第37話 出立を目前に
血の気が引く。目の前は真っ暗だ。頭部の重みでへし折れそうな首。腕の重みでキリキリ痛む肩。シートと接する太腿の裏側もずきずきして来る。こんな状態で、ディスプレーに示された各種のデーターから敵戦闘艇の動きを読み、コンソールを操作して攻撃諸元を入力なんて、とても無理に思えた。
だが、今ユーシンが味わっているよりも、もっと強い旋回重力の中で、的確なレーザー射撃をやってのける様を、彼はその目で見たのだ。出来ないで済まされはしない。
ユーシンは、ディスプレーのあるはずの辺りに、視線を送った。ほとんどブラックアウトしている中で、うっすらと、かろうじてデーターを読み取る。と同時に、彼の脳裏に、旋回中の敵宇宙艇の未来軌道がイメージされる。その瞬間には、何故そんな軌道を予測したのか、その根拠までは想起されてはいない。閃きと言って良いイメージだ。
ユーシンは、その閃きをコンソールに叩き込んだ。
直後、敵のレーザー照射の熱源反応の検知がディスプレーに示されたが、彼の乗る宇宙艇を、大きく逸れて行くものだった。
(先手を取られた!・・だが、はずれ。こっちは精度で勝負。当たるはずだ。)
突然、彼の乗る宇宙艇はその旋回半径を大きくした。遠心力は弱まる。引いていた血の気が戻って来て、視界もクリアーになる。と同時に、レーザーの照射をディスプレー上に確認。
「やられたぁ!」
と叫ぶ、アデレードの声が通信機から洩れた。
「やるなぁ、ユーシン。あの旋回重力を食らいながら、抜群の読みだ。」
「でも、5連射モードで何とか4発目が当たっただけだ。アドリアーノ少尉はもっと強い旋回重力の中、1回照射で宙賊を仕留めていた。まだまだ、だよ。」
ファランクスの賞賛に謙遜で答えたユーシン。
「訓練初めて1か月かそこらで、『1-1-1』に追い付こうって言うのか!ユーシン。生意気すぎるぞ。」
叫んで来たのはアデレードだ。声色に険は無い。少し悔しそうだが。
「良いじゃないか。何だよアデレード。負けたからって、腹いせに人の目標にケチ付けるなよ。」
「なんだと!ユーシン。言いやがったな。先手はこっちが打ったんだ。あと少しだったのに.」
「そうか?だいぶ外れてたぞ。それに、いくら先手を打ったって、当たらなきゃ意味がないなんだぜ、アデレード。」
そんなユーシンとアデレードの掛け合いに、ファランクスが応じた。
「あっはっは。その通りだぞ、アデレード。旋回重力への適応度はお前が上だけど、射撃の腕はユーシンの方が上だな。さすが、『アマテラス』を宙賊の戦闘艇に当てまくってるだけの事はあるな。」
「ちくしょー!」
アデレードは叫んだが、声色は明るい。「最初の散開弾攻撃は互角で、それを回避するための旋回半径も、こっちとそっちで、たいして違わなかったのになぁ。そっちの前に回り込もうとした動きが、読まれたか。悪い、サトマンズ。」
「はは、しょうがないさアデレード。回り込むって作戦は、俺も同意してたんだ。しかし、ファランクスの動きは予想外だったな。あそこからあんな角度に旋回するなんて。」
「ああそうだな。ユーシンの射撃の腕というより、ファランクスの操縦の意外さにしてやられたんだな。今回の模擬戦闘は。」
「そういう結論か?俺は命中させて、お前は外したんだぜ。俺とおまえの腕の差だろう。」
ユーシンは言い返した。
「まぁ、俺とユーシンのコンビが、アデレードとサトマンズのコンビに勝ったって事だな。操縦者とか射撃手の、個人の腕に関しては、どうこうとは言えないだろ。」
「ごもっともです。」
「おっしゃる通り。」
ファランクスの正論に、ユーシンもアデレードも同意するしか無かった。
「でもやっぱり、アドリアーノ少尉がいかに凄いかっていうのが、骨身に染みたな。さっきのでも、少尉の戦闘データーから比べれば、旋回重力は小さいんだからな。それで少尉は、1回射撃で一発も外さなかったんだものな。」
アデレードがため息交じりに呟く。
