第26話 白鳥のゲンコツと跳躍
宇宙艇は高速で飛翔しているが、「キグナス」も同じ方向に飛翔ているのだ、徐々に大きくなって行くその姿を、ユーシン達はじっくりと鑑賞する事が出来た。左側面をこちらに向けながら、横方向に飛翔している。つるりとした流線型の船体が真っ白な光を放つ様が、神々しさをさえ、感じさせる。
近づくにつれて、船体左舷のミサイル発射口を開いているのが視認出来るようになる。また宙賊が接近して来れば、いつでも発射できる体勢で、手ぐすね引いて待ち構えている事が分かって来た。まさしく「ケンカ腰の白鳥」の字名にふさわしいファイティングポーズだ。
十数分後、宇宙艇は「キグナス」に収容された。船腹がスライドして開き、宇宙艇一隻分程の開口部が現れたところに、ファランクスの操縦で器用に、その開口部へと滑り込んだのだった。
エアロックに空気が充填され、宇宙艇の外側が大気圧になるのを見届けて、ユーシンは最初に降りた。彼に続いて七人が降りて来たのを見届けたところで、
「あれ、シャラナさん?」
と言って、再びユーシンは宇宙艇に戻った。
「シャラナさん、着きましたよ。起きて下さい。」
まさか、まだ寝ているとは思わなかったのか、夫も家宰達も先に降りてしまい、コックピット内に眠ったまま残されていたシャラナを、ユーシンは程良い声量で起こした。
「う、ふわぁーっ。」
と、両腕を目いっぱい突き上げて、伸びをしたシャラナ。その仕草は、ユーシンにはとても意外で、新鮮で、そして美しいものに見えた。
「ははは」
思わず笑いがこぼれる。「余程、ぐっすり眠っておいでだったのですね。よく眠れましたか?」
問いかけたユーシンの顔を、シャラナはほんの数秒だがじっと見つめた。優雅で気品のある微笑みの向こうに、何か少し、うっとりしているような気配もある、ような。ユーシンが背中に、くすぐったいような何かを感じた瞬間、返事が返って来た。
「ええ。とっても静かな飛行でしたから。」
伸びをする様をまじまじと見られた事にも、少しも恥じ入る様子もなく、しゃんと背筋の伸びた凛々しい姿勢で、シャラナは応じていた。「変態商人」との出来事の影響など、もう微塵も感じられなかった。クレアの笑顔を守れた事を、ユーシンは確信したのだった。
宇宙艇を降りた面々は、「おつかれ」の挨拶を置き土産に、宇宙艇のパイロット二人をそこに残し、真っ直ぐに航宙指揮室を目指した。リーディンググリップに導かれた飛翔だ。
ユーシンを先頭に指揮室に入ると、室内の一同から拍手が沸き上がった。ピーピーと指笛の音まで聞こえる。
「やりやがったなぁ。ガキィ。『ヤマヤ』の虜囚達を助けて、宙賊の攻撃も掻い潜って、ちゃんと『キグナス』に戻って来やがったじゃねぇか。上出来だぜぇ。」
バルベリーゴの言葉に続いて。
「お帰り!」
「やったなぁ!」
「お見事!」
などという言葉共が、そちこちから聞こえて来る。
だが、それは直ぐに終わった。指揮室の者達の、彼への賞賛の念を、一瞬で忘却させる事が起こったようだ。
「おおおおおお・・」
という、どよめきが湧き上がったかと思うと、
「はぁあああ」
という溜息も、漏れ聞こえ、全員の視線はユーシンを外れ、指揮室の入り口の辺りに注がれていた。
入り口付近の空間に浮かび漂っているのは、シャラナだった。皆の視線を釘付けにし、皆の心を虜にしたのも頷けるほど、その姿は優美なものだった。ユーシンも、何度も見ているし、今の今まで一緒にいたにもかかわらず、改めてそう思い、見惚れてしまった。
「こんなにも美人だったんだ。ユーシンが必死で助け出すわけだ。」
「なんて気品に満ちたお姿かしら、憧れちゃうわぁ。」
