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第44話 危険の兆候

 都市内移動用のシャトルで、外から4番目の円環上にあるリゾートコロニーに至り、エレベーターで外周壁内面にある“地上”へと降りた。中心軸辺りから見えていた海岸線から、格子状の図柄が滲み出て来たと思ったら、それらは林立するリゾートホテルの群れである事が、エレベーターが降下して行くにつれて、次第に判明して行った。

「エレベーターの扉が開いたら、多分そこにいるね。シャラナさん。」

 ノノのそんな発言を聞くや、

(また、露出の多い服装だったらどうしよう。)

と、ユーシンにはそんな不安がよぎった。

(お嬢様の前で、シャラナさんのそんな服装を見せられたら俺は、一体どんな反応を示せばいいのだろう?バルベリーゴやガリアス中佐の前でならば、「綺麗です」などという言葉も口に出来たけど、まさかお嬢様の前でそんな事、言えるはずも無い。でも、シャラナがそんな恰好をしていて、何の反応も示さなかったら、それはシャラナさんに対して失礼に当たる気がする・・。どうすればいいんだぁ!)

 だが、その心配は杞憂に終わった。濃紺の貫頭衣を腰の辺りで、紐で縛ったような、「ヤマヤ的」と思われる服に、シャラナはナイスボディーを包んでいた。

「シャラナ姉様、良かった。本当にご無事で、お元気そうで・・」

 シャラナを見たとたん、クレアは涙声になってそう呟いた。

「まあ。まだ私を、姉様と呼んで下さるのですね。クレアさん。・・そのように涙を浮かべて頂かなくても。私の無事は、とっくにご存じのはずじゃありませんか。」

 そんな言葉を聞く間にも、クレアの頭はシャラナの腕にすっぽりと包まれて行った。本当の姉妹のように、シャラナの腕の中でべそをかくクレアだった。

「お姉様。あなたはずっと、一生、私のお姉様です。お元気なのは、何度もワープ通信でお話しして分かっておりましたけど。でも、やっぱり、こうして、直接に元気なお姿を・・うっ・・うう・・」

「はいはい、そうですね。有難うございます。クレアさん。」

 さっきまでの気まずかったり、後ろめたかったりの想いはどこへやら、シャラナとクレアの互いをいたわる様に、ユーシンは胸を熱くしていた。

「早くメシ食おうぜ。」

 ぶっきらぼうなキプチャクの言葉も、なぜかとても丁度良いきっかけとなり、彼等は目的のレストランを目指した。

 海へとせり出した、髙さ十数mはあろうかという断崖の際に建てられたホテルの屋上が、お目当てのレストランだった。中心軸からのエレベーターから2分ほど歩くとホテルの地上階に到着し、そこから今度は、ホテル内のエレベーターで昇って、屋上へと至った。

 テラスから望める海岸線の眺望は、感動的ですらあった。海の青と、泡立つ波打ち際の白と、リゾートホテルの多彩な色とが、潮気を含んだ空気に(かす)められて抽象画へと昇華している。静止画に見える光景だが、そこから聞こえる波の轟きが、海鳥の鳴き声が、吹き抜ける風の咆哮が、その景色に宿るダイナミズムを思い出させてくれる。

 ホテルの建物からも、コロニーの中心軸に向かって上るエレベーターがあったが、それは荷物運搬用のものだそうだ。万が一人間が入り込んでも、安全に中心軸へと運び上げてくれるのだそうだが、乗り心地の方は人間用の比では無いとの事。

 ウエイターのそんな説明を、気持ちを半分景色に奪われ、心ここにあらずの体で聞いた彼等は、早速に眺めのいい席を占領した。少し手すりから身を乗り出せば、座っていても断崖の根元が覗き見られる席だった。

 そのレストランは、ビュッフェ形式だ。フロアを中央で両断するがごとく、縦に長く置かれたテーブルに、シーフードを中心にした様々な料理が、所狭しと並べられている。長いテーブルの周りには、丸テーブルもいくつか配されており、それは飲み物専用のようだ。アルコール類やソフトドリンク、グラス、氷等が隙間なく置かれている。

