第31話 港湾コロニーでの一幕
「ソリアノ」も、コロニーが幾つも並んで出来た、大きさの違う複数の円環が、中心を共有して重なっているという点では「ウィーノ」と同じ構造だが、その規模はずいぶんと小さかった。12本の円環を持つ「ウィーノ」に比して、「ソリアノ」は7本だ。
だが、最外殻の円環が港湾コロニー群になっている点は、同じだった。その港湾コロニーの一つに、「キグナス」は入港したのだった。
入港まではたっぷり八時間程、ゆったりとした時間を過ごせた「キグナス」クルー達だったが、入港するや否や、あわただしい時間を迎えた。港湾施設使用料を少なく抑える為にも、スピードが求められる。“時は金なり”は、宇宙時代でも変わらない。長引けば長引く程、多くの金を払わねばならないのだ。
「ソリアノ」当局による、積荷の検査や関税の支払い等、いわゆる税関手続きにも手間がかかる。全ての荷物を素早く「キグナス」から降ろし、当局担当者が調べやすいようにきれいに並べ、梱包を解くべきものは解き、サンプル提出が必要なものは定められた手順に従って、採取しなければならない。
当然、それらの作業は重力のある場所で行われる。無重力中で梱包を解いたりしたら、中身が空中に泳ぎ出してしまい、収拾がつかない混乱に陥ってしまう。
「コォラァ、キプチャク!そっちの品は、梱包解かなくて良いって、さっき言っただろうがぁ。何を聞いていやがったんだぁ、ガキィ!」
「すまーん、オヤジィー。」
キプチャクがバルベリーゴとにぎやかにやっている声を遠くに聞きながら、こちらも、
「おんどりゃー、ユーシン!それじゃあ、船体右舷がコロニーの外壁に擦れるだろう!バランスを考えてスラスターを操作せんかぁ!」
と、ドーリーのスパルタの下、ユーシンは入港時の操船をおさらいしている。たった今ドーリーがやった実際の入港操作のデーターを、シミュレーターに取り込んでの訓練だ。何度やってもドーリーのようには行かなかった。
「なぜ『アマテラス』では、あんなにも神懸かり的な操作が出来るというに、普通の操船がこんなにもヘタクソなのじゃ。」
と、ドーリーは、額に手を当てて嘆いた。
メンテ要員達は、外壁面を這うように、うようよと飛び回って、メンテナンス作業に精を出している。最後のワープ後は、もうワープする事も無いとして、実施していなかったから、その分入港後に、念入りなメンテを実施しているのだ。
宇宙艇も全艇「キグナス」から出して、専用の格納庫にいれた上で念入りなメンテだ。特に先の戦闘に参加した4隻は、強烈な加速重力をかけた事もあり、しっかりとチェックしておく必要がある。
「済まねぇな。あんた達も早く機構軍への通報や『タクムス国』への帰化申請をしたいのだろうがな。まだしばらくは、こっちの手が離せねぇ。といって、ここの勝手を知らねぇあんた達だけで行かせるのも、ちょっと不安だしなぁ。」
忙しい作業の合間に、シャラナ達に顔を見せてそう詫びたバルベリーゴだった。同行したユーシンも、バルベリーゴの隣で神妙な顔だ。
「いえいえ、お気遣いなされないで下さい。」
シャラナは応えた。「もうすでに、あなた方には大変にお世話になっているのです。私共には構わずに、そちらのお仕事を優先なさってください。」
シャラナ達には港湾施設内の、重力がある区域で営業する宿泊施設に、部屋が取られている。捕虜になるまでのシャラナの暮らし向きと比べれば、質素に過ぎる部屋で、「ウィーノ星系」第4惑星で与えられていた居室と比べてすら、手狭な空間だったが、彼女達は不平一つこぼす事は無かった。その彼女達の部屋にまで、わざわざ足を運んでのバルベリーゴ達の挨拶に、シャラナ始め、トクワキも家宰達も恐縮の体だった。
税関手続きの済んだ荷は、受け取りに来た客達との商談にかけられる。あらかじめ契約が済んだものでも、なんだかんだと理由を付けて、割引を求めてきたりする。逆にこちらも、場合によってはふっかける事もある。宙賊頻出の為に、入荷が減っているとの情報を得た商品などは、多少値を釣り上げて売りに計った。
「あっはっは。宙賊のおかげで儲けが増えたぜぇ。これだから半軍商社は止められねぇ。」
バルベリーゴは上機嫌だ。重武装を施す分、コストもかかるし積荷の量も制限されるのが、「キグナス」のビジネス上のウィークポイントだが、宙賊によって物流が滞り出すと、機構軍の護衛も無しに、危険宙域を突破して荷を運べる「キグナス」は、俄然有利になる。そういう意味では、宙賊は彼等にとって、歓迎すべき存在にもなるのだ。先の救援でも機構軍から謝礼金が出ているので、尚更だ。宙賊は、安全を脅かすと同時に、利益を彼等にもたらしてくれる。
