第29話 奮闘する白鳥
猛烈な加速重力を、下腹に力を入れて、「キグナス」クルー達は耐え忍んでいた。その間にも、機構軍の戦闘艦から戦況情報が送信されて来る。
「救援要請したのは機構軍の小型戦闘艦。商船護衛の任で航宙の折、宙賊の襲撃を受けた模様。単艦での護衛が困難とみての救援要請との事。」
コージンが淡々と報告。その隣では、サヒーブが闘志を剥き出した、猛々しい顔つきで、ディスプレーを睨んでいる。そんな彼を横目に見ていたユーシンは、ふと、ノノの方をに目を向けた。今のところやる事も無い医療要員は、通信索敵要員の仕事ぶりを、うっとりと観察しているようだ。
「機構軍の戦闘艦が対抗し切れねぇって、どんな宙賊だぁ!」
バルベリーゴが叫んだ。
「宙賊戦闘艇20隻程が、一斉に襲撃を仕掛けている模様。商船の右舷側にいる半数の敵は、機構軍戦闘艦が商船に寄せ付けないよう、敢闘しているが、左舷側から来る10隻弱の宙賊戦闘艇には手が回らず、商船への肉薄を許している模様。機構軍戦闘艦は、積載していた戦闘艇4隻を出して、左舷の防衛に当たらせているが、対抗し切れそうにないとの事。」
と、コージンが更に報告した。
「10体4じゃ、さしもの機構軍も分が悪いか。『1-1-1』なら、何とかしそうだが。」
と言ったのはマルコ。
「アドリアーノ少尉は5対1でも勝ったけど、シャトルより遥かにでかくて、遥かに鈍重な商船を背負っての闘いとなれば、事情は違うか。」
と、ユーシンが応じた。
「しかし、何だって最近の宙賊は、こうも団体行動するんだぁ?『ウィーノ』を出たところでも、百隻以上で、うようよしてやがったんだぜぇ。まあいい。コロンボ!出せるかぁ!? 」
バルベリーゴは、「キグナス」が搭載している宇宙艇団の団長であるコロンボ・ムサシンに連絡を取った。船腹の格納庫にいるはずだ。
「ファランクスの班4隻が、スタンバイOKだ。いつでも出せるぜ、船長。」
「よし、散開弾10発程ぶち込んだ後、宇宙艇4隻発進だ。武装と飛行の管制を・・トア・・じゃ、荷が重いか?」
ニコル達と並んで、「キグナス」中で最年少の女子であるトアは、不安気にバルベリーゴを見つめていた。
「俺がやるよ。」
ユーシンはバルベリーゴにそう告げながら、操船席から武装管制席へと、シートを蹴って飛翔した。
「ああ、頼むわユーシン。キムルとジャカールを呼ぶから、それまではトアに代わって、やってくれ。トアはユーシンのサポートだぁ。」
「トア、弾種選択操作は分かるね?」
ユーシンの問いに、コクリと頷くトア。
「よし、じゃあ、後は俺がやるから。散開弾を選択しておいて。サヒーブ、商船左舷の、商船に一番近い宙賊戦闘艇のデーター頼む。後、機構軍戦闘艇への連絡も。」
別に、言葉に出して頼まなくても、コンソールの操作だけで意思の疎通は出来るのだが、そこはそれ、人間関係の問題でもあるのだ。
「了解、ユーシン。頼んだぞ。」
「OK、サヒーブ。任せとけ。」
こうして名前を呼び合うだけでも、信頼関係や絆というのは深まるものなのだ。
ユーシンのコンソールにデーターが送られて来ると同時に、指揮室前部の複数のモニターにも、戦況が表示される。レーダー反射物表示、テレビカメラ画像、熱源探知状況などが、さまざまなサイズで映されて、商船や宙賊戦闘艇や機構軍戦闘艇の位置関係、それぞれの動き等が分かるようになる。
操船室の前にある直径3mのホログラムにも、状況は表示されて来た。キグナスを球状表示の中心において、サイズは適宜切り替えながら、キグナスの前後左右上下の状況が分かるようになっている。今は「キグナス」前方の、球状表示の端の辺りに、商船が白い光点、機構軍の戦闘艦と戦闘艇が深い緑の光点、宙賊の戦闘艇が赤い光点で表示されている。光点の大きさはデフォルメされたものだ。
青い光点が、「キグナス」の前から後ろへと、ゆっくり流れて行くのも見える。微小惑星等が通り過ぎて行っているのだ。直径数万㎞の範囲を縮小して投影しているので、光点の動きはゆっくりに見えるが、実は凄いスピードで動いている。
「ユーシン、ミサイル射撃適正位置まで、後20秒だ。」
「OK、サヒーブ。マルコ、『キグナス』の回頭を頼む、ミサイル射撃姿勢に移行してくれ。」
「了解だ、ユーシン。・・全乗組員に告ぐ。本船は急速回頭する。衝撃に備えろ。」
