第34話 シャラナを思い、クレアを想う
一度木々に頭上を覆われると、「ウィーノ」でも「ソリアノ」でも、それほど雰囲気は変わらなかった。吹き抜ける風は、ファンなどで無理矢理作った空気の流れでは無く、巨大なコロニーの中の温度や湿度のムラが引き起こした、“自然発生的”なそれだ。人工建造物の中の現象だから、人工の風とも言えるし、自然発生的な空気の流れなのだから、自然の風とも言える。自然か人工かの線引きすら、この時代では意味がないのかもしれない。
そんな風によって木々が揺れ、星の数ほどの葉が音を立て、それが辺り一帯を埋め尽くす環境は、心の内側への深い深い没入と、自分自身への粘り強い考察の機会を与えてくれる。ユーシンはそんな事を実感していた。一歩一歩踏みしめる枯れ葉の音も心地よい。音だけでなく、振動も足を伝って来ているようだ。紅や橙に色付いたそれらの、視覚だけでない彩がそこに感じられる。
全ては葉っぱという、木々が栄養を作ったり呼吸をしたりする為の器官が起こす現象だ。
(葉っぱが、人の思考の手助けをする・・?なんでだろ・・?)
そう不思議に思うのだが、この公園の中を歩けば歩く程、考えが深く掘り下げられて行く事を感じるユーシンだった。しかし、いくら深く考えても、答えの出ない問題もあるものだ。答えが出なければ、考えた時間は、無駄となるのだろうか。
(お嬢様はいつか、機構軍幹部と結婚する。ブルーハルト大佐がその筆頭候補だろう。いずれにしても、俺なんかがお嬢様に、恋心なんて抱いても仕方ない・・だよな。)
ザクッ、ザクッ、と、歩を進めるたびに、枯れ葉が相槌を打ってくれる。
(俺はお嬢様を、守るだけだ。支えるだけだ。それ以外には、何も望んでなどいない・・・よな。)
ザクッ、ザクッ
(だったら俺は、他の女の人と恋をしたって良いのか?)
ザクッ、ザクッ
(俺もお嬢様も、それぞれに恋をして、結婚して。それでも俺は、お嬢様を守り、支えて行く。そんな関係って、あり得るのか?)
ザワワ・・ザワザワ・・ザワワワ・・・
「ふふっ」
賛成か反対かもわからない木々の応答に、思わず苦笑いが零れたユーシン。
(でも、俺は。全てを捧げるって決意したんだぞ。お嬢様を守り、支える事に。他の人と、恋や結婚をしたら、全てを捧げた事にならないだろう?)
ザワザワザワ・・・
(そうだよな。まぁ、いずれにしても、シャラナさんを“ゲット”するなんて、あり得ないけど。・・・でも、)
ザクッ、ザクッ
(確かに、美人だし、色っぽいし、ナイスバディーだし、気品があるし、優しいし、賢いし・・)
ザクッ、ザクッ
(一つ一つの要素を見れば、全部お嬢様より上のような気がする。・・でも、)
ザワワワ・・ザワワワ・・
(でも、お嬢様の方が、愛らしい。ほっぺた膨らんでるし。やっぱり全部捧げよう、お嬢様を守り、支える事に。俺は、誰とも、恋も結婚もしない。・・・うん、そうだ、それで良い。)
ザワザワザワザワ・・・
木々が途切れ、天井世界が見えた。台無しだった。自分の内側深くに入り込んでいた思念は、見えた天井世界に引っこ抜かれて、コロニーの中空に拡散してしまった。天井世界の住宅街の、どこかの家庭に、ほんの破片でも舞い込んだりしたら、ユーシンはとんでもない赤っ恥をかく事になるのだろうか。
(あの中心軸が特に、興醒めなんだよな。無神経な色合いでさ。あれが無いと、コロニーへの出入りが出来ないんだけど。)
内側への探索が潰えると、今度は周囲が気になって来る。そこは公園だった。丘というにしても低すぎる盛り土の、頂からふもとにかけての一帯が、木々で覆われ遊歩道が敷かれ、池やベンチや花壇などもあしらわれている。コロニーの住人には憩いの場だろう。
カップルも歩いている。木の陰で身を寄り添わせている。その姿は、ユーシンの想像を掻き立てた。