「こんな絶世の美女と、ずっと狭い宇宙艇に缶詰だったのか、ユーシン、キプチャク!ずるいぞぉ。」
そちこちから今度は、シャラナへの感嘆の声が聞こえて来ていた。
初対面の者共に、口々に褒めそやされている状況でも、シャラナは眉一つ動かすことなく、背筋のしゃんと伸びた凛々しい姿勢を完璧に保っている。航宙指揮室の面々の顔を、穏やかな笑顔で、一人一人順番に、正面から眺めて行った。
美人だ、などとの賛辞にも、照れる様子も、謙遜する仕草も、微塵も無かった。慣れたものなのだろうか。そして、堂々とした、威厳に満ちた声色で、彼等に向かって言葉を放って行った。
「宇宙商船『ウォタリングキグナス』の、クルーの皆様。この度、我々の命をお救い下さった皆様のご好意、心より感謝申し上げます。宙賊にも恐れず立ち向かって行かれた皆様の勇気、心より尊敬申し上げます。そして、我々を虜囚の身から解き放つために披歴された皆様の知略、心より感服いたしております。」
そこで一旦言葉をとぎったシャラナは、少し後ろにいた夫の隣に並んでみせ、そして続けた。
「隣にいます、トクワキ・チルヌム、そしてその妻、私、シャラナ・チルヌム、それから、我が家宰の三名、この度皆様から受けましたこの御恩、生涯、決して、忘れる事は無いでしょう。本当に、有難うございました。」
言葉を終え、深々とシャラナは頭を下げた。他の四人もそれに習った。そんなヤマヤの者達に、また指揮室一同からの、嵐のような拍手喝采が巻き起こった。指笛の音は祭囃子さながらだ。
「よっ!シャラナさん、美人だぞ!」
「本当に綺麗よぉ、シャラナさぁん!」
「おねぇさん、最高にべっぴんだぁ!」
となぜか、シャラナの容姿を褒める発言ばかりが聞こえて来る事には、ユーシンは内心、
(いやいや・・)
と、つぶやかずには、いられなかったが。
「おうガキ共ぉ!盛り上がってるところわりぃが、宙賊の馬鹿どもが、また集まって来やがったぁ。もういっちょう、喧嘩だぁ!」
「うぉおおおお!」
地鳴りのごとき雄叫びが、指揮室に響き渡った。嵐ような盛り上がりに、悠然とした笑みを浮かべて、周囲を睥睨しているシャラナ。まるで、彼女を女王様として担ぎ上げる何かの儀式が、執り行われているかのようにユーシンには見えた。
「宙賊の戦闘艇、右舷側に8隻確認。突っ込んで来る様子は無いのぉ。」
通信探索長のラオが報告した。それに続いて、同じく通信探索要員の紅一点、アニーが言う。
「左舷側にも6隻、賑やかになって来たわ。『キグナス』の周りをクルクル回って、フォークダンス見たい。」
「宙賊のくせに、この重武装の『キグナス』相手に、逃げ出さねぇとは、良い根性と言いたいところだが、どうも解せねぇなぁ。」
そんなバルベリーゴの言葉に、トクワキが説明を与えた。
「先ほども、ユーシンさん達と話しておりましたが、『コーリク国』に人質を取られた宙賊達が、無理矢理に我々を襲撃させられているとも考えられます。とすれば彼らは、人質を殺されない為にも、我らの乗った『ウォタリングキグナス』への襲撃を、簡単には断念できないのでしょう。」
「なるほど」
バルベリーゴは唸るように言った。「厄介だなぁ、そこまで必死に付け狙われるってのはよぉ。それに、そんな哀れないきさつを聞かされると、同情しちまいそうじゃねぇかぁ。だが、こっちも殺られてやるわけにゃぁ、いかねぇからなぁ。かかって来るなら、ぶちのめすまでよぉ。」
「あっしゃっしゃあ、また散開弾をぶち込んでやるのか?バリーよ。」
ドーリーの言葉にバルベリーゴが答える。
「ちょっと、もったいねぇかな?ドーリー。さっきので、散開弾の三割くらい使っちまっただろぉ。まだ、先は長げぇからなぁ。」