外壁などの補修用資材の仕入れや、消費したミサイルの補充の為の買い付けも、早めに済ませておく必要がある。もちろん少しでも安く仕入れる為、商談にも熱を入れる。交渉がまとまり買い付けが決まらなければ、搬入も始められないが、港湾使用時間を少しでも短くして費用を抑える為には、これらの商談をどれだけ短時間で出来るかが鍵になる。少しでも安く、少しでも早く。商人の腕が問われる場面だ。
交渉といっても話術で勝負する訳じゃ無い。それより重要なのは情報だ。各品の需要や供給の推移、それらに影響を及ぼす事象に関して、どれだけ的確で新鮮な情報を持っているかで、商談の成否は左右されるのだ。その点でも、半軍商社は有利だ。機構軍の情報網を活用出来たり、連合政府の機密情報に触れる事が出来たりするから。
そんなこんなで、丸2日はあわただしい時間が続いた。クルー達は交代で休みながら業務をこなしたが、バルベリーゴは、ほぼ不眠不休で陣頭指揮に当たり続けた。交渉事は当然、最高責任者たる彼が乗り出さざるを得ないし、他の事でも、把握しておかなくて良い事などないのだ。ユーシンもそのバルベリーゴに付き合い、丸2日間、ベッドに寄り付きもせずに、出来る限り彼の作業を目に入れようとした。少しでも早く「キグナス」での商売を会得する事が、クレアを支える事に繋がると思うから。
見ているだけでクタクタになったユーシンと対称的に、その間、精力的にクルーの指揮や交渉事に奮闘し続けたにも関わらず、バルベリーゴは、一切疲れを見せないどころかピンピンしている。ユーシンは、そんな彼のタフさに、畏敬の念を禁じ得なかった。
「トアちゃんのこと、ふったんだってね。」
ようやく、入港後の多忙が落ち着いてきた頃、ユーシンはノノに、そう話しかけられた。散々ドーリーにしごかれた後、操船席に固定されたまま、ぼんやりしていたユーシンンは、頭上に浮かんでいるノノを見上げて応じた。T字を描くような位置関係の、ノノとユーシンだった。
「え?あ、ああ。そう言うノノも、サヒーブの告白を断ったんだろ?」
「うん・・。困っちゃうね。急に、こういうのって。」
頭上で、考えに沈んだように言葉を途切れさせたノノに、ユーシンンは言葉を繋いだ。
「後悔してるのか?断った事。」
「そうじゃないけど・・。今はそういう事、している時じゃないって思うけど・・」
「でも、良い人だとは思ってたんだろ。サヒーブの事は。いざって時には、男らしかったもんな。普段はカチンコチンだけど。」
「うふふ」
緊張しているサヒーブを思い出す事は、ノノに笑顔をもたらしたようだ。「固くなってるサヒーブ君も、あたしは好きだよ。戦闘に入ったとたんに、優しく接してくれた事も、すごく嬉しかった。」
またノノは、考える表情に戻って、そして続けた。
「サヒーブ君と付き合うっていうのも、楽しいだろうなって思うよ。そんな時間も素敵だなって。でも、やっぱり今は・・・。」
「そうだよな」
ノノを見上げるユーシンも、ため息交じりで言った。「今は、一人前になる事に、全力で取り組まないとなぁ。」
「あれ?ユーシンの場合って、そう言う理由なの?トアちゃんをふったのって。」
「え?どう言う意味。」
「他に大切な人がいるからじゃないの?ユーシンの場合は。」
瞬間的に、真っ赤になったユーシン。
「え!? あ・・・、やっぱり、ニコルのヤツ、余計な事しゃべったんだな!」
「ニコル?」
青みがかった黒髪が、コクリと傾いた。「ニコルは、何か知ってるの?何も聞いた事は無いけど。何か知ってるのなら、今度聞いてみよう。」
「ええ!? ニコルがしゃべったんじゃないの!ダメだ!ニコルには何も聞かないでくれ。俺は・・別に・・その・・」
「うふふ」
今度はユーシンの有様に、ノノが笑い声をあげた。「そんなに慌てて否定しなくても。ニコルに何も聞かなくても、見てれば分かる事だよ。シャラナさんがお嬢様の話をした時の、ユーシンとかをさ。」
「ええ?・・いや・・それは・・ええ?・・別に・・あれは・・ええ?」
「うふふふふ」
笑い転げるノノを見るに、もはやどんなに否定しても、無意味だと悟らざるを得ないユーシンだった。