(お嬢様とブルーハルト大佐も、あんなふうに二人で歩いたり、寄り添い合ったりするのかな。)
クレアとブルーハルトがどのくらい進展しているのか、ユーシンは知る由も無い。「ウィーノ星系」の第3惑星で見た二人というのが、ユーシンが持つ彼らに関する唯一の情報だ。だが、その事に付いて、誰かに聞いてみようとも思わなかった。
クレアが機構軍幹部と結婚するという事は、ずっと以前から分かっていた。それでも彼女を守り、支えると決めたのだ。だったら、彼女が誰を想っていようと、誰と恋に落ちようと、誰と結婚しようと、誰と子を成そうと、誰と家庭を築こうと、自分はただ、そんなクレアを守り支えるだけなのだ。相手が誰かなど、知ってどうする。どこまで進んでるかなど、分かって何になる。
第3惑星でブルーハルトとクレアを見て、この二人が結ばれる事になるのだろうと感じて、それでもクレアを守り支える事に全てをかける、と決意したのだ。だったら、ブルーハルトが未来の夫になるというのが真実かどうかとか、今現在、彼とどういう関係なのかとか、そんな実情を気にする事すら、分不相応なのだと、ユーシンは自らに言い聞かせて来たのだ。
しかし、二人の事を具体的にイメージすると、やはり胸に痛みを覚える。そんな事はおかしいと思いながらも、痛みを覚えてしまう。だからイメージなどしないようにしてきた。今までは。
だが、この公園で、どこかのカップルの寄り添う姿を見ていると、そのカップルに重ねるようにしてユーシンは、クレアとブルーハルトの恋を想像せずにはいられなくなった。胸がどれだけ痛もうとも。
(あの二人もあんな風に、手を繋いだりするのかな。)
クレアの背中に置かれた、ブルーハルトの手を思い出した。その時と同じ自然な身のこなしで、手を重ね合わせる彼と彼女を想像した。胸が痛んだ。
(あの二人もあんな風に、鼻が触れる程の近い距離で、ずっと見つめ合ったりするのかな。)
ブルーハルトを見上げたクレアの、うっとりした瞳を思い出した。その距離を縮め、時間を引き延ばせば、今、目に映るカップルと同様になるだろう、と想像した。胸の痛みが増した。
(あの二人もあんな風に、唇を重ね合わせたりするのかな。)
シャトルのコックピットで、クレアが寝ている隙に見た、彼女の唇を思い出した。その感触を、彼は知っているのか、知る日が来るのか。胸の痛みはさらに鋭くなった。
様々なクレアの記憶が蘇って来た。握手した時の、しっとりとして温かな、溶かされてしまいそうな肌触り。脚に残る、喰い込んだり包み込んだりする、滑らかな曲線の弾力。突如眼前に現れた、満開の笑顔。シャトルのコックピットで、頭の先からつま先まで、何往復もして眺めた全ての部分。ジャケットに阻まれて、見られなかった部分もあるが。
次々に思い出した。それらが全て、ブルーハルトの独占物になって行くシーンを想像すると、胸の痛みは激しさを増すばかりだ。
(あの二人もあんな風に、肩や腕を摩り合うのかな。)
胸がジンジン痛む。
(あの二人もあんな風に、背中や腰を摩り合うのかな。)
胸がひりひりする。
(あの二人もあんな風に、太腿の辺りを摩り合うのかな。)
胸がキリキリする。
(あの二人もあんな風に、内太腿を摩り上げて、さらに上へと・・って、あいつら、公園で何をおっぱじめるつもりなんだ!)
「うっ、ゴホン、うぅんっ!えへん!ゴホゴホっ」
豪快なまでにわざとらしい咳払いをしてユーシンは、目の前のカップルに自身の存在を気付かせた。
ビクッとしたカップルは、慌てたように、ちらりとこちらを見やったかと思うや、すごすごとその場を後にして去って行った。
「ヤダー。何あのヒトー。あんなところで何をしてるのぉ。」
そんな女性の声が、風に乗ってかすかに聞こえる。
(こっちのセリフだぁー!)