「船内各部署、回頭に備えろ。固定されてない装備などは無いな。近くの者同士で確認し合うように。」
と、副船長のチェリオがマルコの宣告を補足した。
ミサイルは「キグナス」側面から横方向に打ち出される。打ち出してからミサイル自体に方向転換させる事も出来るが、今回は「キグナス」を横向きにして、真っ直ぐに打ち出すようだ。海に浮かぶ船から連想すれば、真横にスライドして行く“船”の姿は異様に見えるかもしれないが、水や大気の抵抗の無い宇宙空間では、船が真横にスライドする事に、何の問題も無い。
「宇宙艇格納庫、ハッチオープン。宇宙艇射出用電磁カタパルト展開。ファランクス、ミサイル発射直後に、宇宙艇射出と行くぜ。」
「了解、ユーシン。カタパルト展開確認。進路クリアー。発進準備、オールオーケーだ。」
これらのやり取りも、それぞれの端末で意思疎通できるので、無言でも実施できるのだが、しっかり声を掛け合うのがバルベリーゴ伝来の、「キグナス」の流儀だった。
「散開弾、左舷発射口に10弾、装填確認。機構軍戦闘艇、退避確認。ミサイル発射、3秒前、・・2、・・1、・・発射!続いて宇宙艇射出2秒前・・1・・発進!」
ミサイル発射口は、片側に10門ずつなので、左舷側発射口を全て使っての発射だ。「ウィーノ星系」外縁での、ユーシン達を救う為に撃った24発は、「キグナス」をクルクル回しながら、両側の発射口を交互に使って撃ったのだろう。
キグナス船腹から、数万mに渡って繰り出されたカタパルトを伝って、ファランクスたちの宇宙艇も虚空へと射出され、先に打ち出されたミサイルを追った。
「うぐぐぅ・・・、アデレード、大丈夫か?」
戦闘艇内のファランクスの声を、ユーシンは通信機越しで聞いた。10Gを超える加速重力が、宇宙艇パイロット達を襲っている。宇宙系人類の中でも、特殊な訓練を受けたものでなければ、耐えられない加速重力だ。
「がががぁっ・・、何とか、だいじょ・・あ・・でも・・意識跳び・・そ・・。」
アデレードの声も聞こえた。なぜかそれを聞いているユーシンも、奥歯を噛みしめている。
「大丈夫かな?アデレード君とファランクスさん。」
心配そうに、トアがユーシンに問いかけた。
「大丈夫だよ、トア。どっちかの意識が飛んだら、センサーがそれを検知して、自動的に戦域離脱する設定になってるから。そこまで無理をさせる局面じゃないからね。」
「そっか。」
それを聞いても、トアの顔色が戻るわけでは無かった。
「耐える・・耐えて見せる!」
トアの声が聞こえたか、アデレードが通信機の中で踏ん張る。
だが、意識が飛びそうな高加速重力は、ほんの短時間で終わり、その後はキグナスから送られるビームに押されての、快適よりは少しきつめの加速重力になった。
ユーシンはモニターを睨んだ。既に金属片群と化している散開弾が、敵戦闘艇に襲い掛かる頃だ。宙賊戦闘艇の内の、最も商戦に肉薄している3隻に、5発のミサイルを差し向けている。残りの戦闘艇にも5発が差し向けられている。
望遠カメラの映像に、パッパッと、2つの光芒が生じ、直ぐに消えた。と同時に、レーダー波反射物モニターから、光点が2つ消えた。
「敵戦闘艇、2隻撃破。」
サヒーブが報告。モニターを見ていれば分かる事だが、声に出すのが「キグナス」流。
「一隻漏らしたかっ!」
と、ユーシン。
「俺が狩る!」
通信機越しの、アデレードの声。
「散開弾を避ける為に急旋回した後は、ずっと、等速直線運動になっている。」
「打ち漏らした敵の事?」
ユーシンの発言に、トアが問いかけた。
「うん。無理な旋回が災いして、パイロットは意識が飛び掛かってるのだろう。商船との距離が離れないようには、飛んでいるから、意識を保っては、いるのだろうけど、これ以上の加速に耐えられる状態じゃなさそうだな。レーザー射程に入り次第、等速直線運動を見越した照射、っていうプログラムでいいはずだ。」
ユーシンがやる必要は無いが、アデレードが入力すべき情報を、彼は予測していたのだ。
「あっ!」
と、トアが叫んだのは、望遠カメラの映像に光の筋が一本映ったからだ。アデレードの放ったレーザー光線だろう。続けて光芒がパッと一瞬光って消えた。
「撃破確認!」
