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第48話 戦雲の再来

 膝を着いたのは、しかしユーシンでは無く、刺客の方だった。撃たれた右手を抑え、そこから血をだらだらと流している。撃たれた瞬間に放り投げられた刺客の銃も、かなり離れたところで、音を立てて床を打った。

「なんだぁ!何が起こったぁ!」

 そう叫びながら刺客は、レーザー光線がやって来たと思われる方向に顔を向けた。そこには、刺客に向けて銃を構えて立つ、機構軍兵士の姿があった。ユーシンの口車に乗せられ冷静を欠いていた刺客は、機構軍兵士の存在に気付く事が出来なかったのだ。

「な、何だとぉ!なぜこんな所に、機構軍の兵士がいるんだ。」

 驚きと悔しさから、大声で喚き散らす刺客に、ユーシンは淡々と告げた。

「このビルに、機構軍の司令部があるからだよ。ここに銃を所持した刺客を誘導して来るから、備えておいてくれってさっき連絡したんだ。そんな所に飛び込んで来たら、こうなるのは当たり前だろ。だから言ったんだ。追い詰められてるのはお前の方だって。」

 悔し気な歯ぎしりの後に、刺客は怒鳴り返した。

「こんな所に機構軍の司令部があるなんて、そんな情報どこにもなかったぞ。もしあるなら、秘密の司令部のはずだ。なんでそんな所と、お前が連絡を取れる。何者だ!お前。」

「俺は半軍商社『ウニヴェルズム・フォンテイン』の従業員だ。」

 ユーシンは淡々と答え続ける。「地球連合と提携関係にある商社だし、今は作戦参加もしているから、機構軍の機密情報に触れる事が出来るんだ。それに、『ソリアノ』の保安システムからデーターを引き出したり、色んな依頼も出来る。俺達が依頼したら事なら、機構軍は即座に動いてくれる。」

「半軍商社だと。じゃあ、お前か。『シャラナ』の名前をこの都市内で口にしただけで、ここの保安システムに記録が残るように設定したのは。あれを解除するのに、どれだけ苦労したか。」

「ああ、そうだ。解除した方法は、後で機構軍に絞り出してもらうとするか。それに、『ソリアノ』内部全域で実施されている金属探知の情報にも、俺達は自由にアクセス出来たから、銃を分解して所持している時でも、俺はお前達の位置や人数を把握出来たんだ。」

「なにぃ!? 」

 刺客の口から、そんな呻きが漏れた時、建物の外から、

「ぎゃあっ!」

「うわぁ!」

という男の悲鳴が聞こえた。

「お前の仲間も、ノコノコとここにやって来て、機構軍兵士に捕まったようだな。」

 そう言いながらユーシンが外に目をやっていると、機構軍兵士5人程に引き立てられた男2人が、建物の中に連行されて来た。

「刺客というのは、この3人で全てか?」

 さっき刺客を撃った機構軍兵士が、ユーシンに向かって話しかけて来た。

「はい。シャトルでこのコロニーを目指していたのが、三つの分解された銃だったので、刺客は3人で間違いないと思います。」

「そんな時から、人数も居場所も分かっていたのか!お前達には。」

「そういう事だ。半軍商社の人間と一緒にいる相手に手を出した事が、お前達のミスだったって事だな。」

 刺客にそう答えた後、思い出したようにユーシンは、顔の向きを変えて声を出した。

「お嬢さま、もう大丈夫です。出て来ても良いですよ。」

 カウンターの陰から、クレアが出て来た。それを見た刺客は、また驚きの表情で、大声を上げた。

「何だと。なぜあの女なんだ!『シャラナ』では無かったのか。お前と一緒にいたのは。」

「あはは、やっぱり引っかかっていたんだな。」

 驚く刺客を笑い飛ばした後、ユーシンは教えてやった。「シャラナさんとはドッキングベイの所ではぐれた。その時、お前達の接近を知ったから、タイミングを見計らってお嬢様に向かって、『シャラナさん、こっちだ』って叫んだんだ。それを聞いたお前達は、俺と一緒にいる女性がシャラナさんだって思い込まされたんだ。」

