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第2話 「お嬢様」の記憶

 翌日にも、若者5人は船のラウンジで、雑談を繰り広げていた。待ち受ける壮絶な冒険の旅に比して、今の彼らは退屈を極めている。タキオントンネル航行船の旅では、話すくらいしかやる事は無い。外の景色を愛でる事も出来はしない。そもそもこの船には、窓が無い。

「いやぁ、今日は一段と良い眺めだなぁ。」

 窓が無いにも関わらず、キプチャクがそう漏らしたのは、「蒼白美女」が一段と胸元の開いた服を着て、ラウンジの同じ席に座っているのを見つけたからだ。

よく見ると、彼女は1人でいるわけでは無かった。従者とでも言おうか、彼女の世話をしたり話し相手になったりする役回りの者が、4・5人も周りを取り巻いているのだが、「蒼白美女」は、ユーシン達が見た限りひと言も発する事無く、ただ黙然とそこに座しているのだ。

もしかしたらユーシン達が個室に戻って眠りについている間も、そうやってそこに座り続けているのではないだろうか。

(この5日間、ずっとあそこにああやって座りっぱなしだったりして。)

 ユーシンが内心そう思ってしまう程に、彼女からは心身ともに「動き」が感じられなかった。キプチャクに容赦ない不純な視線を浴びせ続けられている事にも、全く気付いた様子は見られない。

(服を着替えてるからには、座りっぱなしって事は無いか。胸元を開けているのは、ひと目を引く目的なのか、ただ楽な格好をしたいだけなのか?)

「ちょっと、ユーシンまであの女の人をジロジロ見てないでよね。」

「え・・あ・・あはは、気になるじゃないか、あの女人(ひと)。」

「それだけ?」

「うん」

「本当に?」

「うん!!」

 そう言ったところでニコルは、ずい、とユーシンの耳元に口を寄せ、声を潜め、彼にしか聞こえない音量で囁いた。

「やましい気持ちで見てるんなら、お嬢様に言いつけるから。」

「なんでお嬢様が出て来るんだ!」

ユーシンも、最小限の音量でニコルに返した。

 ニコルの言う「お嬢様」とは、宇宙貿易商社「ウニヴェルズム・フォンテイン」の社長令嬢にして、17歳で幹部に就任しているクレア・ノル・サントワネットの事である。

ユーシンは、2年前に一度だけ後ろ姿を見たことがある。「テトリア国」のとある星系で。どこの星系だったか覚えてもいないが、どこだかの星系に漂うスペースコロニーの、ナレッジセンターで見かけたのだった。

父であるクロード・ノル・サントワネットに連れられて、ナレッジセンターの中央の空間に、でかでかと投影された三次元映像の星域図を見上げていた。どこの星域図かは分からなかったが、クロードがそれを指さして何かを諭すように告げていた。クレアの黒髪が大きくうねり、その光沢の有り様が刻々と変化して行く事で、彼女が何度も大きく頷いている事が認識された。

その背中から漂う雰囲気。背中から伝わる彼女の想い。沸き立つ香り。あの背中。あの黒髪。揺らいで、流れて、煌めいて。想い出すだけで、ユーシンの胸は締め付けられた。

「ちょっと、ユーシン!『お嬢様』って言葉を一度出しただけで、そんな風に妄想広がっちゃうの?そんなに重症だったっけ!? あんたのお嬢様への気持ちって。」

「・・いや・・、べ・・別に、そ、そ、そんなんじゃ、ななな、ないよ。」

「・・思いっきり、しどろもどろになってるけど。」

「あー、しかし。『テトリア星団』での仕事を、もうしなくなるっていうのも、なんだか寂しい気がするなぁ。」

 唐突に大きな声で言ったアデレードの発言で、ユーシンは危機を脱する事が出来た。

「ああ、楽しかったなぁ。『テトリア国』で働いた日々は。」

とユーシンは、殊更大きな声で受け合った。「お嬢様」の話題を振り切る為だ。

「それに、あの日々があったから、危険を承知でも外宇宙に飛び出す決心が出来たんだ。『テトリア星団』内の輸送船の『操船要員』として、物だけでなく色んな人を運び、彼等から沢山の話を聞かせてもらったからなぁ。それで、外宇宙への憧れが広がったんだ。」