通信機が、アデレードの勝利宣言の声を届けると同時に、操船指揮室のモニターからも、光点が一つ消滅した。
その間に、その他の宙賊戦闘艇は、2隻が「キグナス」の散開弾によって、3隻が機構軍の戦闘艇よって、そして1隻がファランクス達以外の「キグナス」の宇宙艇によって、撃破されていた。その都度サヒーブが報告しており、モニターにも光点消失として示されていた。
更に、ファランクス達の宇宙艇が、一時的な戦域離脱を余儀なくされつつあることも、ホログラムの映像は示していた。間に合わせる事を最優先させた為、戦闘宙域ではスピードを殺し切れず、一旦通り過ぎてしまったのだ。今頃はブレーキの為のスラスター噴射の、物凄い加速重力と、アデレード達は格闘しているはずだ。先の加速の勢いを殺した後、彼等の宇宙艇がスラスター噴射で再び戦闘宙域に戻って行く様子も全て、ホログラムで確認出来た。
「敵、残存戦闘艇、3隻。」
モニターやホログラムを見ればわかる事を、サヒーブは律儀に報告し続ける。
「ごめんなさい、お待たせして、ここからは私達がやるわ。」
ユーシン達の背後から、キムルが声をかけて来た。
「ええっ、もう来たのか。なんかちょっと、残念だな。」
「あたしにも出番を下さいな。ユーシン様。」
「様って・・キムル。」
言いながらユーシンは、彼女に席を譲った。
「お願いね。ジャカール君。」
キムルに続いて現れたジャカールに、トアはシートを明け渡した。
「ノノの隣に座ってな。トア。」
「うん。助けてくれてありがとうね、ユーシン君。」
トアは指揮室後部へと飛翔して行った。ユーシンは操船席に戻った。
「ああっ・・おっとと、有難うノノ。」
トアの声に振り返ると、ノノがトアの手を引っ張って、シートに誘導している。無重力中では、シートに体を固定するのも簡単じゃないのだ。ノノはユーシンに目配せをして、大丈夫の意思表示。
「マルコ、襲われてる商船の脇に、『キグナス』を滑り込ませろ。」
バルベリーゴも指示を出す。敵戦闘艇の撃破の方は皆に任せておいて、襲われた商船のケアに専念するつもりのようだ。マルコはコンソールを叩いた。
そうこうするうちに、モニター内では深い緑の光点4個と黄緑の光点4個が、赤い光点3個を取り囲んでいる様子が示されている。深緑は機構軍戦闘艇、黄緑は「キグナス」の宇宙艇だ。戦闘用に特化された宇宙艇である機構軍戦闘艇は、さすがに汎用の「キグナス」の宇宙艇よりは動きが良い。敵戦闘艇にグングン追いすがり、次々に繰り出される敵の旋回運動にも、全く引き離される事が無い。
「キグナス」の宇宙艇はそれを遠巻きから囲み、敵戦闘艇の逃げる範囲を限定する役目に徹しているようだ。が、1隻が上手く敵戦闘艇の動きを読み、進行方向での待ち伏せに成功した。
「行けぇ!ファランクス、アデレード!」
ユーシンがモニターに向かって叫んだ。待ち伏せに成功したのはファランクス達の宇宙艇なのだ。
「抑えた!」
と、ファランクスの雄叫びが、通信機に轟く。
「もらったぁ!」
アデレードの叫びも響き渡る。
テレビカメラ用モニターに光の筋、光芒、そして、レーダー用モニターからは光点消失。
「やったなぁ!ファランクス、アデレード。2隻目を撃破。大した戦果だ。」
その一方で、
「機構軍戦闘艇、敵戦闘艇1隻を撃破!」
と、サヒーブの報告。
「もう一隻はしぶとく逃げ回っているわね。」
とのキムルの言葉に、ユーシンが提案を出した。
「南南西下から、ホーミングミサイルを回り込ませてみたらどうかな?」
「面白いわね。ジャカール、誘導弾を選択、装填してくれる?」
「はいな、姉様。・・完了!」
キムルの依頼に、テキパキ応えたジャカール。
「ええ、南南西下から・・入力完了っと。発射するわよぉ。3秒前・・2・・1・・発射。」
味方がうようよしている宙域に、散開弾は打ち込めない。それで、敵だけを追いかけて撃破する、誘導弾を選択したわけだ。
八方から取り囲んで来る機構軍と「キグナス」の連合戦力から、旋回を繰り返して逃げ延びていた敵戦闘艇だったが、唯一の逃げ道と思われる方向に旋回した途端、その前方から、誘導弾に襲い掛かられた。ユーシンの読みは、ドンピシャだったわけだ。