「でも、早く一人前になりたいっていうのも、本当だよ。その為に、トアの気持ちに応えられないっていうのも、嘘じゃない。」
(お嬢様を支える為に、早く一人前になりたいんだから。)
そんなユーシンの想いをどこまで汲んだものか、ノノは明るく言った。
「お互いに、今は一人前になる事に専念っていう事だね。サヒーブ君やトアちゃんには、ちょっと申し訳ないけど。」
そんな事を言っていた翌日、サヒーブとトアが交際を始めたという噂が、「キグナス」クルー達の間で持ち切りとなった。
「キグナス」も港湾施設から離れ、同じ港湾コロニーの中ではあるが、より賃料の安い格納施設へと移った事により、クルー達には時間的にも精神的にも余裕が出て来ていたので、誰も彼もが、その噂に熱を上げたのだった。
なんでも、2人がふられた傷を慰め合っていたら、恋愛に発展したとか。そんな噂を遠くに聞きながら、港湾コロニー内の、重力のあるフロアに設けられたフードコートで、ノノとユーシンは並んで座っていた。
2人同時に緑茶を、ずずっ、と啜り、同時に深い溜息を付いた。
「なあ、ノノ。何だろ?この感じ。」
「うん、なんか、ふられた気分。」
再び同時に、ずずっ、と緑茶を啜った、ノノとユーシンだった。
何となく沈んだ気分のまま、黙って座っている内に、考えが色んな所へと飛んで行く。
「宙賊もこうやって、恋の事とかで悩んだりするのかな?」
「え?どうしたの、ユーシン。」
「俺が殺した宙賊って、どんな人達だったのかなって思って。」
「・・罪の意識とか、感じてる?」
青みがかった黒髪が、心配そうに幼馴染を振り返る。
「どうかな?『キグナス』のクルーになるって決めた時から、宙賊の命を手に掛ける日が来る事くらい、予測出来ていたはずなんだ。分かっていた事だし、襲って来る宙賊から身を守る為なのだから、しょうがない事だって、簡単に考えてた。今でも、間違った事をしたとは、思ってない。でも・・」
「うん。殺してしまった宙賊の事、考えずにいられない気持ちは、分かるよ。」
ノノは、ユーシンの手に自分の手を重ね、その体温でユーシンの心を温めた。
「宙賊を殺して、平気でいられないユーシンは、あたし好きだよ。」
そんな2人に人影が近づく。
「あらあら、ふった相手に先を越されちゃった2人が、傷を舐め合っているのかしらぁ?」
そう言って声をかけて来たのは、ニコルだった。バルベリーゴやキプチャクも、一緒だった。シャラナまでいる。
「戦果を挙げて有頂天になってる奴には、ちょうどいいクスリだな。」
と、皮肉たっぷりに言ったのはキプチャクだ。
「そんなんじゃねぇよ、別に。」
ユーシンは、力のこもらない声で言い返した。
「殺した宙賊の事、話してたの。」
そんなノノの言葉とユーシンの態度で、ニヤニヤしていたバルベリーゴも少し表情を引き締めた。ユーシンの前の席に腰を下ろして問いかける。
「なんだガキィ、後悔してんのかぁ?殺した事。」
ニコルはノノの隣に、その正面にキプチャクとシャラナも席を占めた。シャラナは特に心配顔で、ユーシンを凝視している。
「後悔なんて、していない。次に襲われても、また迷わずに迎え撃つさ。『キグナス』を、クルーを守る為なんだ。ただ、襲われたから、殺して、それで終わりっていうのも・・。宙賊の事を、少しは考えても良いかなって・・。」
「あなたが、ご自身を責めておられないなら、宜しいのですが。」
シャラナが、真っ直ぐにユーシンを見つめて語り始めた。「私が見ている範囲においては、あなたは、何一つ間違った事など、なさったことがありません。常に正しい行いを、精一杯、命までかけてなされて来たと、私は確信しております。」
シャラナに対してした事も含めての発言だとは、そこにいる誰にでも察知出来る事だった。シャラナの言葉は続いた。
「あなたが、少しでもご自身を責めるお気持ちを持たれているとしたら、それは私にとっても、耐えがたい事でございます。なにとぞ、あなたは決して、間違った事はしていないと、そう心に留め置いて下さい。」
「ありがとう、シャラナさん。」
凛々しい立ち居振る舞いから繰り出されるシャラナの言葉は、ユーシンの心の深いところにまで響いて、安らぎをもたらすのだった。
「でも、宙賊の事に想いを馳せようという心は、優しいものだと思います。あなたのそういった心根を、私は敬愛致します。」
「そうね」
シャラナの発言を継いで、ニコルも言った。「この前『1-1-1』の人達も言ってたけど、宙賊達の暮らしっていうのも、大変なのよね。過酷って言うか、悲惨って言うか。」