「そうだなぁ。」
ファランクスも同じような溜息を付きながら言った。「凄い、凄い、なんて言っていたくは無いんだがな。俺達もいつかは『1-1-1』に入りたいって思ってるんだから。だが、まだまだ道は険しいって言う事だな。」
ファランクスもアデレードも、世間並みから見れば、達人と呼ばれて良い程の宇宙艇操縦技術を持っていると、ユーシンは思うのだが、それでも、以前に見たアドリアーノ少尉のレベルには遠く及ばないとも思った。それほどに「1-1-1戦闘艇団」を目指すというのは、途方も無く困難な目標なのだ。それを、真剣に目指すと断言しているだけでも、ユーシンにはこの2人が眩しく見えた。
「アドリアーノ少尉は、」
アデレードが、遠くへ投げかけるような声色で話して来た。「今度は『セムリニア星団』の暴動鎮圧に駆り出されるんだってな。ついこの間、『テトリア星団』で儀礼外交的な仕事をしていたと思ったら、一転、今度は数千光年離れた『セムリニア星団』で本格的な大規模戦闘になる可能性が高い案件だものな。活動の範囲が広いって言うか、活躍の場が多彩って言うか、やっぱり『1-1-1』は凄いなぁ。」
「危険な任務になるのだろう?」
ファランクスが問いかけた。質問の相手はユーシンだろう。「1-1-1」に直接話を聞いたのだから。
「暴動を裏で煽っているのが、機構軍の元将校だっていう話だからな。『1-1-1』の装備も戦術も知り尽くした相手だ。当然、十分な準備と対策を施した上で、迎え撃つつもりだろう。ガリアス中佐もある程度の犠牲者が出る事は覚悟していた。相当危険なヤマになるんだろうな。」
話す内に、ユーシンの声は低くなって行った。無敵だと思ってこれまであまり心配はせずにいたが、改めて口に出して説明してみると、「1-1-1」の身を案じる気持ちが湧いて来たのだ。
「大丈夫かな、アドリアーノ少尉は。」
ユーシンと同じ心配を、アデレードが先に言葉にした。
「大丈夫に決まってるさ。少尉は。あの戦闘記録で俺は確信したぞ。あの人は無敵だって。」
「確かに」
ユーシンは言いながら思い出した。「ウィーノ星系」内で自分達を助けてくれた時の、少尉のすさまじい戦闘能力を。あれだけの闘いでもまだ、彼はだいぶ余裕があるようだった。ユーシンなら一瞬で気を失うような旋回をしながら、1人で操縦も射撃もこなして、1回照射のレーザーを命中させたり、自分なら体の一部がちぎれ飛んでもおかしく無い程の加速で、敵に追いすがったり、本当に凄かったのに、あれでもまだ全力では無かったのだ。“無敵”という言葉も、全く大げさではないと思った。
「よし!」
突如、ファランクスが大声を上げる。「いつまでも少尉を崇めていたって始まらない。どんなに遠い目標でも、俺達は『1-1-1』を目指すんだ。それに少しでも近づくために、もう1回、俺達の体が耐え得る限界まで加速するぞ!」
そう言うや、ファランクスはコンソールを操作して、宇宙艇のメインスラスターに拍車をかけた。
「うわぁぁぁぁ、う・・・うぐうううぐぐ・・」
「1-1-1」を目指していないユーシンも、彼等の巻き添えを食らう形で、ブラックアウト直前までの加速度に耐えさせられることになった。
ユーシンが「キグナス」の操船と宇宙艇の操縦の訓練に明け暮れた3日間を過ごしている間に、「キグナス」の出航準備はすっかり整った。そしていよいよ、後1時間後には出航というタイミングになって、「キグナス」の側面が見える格納庫の一角にいたユーシンは、格納庫入り口から、どよめきのような大勢の声を聞いた。
何事かと顔を向けたユーシンの視線の先で、無重力の格納庫の入り口付近に漂っている十数人のクルー達が、入り口の方を見つめながら、「おおっ」とか「うわぁっ」とか言っていた。更によく聞いてみると、「シャラナさん」という声も聞こえる。
「シャラナさん?」