邪魔者がいなくなったところで、ユーシンは改めて公園の景色と雰囲気を楽しんだ。カップルが立ち去ったと同時に、胸が痛む想像もどこかへ行ったようだ。ベンチを見つけ、腰を下ろし、ぼんやりと揺らめく木々を眺める。少し肌寒い気候設定になっているようだが、温かな葉色がそれを感じさせない。気付けば肩にも、暖色は乗っていた。
しばらくは良い気分で過ごせたが、そこへまた、景観を損なう不躾な物体が登場して来た。形は人を模したのだろうが、各部位が丸っこい感じの、金属性である事が見え見えのカチコチの表面の、二足歩行の人工物だ。いわゆるロボットだ。紺色のスーツのような服を着ている風の塗装が、胴体部分に施されている。保安ロボットのパトロールといったところか。公園の景観には全くそぐわない。
(調和というものを考えないのか。)
「女性の悲鳴のようなものがありましたが、何か違法な行為をお見かけしましたか?」
問いかけて来たのは、保安ロボットから発せられた女性の声だ。頭部に施された塗装は、どう見ても男性の顔を模していると思われるのに、声は女性のものだ。
(調和というものを考えないのか。)
「悲鳴って、さっきのあれか?何あのヒトー、みたいな?」
思い出すのも気分が悪い事を、ユーシンは思い出して言った。
「そのような音声は記録に残っています。何か違法行為はありましたか?」
「違法な行為・・起き掛けた・・かな?その“悲鳴”を上げた本人だけどね。違法な事をしようとした可能性はあるかな?もしかしたら、今も、この公園のどっかで。この公園は・・その・・エッチな事は禁止なの?」
「公衆の面前での、公序良俗に反するわいせつ行為は禁止です。」
「あっ、そう。じゃあ、違法行為が行われている可能性は、あるな。」
なぜか、情報提供しているだけのユーシンが、赤面させられている。
(しかし、さっきの女の人の発言は、俺にすら微かに聞こえただけなのに、このロボットはどこで聞きつけたんだろう?相当広範囲の小さな音声も、聞き取れるってことか?)
その事実に行き着くと、ユーシンにはふと思い立つことがあって、保安ロボに話し掛けた。
「このコロニーの、保安システムに関する情報って、閲覧できるかな?」
ロボットは即答した。
「はい、可能です。どうぞご覧ください。」
言うと同時に、胸の部分が観音開きにパカッっと開き、中からディスプレーとキーボードがせり出して来た。女性の声と、胸が開くという現象の同時発生は、少しユーシンをドキリとさせるものがあった。
「それは、公序良俗に反しないのか?」
思わずそう口走る一方で、心中でも思う事があった。
(調和というものを考えないのか。)
その質問にはシカトを決め込む保安ロボットの、胸から飛び出しているキーボードを、ユーシンは操作して行った。ディスプレーに流れる情報に目を走らせて行く。途中で「機密情報につき、閲覧不可能」との表示が出て来たが、彼はそこで、右腕に装着している端末を、キーボードの横にあるスキャナーの前にかざした。
「宇宙保安機構軍と提携関係にある、『ウニヴェルズム・フォンテイン』の従業員様ですね。機密情報の閲覧を許可します。」
保安ロボットはそう宣言した。半軍商社というのは、こういう場合の情報収集にも有利なのだ。
「なるほど、コロニーのあちこちに高感度マイクが仕掛けられているのか。プライバシーより保安を重視してる感じだな。金属探知も、コロニー全域で常時実施されている。形状認識で、武器等を直ぐに検出できるのか。銀河中から、色々な民族が集まって来ている都市だからな、『ソリアノ』は。多少プライバシーを犠牲にしても、徹底した住民監視がされてるんだな。」
更に、各センサーの性能などを調べようと、画面をスクロールさせていくユーシン。
「金属探知機の解像度とかのデーターはどこだ?」
そう呟きながら操作していると、保安ロボが女性の声で答えて来る。
「あ・・、いえ・・、そこではありません。もっと・・右・・、ああ、そこそこ。」
胸が開いている状態で、女性の声でのその発言は、何か誤解を招くんじゃないかと、少し心配になって来るユーシン。この保安ロボの基本設計に、どうにも納得がいかない。
(調和というものを考えないのか。)
それでも操作は継続する。
「そうか、このくらいの解像度なんだ。とすると、機構軍が標準装備している銃と、その他の銃の完全な識別は無理だな。ふむふむ、なるほど。」
その情報が必要になるという認識も無いのだが、なぜかやたらと詳しく知りたくなったユーシンだった。
「こんな依頼を設定したりとかは、出来るのかな?」
ユーシンはキーボード入力で、「シャラナ」「クレア」という発言がコロニー内にあった場合に、その位置を記録するような依頼を設定してみた。
「承りました。ただ、記録の閲覧には、当局の承認が必要となります。」
キーボード入力に対して、音声で返答して来た保安ロボット。
「そうか。じゃあ、こんなのはどうだ?」