「そうよ。先は長いどころか、今さっき出航したばかりなのよ。物体系の攻撃手段は温存して置いたら?」
バルベリーゴの発言に応じたのは、メンテ長のキムルだ。今は武装管制席に着いている。さっきの二十四発の散開弾の発射操作をしたのは、彼女のようだ。
「俺に『アマテラス』撃たせてくれ!ビーム兵器なら、多少の無駄撃ちは、問題ねぇだろ。」
と言ったのは、ユーシンだった。物体の補給は手間がかかるが、宇宙で捕集した水素で核融合が出来る「キグナス」にとって、ビーム兵器のエネルギー源は事実上、無尽蔵だ。
「なんじゃと!ユーシン。オモチャじゃないんじゃぞ、『アマテラス』は。なんでおぬしのようなヒヨッコに、それもこんな実戦で撃たせにゃならんのじゃ。」
と、ドーリー。
「それにねぇ。当たるわけ無いのよ、この距離で、あんなに小さくてすばしこい戦闘艇に。光子レーザーみたいに、連続照射なんて出来ないんだから。一発撃ったら数秒間のチャージが必要なのよ。」
と、キムル。
「うむ、しかしだな、」
と、反対が続いた後でラオが指摘する。「威嚇には、なるのではないかい?それで追い払えれば、十分であるぞ。」
「威嚇なら、誰が撃ってもいっしょだなぁ。当たらなくてもいいんだからなぁ。」
と言ったのはバルベリーゴ、更にユーシンに向き直って続ける。
「この前は、お前のシャトル操縦で命拾いしたしなぁ。その褒美だぁ。撃ってみろぉ。」
「よっしゃあ!」
喜ぶユーシンを横目に、ドーリーは毒づく。
「なんじゃいバリーよ。撃つんなら、わしに撃たせんかい。ただの威嚇にしたって、なんでこんなヒヨッコに。」
そう言っている間に、ドーリーの隣のシートに着いていたマルコが、ユーシンに席を譲った。「アマテラス」の射撃管制は操船席にあるのだ。二つある内のどちらかを、ユーシンに譲らなくてはいけない。今、操船しているのはドーリーだから、マルコの席をユーシンに譲るのが合理的だ。
ドーリーも文句を言いながらも、船長の指示に逆らうつもりはないようだ。
「わしが初めて、戦艦の主砲を撃たせてもろうたのなんぞ、入隊から5年も経ってからだったぞい。それなのに、何で初航宙のおぬしが、こんなにも・・・」
そんな、ぶつくさ言ってるドーリーの声を無視して、ユーシンはシートにベルトで体を固定し、コンソールを叩き始めた。
「アニー、一番近い奴のデーター、こっちに回してくれ。」
「ええ。いいけど、当てるつもり?威嚇だけなら、一番近い奴狙う必要ないのよ。」
アニーは、ユーシンの依頼に応える操作をしながら指摘した。
「当てて見せる。」
と、ユーシン。
「当たるかい!」
と、真っ赤な顔のドーリー。
指揮室前部にあるホログラムには、中心にある「キグナス」を示す光点以外に、赤い光点が十数個と青い光点が2・3個映っている。赤は、敵性レーダー反射物だ。青は非人工物、つまり天然の天体だ。微小惑星だろう。光点は全て、実際の大きさよりはデフォルメされて、表示されている。実物大で表示したら、1㎛にも満たないサイズの光点になってしまい、誰にも見えない。
そして、赤い光点の内の一つは、八方向から立体的に囲む“鍵かっこ”のようなものでマーキングされている。それが今、ユーシンが狙っている獲物を表しているのだ。
ホログラムの上に設置されているモニターの一つには、「アマテラス」の指向する方角のレーダー波反射状況が、拡大投影されている。ユーシンの操作で「アマテラス」の指向方向が変遷すると、モニター上の映像もスライドして行く事になる。水平方向には砲身自体の旋回で狙いを定められるが、垂直方向は「キグナス」の船体を回転させる必要がある。「アマテラス」の射撃管制が、操船席に併設されている所以だ。