「さあ、料理を取りに行こうよ!ユーシンは席番ね。」

 ニコルの、理不尽とも思える一方的な決定が告げられたが、ユーシンに異存は無かった。美味しいものを食べるより、皆が楽しそうにしているのを眺めている方が、ユーシンには心地良いのだ。

 クレアは未だに、シャラナに寄り添うようにして立っている。シャラナはいささか歩きづらそうで、クレアの気が済むまでは、料理を取りに行くのを延期して、彼等が陣取ったテーブルの傍で立ち往生を満喫する事にしたようだった。

 レストランからの、山側の眺望にも目をやったユーシン。力強く硬質な岩肌が剥き出しにされた上に、緑色の帽子のごとく豊かな森が覆い被さるという、雄々しい姿が迫っている。それを背景にして、右肩にもたれかかるクレアの頭を、左手で優しくなでているシャラナという情景が、一服の絵画のごとくにユーシンの目を楽しませた。

 どんな御馳走より、その様をずっと見ていたい、とユーシンは思う程だ。だがそんな光景も、行き交う人の波に阻まれて、次第にユーシンの視界から隠されてしまった。

 それを機に、ユーシンの視線は海側へと転じられ、更に、手すりから身を乗り出して、断崖の真下を覗き見る体勢へと移って行った。

 じっくり目を凝らしてみても、距離がありすぎて、波の動きそのものは、はっきりとは見えないのだが、断崖に打ち付けられて泡立っているのは分かる。

 その海岸線に、何かがいる。芥子粒(けしつぶ)のようにしか見えなのに、ユーシンにはそれが何か、直ぐに分かった。視覚で判別したというより、そこをそういう風に移動するのは、それしかないと推理したのかもしれない。そして、そのもののスペックも彼は知っていた。

「保安ロボット、来てくれ。」

 もし、すぐ隣に人が座っていたとしても、海風に遮られて聞こえないだろうという程小さな声で、彼は言った。海岸にいるそれが、彼の声に反応を示したかどうか、直ぐには分からない。余りに小さすぎて、肉眼でそれを判別するのは無理だ。だが、ユーシンは確信していた。隣にいても聞き取れない小さな声での一言の命令で、それがすぐさま彼のもとへとやって来るという事を。

 未だ芥子粒にしか見えないそれに視線を向けながら、ユーシンは波や風の音を楽しみながら、待った。

「何を見ておいでかしら?ユーシンさん。」

 ふいに声をかけられ、ビクリとして声の方に顔を剥ける。鼻の先3cmの所に、満開のクレアの笑顔があった。

「ブバッ」

 驚きのあまり、意味不明な音を発するユーシンを他所に、クレアは断崖の下を覗き込んだ。

「波を見ていらしたのかしら?それとも岩肌かしら?」

 実に楽しそうに、ユーシンの見ていたものの推察に精を出している。

(ついさっきまで、シャラナさんの肩に持たれて、泣いていたんじゃなかったか?)

 今見るクレアの表情には、そんな痕跡は微塵も感じられない。

「料理を取に行かれたのでは、なかったのですか?」

「私も席番ですのよ。皆さんが戻られたら、取りに行きますわ。ユーシンさんと一緒に。」

 話すよりも崖下を覗く方に、より強く意識を置いているような調子で、クレアは言った。

「席番なら俺一人で十分だから、お嬢様は皆と一緒にいらっしゃればいいのに。」

「ダメですわ、ユーシンさん。」

 崖下からユーシンに視線を移し、少し唇を尖らせたように、クレアは告げた。「おひとりで席番なんて。それに料理を取る時も、相談相手がいなくてはいけません。」

「ええ?あはは・・」

 思わず笑い出しながらユーシンは応じる。「料理くらい、1人で選べますよ。相談なんてしなくても・・」

 ユーシンがそう言った途端、クレアはぷくっと頬を膨らませた。

(出たぁっ!ふくれっ面。)