「おしゃべりはその辺にしておこうか。」

 機構軍兵士が、ユーシン達の会話に割って入った。「お前達が何者で、誰に依頼されてシャラナ女史を狙ったのか。後でじっくりと話してもらうぞ。」

 刺客に向かって、冷酷な声色でそう言った兵士は、ユーシンの方に向き直り、少し声色を穏やかにして言った。

「ここが指令部だって機密を、そう簡単に話されては困るな。まぁ、身柄を確保された相手だから良いのだけれども。」

「あはは。そうですね。そう簡単に、口にしたらまずいですよね。以降、気を付けます。」

 兵士は笑顔でそれに応じた。

「ま、今回は、君達は大変な目にあったのだからな。我々機構軍が、このような事が起きないようにしっかりしなければいけない所でもある。その点は、我々は君達に詫びなければならない。それに、このような凶悪犯罪者の捕獲にも、君達のおかげで成功した。礼も言わねばならない。済まなかった。そして、有難う。」

「あはは。いいえ。そんな。」

 そう言うユーシンを横目に、兵士は刺客を連行して、ロビーの隣のエレベーターホールへと向かう。

「いずれ改めて、詳しい話を聞かせてもらう事になると思う。その時はよろしく。」

 その言葉を最後に、兵士は背を向けて遠ざかって行った。司令部の施設内に刺客達を拘留して、取り調べをする事になるだろう。

 離れて行く兵士や刺客と入れ替わりに、クレアがユーシンのもとに駆け寄って来た。

「ユーシンさん、良かった。さっきはユーシンさんが撃たれたのかと思って、心臓が縮み上がりましたわ。でも、お見事でしたね、ユーシンさん。刺客達全員を、機構軍に逮捕させるなんて。」

「えへへ、いえ、そんな大したことは。それより、ちょっとキプチャクに連絡を取ります。皆の無事を確認しておかないと。」

 それを聞くと、すかさずクレアは真顔になって言った。

「そうですね。皆さんご無事だといいのですが。」

「刺客は全員、俺達を追って来たから、大丈夫に決まってるとは思うけど・・」

 そう言いながら、ユーシンは端末を操作した。

「おおい」

 ユーシンンの端末から、キプチャクの声が漏れた。「ユーシンか?無事なのか?刺客どもはどうなった?」

「ああ、俺だ」

 ユーシンは答える。「刺客は全員、機構軍に捕縛されたよ。俺もお嬢様も、怪我一つしていない。そっちは全員無事だな?今どこだ?」

「ああ、全員無事だ。何の問題も無い。さっきシャトルで着いたドッキングベイのすぐ近くにあるカフェで、のんびりお茶を飲んでるくらいさ。」

 ユーシンはほっとするどころか、拍子抜けした気分だ。クレアも安心したという顔をしている。

「そうか。じゃあ、もうしばらくそこで茶でも飲んでてくれ。また連絡する。」

 そう言って通信は終わった。

「一件落着ですわね、ユーシンさん。」

 クレアはほっとしているというより、絶叫マシーンに乗った直後のように、気分の高揚を露わにしてユーシンに詰め寄って来た。

「はは。そうですね。」

 熱気を帯びたクレアに、少したじろぎながら応じるユーシン。

「すごく怖い体験なのでしょうけど。私なんだか、興奮が抑えられませんわ。普段では絶対にありえないような事が、沢山ありましたもの。日頃やってはいけないような事も、沢山してしまいましたわよ、私達。」

 目をキラキラさせて、とてもうれしそうにユーシンに語り掛けて来る。日頃やってはいけないような事というのは、荷物用のエレベーターに乗った事などを言っているのだろうが、ユーシンには他にも沢山、やってはいけない事をやった覚えがあった。赤面を禁じ得ないような事を、幾つも仕出かしていた。

 シャトルでバランスを崩したクレアを支えた時の、右手の感触が蘇って来る。その時には、刺客達に気を取られてあまりじっくりとは考えられなかったが、今思うと、その時右手に加えられた感触の、なんと温かくやわらかであった事か。