モニターに映っている赤い光点は、ホログラム中には鍵かっこ付きで表示されているもの、つまりユーシンが狙っている獲物だ。それ以外のレーダー波反射物が同モニターにフレームインして来たら、白い光点で示される。
隣のモニターには、カメラ映像もある。それに熱源探知映像、つまり赤外線カメラの映像もある。同じ場所を同じサイズで映している、三つの映像が並んでいるのだ。ユーシンの砲撃の結果はこの三つのモニターで、操船室の一同に、一目瞭然に示される事になる。
「まぁみてろ。」
ユーシンは不敵な笑みで、ドーリーに言い返した。
「あっはっは。シャトルで鉄屑の隙間をすり抜ける、なんて曲芸をやりやがったからなぁ、このガキは。ヤらせてみる価値はあるぜぇ。ドーリー。」
「ふん!当たるかい。・・て、やい、ユーシン!やる気あるんかい、目ぇつぶって操作するやつがあるか!」
だがユーシンは目を開けない。一番近くにいた敵戦闘艇の動きや諸データーをある程度見た後は、目を閉じて何かを想像するような仕草でいた。射撃自体はフルオートなのだ。射手がすべきことは、敵の動きを読む事。そして、レーダー連動の自動射撃の、ずれを補正する事なのだ。
「ここだ!見せてやるぞ、白鳥のゲンコツ!」
目をつぶったままだったユーシンが、短く叫んだかと思うと、コンソールで指を躍らせた。射撃プログラム入力の数秒後、
「アマテラス、発射だぁ!」
とのユーシンの叫びと共に、テレビカメラ映像に一本の眩しい光の帯が、赤外線カメラの映像には一本の黒い線が、同時に示された。
その一瞬後に、テレビカメラには眩い光芒が、赤外線カメラには黒い円形物が、ほんの数秒間示された。レーダー用カメラには、何も現れなかったが、逆に、さっきから映っていた赤い光点が、消滅した。
「わぁっ、敵戦闘艇、爆散!当たったぞ!」
「うわぉっ!当てやがったぁ!撃破だぁっ!」
という叫びが上がった後、低いどよめきが指揮室を包む。
「そんな阿呆なぁ!」
と叫んだのはドーリー。
「あっはっは、まさか本当に当てやがるとは。やるなぁ、ガキィ。」
バルベリーゴも驚きを隠さずに言った。
「ま、まぐれじゃ、まぐれ。こんなもの。」
「次ぃっ!データー回してくれ、アニー。」
ドーリーに構わず、ユーシンは言った。
「はいよ、頑張りなさい。」
また眼を閉じ、相手の動きを読む。
「こんな感じ。」
と、またユーシンの指は躍り、その数秒後、叫んだ。「いけぇ、『アマテラス』!」
叫ばなくても、「アマテラス」は自動で発射される。数秒前に入力されたプログラムに従って。
テレビカメラ用モニターに光線、光芒が。レーダー用モニターからは光点消失。
「また当たったぁ!」
「すげぇ、連続撃破だぁっ!」
「これはいよいよ、まぐれでは無さそうねぇ。大したものだわぁ。」
「何を言っておるのだ、キムル。そんなわけないじゃろう。狙って当たるはずは、無いのじゃ。」
「あっはっは、観念しろぉ。ドーリー。二回連続で当てりゃあ、本物だぜぇ。」
室内はざわついている。
「次ぃ、アニー。」
「はいよ、ダーリン。」
が、次は外した。その次は当てて、その次をまた外した。
「くそぉっ!次だぁ、アニーっ。」
だが、ラオの報告が終了を告げる。
「おっと待たれい。敵さん、尻尾丸めて退散して行きおるぞ。ぬわっはっは、ユーシンの射撃の腕に、恐れをなしたようだのう。」
「あっはっは、そうだろう。向うにすりゃあ、ろくな攻撃手段もねぇような遠い距離から、次々に狙い撃ちにされてんだからなぁ。適いっこねぇって思うわな、いくら人質を取られているとは言え。よくやった。上出来だぁ、ガキィ。」
