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第24話 不屈の貴女

 見覚えのあるシャトルがドッキングベイに滑り込んで来た。アームで固定され、乗降用通路となるチューブが接続される。窓越しにそれを見ていたユーシンとシャラナは、乗降通路の出口から泳ぎ出して来た人々に、視線を移した。その者達に対しても、ユーシンは見覚えがあった。「蒼白美女」を取り巻いていた男女だ。

「では、行ってまいります。」

とシャラナは言い、笑顔を浮かべてユーシンを振り返ったが、やはりいつもの穏やかさは影を潜め、少し硬い表情だ。

「すいません。本当に。こんな事・・・」

「いいえ。私自身が、私達の命を長らえる為に決断した事です。あなたが気に病む事ではありません。」

 そう言ってシャラナは、手で窓を押した。シャトルから出て来た男女の方へと、その身は漂って行く。5人でシャラナを取り囲んだ彼らは、抱きかかえるようにして搭乗通路へと連れ去って行った。

 彼らが、これから行われる事に加担するのかどうかは分からないが、シャラナの腰の辺りに添えられた、一人の女の手が醸す雰囲気が既に、何やら意味深なものに、ユーシンには見えた。うつむいたまま連行されて行くシャラナの表情は、ユーシンにはうかがい知る事は出来なかった。

 それと入れ違いに、「変態商人」ラクサスが出て来た。すれ違いざまにチラリとシャラナを見やり、下卑た笑いを口元に浮かべた。彼はユーシンの方に飛んで来た。

「ユーシン君!いろいろ調べたよ、あの姫君の事。素晴らしいプレミアモノの、由緒ある家系に生まれておるではないか!出身である『ユラギ国』のイーウイ家と言い、嫁ぎ先である『ヤマヤ国』のサザ家と言い、伝統も家格も申し分ない。正真正銘の一流貴族だよ、あの女は。それに、彼女に関する幾つかの動画も入手してねぇ、その立ち居振る舞い、言葉遣い、艶のある目の配り等もチェックしておいた。どれも素晴らしい。最高級品だ!」

 ユーシンは苦笑いを浮かべる以外に、する術を知らなかった。

「あれほどの上物が、奴隷に陥るなどという奇跡が起こっていようとは。よくぞ、そのような貴重な情報を、我が下にもたらしてくれた。今宵は、突如訪れた最高の時間を、心行くまで満喫する事にするよ。有難う!本当に有難う、ユーシン君!では、失礼するよ。」

 いうだけ言って、戻って行くラクサスの背中に、

「契約の履行は、お願いしますよ。」

と呼びかけたユーシン。

「ははは、貴族の名誉にかけて、契約は守るよ。あははは。」

 ラクサスのシャトルは飛び立って行った。第4衛星は直ぐ近くだ。1時間もしない内に、何かが始まるのだろう。その何かは、ユーシンには想像もつかない。

 ユーシンはドッキングベイを離れ、エレベーターで地表付近にまでは来たが、トクワキや家宰たちの待つ居室には、戻る気にはなれなかった。彼らには、合わせる顔が無い。通路の端にしゃがみ込み、膝を抱えて反対側の壁を見つめた。いつまで、そうしているつもりかも分からず。

 透明な壁の向こうの、キラキラ光る氷の表面が、まるで星々の煌めきのように思えて来た。それを背景にして、星々の間を航行している時に見た、「蒼白美女」の顔が蘇って来る。

(シャラナさんも、あんな風になってしまうのだろうか?)

 タキオントンネル航行船のラウンジで目に焼き付いた、焦点の合わない瞳、緩んだままの口元、血の気の引いた頬、それら「蒼白美女」の特徴を、ユーシンの記憶にあるシャラナに当てはめる事は、想像力の限界を超えていた。

(何であんな顔に、させたがるんだ?)

 どんな変態的な行為よりも、そんな顔にさせたがる神経が、ユーシンには理解できなかった。クレアの顔を思い出してみた。シャトルのコックピットで見せてくれた、力みの無い自然な笑顔。たっぷりと空気を詰め込んだ、ふくれっ面。執務室の前で突如現れた、満開の笑顔。

(ああいう顔をさせる方が、絶対、楽しいじゃないか。断然、嬉しいじゃないか。)

 ラクサスに尻を触られた時の、クレアの顔も思い出した。羞恥や困惑に歪んだ顔を。

(何であんな顔をさせるんだ!笑顔が滅茶苦茶愛らしいお嬢様に。シャラナさんだって、「蒼白美女」だって、絶対、笑顔の方が美しく、愛らしいに決まっているんだ。何だってあの「変態商人」は、笑顔より、蒼白な顔や困惑の顔を好むのだろう?)