 それに、右手の中指や薬指の中ほどと、(てのひ)の中央辺りに、より強い圧力と体温が与えられ、その中間にある指の付け根の辺りには、圧力も体温もあまり加えられていなかった。その事が、触れた部分の生々しく精密な形状と質感を現示しているようで、ユーシンには思い出すだけで垂涎(すいぜん)を禁じ得ない気分にさせられるものがある。

 クレアは、そんなユーシンの想いを知ってか知らずか、満開の笑顔を向けて来ている。屈託のない笑顔を目にしながら、右手の感触を思い出している事に、そこはかとなく罪の意識を感じるユーシン。

 こんな無垢な笑顔を前に、そんな卑猥な想像を巡らせる事は許されるはずがない、と思うが、もうどうにも止められないのだ。クレアの笑顔を見れば見る程、より鮮明に右手の感触は蘇って来る。そしてその感触に対する喜びと興奮は、彼女の笑顔によって何百倍にも高められてしまう。

 ユーシンは意識する事も無く、左手で右腕の肘の辺りを抑えた。そうしないと、右手の感触がクレアにバレてしまいそうに思えたのだ。それほどに、右手の感触はユーシンにとって、刺激的なものなのだ。

 右手の興奮を慰撫する一方で、今回の刺客からの逃走過程を、ユーシンは密かに反芻(はんすう)していた。直前には予約したレストランで、彼女の背中に触れる事に関して、プランA・B・Cのどれを実行するかで、あれほども悩んで、結局どれも実行せずじまいで終わっていた。それなのに、その後には背中に触るのとは比べ物にならない程に、クレアに触れてしまった。

 ユーシンは脳裏で、一つ一つの接触を思い返して行く。クレアを横抱きに抱え上げ、荷物用のエレベーターに放り投げた。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。その時の両腕に掛かった感触も思い出した。

 何度も彼女の手を握って、引っ張って走った。そのしっとりとして温かい感触も思い出した。荷物用のエレベーターの中で、長々と彼女を腕の中に掻き抱いていた感触も思い出した。色んな場面での、色んな感触が、次々と脳裏に浮かんでくる。感触を思い出す事を、どうやっても止める事が出来ない。

 クレアは相変わらず、満開の笑顔だ。その眼差しが柔らかければ柔らかい程、温かければ温かい程、ユーシンの自己嫌悪は深まって行く。

 それでも、逃走劇にまつわる記憶は次々に湧き上がり、その時々の感触はありありと蘇る。止まらない。止められない。

 もう一つ、ユーシンは思いだした。その時には、逃走に気を取られて深く考えずにいた事だが、今、改めて考えると、とんでもない事が起こっていたではないか。

 リゾートコロニーで、荷物用のエレベーターで中心軸部分に達した時、彼は何かにぶつかって止まった。何か、では無い。クレアにぶつかって止まったのだ。

(あの時、俺は、お嬢様のどこに、どのようにぶつかったのだったか・・・)

 感触が蘇る。想い出してみると、恐るべき衝撃的な事実が浮かび上がる。あの時、頬に感じた感触。丸い半球面を持つ立体感のある物体。柔らかく、体温をたっぷりと感じさせる部位。穏やかに押し返すような弾力を、ユーシンの頬に味わわせた、何か。

(あれは、もしかして。あの時お嬢様は、体の正面を俺の方に向けていた。体の正面の中で、あんな丸みと立体感と柔らかさと温かさと弾力をもつ部分といえば・・・・)

「うわあっ」

 ユーシンは思わず、そんな声を上げていた。左手で右肘当りを抑える姿勢はそのままだった。その様からクレアは、ユーシンが右腕に怪我でもしたと思ったものか、満開の笑顔を崩し、心配気な表情をユーシンの右腕に向けながら言った。

「大丈夫ですか?ユーシンさん。腕が痛むのですか?」

 彼女の両腕も、ユーシンの右腕に添えようとして前方に繰り出された。クレアの視線が腕の方に向いた事と、頬の感触が思い出され続ける事で、ユーシンの眼は絶大な強制力を持って、クレアの胸元へと引き寄せられた。

(もしかして、あの時のあの感触は、この頬に残る感触は、やっぱり、そうなのか・・・?)

