトルに詰め終わったのを確認したユーシンは、シャラナを伴ってシャトル中腹の搭乗ハッチに向けて、無重力空間を飛翔した。

「ユーシン!大変よ。シャトルのレーダー機構が微妙に狂ってる。少し見ただけでは分からなかったけど、精密なメンテナンスをしてみたら、ごくわずかな誤差が生じているの。このまま飛び立ったら、あたしたち宇宙で迷子になって、永遠に虚空をさまよう羽目になってたわ。」

 シャトルの先端部あたりで作業をしていたニコルが、近づいて来るユーシンに声を掛けた。シャトルのコックピットからずいっと顔を出したバルベリーゴが、ユーシンより先に発言した。

「なんだぁ?故障かぁ?港湾施設の馬鹿共が、不良品をよこしやがったのか?」

「違う。有り得ない。こんな故障の仕方。人為的に細工が施されたとしか、考えられない。」

 赤毛のボブ頭を、クルクルと横に回転させながらのニコルの答えに、今度はユーシンが返した。

「そうか。やっぱり何者かが、何かの罠を仕掛けて来たな。『ソリアノ』でも刺客が差し向けられたくらいだから、この『イリノア』でも、何かあるかもしれないとは思っていたんだ。まさか、港湾コロニーで早速仕掛けて来るとまでは思っていなかったけど。」

「でもユーシン。あたしには、通常はやらない細かい部分までのメンテナンスをしておくように言ってたじゃない。普通なら、港湾施設から借りたシャトルのメンテナンスなんてしないのに。施設の方でちゃんとやっていてくれているはずだから。」

「まぁ、一応な。ほら、ニコルを連れて行くっていうのは正解だっただろ。オヤジ。」

 自慢気な顔を、バルベリーゴに向けたユーシン。

「ああ、確かにな。メンテ要員を連れて行く予定じゃ無かったら、こんな細工は発見出来てなかったかもな。だがなぁ、ガキィ。偉そうな顔するのは、無事に目的地に着いてからにしやがれぇ。」

「あはは、そりゃそうだ。ここでこんな細工が仕掛けられているって事は、この先にも色々あるって事だろうからな。」

「そういう事だぁ、ガキィ。ここ『イリノア』での仕事も、一筋縄ではいかねぇって事だぁ。気ぃ引き締めて行けよぉ。」

 そこで一旦言葉を途切ったバルベリーゴは、少し深刻な面持ちで続けた。「しかし、これが『コーリク国』とかの背後にいる勢力の仕業だとしたら、そいつらの影響力ってのはどんな範囲に広がっていやがるんだぁ。『タクムス星団』からでさえ、数百光年も離れた宙域の、しかも機構軍本部のすぐ近くだぜぇ。そこの港湾施設内に入り込めるっていうのかぁ?やれやれ、先が思いやられるぜぇ。」

 シャラナもさぞかし不安だろうと、背後にいる彼女を振り返ったユーシンだったが、そこには不安など微塵も感じさせない、穏やかな中にも威厳を湛えたいつものシャラナの笑顔があった。彼に全てを託し、信頼し切っているその表情に、ユーシンの気持ちは一段と引き締まった。

 レーダー機構を調整し直し、更に念のためにと、全てのシステムも改めて点検し直し、問題がない事を確認した上で、彼らを乗せたシャトルは虚空へと飛び出した。電磁カタパルトから(もたら)される強烈な加速重力に耐えながら、ユーシンは内心で身構えた。

「さあ、次は何が来る?」

今回の投稿は、ここまでです。今週の投稿もここまでです。次回の投稿は '17/8/11 です。

さて、ユーシンは、クレアへの思いに整理をつけるたびに、周りの人間に揺さぶられてしまう感じです。読者の皆さんは、ユーシンがどうするべきだと思っておいででしょうか?そして、「イリノア星系」に到着し、さっそくユーシン達の活動への妨害と考えられる出来事が起きました。彼らのこれからを、心配してあげてほしいです。というわけで、

次回 第55話 張り巡らされる罠 です。

シャラナを機構軍本部に連れて行くというゴールが近づいてきましたが、それを阻止したい者にとっては、いよいよ手段を選んでいられない状況になったと言えるでしょう。何が起こり、どう対処するのか、ご注目頂きたいです。

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