ユーシンは、入力した2つの名前と同時に、「殺害」「拉致」「襲撃」などの暴力的な単語が使用される会話を検知した場合に、直ちに自分の端末に連絡してもらえるような設定にしてみた。そういう事態の発生を予測したわけでも無いのだが、なんとなくやって見たかったのだ。シャラナはともかく、クレアに関しては、ここに来る予定も無いのだが。
「承りました」
また、音声で答えた保安ロボット。「ただし、発言位置の情報開示には、当局の承認が必要となります。」
「そうか。了解。もういいよ、行ってくれ。」
「かしこまりました。あなたからその部分に触れられた事、私、決して忘れません。」
そう言うと胸が、パタン、と閉まった。そして保安ロボットは、両足を交互に出す二足歩行の動きを模しながら、モーターで回転するタイヤによって、去って行く。
(俺が、内蔵キーボードで入力をした事実が、記録に残るんだな。何かあのロボット、わざと誤解を招きそうな言い回しをしていないか?顔は男なのに。)
不服の色も露わな顔で、ロボットの背面を見詰めるユーシンは、何度目か分からない内心の呟きを漏らした。
(調和というものを考えないのか。)
保安ロボが見えなくなってしまうと、もう公園に居続ける気分では無くなっていた。
「そろそろ、時間だな。」
ユーシンは少し重い足取りで、目的地へと歩き始めた。
(どんな顔して会えばいいんだろう?俺が会いに行くこと自体、何か理にかなってない気がする。でも、ノノが約束してしまったからなぁ。)
ユーシンはシャラナのもとに向かっていたのだ。ノノからの情報で、このコロニーの時間で午後5時くらいまでは自宅にいるが、それ以降は近くのバーに繰り出しているという事だ。自宅にいる時間に訪れる事も出来たし、このコロニーに着くまではそうするつもりだったのだが、なぜか途中の公園で時間をつぶし、5時以降にバーに出向く事にしたのだった。
シャラナに会う事への抵抗感から、公園の散策という用事を、無理矢理でっち上げたユーシンだった。
(結局、俺は、何をしに行くんだろう?会って、何を話すんだろう?離婚された彼女に、気の利いた何かを言わなければいけないのか?)
そう思うと気が重い。逃げ出したい気分になって来る。でも、会うと約束しておいて行かなかったら、それはそれで彼女に失礼だし、傷付けたりするかも知れない。
トボトボと歩く。風が吹き付ける。風が吹き抜ける。風に乗って、遠くの声が聞こえた。
「この公園で、そのような公序良俗に反する行為は禁止です。」
「キャぁー、何このロボットぉー、こんな所で何してるの?」
(だから、お前らこそ、こんな所で何してるんだ!)
その内心の呟きで、こんがらがっていた思考はかき消され、風に吹かれて飛んで行ったのか、ユーシンは少し軽い足取りになった。公園から出て、ぽつぽつと明かりのともり始めた、黄昏の街を歩き始める。レンガ造りの平屋の家々が、怪しい色のライトに照らし出され、長い影をあちこちに造っている。
石畳を踏む感触が心地良い。平坦でない、凸凹のある地面が、分厚い靴を通して存在を主張して来る。考えがまとまらなくても、気分だけでも良くなれば、足取りはどんどん軽くなるものだった。歩くペースを上げて行っている時に、背後から声がかかった。
「おう!オヤジのトコの小僧じゃねえかあ。」
一声でその主が分かる程、聞き覚えのある声だった。だが、こんな所でその声を聞く事は、あり得るはずがないとユーシンは思った。聞き間違いだと信じた。誰と間違えたのか気になって仕方ない。いったい誰の声を、彼の声と聴き間違えたのだろう。そんな思いと共に、ユーシンは振り返った。
ユーシンの目に留まった声の主は、彼が最初に思った通りの人物だった。他の誰でも無い、ユーシンの知っている彼の顔がそこにあった。今ここにいる理由が、思い付かない人物だ。
目を丸くしながらユーシンは、ユーシンを呼び止めた人物に向かって、彼の名前を口にしながら呼びかけた。
「ガリアス・シュレーディンガー中佐!」
今回の投稿はここまでです。今週の投稿もここまでです。次回の投稿は、'17/6/2 です。
気楽な気持ちで会って来いとか、顔だけ見せろとかって言われる場面ありますが、作者は滅茶苦茶苦手です。読者の皆さんはいかがでしょうか?作者に汚染されたものか、ユーシンもシャラナに気楽に会いに行って、顔だけ見せるというミッションに、相当戸惑っています。挙句に、公園で現実逃避という、物語の主人公にあるまじき?行動に出て、それだけでほぼ1話を使ってしまいました。紅葉に色づく木々の中で物思いに耽る心地良さとか、共感してもらえたら嬉しいです。この部分の執筆中に、正にそんな状態だったので。それがコロニーの中で体験できるという物語の世界観、スケール感も味わって頂けていたら、望外の幸せなのですが。というわけで、
次回 第35話 凍った心を溶かすもの です。
ガリアス・シュレーディンガーが再登場しましたが、覚えておいででしょうか?「1-1-1戦闘艇団」の団長です。なぜここに?その理由と共に、ユーシンの心の深い部分をかき乱すような言葉が交わされます。登場人物一人一人に感情移入したり、世界観を感じ取ったりしてもらえたら嬉しいなあ、という思いでおります。