 どんな凌辱行為を好む神経より、笑顔以外の顔を見たがる神経の方がよほど、「変態」なのだ、と、ユーシンは強く思った。

(何が行われているんだろう?)

 そう思うと、頭の中がモヤモヤして来る。想像がつかないだけに、その不安に抗する方法が、ユーシンには見つけられなかった。宙賊のミサイルが迫って来る不安の方が、彼には易しかった。

(一億㎢を使った何かが、行われているのだろうか?)

 分からない。とにかく分からない。分からないからモヤモヤする。モヤモヤしたものが頭の中に充満して来る。そのモヤモヤに翻弄されるように、ユーシンの思考は、あちらこちらへとさまよった。何度もクレアの笑顔を想った。今の彼には、それしかないと知らされた。そして、彼女の笑顔を守るために彼は、この事態を招聘(しょうへい)したのだ。この事でシャラナ達の命を守れれば、クレアの笑顔も守られる。

 こんな醜悪な策を案出した自分は、クレアに軽蔑されるかもしれないが、姉と慕う人が生きている事は、彼女に笑顔をもたらすはずだ。もしシャラナが「蒼白美女」になってしまったら、自分はクレアの怒りを買うかもしれないが、それでも、シャラナが死んでしまうよりは、生きている方が、クレアも笑顔になれるはずだ。クレアの笑顔さえ守られれば、自分が軽蔑されようが、命を落とそうが、そんな事は構わないと覚悟を決めたのだ。だから今の彼には、クレアの笑顔だけが心の支えだった。

 少し眠ってしまったかもしれない。クレアの笑顔を枕に。いつの間にか時間は過ぎて行っていた。腕にはめた端末で時間を確認する。そろそろ帰って来る時刻か。

 恐ろしいほど重く感じる体を、ユーシンは強引に引き上げ、立ち上がった。ドッキングベイを目指して、エレベーターを降りようと思ったが、ラクサスのシャトルが到着するベイがどれか、現段階では分からないので、どのエレベーターに乗ったら良いかも、分からない。

 十数個のエレベータードアが並んだホールで、ユーシンは待った。そこには円柱が、三メートルほどの間隔で縦横に並んでいる。円柱も、透明の壁で囲われた氷柱だ。半透明に向う側を望ませる。その円柱に寄りかかって、また思考をさまよわせるユーシン。沈黙の時が過ぎる。また、立ったまま、うとうとしたようだ。

 と、突然、エレベーターのドアの一つが開いた。

(もう、戻って来ていたんだ!)

 腕にある端末には、ラクサスのシャトルが数分前に到着し、そしてもう出発した事が示されていた。

 エレベーターから人が降りる気配がする。円柱の向こうで人影が動く。半透明なので顔は認識できない。シャラナかどうかは分からない。ユーシンは動けなかった。なぜか足がすくんでいた。人影は2・3歩歩いたところで、ストンとしゃがみ込んだ。背中がどんどん丸くなり、顔が床に近づくのが分かる。そして、小刻みで不規則な息遣いが聞こえた時、ユーシンの胸に鋭い棘が刺さった。

 その息遣いで初めて、それがシャラナである事が確実となり、と同時に、彼女が地に突っ伏してすすり泣いている事が、分かったからだった。

 さっきまでは、背筋の真っ直ぐに伸びた、凛々しく気品のある彼女しか知らなかった。それが今、床の上に小さくなり、手足を抱え込むように縮こまり、嗚咽(おえつ)の声を轟かせているのだ。

(何を奪ってしまったんだろう、俺は、この女人から。)

 背筋を、何か得体のしれない冷たいものが、舐めて行く。

(何を壊してしまったんだろう、俺は、この女人の中の。)

 背筋はどんどん、冷えて行く。

 自分のした事が、この女人に何をもたらしたのか、正確な事は全く分からない。分からないからこそ、恐ろしい。自分のした事が、何か重大な事態をもたらした事は間違いないが、その重大さの程度が、分からない。見当もつかない。だからこそ、恐ろしくて、恐ろしくて、たまらない。

 背筋を舐めた、得体のしれない冷たいものは、いつの間にかユーシンの胃の腑にまで忍び込み、そこの体温を、ごっそりと奪い去って行った。力が入らない。自分の体重を支え続ける事も苦しくなる。膝が震え出した。立っていられる自信がなくなる。それでも、身動き一つ出来なかった。