「ちぇっ、まだ、もの足りないんだけどな。でも考えれば、人を殺したんだよな。俺、今。」
ちょっと沈んだ顔をバルベリーゴに向けた、ユーシンだった。
「お見事です。さすがは、我らが救世主たるお方。惚れ惚れするような射撃でございました。」
いつの間にか、傍に寄って来ていたシャラナからも、心地良い、落ち着いたトーンの褒め言葉が届けられた。
「よぉーし、邪魔者も追い払った事だし、ガキ共ぉ、跳ぶぞぉ!」
「おお、オヤジ、いよいよスペースコームジャンプか!」
「当たり前だぁ!もうここには用はねぇんだ。さっさとワープして、次を目指すとするぜぇ。ラオ、周囲に危険はねぇな!」
「大丈夫、全方位クリアーである。」
ワープインの体勢に入ってからは、船は完全に無防備になる。視界もレーダーも、その他あらゆる探査機能も使用不能となり、すっかり盲目となる。それに、ビーム兵器に対するシールド磁場の生成も不可能だし、外部装甲も脆い状態になってしまうのだ。戦闘艇一隻にでも、簡単に大破させられてしまい得るのだ。だからワープインの時には、徹底した周辺探索を実施し、危険のない事を確認する必要がある。
「スペースコームの状態観測は完了しておるのかのぉ、ラオや?」
今度はドーリーの問いかけに、ラオは答える。
「うむ、5時間かけての観測はとっくに終了しておる。今すぐに、そっちに情報を転送致す。」
「うむ。おぉ、来たわい。」
刻々と変化するスペースコームの状態を、充分に掴んで置かないと、思った場所へのワープは出来ない。その観測にこの時代では、約5時間を要するのだ。ワープインの直前に、必ず実施しておく事になっている。
「ワープアウトスポットの状態は?アニー。」
「大丈夫よ、ワープレーダーに不審な質量物は検知されてないわ。」
ワープレーダーは、素粒子ジャンプを応用したワープアウトポイントの探索手段だ。分かるのは、大まかな質量分布だけだ。
ワープアウトポイントに、何かの天体等、大きな質量物があっても、ワープは失敗に終わり、宇宙船は木っ端微塵となる。だから、そこに大きな質量物がない事の確認は必須だ。それに、ワープアウト時にも宇宙船は無防備状態になるので、攻撃して来る可能性のあるような者も、いてもらっては困るのだ。
場合によっては無人の探査船を先行でジャンプさせておいて、それの探査結果をワープ通信で受け取り、安全を確認するという徹底したやり方もあるが、今回はそこまでする必要は無いと、バルベリーゴは判断した。
「よし、じゃあ、ワープインシーケンスに入るとするか。ユーシン、やってみろ!」
「おう、オヤジ。良いのか、やったぜ。」
「おいおい、バリーよ。ユーシンにはサービスが過剰なのじゃないかのぉ?『アマテラス』を撃たせてやったに続いて、今度はスペースコームジャンプの操船までさせるのか?」
恨めしそうな視線に、穏やかに応じるバルベリーゴ。
「ドーリー。今の見て、分かっただろ。こいつは並のタマじゃねぇ。じっくり磨いて、びっかびかに光らせてやろうじゃねぇか!なぁ、ユーシン!しっかり頼むぜ。」
「ああ、任せとけ!」
気迫満点で答えたユーシン。
「ご立派です、ユーシンさん。乗船してすぐに、船長の信頼を勝ち取りましたね。」
シャラナの褒め言葉は、ユーシンには少し、こそばゆいものがあった。
そんなシャラナに、ノノがすーっと近づいて、耳元で小さく囁いた。
「あの、シャラナさん。お手数ですが、医務室の方に、おいでいただけませんか?・・その、お体の精密な検診を、させて頂きたいのです。・・その、何があったのかは存じませんが・・あの・・一応、ちゃんと検査はしておいた方が、良いかと・・。」