「そうよねぇ。」

ニコルも続いた。お嬢様の件は、首尾良く棚上げされたようだ。「2か月ほど前に輸送した、スペースコロニーの建築技師達から聞いた話も、とんでもなく興奮モノだったよねぇ。」

「ああそうだな。」

ユーシンが返す。「俺が操船し、ニコルがメンテ要員で乗り込んでいた船に、あの技師達も乗ってたんだっけ。ヘラクレス第一回廊にある『カーネラ星団』の、『オンケ族』の居住宙域での出来事だったよな、確か。彼らが話してくれたのは。」

「そうそう、惑星の環の中でコロニー建築の為の測量をしている最中に、環を形成する氷塊の中から希少な宝石を、たっぷりと見つけたんだったわよね。で、それをこっそり懐に忍ばせたまま、『カーネラ星団』を後にしようとしたところで、宙賊か何かに襲われたんだったっけ?」

「いやいや、違うよ。」

と、ユーシン。「宙賊じゃなくて、オンケ族内の反機構軍派の中の過激派が、コロニー建設を機構軍の侵略の可能性ありと見なして、彼等の乗った船を臨検しに来たんだよ。でも、技師達は宝石の件がバレたものだと思って、スタコラサッサと逃げ出した。当然、過激派の連中は追いかけて来て、彼らめがけてミサイルを、ズドーン。」

「アハハハ、技師の人達は、『もう終わりだぁっ!』って観念したんだったわよね。そこへ、機構軍が登場して、物凄い闘い振りを見せたんだよね。」

「闘いっていうか、見事にミサイルだけを、全て撃破したんだ。戦闘艦がワープアウトするや否や、常人なら死んでしまう程の加速度で、戦闘艦からカタパルト射出された戦闘艇で、ミサイルと技師たちの宇宙艇の間に割って入るなんて命知らずな曲芸飛行をしながら、ちっぽけですばしっこいミサイルを一つ残らず撃破したって言うんだからなぁ。もうそれは、神業としか言えないよ。」

 そんなユーシンの発言に、ノノが続いた。

「そして、過激派の人達は無傷で投降した。誰も死なずに解決して良かった。」

「ああそうだね。ノノは相変わらず優しいな。」

と言って、ユーシンは目を細めた。「その一件で、オンケ族の反機構軍派も少し態度を軟化させたって言うしな。あれだけの神業と無用な犠牲を回避する姿勢を見せ付けられたら、そうなるよな。」

「機構軍の戦闘能力の高さと寛大さが、示される一件だよな。」

とは、機構軍親派であるアデレードのセリフだ。「宙賊の出没頻度も上がる一方なのが近頃の情勢だし、やはり機構軍の存在は重要なんだよな。」

「へん。」

と、機構軍嫌いのキプチャクは毒づいた。「ミサイルだけを撃ち落として腕前を見せびらかしたり、誰も殺さずに事を収めて過激派に恩を売ったり、やり方が嫌らしいって言うか、偽善者って言うか。俺は気に入らないね。」

「無理矢理悪いように解釈してないか、キプチャク。」

とアデレードは応じたが、いつもの事といった穏やかな態度で、怒った様子は微塵も無い。

「で、その後、懐に忍ばせて持ち帰った宝石で、大儲け出来たのよね、(くだん)の技師達って。」

ニコルは2人に構わずに続けた。「あの人達が、そんなお金持ちだと思えなかった。輸送船から降ろした後で、ユーシンから聞いたのよねあたし、あの人達が大金を手にしているって。船に乗っている内に教えてくれてたら、もっと色気を振り撒いて、気を惹いて、懇意になって、おこぼれを頂戴したのだけど、残念な事をしたわぁ。」

過去を振り仰ぐような視線で語るニコルを、キプチャクがぶすりと突き刺す。

「お前の色気じゃ、何にもこぼれて来ないんじゃないか?」

「ちょぉっとぉ、キプチャク!失礼ねぇ。」

とニコルは、唇をとんがらせる。「今に見ていなさい。外宇宙に出たら、お金持ちのイイ男を(とりこ)にして、最高に裕福な生活を手に入れて見せるんだからね、あたし。」

「あはは。とにかく、面白い話だったよね。宝石見つけて大儲けしたとか、機構軍の闘いを間近で観戦したとか。そういう話を沢山聞けるから、星間輸送業務は楽しかったんだ。『テトリア星団』の中だけとは言え。」