 それは、どれくらい続いたか。5分かもしれないし、一時間かもしれなかった。だが、それは、終わった。突如終わった。その、地に伏していた丸いものは、前触れも無く、すっくと立ちあがった。円柱越しに見えるそのシルエットは、見事なまでに凛々しく、威厳に満ちた風格を漂わせた。

 円柱の、最も透明度の高い部分に、彼女の瞳が重なった。そこから、かろうじて見定める事の出来た、シャラナの眼差しは、ユーシンの記憶にあるものと同じく、力強く、優しく、穏やかなものだった。ユーシンは畏怖した、驚愕した、崇拝すらした。

(けが)せないんだ。穢す事など、出来ないんだ、この人は。誰にも。何をしたとしても。)

 その魂の強さは、ユーシンを圧倒した。

(体をどう、(もてあそ)ぼうとも、一時(いっとき)は涙に暮れさせようとも、この人の心を穢す事など出来ない。たとえ命を奪ったとしても、この人の魂を穢す事などは、何人にも叶わないんだ。)

 体をどうにかして、何かを奪ったとか、誰かを支配したとか、そんなものは、阿呆な男の幼稚な自己満足にすぎないんだと、ユーシンは思い知った。背筋がぞくっとした。だが、得体のしれない冷たいものの仕業では無かった。むしろ、それに奪われた体温が、一挙に返却されたようだった。両足にも力が湧き上がり、ユーシンは、円柱の陰から這い出す為に、大きく一歩を踏み出した。

 シャラナは直ぐにユーシンに気付き、目を合わせて来た。何度も見て来た、和やかな微笑みがその顔に広がる。ユーシンは内心で舌を巻いた。凄い事だと思った。

 執務室前の通路で見た、クレアの笑顔。悲しみで泣き続けていたはずの彼女が、ユーシンには満開の笑顔を見せた。そして今、地に伏して涙していたはずのシャラナが、穏やかに微笑んでいる。強い女人(ひと)は、どんな時でも、愛する者に笑顔を与えられるものなのか。

 そして男は、あんな笑顔やこんな笑顔を見せられて、奮起しないではいられない。俄然、熱いエネルギーが、ユーシンの全身に漲って来た。

「お疲れ様でした。シャラナさん。もう、あなたの役目は終わりました。後は、俺達の仕事です。安心して、任せていてください。」

「はい。お願い致します。」

 シャラナはゆっくりと、小さな会釈をした。

 ユーシンは、腕の端末に向かって叫んだ。

「キプチャク、聞こえるか。シャラナさんが戻った。すぐに出るぞ。」

と言った途端、端末から新たな情報を読み取ったユーシンは、慌てて付け加えた。

「・・・おい、端末を見てみろ。アデレード達の宇宙艇も、既にここに入港しているぞ。・・いつの間に?」

 疑問には思いつつ、

「シャラナさん、付いて来て下さい。お連れの人達も、キプチャクと一緒にすぐに後を追って来ますから。」

と、叫んだ。

「はい。おっしゃる通りに致します。」

 そう言ってユーシンの後に続いて歩き出したシャラナは尋ねた。「ユーシンさん。もしかして、私を心配して部屋にも戻らず、ずっとこの辺りでお待ち下さっていたのではありませんか?」

「え?ああ・・いや、なんとなく、部屋には戻り辛かっただけです。」

「ふふっ。そうですか。」

 そして、エレベーターに飛び乗り、一目散に向かったドッキングベイには、宇宙艇が固定されており、その前にアデレードとファランクスが立って・・いや、浮かんでいた。

「いつの間に来たんだ?気付かなかったぞ。」

というユーシンの問いに、アデレードが答えた。

「一旦第4衛星に行って、ラクサスのシャトルに積み込ませてもらったんだ、俺達の宇宙艇を。ここに宇宙艇が入って来るのを、宙賊達に見られない方が、奴等の眼をくらませ易いと思ってな。」

「おお、それはナイスアイディアだな。俺は全く思いつかなかったけど。という事は、シャラナさん達と一緒のシャトルに乗ってたんだ。」

「ああ、このドッキングベイの中でシャトルから抜け出して、アームに固定したんだ。」

 そんなやり取りの間に、キプチャクが「ヤマヤ」の者達を伴って、ドッキングベイへとやって来た。

「キプチャク、手伝ってくれ。俺達のシャトルを、自動操縦で飛び立たせる。まっすぐにタキオントンネルのターミナルに向かわせよう。もし宙賊が惑星の環にでも潜んでいたら、シャトルの方に飛び付いて来るはずだ。」