 待ちに待ったイベントの出現であるかのように、ユーシンは狂喜した。その顔は、もうはっきり言って不細工そのものなのだが、とんでもなく愛らしくもあるのだ。

(わざわざ自分から不細工になろうとしている感じが、特に愛らしい。)

 たっぷりと空気を詰め込まれ、張力の限界にまで至っていると思える頬に視線を集めながら、ユーシンはそんな事を思った。ユーシンの視線を意識してか、クレアは不自然に思える程長々と、そのふくれっ面を維持しており、ユーシンもこの際はと、遠慮なくその不細工な丸い物体を凝視し続けた。

 そんな時、手すりの向こうに、という事は、下には数十mの断崖が落ち込んでいる空中に、ずい、という感じで“それ”は現れた。

「きゃあぁ!」

 悲鳴と共に、ふくれっ面を崩壊させたクレア。

「やあ、来た来た。」

 ユーシンが平然としているのを見た事で安心したように、クレアは改めて“それ”をまじまじと見つめた。

「ロボットですの?これ。飛行能力があるのかしら?どこから来たのですの?これ。」

 驚きと好奇心で、質問を連発するクレア。

「保安ロボットです。崖下でパトロールをしているのを見かけたから、呼び寄せたのです。」

「へー」

 クレアは目を丸くして応える。「あんな遠い崖下に、声が届くのですか?」

「今お嬢様に話し掛けているより、ずっと小さい声で呼んだのですよ。それでも聞き取れるんです。この『ソリアノ』には、至る所に高感度マイクが仕込んであり、都市内にいる人達の会話をチェックしているのです。」

 ユーシンの説明に、クレアは少し戸惑ったような顔をした。

「では、どんなに小さな声でヒソヒソ話をしても、全て聞かれてしまっているという事ですか?」

「ええ。まぁ、プライバシーという意味では良くないのでしょうけど、ここではそれより、セキュリティーを重視しているのでしょう。でも、聞かれていると言っても、通常はコンピューターが犯罪に関わりそうな言葉をピックアップして、そこに保安ロボットを向かわせたりするだけで、人間が会話を盗み聞く事は無いようです。」

「そうですの。でも、やっぱり気軽に内緒話は出来ませんわね。」

 ユーシンの説明にも、納得はしかねている様子のクレアだった。

 そんなクレアから、ユーシンは保安ロボットに視線を移した。以前とは違って、顔の形は女性を模している。

「保安データーの検索と閲覧をしたいんだけど。」

 そう保安ロボットに告げてから、ユーシンはふとクレアの存在を気にした。彼は、以前保安ロボットを通じて依頼入力した、「クレア」や「シャラナ」という発言を伴う会話や、それと犯罪性が認められる言葉が組み合わされた会話の有無に関する調査の、結果を見てみようと思ったのだが、まさかそれを、クレアの目の前で見る事になるとは思っていなかった。

 「クレア」や「シャラナ」を検索ワードにした事をクレアに知られるという事は、照れくさいような後ろめたいような感慨が伴うものだ。だが、画面には細かい文字が出るだけだし、直接「クレ」や「シャラナ」の文字が出ないような閲覧の仕方もあるので、クレアの目の前でやったところでバレはしないだろう、とユーシンは高をくくった。

「かしこまりました。どうぞご利用ください。」

 声は男性のものだった。

「ええ?」

 クレアからも驚きの声が漏れる。「お顔は女の人のように描かれていますのに、声は男の人のものだなんて・・」

 全くおっしゃる通りだ、とユーシンも思った。

(調和というものを考えないのか?)