ユーシンも懐かしそうに、遠くに視線をさまよわせて言った。「でも、俺も早く『テトリア星団』から外宇宙に飛び出して、そんな凄い体験を自分自身で、いっぱいしてみたいよ。」

「もうすぐだよ、ユーシン。『キグナス』で外宇宙に出るのは。」

「うん、そうだね、ノノ。」

「儲け話が沢山転がってるって事だな、外宇宙には。発展途上の宙域なんか特に。」

「なぁに、その解釈。同じ話を聞いても、キプチャクはそんな解釈になっちゃうのねぇ。」

 ニコルは呆れ顔で言った。

「良いじゃないかぁ。いっぱい儲けて、いっぱいイイ女ゲットして・・、憧れるなぁ、そんな日々。」

「なんて不純な」

「お前だって、イイ男を(とりこ)にするのが目標なんだろ。同じじゃねぇか。医療活動で人助けとか、機構軍で平和を守るとか、そんな綺麗事は、言いたい奴だけ言ってりゃいいんだ。俺たちは本能に素直に、好きな様に生きようぜ、ニコル。」

「なんか、あんたと一緒にはされたくない。」

とニコルは不満気だが、「でも、イイ男をゲットするのが目標っていうのは、否定できないわね。」

と言うと、瞳をキラーンと光らせた。

「あれ、そう言えば、ユーシンの夢っていうか、目標っていうか、そういうの、はっきり聞いた覚えがないな。輸送船の乗客達から聞いた話に憧れたってのは知ってるけど、なんか明確な目標とかってのは無いのか。」

 アデレードの発言を受けて、皆の視線がユーシンに集まる。

「・・・夢、・・明確な目標、・・ねぇ・・。」

そうつぶやきながら、ユーシンの脳裏に浮かんだもの。後ろ姿、流れる黒髪、頷くたびに移ろう光沢。「守りたい。支えてあげたい。」

「・・え?何だって?今、何て言った?」アデレードが聞き返す。キプチャクとノノも、ユーシンの顔を覗き込む。

「うん・・いや・・、心躍る冒険の日々だな。俺が目指すのは。そうそう、スリルに満ちた冒険・・が・・したいんだ。俺。」

「本当?」

ノノがまじまじと、ユーシンの顔を覗き込む。

「なんか、違う事言ったように思えたけど。まぁいいか、そう言う事にしておこう。取って付けたような目標だけど、心躍る冒険なんだね、ユーシンの目標は。」

 ノノは相変わらず、疑いの目でユーシンを覗き込んでいるが、アデレードは納得出来たという顔。キプチャクに至っては、(くだん)の「蒼白美女」に関心を戻していた。

 ニコルだけは訳知り顔で、ニヤニヤしながらユーシンに流し目を送っている。そんな彼女に、

「お嬢様を守りたいの?」

と耳元で囁かれ、

「うるさい!」

と、ニコルにしか聞こえないように、器用に叫ぶユーシンだった。

「まあ、でも、スリルなんて生易しいものじゃ済まないかもな。本当に危険な旅に出る事になるんだぜ、俺達これから。実際『ウニヴェルズム・フォンテイン』は何度も死亡労働災害を出してるんだ、これまでにも。入社してすぐに、初航行でいきなり命を落とした新米船員もいた。俺達もそうならないとは限らない。ある程度の覚悟はしとかなきゃな。」

 アデレードは少し深刻な顔をして、仲間の顔を1人1人見つめながら言った。万が一に備え、みんなの顔を記憶に焼き付けようとしているかのように。

「そう心配すんなって。そんな危険を跳ね返す為に、『キグナス』には重武装が施されているんだろ。銀河最強のビーム兵器『アマテラスマークⅢ』だって積んでる。船長であるオヤジも、元機構軍兵士だしな。きっと大丈夫だ。」

 楽観的なキプチャクに、アデレードは言った。少しからかうような口調だ。

「機構軍嫌いのお前が、元機構軍を理由にオヤジを頼りにするのか?」

「オヤジは別だよ。元機構軍でも、オヤジは信用できる。オヤジを信じないで、何を信じるっていうんだ。」

「そうだ。オヤジが付いているから、大丈夫だ。」

と、ユーシンもキプチャクに賛成した。「機構軍で百戦錬磨のオヤジだ。退役して『キグナス』のキャプテンになってからの経験も豊富だし。重武装の『ウォタリングキグナス』とオヤジ、この黄金コンビになら、安心して命を預けられる。俺もそう思う。」