ユーシンは、モニターを指差して航路確認をしていたドーリーを放り出して、皆がどよめきながら見つめる格納庫入り口へと、空中を泳いで行った。
「こぉら、ユーシン!まだ、話の途中じゃぞい!」
と言うドーリーの声を耳では受けながら、ユーシンの眼は見覚えのある高貴な微笑みを探した。入り口から、悠然とそれは現れた。
前に見た露出の多い服装ではなく、腕の先まで濃紺の布で覆われていた。腰のあたりを紐で縛っている貫頭衣というのは、「ヤマヤ」的な服装なのだろう。
「皆さま、今日ご出立とお聞きしまして、ご挨拶とお見送りに伺いました。本当に、皆様にはお世話になり・・」
言っている所に、バルベリーゴが格納庫の外側から、ひょっこりと顔を出して来た。
「やあ、シャラナのねぇさん!見送りに来てくれたのかぁ。こいつは感激だぜぇ。なぁ、ガキ共!」
そう言いながら差し出した手を、シャラナが両手で包み込み、更にその手の甲に唇を押し当てた。拍手と歓声が2人を包む。
「こいつは大サービスだなぁ、ねぇさん。ちょっとばかし照れるじゃねぇか。」
残った方の手で頭を掻きながら言ったバルベリーゴに、冷やかすような指笛の音が浴びせられる。
「いいえ。皆様にして頂いた事を想えば、このくらいの礼は尽くさないと、気持ちが収まりません。あなた方『ウォタリングキグナス』クルーの皆様は、私の命の恩人です。本日は所用で来られませんでしたが、元夫のトクワキも家宰の者共も、心から感謝しております。」
「あっしゃっしゃ。トクワキさん達は、忙しいのかいのぉ?元気にはしておるのじゃろう?」
いつの間にか、ユーシンを追い抜いてシャラナの前に出ていたドーリーが、彼女に尋ねた。彼もバルベリーゴに習って、右手を差し出している。あわよくば自分の手にも、口付けをしてもらおうと企んでいるかもしれない。
「ええ、『イリノア星系』に向かう商船に、乗せてもらえるかもしれないという話が舞い込んで来たそうで、そちらの対応に当たっております。」
そう答えたシャラナは、片手でドーリーと握手した。キスどころか両手での握手も無かった事に、少し不服そうなドーリーだが、それを言葉にして出すには彼は年を取り過ぎていた。
「そうかい。『イリノア星系』に行けそうなのかい。どれくらいで向うに付けそうなんだ?」
バルベリーゴはシャラナに問いかけた。
「もし、その商船に乗せて頂けることになれば、10日ほどで彼の地に着けるそうです。」
「10日かぁ。うちの白鳥が直行すれば、3日で着けるんだがなぁ。」
「ええ。さすがに、直行と言う訳には行かず、他にも立ち寄っての『イリノア星系』行きという事だそうで。」
バルベリーゴもシャラナも、少し声のトーンが落ちた。
「急ぎてぇところなんだがなぁ。仕方ねぇか。『ユラギ国』に関する『UF』本部からの情報じゃ、ねぇさん達が宙賊に拉致された『イヌチヨーナ星系』との音信が不通になってるって言うしな。手遅れにならなきゃいいんだがな。」
「お聞き及びでしたが、その話」
シャラナも言った。「私も一昨日、クレアさんとワープ通信でお話しした際に、そのことを教えて頂きました。私達が拉致された後も、『イヌチヨーナ星系』は度重なる宙賊の襲撃を受けていたそうで、遂に音信が途絶えてしまう事態に立ち至ったとか。私も心配しております。」
「何と、『イヌチヨーナ星系』がのぉ。『キグナス』でも何度も立ち寄った事のある、馴染みの港湾星系では無いか。『キークト星団』においては、スペースコームに対して開かれた、唯一の星系だったはずじゃ。『ヤマヤ国』との連絡にも必須の存在じゃ。それがもし『コーリク国』の手に落ちでもしたら、いよいよ『ユラギ国』も危うくなるぞぃ。」
ドーリーの発言で、一同に深刻な空気が漂ったが、それを感じた取ったシャラナはまた声のトーンを上げ、いつもの威厳と温かみのある笑顔で言った。