 その間にも、保安ロボットの胸の部分は、パカッと観音開きに放たれ、キーボードとディスプレーが露わになる。

「何をご覧になりたいので?ユーシンさん。」

 本当にそれが知りたいというより、場の雰囲気だけで出て来たような質問の仕方だ。

「このコロニーの、セキュリティーの状況を確認しようと思いまして。お嬢様やシャラナさんの身を預かっていることですし。」

「まぁ。私たちの安全を気にかけて下さっているのですね。感激いたしますわ。」

「はは、そんな大げさな。」

 そんな会話の間にも、ユーシンはキーボードの上で十指を踊らせ、さらに、キーボード横のスキャナーに、右腕に装着した端末をかざして、機密情報の閲覧も可能にしたりして、見たい情報へのアクセスを試みる。が、

「検索に掛かった発言は・・無し・・じゃないな。うん?・・おかしいぞ。消されている。」

「消されている?何が消されているのですか?」

 クレアは、ユーシンの肩越しにディスプレーを覗き込む。

「あ・・あの、以前俺が・・その・・登録したきーわ・・あの、情報収集の条件設定が・・」

「どのような条件を?」

 口ごもるユーシンに質問をたたみ掛けて来るクレア。

「いや、その・・、『キグナス』関係者に危害が及びそうな事象を・・」

 適当な誤魔化しの文句を弄しながら、ユーシンは設定の確認をして行くが、

「やっぱりだ。完全に消されている。誰かが意図的に、俺が設定した情報収集依頼を消したんだ。」

 それは重大な事だ、とユーシンは認識した。「クレア」や「シャラナ」という言葉と共に、どんな恐ろしい会話がなされたという事よりも、その言葉を検出したら記録するようにとの設定が消されている事は、クレアやシャラナに危害を加えようとする者の存在を、より強く暗示していると言える。

(お嬢様かシャラナさんに危害を加えようとする者が、予めこのコロニーのセキュリティー状況を確認し、行動の障害になる物を取り除いてから活動を始めたという可能性があるという事だ。)

 もうクレアの視線を意識している状況では無くなっていた。

「キーワードを、いつ誰がどうやって消去したのか、特定できないかな?」

 言葉で保安ロボットに問いかけながら、指先でもキーボードをたたき続け、情報の引き出しに挑むユーシン。だが、その問いの答えは出て来そうにも無い。

「何か問題が起こっているのですか?ユーシンさん。」

 良く事態が飲み込めていない様子で、クレアは問いかけて来る。

「お嬢さまかシャラナさんに危害を加えようとしている人間が、コロニー内にいる可能性があります。俺が、2人に危害を加えようとする者を事前に見つけ出す為に設定した情報収集依頼が、意図的に消されているんです。相当計画的で組織的な襲撃が、企てられているのかもしれない。」

「え?そんな・・。何かの間違いじゃないんですか?」

 クレアは、そんな現実を受け止めたく無いという気持ちの現れか、表情も笑顔のまま、そう言った。

(そうかもしれない。取り越し苦労かもしれない。定期的にリセットがかかるのかもしれない。今回の宙賊襲撃に際して、機構軍のシステムとリンクさせる為に、設定が変更されたのかもしれない。必ずしも、刺客が策動しているとは断言できない。・・でも、)

「でも、危険の可能性があるのなら、やっぱり、今すぐ安全な所に避難した方が良いのかも。」

とのユーシンの言葉に、クレアの表情は、みるみる悲し気なものに変貌して行く。

「そんなぁ。せっかくこれから、皆さんと楽しく食事をしようとしている所ですのに・・」

 消沈した表情を見せられると、ユーシンとしても避難を強く主張出来ない気持ちになる。危害を加える意図を持った者がいると、断定できるだけの情報は無いのだから。

「金属探知機で、武器を所持している可能性のある者を探索してみよう・・うわぁっ!。」

 探索を始めるや否や、ユーシンを驚かせる情報が飛び出して来る。

「ええ!? どうなさったのですか、ユーシンさん?」

「銃を持っている人間は、隣のコロニーに何百人もいる・・って、これ、機構軍の兵士の事だな。・・銃を持っているのが機構軍の兵士である事は、どうやって判別しているんだろう・・・ええっ!? 何だってぇっ!」