 それはやはり小さく、彼が頬に感じたような丸みや立体感や温かさや柔らかさや弾力を与えるものには思えない。目に映るものの控えめな存在感と、頬に思い出す感触の力強い存在感の落差が、ユーシンの感覚を狂わせる。だが、それ以外に考えられるものも無い。そして、ユーシンが見つめていた、小さいと思われていた湾曲に、驚くべき変貌がもたらされた。

 ユーシンの腕をより近くで見ようとクレア前傾姿勢になり、さらにユーシンの右腕に両手を添えようと両腕を前に差し出した事で、その2本の腕が側面から中央へと、奇想天外な圧力を加える事になった。

 両腕から供給される圧力によって引き起こされた造山運動が、小さかったはずの湾曲を劇的なまでに成長させた。モリモリと隆起した湾曲は二座の雄大なる山塊(さんかい)を成し、その間にはシャツを咥え込んだ深遠なる峡谷が創造され、ユーシンの眼前に展開した。

(もしかして、あの時のあれは、やっぱり・・・)

 頬に受けた丸みと立体感と温かさと柔らかさと弾力が、鮮やかに思いだされる。

 雄大なる山塊が、息も詰まりそうな迫力を伴って眼前に迫る。

(やっぱり、やっぱり、あれは・・・)

 その時に感じた、丸みと立体感と温かさと柔らかさと弾力を頬に蘇らせる。

 衣服を銜え込んだ深遠なる峡谷が、圧倒的な吸引力をもって、視線を絡め取る。

(あれは、やっぱり、あれは、・・・)

 ありありと想起される、頬に残された丸みと立体感と温かさと柔らかさと弾力の感触。

 雄大な山塊が迫る。深遠なる峡谷に吸い込まれる。

(やっぱり、やっぱり、あれは、そうなのか・・?)

 丸みと立体感と温かさと柔らかさと弾力の鮮烈な記憶が、脳内を埋める。

 山塊は眼前に迫り、峡谷は視線を吸引する。

「大丈夫ですか?ユーシンさん。」

 クレアの両手が、ユーシンの右腕に触れた。

「ピゃーぁぁっ!!」

 どこから出たのかもわからないような声を、ユーシンは発した。頭の中を乱舞する余りにも不純な思考が、クレアに触れられたことへの驚きと衝撃を倍化し、どうしようもなく意味不明な悲鳴に結実した。

「ああ、御免なさい!痛かったですか?やはり、腕にお怪我を・・」

「いや、違います。大丈夫です。御馳走(ごちそう)様でした。」

「え?御馳走・・???」

「あ・・いや・・違う・・あの、腕は何ともないです。」

 右腕を左手で、バシバシと叩きながらユーシンは言って、何とかクレアの心配を取り除こうと努めた。

 脳内の思考が不純であればある程、クレアの優しさが、後ろめたさや自己嫌悪の念を伴って、彼の胸に突き刺さった。こんなことを考えている自分に、そんな心配をしてもらう資格など無い、とユーシンには思えるのだった。

「そ、そうですか。」

 まだ少し心配そうではあるが、腕は大丈夫なのだと思ったのか、クレアは身を起こした。背筋が伸びてみると、やはり胸元は小さく見えた。シャラナはもちろん、彼の幼馴染達と比べてもだいぶ小さい。それでも、あれだけの丸みと立体感と柔らかさと温かさと弾力を感じさせるという事実は、ユーシンに大宇宙の神秘をも実感させた。

 それに、前傾姿勢になって両腕で圧力を加えると、あれだけ巨大化するのだというのも、思いがけない発見だった。クレアの視線が、未だ心配そうにユーシンの右腕に注がれているのを良い事に、ユーシンの視線は不純な思考を満載して、クレアの胸元に注がれっ放しなのだった。