「OK!」

 短く答えて、キプチャクは彼らのシャトルの方に走り出した。

「『ヤマヤ』の皆さんは、先に宇宙艇に乗っていてください。アデレード!」

 シャラナからアデレードに視線を移して、ユーシンは指示した。「この人達を宇宙艇に。」

「OK!」

 こちらも短い返答。テキパキと動き出す。

 数分後、シャトルを自動操縦で送り出した後の、ユーシンとキプチャクも宇宙艇に乗り込んだ。そしてそれは、シャトルの発進から5分ほどの間をあけて、シャトルとは反対方向に発進。本来2人乗りの宇宙艇に、9人が乗り込んだものだから、もうそれはぎゅうぎゅう詰めだ。ユーシンの腰の辺りには、シャラナの臀部(でんぶ)がグイグイ押し当てられた状態なのだが、特に気にした様子も無く、アデレードに確認の発言をした。

「俺達もシャトルと同じくタキオントンネルのターミナルを目指すけど、こちらは韜晦(とうかい)コースを取っているんだよな?」

「ああ、宙賊がいたとしても、シャトルに気を奪われてるうちに、見つからないようにターミナルにたどり着けるはずだ。」

 そこへ、キプチャクが割り込んで来た。

「回り道をするって事だろ?なら、方向転換が必要になるんじゃないのか?その時のスラスターの噴射熱を探知されて、見つかっちまうんじゃ・・」

「大丈夫」

と言ったのは、ファランクスだ。「俺達は、第4衛星でスウィングバイして、ターミナルへと軌道変更するから、敵には探知不可能なはずだ。」

「なるほど、衛星の重力を使った方向転換だな。それなら、熱源は発生しないから、見つかりっこない訳か。」

 ユーシンも納得。

「あっ、無人のシャトルから救援信号が出た。レーダー照射を検知したんだ。」

と叫んだ、アデレード。

「やはりい、潜んでいたか!宙賊。」

と、ユーシン。

「ああ、『テトリア』国軍が一斉に、レーダーが照射された方角に向けて、出撃して行った。」

と、ファランクス。

「今ので、相手の位置が分かったのかな?」

とのキプチャクの疑問に、アデレードが答えた。

「レーダー波検知だけじゃ、位置は分からないけど、敵の方角は分かる。惑星の環に潜んでいる事も分かっているのだから、大体の位置は見当がつく。『テトリア』国軍が規模のメリットを活かして捜索すれば、簡単に見つけられるはずさ。」

 そう言っている間に、

「ああっ、宙賊の戦闘艇とみられる反応確認。国軍に一斉捜索されて、たまらず飛び出してきやがったんだ。」

 その情報は、囮のシャトルがレーダーで捕えた情報を、送信して来たものだ。彼らの乗る宇宙艇は通信派もレーダー波も出していない。隠密に行動しなければいけないのだから。

「うわっ、宙賊の戦闘艇の反応が消失した。国軍に撃破されたんだ。」

と、アデレードが報告した。その数分後。

「シャトルは無事に、ターミナルに着いたぞ。」

と、ファランクスが報告した。

「なんだよ。シャトルで良かったじゃないか。窮屈な思いをして宇宙艇に乗らなくても。」

とこぼしたのは、キプチャク。

「結果はそうだけど。宙賊は潜んでいたんだ。一つ間違えば、シャトルは攻撃を受けていたんだから、やはり囮を放ったり、韜晦(とうかい)コースを選んだりしたのは、正解だよ。」

 ユーシンの説明に、取りあえず引っ込んだキプチャクだった。

 スウィングバイの為に第4衛星に近づき、宇宙艇の窓からはその姿が望めたのだが、ユーシン達は無理にでもにぎやかな会話を展開して、衛星にもシャラナにも注目を向けないようにしていた。彼女にも、出来れば第4衛星を見せたくはないと思いながら。

 1時間もせずに、彼等はターミナルに着いた。ドッキングベイに固定された宇宙艇は、自動的にタキオントンネル航行船に積み込まれ、超光速の旅路に着く事が出来た。ターミナル周辺とタキオントンネルの航路上は、「テトリア」国軍に重点的に防衛されている。特にオールトの海の中には、国軍の無人攻撃機がうようよしているのだ。この間に襲撃される気遣いは無かった。

 オールトの海を出れば、そこでは「キグナス」が待っているはずだが、このタキオントンネルではそこまでは行けない。一基だけのターミナルから照射される、暫時型のタキオントンネルなので、連続では8時間程しかトンネルは維持できず、その間に進めるのは一光年ほどだ。そこから、オールトの海の外までは、通常空間を飛翔する事になる。