「ええ!? どうなさいましたの?ユーシンさん!」

 ユーシンが驚くたびに、クレアも驚く。

「判別してないんだ。銃を持っている人間を摘発するシステム自体が、停止している。」

「どういう事ですの?」

「本来は、銃を持っている人間は、摘発され排除されるんですよ、この『ソリアノ』からは。いや、その前に、銃を持っている人間は立ち入りが出来ない。でも今は、機構軍兵士が駐留しているから、そのシステムがオフになっている。機構軍兵士だけを判別して、銃の所持を認めるのではなくて、銃の所持自体を認めてしまっている状態なんだ。これじゃぁ、刺客とか暗殺者とか、潜入し放題じゃないか!」

「そんな危険な状況ですの、」

 クレアは、残念そうにうつむきながら言った。「それなら、やはり食事は中止して・・」

 自分の言葉に、更にしょんぼりした気持ちになったのか、最後まで言い切る力も出ないようだ。そんなクレアを見れば、ユーシンも何とかしてあげたい気持ちになる。本当にこのまま食事を続けるのが危険な事なのか、改めて調べようと思う。

「銃の所持者を摘発するシステムはオフだけど、所持者を見つけ出すシステム自体は動いてる。まずは、このコロニーに銃の所持者がいないかどうかを調べよう。・・・一人もいない。お嬢様やシャラナさんに危害を加えようとする者がいるとして、未だにこのコロニーにすら入っていないなんて事あるか?お嬢様たちの居場所を調べ上げる事は、刺客には簡単な事のはず。もしいるなら、もうすでにかなりの接近を図っていて良いはず。やっぱり、取り越し苦労か?」

 クレアは、何とか食事の続行の可能性を見つけようとするかのように、言葉を繰り出して来る。

「このコロニーに銃の所持者がいないのなら、少なくとも当面は、食事が終わる位までは、危険な事は起こらないのではありませんか。食事が終わり次第、安全な所に避難すれば・・」

 ユーシンも、是非とも食事は続けたい心境なのだ。安全を最優先に考えれば、直ぐにでも避難すべきかもしれないが、このコロニー内に銃の所持者が一人もいないのに、食事を中止してまで避難する必要があるのか。

「このコロニーどころか、隣のコロニー以外には、銃の所持者はいない。隣のコロニーは機構軍兵士が大勢いるから、銃の所持者がいるのは当たり前だ。そう考えると、やっぱり危険な事なんか、起こっていない気もする。」

「そうですの。では、安心して食事を・・」

 クレアはパッと笑顔に戻って、もう安心しきったように振る舞い始めたが、

「でも、もし刺客が銃を分解して所持してたら、検出は出来なくなります。金属探知で検出されたものの形状を認識して、銃を所持しているかどうかを判断しているのですから。」

 またクレアは寂し気な表情に落ちて行く。言葉を紡ぎながらそれを認識したユーシンは、どうにかまた、顔女を笑顔にしたいと思ってしまう。

「でも、分解したままでは、当然銃としては使えません。銃を使って危害を加えるからには、銃を組み立てなければいけませんし、組み立てたとたんに、銃の検出が可能になります。ですから、この保安ロボットで、銃が検出され次第俺に、所持者の位置情報も含めて連絡を回すように設定しておくことにしましょう。連絡が来ない間は、安心して食事をしていて良いと思います。」

 また、パッと笑顔になったクレア。幼い子供のような、曇りなど微塵も見られない笑顔だ。

(お嬢様はいつも、俺にこの笑顔を向けて下さるんだな。)

 保安ロボのキーボードを叩きながら、ユーシンはそんな事を思った。宙空浮遊都市「ウィーノ」のクロードの執務室の前で見た笑顔。ついさっき、崖下を覗いているユーシンに声を掛けてきた時の笑顔。そして、今見せている笑顔。その、いつもユーシンに見せている笑顔だが、彼以外にそれを見せている場面を、彼は見た覚えがない。ブルーハルトにも、うっとりした表情は見せていたが、こんな笑顔では無かった。他の誰かと話している場面を思い出しても、こんな子供のような屈託のない笑顔では無かった。

(この表情は、俺だけに見せてくれるものだったりするのかな?)