 腕に装着した端末が、メッセージの受信を告げる電子音を発した事でようやく、ユーシンの視線はそこから離れた。

「オヤジからだ・・おおっ!宙賊共に動きがあったから、直ぐに『キグナス』に戻れだって。」

「え?」

 クレアは心配そうにユーシンを見た。さっきまでの心配顔とは、深刻さが違った。「また、戦闘になるのですか?」

「詳しい事は分かりません。戦闘になるのかどうかも、戻って話を聞いてみないと、何とも・・」

 ユーシンは答えた。

「あ・・あの・・」

「え?」

「・・あ・・いえ。」

 クレアは何か言いたそうだったが、それ以上の言葉は発せられなかった。その時、エレベーターホールの方から、足音が聞こえて来た。

「あなたが『ウォタリングキグナス』の乗組員の方ですか?軍のシャトルで、あなたをこのコロニーから直接、あなたの船までお送りするように命じられました。今すぐ、ご同行願えますか。」

 まだ若い、ユーシンともそれほど歳も離れていなさそうな兵士が、彼にそう告げて来た。

「俺一人ですか?」

「いえ。ここにお一人と、ドッキングベイの近くに3名おられると伺いました。それとは別に、女性二名を当施設でかくまうようにも言われています。『シャラナ・チルヌム』さんと、『クレア・ノル・サントワネット』さん。そこにおられるのは、このどちらかの方ですか?」

 ユーシンの隣にいるクレアの方を見ながら、若い兵士が尋ねた。

「はい。私は、クレア・ノル・サントワネットです。私とシャラナ姉様が、ここでかくまって頂く事になったのですか?もう、危険は無いと思いますけど。刺客は全員、捕まったのでしょう?」

 クレアは、若い兵士とユーシンの顔を見比べるようにして、問い返した。

「ええ、まあ。取りあえず安全だとは思いますが、こうして刺客に狙われたという事実がある以上、地元警察による全容解明が成されるまでは、我々のもとにいて頂いた方が安全かと。・・あ、行動の自由は保障されますよ。女性護衛官を付けさせていただく事にはなりますが、どこへでも自由に出かけて頂く事は出来ます。それほどご不便はおかけしませんから、是非、我々に警護させて下さい。」

「は・・はあ・・」

 クレアは戸惑ったような声。

「自由にって言われても、護衛官に張り付かれたままじゃ、落ち着きませんよね。」

 ユーシンは、クレアに向かって同情の言葉を掛けた。「窮屈な時間を過ごす事にはなるんでしょうけど、俺も、そうしてもらった方が安心できます。刺客達に他の仲間がいないかどうかとか、ちゃんと調べが着くまでは、窮屈でも護衛を付けてもらった方が。」

 ユーシンにそう言われると、クレアはにっこりと笑って頷いた。

「分かりました。私とシャラナ姉様は、ここでしばらく軍のお世話になる事に致します。」

 ユーシンも、クレアに向かって大きく頷いた後、若い兵士に向き直って言った。

「もう一人のシャラナさんは、ドッキングベイの近くにいます。彼女にもここに来てもらうように話します。」

「分かりました。では、女性護衛官2名と共に、ドッキングベイに向かいましょう。私はそのまま、あなたと3名の『ウォタリングキグナス』乗組員を乗せて、同船へ向けてシャトルを飛ばします。女性護衛官達には、シャラナ・チルヌムさんをここにお連れするように指示します。少しお待ち願えますか?」

 そう言うと若い兵士は、腕に装着されている端末を操作し始めた。女性護衛官を手配しているのだろう。そんな兵士から、くるりと視線をユーシンへ転じたクレアが、ユーシンの顔を覗き込むようにして尋ねて来た。

「もし戦闘になったら、ユーシンさんも宇宙艇で出撃なさるのですか?」

 お腹の辺りで、両手をぎゅっと結び合わせている様が、彼女の心配の度合いを示しているようだ。

「いえ。俺は、操船要員ですから、『キグナス』から出る事は無いですよ。」

「この前の戦闘では、宇宙艇で出撃されたファランクスさんやアデレードさんが、危ない目に合われたそうですね?」

「ああ。まぁ、危ないと言えば・・戦闘艇2隻に挟み撃ちにされそうになって、その戦闘艇のパイロットも、宙賊にはあり得無い程の腕前みたいだったから、危なかったんだろうけど、すぐ近くに機構軍の戦闘艇がいましたから。戦力的にも、こっちが有利でしたし、少し危なかったっていうくらいで、大した窮地ではなかったですよ。」