「オールトの海の中まで、『キグナス』に迎えに来てもらえばよかったんじゃないのか?」

と、キプチャクは尋ねた。タキオントンネル航行船の中で、宇宙艇から這い出した後の事だ。

「オールトの海には無数の天体が散乱しているんだ。バカでかい『キグナス』が入り込むのは、無理ではないが、かなり気を遣う航行になる。宇宙艇で突き切る方が、早いし楽だ。」

と、アデレードは答えた。

「でも、宇宙艇でもオールトの海の中は、そんなにスピードを出すわけには行かないからな、十時間程かけて『キグナス』を目指す事になる。」

「うへぇえ。」

 キプチャクは嘆息して言った。「十時間も、あのぎゅうぎゅう詰めの状態に耐えなくちゃいけないのか・・。」

 ターミナルによるタキオン粒子の照射も終わりに近づき、航行船は光速の千倍以上から1%以下に減速した。その後タキオン粒子の消失を確認するや否や、彼等は宇宙艇に乗って、タキオントンネル航行船から飛び出した。タキオン粒子が無くなれば、航行船はただの重い荷物だから。

「流体艇首展開。」

と言いながらファランクスがコンソールを操作すると、宇宙艇の前部にしみ出して来た流体金属が、電磁的作用で円錐に整形された。高速で飛ぶシャトルと星間物質との衝突エネルギーを緩和するために、必要なものだ。

 オールトの海の、大小様々な無数の天体の配置は、「テトリア国軍」が無数にばら撒いた無人探査機か断続的に送信してくれる。大きいものは数万キロ先から軌道を微修正して躱し、小さいものは円錐型の流体金属艇首が、川面が水切りの石を弾くように、上手く受け流してくれる。

 窓から見える景色は、星々の海だけだ。オールトの海に属する天体など一つも見えない。漆黒の闇を時速一千万㎞くらいで疾駆しているのだから、暗すぎるという理由と、早すぎるという理由で、オールトの海に属する天体を目視する事は不可能だった。

 乗っている者には、退屈極まり無い時間だ。今は極めて窮屈でもある。

「あの、このような時に申し訳ありませんが、」

と、シャラナが丁寧な断りを入れて来た。「私、失礼して、休んでいても宜しいでしょか?」

「休む?・・ああ、寝たいって事?」

とキプチャク。

「ええ、もう、全く何の気遣いも、必要ありませんよ。寝たければ、好きなだけ寝て頂いて。後は俺達で、何とかしますから。」

 ユーシンは努めて明るい声色で、シャラナに告げた。心身ともに疲れ切っているはずだ。窮屈な状態ではあるが、出来るだけ安らかに過ごして欲しいと、ユーシンは心底から思ったのだった。シャラナの寝息が聞こえるまでの、余りの時間の短さには、驚きを禁じ得ないユーシンであったが。

 そして、やる事も無いぎゅうぎゅう詰めの十時間を耐え忍び、ようやくオールトの海も終わりに近づいたという時、宇宙艇はキグナスからのワープ通信を受け取った。

「おい、大変だぞ!」

 ファランクスが少し、表情を引き締めて報告した。「オヤジからのメッセージで、オールトの海の外には、宙賊らしき戦闘艇が百隻近くも、うじゃうじゃと飛び回っているらしい。重武装の『キグナス』に近づく気配は無いけど、オールトの海から飛び出した俺達の宇宙艇には襲い掛かる可能性があるから、気を付けろってさ!」

「なんだよぉー!それぇ 」

 キプチャクの顔には、恐怖が張り付けられた。


今回の投稿はここまでです。次回投稿は明日、'17/4/30 です。前回の後書きでもお伝えしましたが、今週は黄金週間特別放出ということで、4日連続で投稿します。

シャラナさんは、とりあえず立ち直ってくれて、「蒼白美女」にはなりませんでした。阿呆な男の幼稚な自己満足が、恐ろしく悲しい事件を連発している昨今ですが、そんなんで何かが手に入るはずはないと、ユーシンを通して主張してみました。。ユーシンも時々変態ですが、笑顔にさせたがる変態ってことになってます。というわけで、

次回 第25話 星系外縁の格闘 です。

前回の宙賊襲撃では、鈍重なシャトルをユーシンが操縦していましたが、今回は俊敏で武装もしている宇宙艇を、ファランクスとアデレードという「1-1-1」を目指す勇士達が操縦しています。熱くなれる展開を、期待して頂きたいです。

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