 キーボードがカタカタと音を立てるのと共に、そんな想いも紡がれて行く。

(執務室の前では、その直前まで泣いていたはずのお嬢様が、さっきだって、それまではシャラナさんの肩に持たれて泣いていたお嬢様が、そして今は、食事が中止になる可能性に寂し気な表情を見せていたお嬢様が、パッと一瞬で、子供のような笑顔になるんだ。俺の前では、必ずこの笑顔でいようと努めているみたいに。)

 クレアの隣で、クレアの笑顔を横目にチラチラ見ながら、色々な場面のクレアの笑顔を思い出し、ユーシンは想った。

(この笑顔だけは、俺だけのものなのかも知れない。ブルーハルト大佐がどんな存在であれ、結婚相手が機構軍幹部に限定されているのであれ、この笑顔だけは、俺だけに見せてくれるんだ。そして、俺の前では、常にこの笑顔でいようと、努めてくれているんだ。)

 それは勘違いかも知れないし、身勝手な妄想かも知れないとも思いはしたが、それでもそう想う事は、ユーシンの心に無上の幸福感をもたらすのだった。

「よし!入力完了。これで、コロニー内に銃の所持者が現れたら、直ぐに俺の端末に位置情報が伝達されます。銃を分解して所持していても、組み立てたとたんに位置が分かる手筈です。とりあえずこれで、食事を続けても大丈夫じゃないかと思います。」

「そうですの。良かったですわ、皆さんとの食事が中止にならなくて。あっ、ニコルさん達が戻ってきましたわ。さあユーシンさん、今度は私達の番ですわよ。行きましょう!」

 クレアの笑顔に誘われるように、ユーシンの心もウキウキと軽くなって行った。

(銃以外で、ナイフとかで襲撃して来たら、どうしよう。)

 そんな不安も心の片隅によぎってはいるのだが、あの笑顔を前に食事の中止など、とても言えるものでは無い。

(その時は、俺が体を張って守るさ。)

 席を立って行くクレア、それを追うユーシン。クレアの後ろ姿を見て、ユーシンンの頭に浮かぶ感慨は、いつも同じだ。今日もクレアは、タイトスカートを穿いているから。

(なんて滑らかな曲線だ。)

 その感慨によって、刺客への警戒心など、瞬時にかき消された。今刺客を警戒しているのは、保安ロボットだけだ。その保安ロボットは、ユーシンが入力を終わるや否や、次の指示を与える事も無く立ち去って行った為に、しばらくそこに浮かんだままだった。

 が、1分間何の指示も無かったことで、用は済んだものと判断し、自発的にキーボード等を格納した後、崖下へと降下して行った。保安ロボに、ずっと近くで警護を続けるように依頼するという手もあったのだが、クレアの笑顔の為か、ユーシンはそこにまで考えが至らなかった。

今回の投稿は、ここまでです。今週の投稿も、ここまでです。次回の投稿は、 '17/7/7 です。

鼻の先3cmに好きな人の笑顔、とユーシンは至福の時間ですが、危険の兆候が迫ってしまいました。「ソリアノ」の保安システムの辺りは、ちょっとややこしくなってしまったかもしれませんが、危険が迫っているのを感じつつ、ユーシンが食事の続行を決断するという状況を作り出すべく、作者が四苦八苦した結果です。どんなもんでしょうか?食事続行のユーシンの判断を、読者様はどうお思いでしょうか?安全を期して中止すべきでしょうか?クレア達をがっかりさせない為に、続行して正解だったでしょうか?ストーリー展開のためには、続行してもらわないと、作者としては困るわけですが。「滑らかな曲線」に目を奪われ、危険の兆候を忘れてしまってそうなユーシンですが、大丈夫でしょうか?ご注目頂きたいです。というわけで、

次回 第45話 刺客の襲撃 です。

危険は、兆候だけでは終わらないようです。物語の主人公としては、ヒロインを守るために頑張らなければいけない場面なのですが、「滑らかな曲線」を皮切りに、色々な不純なことにユーシンは意識を奪われて行きます。色々な意味でドキドキしてもらえる説話になると思っております。お楽しみに!

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