 特にクレアを心配させまいという意図も無く、率直な感想を述べたユーシン。

「本当に?本当に危なくないのですか?死んでしまったりとか、しないですか?」

「え・・いや・・まぁ・・、戦闘ですから、全く安全とは・・やはり、危険なものは危険です。」

 詰め寄るように問いかけて来たクレアに、少しタジタジとなって答えたユーシン。クレアも、ユーシンを困らせている自分に気付いたものか、一歩身を引いき、うつむき加減で言った。

「御免なさい。そうですよね。戦闘なのに、危なくないのかなんて、馬鹿な質問ですよね。」

(やっぱりこの人は、「UF」の従業員の命が危険に曝される事が、たまらなく辛いんだ。人命より儲けを優先する「UF」の経営方針を、受け入れ切れてはいないんだ。)

 そう思いながら、うつむき思いつめたような表情を浮かべるクレアを見ていると、ユーシンの両手は、自然にクレアの両肩を優しく包んだ。

「大丈夫ですよ。必ず全員無事で、この闘いを乗り切って見せます。俺が絶対、誰も死なせません。約束します。」

 ユーシンがそう言った直後に彼を見上げたクレアの顔には、いつものような満開の笑顔が咲いた。だが、クレアを笑顔にしたのは、言葉では無かった。ユーシン自身は自覚していないだろうが、この時の彼の眼光が、その力強さが、クレアを笑顔にさせていたのだ。

「はい!」

 クレアが明るい返事を発した時、エレベーターホールから再び足音が聞こえて来た。

「お待たせしました。さあ、参りましょう。クレアさんはエレベーターで、25階にお上がり下さい。係の者が案内いたします。」

 そう言って、兵士達は建物の出口へ向かって歩き出した。ユーシンもその後に続く。肩の高さで小さく手を振って見送るクレアに、同じく肩の高さまで手を上げて応え、そのまま(きびす)を返して振り向く事無く歩いて行った。

 必ず全員無事でこの闘いを乗り切る、その約束を果たす決意のみが、今のユーシンの心を満たしていた。クレアと約束を交わした以上、それは彼にとって、絶対の使命になったのだ。

 中心軸へ上がるエレベーターは、その建物のすぐ隣にあったが、それは現在軍関係者専用となっており、一般人は使用できない。刺客達も、このエレベーターを使えた方が、ユーシン達に早く追い付けたのだろうが、使用禁止では仕方なかったのだろう。もちろん、禁止となっている理由も、一般人には伏せられている。調整中の張り紙でもしてあるのかもしれない。

「分かりました。クレアさんと一緒に、軍の施設でお世話になる事にします。ユーシンさん、御武運を。」

 ユーシンから話を聞いたシャラナはそう言って、女性護衛官達に付き添われて、今ユーシンがたどった道筋を遡って行った。キプチャク達とも合流を果たしたユーシンは、機構軍のシャトルで、少しきつめの加速重力への忍耐を強いられつつ、「キグナス」へと戻って行った。

「お嬢さまと、2人きりの逃避行だったのね、ユーシン。色々と、楽しい思い出が増えたんじゃなぁい?」

 シャトルの中でニコルに、こっそりとそんな冷やかし方をされたユーシンだったが、今の彼には、手にも頬にも、何の感触も蘇りはしなかった。全員無事で闘いを乗り切る事に、彼の全神経は注ぎ込まれていたから。

「機構軍の、オールトの海奪還作戦が開始されたぜぇ、ガキ共!それを察知するや否や宙賊は、手持ちの戦闘艇のほぼ全てを、こちらに向けて進発させたらしい。完全に退路を断って、全力でここの突破を試みるのが、敵の魂胆だろうなぁ。前以上に厳しい闘いになるぜぇ、こりゃぁ。」