しかし敵も、なかなかの手練れと見えて、その「キグナス」が放った誘導弾は、レーザー照射で敢え無く撃破された。だがそれも、悪あがきに過ぎなかった。誘導弾への対処に気を奪われている隙に追いすがって来た機構軍に、レーザー照射で仕留められたのだ。
「あらあら。美味しいところは、持っていかれちゃったわねぇ。残念。」
そう言ったキムルだったが、ユーシンには残念そうには見えなかった。
「商船と通信できるか?」
と、唐突に言ったのはバルベリーゴだった。敵戦闘艇との闘いに一区切りついたと見て、通信回線をそちらに回す事にしたようだ。
「今呼び出しを掛けるよ、オヤジ。」
とコージン。ほどなくして。
「こちら、宇宙商船『サザンクロス』。危ないところを救援いただき、感謝する。」
「何か被害は?」
礼の文句は聞き流し、バルベリーゴは尋ねた。
「散開弾を何発か食らったようだな。通常航行に支障はないが、ワープをするのは不安が残る。」
言い終わらない内に、サヒーブが、望遠カメラで「サザンクロス」の外壁面を映し出す操作をした。船体後方に、幾つかの金属片が突き刺さっている様が、モニターに現れた。
「おうおう、やられとるなぁ。ケツに棘が刺さっちまってらぁ。引っこ抜いてからだな、ワープは。宇宙艇は積んでるのかい?」
「いいや、搭載しておらん。」
「そうかい。」
と言うとバルベリーゴは、コンソールを操作して叫んだ。「コロンボ。宇宙艇出して、ケツの棘を抜いてやる準備、しておいてくれや。」
「了解。美女のケツだったら、良かったんだがなぁ。」
「あっはっは、カッチカチの、鋼鉄のケツだが、我慢しておけぇ。」
と、和やかなムードが漂って来たところだったが、
「『サザンクロス』の右舷側から、宙賊の戦闘艇1隻、接近!」
と、サヒーブが告げた。
「なんだとぉっ!機構軍め、漏らしやがったな。ミサイル攻撃で間に合うか?」
バルベリーゴの問いにサヒーブが答える。
「宙賊戦闘艇のミサイル発射には、間に合いそうにない。こちらの攻撃が届くのは、敵がミサイルを発射した後になりそうだ。」
「ユーシン!あの戦闘艇・・」
「当ててやるぜ!『アマテラス』!」
バルベリーゴの指示が終わる前に、ユーシンは叫んだ。ミサイルが間に合わないなら、ビーム兵器で撃破するしかない。
「サヒーブ、データー・・って、もう来た。サンキュー。」
「敵戦闘艇、対艦ミサイルを装填している模様!」
コージンが叫ぶ。
「おいおいおい!そいつは、やべぇじゃぇか。」
バルベリーゴの表情が、格段に厳しさを増した。「なんだって宙賊ごときが、そんな物騒なもん抱えてやがるんだぁ。お隣さん、ケツに棘、ぶっ刺さってんだぜ。そこに対艦ミサイルなんぞ食らったら、ケツが千切れ飛んで、乗員は、全員即死だぞぉ。」
航宙指揮室の空気は、急速に緊張の色を濃くした。助けるべき商船が撃破されるという、最悪の事態が彼等の脳裏をよぎる。表情も硬く戦況を見守る一同の中で、一人ニヤリと、不敵な笑みを浮かべるユーシンン。その彼に魂を吹き込まれ、白鳥のゲンコツが唸りを上げ始めた。
今回の投稿はここまでです。次回の投稿は、明日'17/5/13です。
さて、トアとユーシンは、年齢的には同じくらいで、トアの方が「キグナス」においては先輩という設定なのですが、武装管制に関してはずいぶんユーシンの方がしっかりしてました。最年少の女子だからっていう感じの書き方でしたが、同じ女でも、キムルの方はベテランだからって理由だけでなく、慣れた感じでした。もともとの性格が、トアは戦闘向きじゃないってことで、ご理解頂きたいです。そんなトアが武装管制席に着いている時に戦闘になってしまったわけですが、第2章に入って、さらにいろいろな人の個性を表現したくて、そんな感じにしてみたのです。サヒーブ・コージン・アニー・トア・ラオ・チェリオなど、第1章ではあまり出番のなかった面々がこれからどんどん登場してくるので、戦闘シーンを楽しんで頂きつつ、各クルーの個性にも思いを馳せて頂ければ、この上もなく嬉しいです。というわけで、
次回 第30話 白鳥を彩る恋模様 です。
ユーシンはクレア一筋のはずですが、貫けるのでしょうか?ユーシン以外にも、「キグナス」には多くの若者達がいますが、どんなことになるでしょうか?シャラナ様は、何かを巻き起こすでしょうか?そんなことに思いを巡らせつつ、次話以降を楽しみにして頂ければ、有難いです。