「そうよ。あたしたちだって、それを信じているから、『キグナス』のクルーに志願したんだからね。ねぇ、ノノ。」

「うん。『キグナス』とオヤジが揃えば、無敵。半軍商社だから、機構軍も守ってくれる。」

「そうだ。そうなんだよな。」

とアデレード、またしても声が大きくなる。「『ウニヴェルズム・フォンテイン』は機構軍と提携契約している半軍商社だから、銀河のどこで危険に遭遇しても、機構軍が最優先で駆け付けてくれるんだよな。その代わり、軍の要請があれば機構軍の臨時戦闘艦として、戦闘参加もしなきゃいけないけど。」

「機構軍の一員として戦闘参加か。釈然としないけど、契約だからしょうがねえな。」

とは、機構軍嫌いのキプチャクの発言。

「本来なら、機構軍の護衛艦を付ける事が義務付けられている危険宙域での、単艦航行も認められているのが『ウォタリングキグナス』だ。いわば、機構軍も太鼓判を押す程の防衛力って事だ。これまでにも何度も宙賊を撃退して、今では近寄って来る宙賊も滅多にいないというしな。」

 ユーシンの言葉に、ニコルが続く。

「高いお金払って護衛艦を付けなくて良いのが、『キグナス』のビジネス上のアドバンテージでもあるのよねぇ。それに、機構軍臨時戦闘艦としての戦闘参加でも、結構な戦績を残しているしねぇ。さすがは『ケンカ腰の白鳥』ってとこね。無敵の商船よね。」

「それが返って危険を増長する要因のような気もするけど、とにかく俺たちは乗るって決めたんだから、『キグナス』で戦って生き延びるんだ。俺も『1-1-1戦闘艇団』を目指すからには、戦いの中で生き延びて見せなきゃ、いけないしな。」

 アデレードは決意を込めてつぶやいた。

「あたしも、戦いの中で生き延びて、傷ついた人を一人でも多く救う。」

「あたしは、生き延びてイイ男を見つける。」

 決意を述べたアデレードとノノとニコルが、ユーシンに注目を寄せた。

「・・俺は、・・ええ、冒険する。」

と、絞り出したユーシンに、

「本当かな?他に何かありそうな・・。」

と、ノノの言葉。ニコルはニヤニヤして流し目。

「ああ!だんだんと見えて来たぞぉ!」

「そうだな!キプチャク。未来なんて、誰にも見えないものだけれど。それでも、少しずつ夢への道筋が見えて来た気がする。」

「いや、そうじゃなくて。あの服装で前屈みになったから、谷間が奥の方まではっきり見えて来たんだ。」

 若者4人が、一斉にため息を付いた。

(確かに谷間は良く見えるけど、「顔面蒼白」の理由は全く見えない。気になるな。)

 ユーシンは、心の片隅で微かに、そんな事を思った。


「冒険じゃなくて、お嬢様でしょ。あんたの目標は。」

 ラウンジに2人だけで残されると、ニコルはユーシンに囁いた。ニヤニヤ笑いの流し目も健在だ。

 谷間の景観を提供していた「蒼白美女」が自室に戻り(その瞬間には「う、動いた!」と若者5人は驚いたものだが)、それでラウンジにいる理由は無くなったと、キプチャクも自室に歩き出し、それに釣られるように、アデレードとノノも自室に向かった。

 ユーシンもそれに習おうとしたのだが、ニコルに袖口を、クイッ、と引かれて、ラウンジに留まったのだった。

「良いだろ、何を目標にしようと、俺の勝手だろう。」

「もちろん勝手よ。でも、それを義兄弟であり親友でもある皆にも言えないなんてね。それに、一度後ろ姿を見ただけで、そこまで想いを強く出来るものかしらね。」

「うぅぅ・・。」

 ニコルに心中を(えぐ)られ、ユーシンは呻いた。

 自分でも不思議だった。後ろ姿をひと目見ただけで、なぜかユーシンには、クレアが抱えている重圧のような物、焦燥感のような物、不安感のような物が伝わって来たのだった。

どこかのスペースコロニーのナレッジセンターで見かけた後、クレアに関する噂話を、仕事仲間から聞かされたことがあった。

「あの小娘、ウニヴェルズム・フォンテインの社長令嬢に生まれたっていうだけで、何にも知らねぇ、なんにも出来ねぇ小娘の分際で、次期幹部の椅子が約束されてんだぜ。」

「商社の持ってる何十隻もの船も、そこで働く何万人の従業員も、あのちんちくりんの小娘の配下に収まるんだとよ。冗談じゃねぇ!」

「何年も商社の為に汗水流して来た俺達を追い抜いて、あの小娘がボス面するんだとよ。胸糞悪い!」

「虫も殺した事がねぇような、自分では何もしなくて良いような御令嬢が、半軍商社として血で血を洗うような修羅場を毎日潜っている俺達を、上から見下して監督するなんてな。」