 ユーシンが「キグナス」の航宙指揮室に入るや否や、バルベリーゴはそう切り出して、戦闘に向けてのブリーフィングを始めた。

「でも今回は、敵のタキオン粒子は観測されていないのよね。」

 バルベリーゴに続いて説明を始めたのは、通信探索要員のアニーだ。「今回はビームセイリング航法で、こちらを目指しているのかもしれないわ。」

「あっしゃっしゃ。敵さんは、タキオン粒子を使い果たしてしもうたんじゃないかのぉ。」

 ドーリーが推測を述べた。タキオン粒子は人工的には生産できない。特定の宙域で採取し、特殊な容器に捕集し、必要な時にそこから放出し、照射するのだ。だから、タキオン粒子の在庫が切れれば、超光速の移動も出来なくなる。

「そうかもしれねぇが、そうじゃねぇかもしれねぇ。」

 バルベリーゴはドーリーの発言にそう返した。「タキオントンネルを使ったんじゃぁ、一度に送り込める戦力は、タキオントンネル航行船に積み込める数に限られちまう。この前の戦闘でも、一度には4・5隻ずつだったし、30隻弱が連続して送られて来て、それで止まっちまっていたよなぁ。敵の戦力自体の問題もあるかもしれねぇが、タキオントンネルを使った輸送の限界っていう面もあるだろう。だが、ビームセイリングで輸送する事で、遥かに多くの戦闘艇を一斉投入しようとしているのかもしれねぇ。そうなりゃぁ、今回は前回より、遥かに激烈な戦いになるかもしれねぇぜぇ。」

「ワープで接近して来る可能性は?」

 そう尋ねたのはマルコだった。

「それも、無いと断言は出来ねぇなぁ。」

 バルベリーゴは応じた。「宙賊がワープできる宇宙船なんぞ持っているはずはねぇんだが、誘導ミサイルを大量に持っていやがった連中だからなぁ。無いと断言は出来ねぇ。まぁ、ワープして来るにしても、ある程度距離を置いてワープアウトして、そこから攻めて来るのだから、結局は同じだ。大量の敵戦闘艇に周囲を囲まれた状態で、戦闘が始まる形になる事に変わりは無い。」

 説明するバルベリーゴの背後辺りの壁を、ユーシンは射抜くような眼差しで睨みつけながら思った。

(前の戦闘のように、一つの方向から4・5隻ずつの敵が、30隻くらいまで連続して送り込まれて来る展開にはならないって事だな。最初から、百隻くらいがこの臨時艦隊を取り囲んだ状態で、戦端が開かれる可能性があるって事か。)

 そうなれば、バルベリーゴの言ったように、前回の戦闘とは比べ物にならないくらい、激しく、そして危険な闘いになるだろう。

(だが、絶対に、全員無事でこの闘いを乗り切らなきゃいけない。お嬢様と約束したんだ。)

 心配そうに、うつむいて話すクレアを思い出した。

(あんな顔をさせてはいけない。お嬢様は、笑顔が一番愛らしいんだから。)

 改めて、決意を漲らせたユーシンだった。

今回の投稿はここまでです。今週の投稿もここまでです。次回の投稿は '17/7/21 です。

刺客の襲撃の方は一件落着しましたが、せっかく色々"触れ合い"を持てたクレアと時を過ごす機会もないままに、ユーシンは戦場に戻らざるを得なくなってしまいました。料理も食べれずじまいで、相当おなかペコペコで「キグナス」に戻って行ったことになりますが、シャトルの中で軽食くらいはとったということにしておこうと思います。それよりも、防衛戦争の続きが始まります。キグナスがどのような戦いに臨むことになるのか、ご注目頂きたいです。というわけで、

次回 第49話 宙賊の奇策 です。

今回の宙賊は、オールトの海に築いた根拠地を奪われ、背水の陣で向かってきます。しかも前回の轍を踏まないように、直線的な攻撃もしてこない可能性が高いです。どんな戦いになるでしょうか?クレアとの約束を守り、犠牲を出さずに乗り切れるでしょうか?是非、御一読頂きたいです。

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