「でも、その件に関しては、ここで皆様が案じていらしても、どうなるわけでもございません。皆様には皆様の、大切な商売がございますから、これ以上この件でお気を煩わせたりせぬよう、お願い申し上げます。皆様が良い旅を、そして良い商売を成し遂げられます事、私は心よりお祈り申し上げております。」
そこに集った一人一人の顔を順に見つめながらの、シャラナのそんな言葉に、一同からも「有難うシャラナさん」という言葉が幾つも飛び出した。
「出来れば、何とかしてやりてぇところなんだがなぁ。これだけ馴染みになったねぇさんの為でもあるし、『UF』と古くから繋がりのある『ヤマヤ国』の問題でもあるからなぁ。しかし、俺達の商売も捨ておくわけにいかねぇからな。本当にすまぇえと思ってるぜぇ。シャラナのねぇさんよぉ。そんな俺達を、そんな優しい言葉で送り出してくれて、嬉しいぜぇ。」
「そんな。本当にもう、お気遣いなく・・」
互いを気遣う言葉をバルベリーゴと掛けあった後、シャラナは続けた。
「それから、ユーシンさん」
シャラナの眼が、ドーリーの背後に隠れるようにいたユーシンを捕えた。「あなたには、特に、一番に、お世話になりました。」
そう言うと共に、格納庫の入り口のハッチを手で押して、シャラナはユーシンの方へと飛翔した。
「俺なんかが、手にキスをしてもらったんだからなぁ。このガキは何をもらえるんだろうなぁ。」
バルベリーゴは、殊更にニヤニヤした笑みを浮かべて見せた。一同も好奇の笑顔を見せて、ユーシンを注目した。
「な・・なんだよ皆。なんか変な勘違いしてないか?俺とシャラナさんは別に・・」
ユーシンが一同に何かの釈明をしようと試みている間に、シャラナは彼との距離を一気に詰め、全く躊躇する様子も、照れた仕草も見せず、ユーシンの眉間の辺りに唇を押し付けた。
「おわあああ」
どよめく一同。「いいなぁ」「ひいきしすぎだぞ」「羨ましいぞ」等の言葉も飛び交う。
「しゃ・・シャラナ・・さん・・!? 」
一瞬に赤面し、しどろもどろになったユーシンに、シャラナは小さな声で言った。周りの者には聞こえない、ユーシンにのみ聞き取れるような声だ。
「あの女人がいなければ、私はあなたに恋をしていたかもしれませんわ。あの女人の事、大切にしてあげて下さいね。それを恋と認めるかどうかは、あなた次第ですけど。」
「え?いや・・、あの・・、その・・」
言葉すら紡げなくなったユーシン。
「あっはっはぁ。良いものもらいやがったなぁ、ガキィ!お前なんかには、もったいなすぎるぜ。」
バルベリーゴが言うと、「そうだそうだ」「ガキには早いぜ」等の声が、そちこちで上がる。
「いいえ、そんなことはありませんわ。」
その声を制するように、シャラナは明るく大きな声で言った。「ユーシンさんが、私達を助ける為に見せてくれた叡智や勇気や、そして、優しさは、この程度の表現では称え切れ無いものです。ユーシンさん、本当に有難う。」
「ア・・イヤ・・ドウイタシマシテ・・」
今回の投稿はここまでです。次回の投稿は明日、 '17/6/10 です。
ファランクスとアデレードは、「1-1-1」という遥かな目標を目指して、日々、健気に訓練を続けているのです。一途でひたむきな感じを表現できていれば良いのですが。「キークト星団」に迫る暗雲と、それを案じるシャラナ。それらを他所にして旅立たねばならない「キグナス」クルー達、それぞれの苦しい胸の内なども、感じ取って頂けたら嬉しいです。どの事に、読者の皆さんが一番の関心を寄せておられるのか、作者としては気になるところでもあります。というわけで、
次回 第38話 「ソリアノ」を後に です。
本当に、シャラナさんを後に残して行ってしまうのでしょうか?遠くの世界で戦っている「1-1-1」や、暗雲迫る「キークト星団」などからも、このまま離れて行くのでしょうか?それに、クレアは当分登場しないのでしょか?ユーシンがクレアの胸元の具合を確かめる日は、来るのでしょうか?などなど、思いを巡らせつつ、次話を待って頂ければと思う次第です。