 そんな仕事仲間達の悪態を聞いて、ユーシンは思ったのだ。あんな幼さを残す少女が、なんて重い、なんて過酷なものを背負わされているのだろうと。後ろ姿だけから、彼女の背負う重圧を感じたのか、その噂話を聞いた後で後ろ姿を思い出し、重圧を背負っているだろうと想像したのか、今となってはユーシン自身にも分からないのではあるが。

 ただ、今のユーシンが、クレアの背負っているであろう重圧から、過酷な試練から、守ってあげたい、支えてあげたい。そう思っている事は確かだった。

 自分でも驚くような事ではあったが、たった一度後ろ姿を見ただけの少女を守り、支える事に、ユーシンは、その生涯を捧げる覚悟を固めていたのだった。

 聞こえて来た噂話は、他にもあった。

「半軍商社であり続けることが、『ウニヴェルズム・フォンテイン』の生命線だからな、あの娘はいずれ必ず、機構軍幹部に嫁ぐことが決まってるそうだ。」

「機構軍幹部の腰の上に、上手にまたがって腰を振る練習をするのが、幼少の頃からの日課だそうだぜ。へっへっへ。」

「商社あっての自分の立場ってものは、小娘もよーくわきまえてるから、相当熱心に機構軍幹部の機嫌の取り方を研究してるんだってよ。アッハッハッハァ!」

「絶対に商社を存続させるんだって、その為には機構軍幹部に取り入らなきゃって、小さなガキンチョが毎晩、必死の形相で腰振る練習してんだぜ、傑作だよな。」

(違うっ!)ユーシンは思ったのだった。(商社を、そこで働くみんなを、大切に思うから、愛しているから、お嬢様は政略結婚を受け入れているんだ。経験も無い、技能も無い、そんな自分が、商社とそこで働く皆を守る為に、出来る事は何でもしようとしているんだ。従業員の命も顧みずに利益を追及する半軍商社の幹部、そんな恐ろしい理不尽な立場を、とてつもない重圧を、15歳という若さで、無垢なる令嬢という身分で背負わされ、それでも何とかして応えようと、必死で耐え、もがき、苦しんでいるんだ。)

 顔も知らないクレアについて、何故そう思うのか分からないが、ユーシンは確信していた。ひと目見た後ろ姿と揺れる黒髪、それと聞こえて来た噂話から、それを確信できたのだった。だから覚悟を固めたのだ。

(俺は、全人生を注ぎ込んで、命を賭して、全身全霊を、己の持つ全能力を傾けて、お嬢様を守る。お嬢様を支える。)

(これは恋じゃない。機構軍幹部に嫁ぐと決まっている女人(ひと)に、恋など許されない。決して結ばれない。決して報われない。でも、全てを掛ける。ただ守り、支えるんだ、お嬢様を。)

「ユーシン。」

と、沈思黙考に至っていた彼を、ニコルが呼び戻した。「そんなにも惚れているわけ?お嬢様に。」

「惚れたんじゃない。守りたいだけだ。」

「へえぇ??」

「・・・心躍る冒険って事でお願いします。俺の夢。」

「・・、ハイハイ。」



今日('17/2/17)の投稿ではここまでとします。明日('17/2/18)第3・4話をアップします。ある程度話が進まないと、何も見えて来ないと思われるので、最初は多目の投稿です。若者達に待ち受ける、壮大な旅、壮絶な運命を、今はただ予感して頂くばかり、というところでしょうか。ただ、一つの疑問はまもなく解消するでしょう。ユーシンが気にしていて、キプチャクが不純な視線を送るあの人について、触れられます。ということで、

次回投稿では 第3話 蒼白美女の事情 第4話 宙空浮遊都市「ウィーノ」 です。

古代の銀河に存在した超巨大宙空浮遊都市とは、いかなるものか。是非、御一読頂きたいと思っております。

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