「襲われたら、殺して退けるって、それだけをいつまでも繰り返してたら、いつか大きなしっぺ返しを食らうんだと思う。」
ユーシンは言った。
「そうだろうなぁ。」
バルベリーゴも言った。「ここ何回か、宙賊が今までに無い程、大規模な襲撃をして来たのも、その兆候かも知れねぇなぁ。不幸な宙賊どもを放っておいたら、裏で何者かが奴等を上手くまとめ上げて、巨大で凶悪な勢力に膨らませて、こっちにぶつけて来る事も考えなきゃぁいけねぇってわけだぁ。宙賊どもを救済して、人を襲う以外の暮らしの立て方ってやつを、教えてやらねぇとなぁ。」
「情けは人の為ならず、だな。」
と、呟いたユーシン。「宙賊を邪険に扱えば、それはいつか、俺達に災厄として帰って来る。逆に、慈悲をもって接すれば、俺達自身の安泰に繋がる。宙賊に襲われ、奪われたり殺されたりしたからって、ただ排斥していたんじゃ、ダメなんだ。彼らを文明化する努力をしなくちゃ、いけないんだ。」
「それを機構軍が、何百年も前からやっているんでしょ。それでも、まだまだ、宙賊は減らないのが現実なのよね。」
「それどころか、宙賊は増えてると思う。減らすペースより、増えるペースの方が早いかも。」
ニコルとノノが、相次いで言った。
「機構軍がだらしねぇから、こうなっちまうんだ。」
機構軍嫌いのキプチャクらしい意見だ。
「まぁ、機構軍の手が回らねえところも、あらぁな。特に地球連合と同盟関係に無い連中の居住宙域を荒し回ってる宙賊なんかは、機構軍もどうしようもねぇからなぁ。」
そんな言葉で、バルベリーゴはキプチャクを宥めた。
「私共のいた『ユラギ国』などは、その典型ですね。」
シャラナがバルベリーゴの言葉を受けた。
「幾つもあるの?宙賊を生業にする部族が、『キークト星団』には。」
ニコルがシャラナに尋ねた。
「幾つもどころか、何十という部族が宙賊をやっております。もしかしたら、百を超えているかもしれません。実態など、誰にも掴めてはおりませんけども。」
「そんなに?」
そう声を上げたノノの隣で、ユーシンも事態を深刻に受け止めていた。百にも及ぶ、宙賊を生業にしなくては生きられぬ部族と、それらを糾合し、組織し、「キークト星団」征服の野望に利用しようとする「コーリク国」。事情を知れば知る程、シャラナの祖国と母国を覆う闇の深さが、ユーシンの心からも明るさを奪って行った。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、明日 '17/5/20 です。
「キグナス」クルーの内側の人間模様も、彼らを大きく取り巻く外の世界の様子も、徐々に複雑な様相をあらわにし始めました。多数の宙賊を生業にする部族の存在が、地球連合勢力の外側から、彼らを脅かしているのが、この時代の状況です。彼らをただ排除するだけではだめだというユーシンの発想は、別の時代にも当てはまるかもしれません。国内に危険を持ち込むかもしれないからと言って、壁を作って特定の国の人を退けるというのも、その国の人からの反発や怒りを買うことになり、いずれはより大きな災いを招くのかもしれません。万里の長城を作った中国の王朝も、リメス(防衛障壁)を作ったローマ帝国も、それによって退けようとした勢力に押しつぶされて滅んだのではないでしょうか?作った当初は圧倒的な勢力を誇っていたけど、長い歴史の中には国力の衰える時もあって、そんな時に、長城やリメスが生み出した恨みや怒りが、退けた民族と共に壁を乗り越え、国を押しつぶした、という解釈は間違いでしょうか?今、壁を作ろうとしている国にそんな運命が訪れなければいいですが。自国の安全だけを考えて、積極的に外の世界の安定と平和に貢献しようとしない国にも、いつか災いはやって来るかも。とはいえ、目先の安全や平和を求めるのも、自然な人の情というものだし、難しい問題です。ユーシン達は、遠くの世界の不幸な人々にたいして、どんな行動を選択するでしょうか?ご注目頂きたいです。というわけで、
次回 第32話 「ソリアノ」中心部へ です。
「キークト星団」やシャラナ達の問題に対して、ユーシン達はどんな行動を起こすでしょうか?「キグナス」クルーの人間模様の行く先は?そして、中空浮遊都市ソリアノとはどんなところでしょうか?色々と思いを馳せたり、楽しみに思ったりしながら、次話を待って頂きたいです。