少し驚いたように、目を丸くしてノノを振り返ったシャラナだったが、直ぐに穏やかな微笑みに復して、丁寧に頭を下げながら言った。
「お心遣い、感謝します。おっしゃる通り、そうして頂いた方が、賢明のようです。よろしくお願い致します。」
十分に元気そうなシャラナを、ノノは壊れ物でも扱うように、抱きかかえるようにして、航宙指揮室から連れ出して行った。ユーシンンはノノが、シャラナの心も体も癒してくれることを、切に祈った。
が、すぐに気持ちを切り替える。ワープだ。ユーシンは淡々とした口調で宣言し始めた。
「ワープインシーケンス開始。ウィングオープン。回転開始。乗員は回転加速の衝撃に備えよ。」
「キグナス」の船体両舷にある、突出構造物が更にせり出し、その先端付近のスラスターの噴出が、「キグナス」に回転運動を与えて行く。
「直進速度、回転速度、共にプロパー。十秒後に強磁場展開開始。各部署は精密電子機器の作動停止を確認。」
適切なワープの為には、直進速度、直進加速度、回転速度、回転加速度、磁場強度を適切に制御する必要がる。強磁場生成の為に精密電子機器は使えなくなる。故障を防ぐために、直前に停止しておくのが普通だ。盲目になる所以でもある。
「磁場強度プロパー、直進加速、回転加速が実現後、本船はワープする。衝撃に備えよ。」
外から「キグナス」を観測している者など、誰もいないが、もしいたら、この辺りから「キグナス」が、虹色の光に包まれて行くシーンを目撃するだろう。高加速度の影響で、光は後方に揺らめきながらたなびいている。
「両種、加速強度、急上昇!」
とのユーシンの叫びと共に、後部メインスラスターは、後方に噴出されているプラズマイオンの光柱を、爆発的に勢いづかせた。同時に、展開されていた両舷の突出構造物の先端のギザギザに刻まれた部分から、光の粒が次々に飛び出し、回転運動によって散乱・乱舞させられる。急速な空間の歪みが生み出す何らかの現象なのだが、詳細は誰も知らない。
そんな、虹色の光と粒状の光に彩られた、船体両舷の突出構造物が、根元から上方向に、折りたたまれて行くと、「キグナス」の回転加速度は一気に急上昇する。フィギアスケーターが、両腕を抱き込んでスピン速度を上げるのと同じだ。
直線加速度と回転加速度の急上昇は、乱舞する光の粒の数を激増させ、やがて「キグナス」自体が一つの大きな光の珠と化した。
「『キグナス』、ジャンプ!!」
ユーシンが叫ぶと同時に、虚空を突進する光の珠は、忽然とその姿を消滅させた。
白鳥が、宇宙を跳躍した。
後には虹色の光が、しばらく帯状に、その辺りの空間に漂っていた。その様を見ている者など、誰もいないのではあるが。
今回の投稿はここまでです。次回の投稿は、'17/5/5 です。そしてここから、第2章の幕開けとなります。
さて、磁場と回転と加速で、ワープなんてできるのか?と疑問に思う読者もおられるでしょうが、「それがスペースコームというものなのです!」とお答えするに留めておきます。時空の歪みで、自衛隊が戦国時代に行ってしまうという「実例?」もあることですから、時空にゆがみの生じているスペースコーム内では、こんなことでワープができてしまっても、いいでしょう。いいはず。いいって言って。「ヤマヤの虜囚」達の救出にも成功し、無事「キグナス」も旅立って行って、第1章は、「めでたし、めでたし」で終了しましたが、まだまだ、心残りがあるはずなので、次章以降にも注目して頂きたいです。というわけで、
次回 第27話 シャラナの思い出と前途 です。
ついに始まった宇宙の旅の様子、そして、シャラナを通しての物語世界の広がりを、楽しみにして頂きたいです。




