第23話 クレアの涙
「いつなんだ?お嬢様が泣いたって!どうして泣く程の事になるんだ?お嬢様が!ヤマヤの人達を心配するのは分かるけど、何で泣く程に思いつめるんだ?お嬢様が!」
乗り出すどころか、飛び掛からんばかりの勢いで、ユーシンはキプチャクに質問の雨を降らせた。
「一遍に色々聞くなよ。アデレード達の訓練が終わった頃かな?お嬢様が泣いたのは?ボスからその話を聞かされた直後、俺のいる検品室の窓から、外周壁の外側に張り付いてたアデレード達の宇宙艇が飛び立って行くのを見たから。」
ユーシンの圧力に押されるようにして応えたキプチャク。
(アデレード達が訓練から帰って来た後、俺はお嬢様に、ボス・クロードの執務室で会ったから、あの時はもう、泣いた後だった・・、いや、もしかしたら、俺が最初に後ろ姿を見かけた時、お嬢様は、泣いていたのか?)
ユーシンは懸命に、その時のクレア後ろ姿を思い出そうと努めた。だが、彼の脳裏には、滑らかな曲線以外の記憶は、残っていなかった。
「お嬢さまは、実は、」
キプチャクの説明は続いていた。「数年前に『ヤマヤ国』に行ったことがあって、半年ほど滞在したそうなんだけど、その時にシャラナさんとも知り合ったそうだ。相当に、親しい仲になったらしいんだ。『ウィーノ』に帰って来た後も、時々メッセージを交換したり、通信でやり取りしたりも、してたそうだし。お嬢様はしきりに、『お姉様』が出来たなんて言って、喜んでいたそうだ。ボスによると。お嬢様は一人っ子だからなぁ、お姉様と呼べる人が出来て、滅茶苦茶嬉しかったんだろうよ。」
雷鳴に蹴飛ばされたような衝撃が、ユーシンを襲っていた。
(シャラナさんは、お嬢様にとって「お姉様」と呼ぶほどに、大切な女人だったんだ。その女人が処刑されると聞かされたら、お嬢様は・・・!
ユーシンンの頭の中を、様々なものがでたらめに駆け巡った。オヤジと呼べる人が出来た時の安心感や、義兄弟達と共に過ごした時間も思い出した。大切な人が死に直面する悲しみと苦しみが、我が事として感じ取られた。後ろ姿や、黒髪や、滑らかな曲線や、弾むような声も思い出す。そんな記憶に残るクレアの全てが、悲しみや苦しみに染められようとしているのだ。
脚の太腿辺りの、ジンジンした感じも蘇る。手が、湿度と温度で液化しそうな感じも蘇る。心をまとわりつかせた、心地よい声と言葉も蘇る。それらも全部、今、悲しみと苦しみの中に浸っているのだ。
クロードの執務室で見た、滑らかな曲線が、再び想起されて来た。
(やはりあの時、お嬢様は泣いていたんだ。ボスからシャラナさん達の事を知らされ、それからずっと泣き続けていたんだ。)
クロードがクレアにその話をしたタイミングは、詳しくは分からないが、その後クロードがキプチャクと話をして、アデレードが訓練から戻って来て、それからユーシンがクロードの執務室に向かった。少なく見積もっても、2時間くらいにはなる。その間、クレアがクロードの執務室で泣き続けていたと考えられるのだ。
一人クロードの執務室に佇んで、肩を震わせ続けるクレアの後ろ姿を、ユーシンは想像した。戦慄が走る。この世の終わり程に悲しい光景ではないか。
更にユーシンは思い出した。通路で、ユーシンの鼻の先3cmのところに差し出された、満開の笑顔を。
(それほどの悲しみを抑え込んで、涙をのみ込んで、お嬢様は俺に、あんな愛らしい笑顔を与えてくれていたんだ。)
驚異的ともいえる優しさではないか、と思った。
(あの時、お嬢様が抱えていた悲しみにも気付いてあげないで、俺は何をしていたんだ。胸元の具合いなんか気にしている場合じゃなかったんだ。)
まだ、思い出される事はあった。
「ユーシンさんがいれば、何があっても、きっと何とかして下さる。」
確かお嬢さまは、そんな事も言っていた。
(何とかして下さいって事じゃないのか!お嬢様は俺に、何とかして欲しいっていう想いを、胸の中に秘めていたんじゃないのか!胸元の具合なんかじゃなくて、それに目を向けろよ、俺!)
これまでも、何とかしてあげられないかとは考えて来たが、命を懸ける程の問題とは思っていなかった。だが、クレアの涙を知った今、「ヤマヤ」の虜囚達の救出は、ユーシンにとって、命と引き換えにしてでも、成し遂げるべき使命と認識された。
「絶対に、何とかしなきゃいけないじゃないか!シャラナさん達を!」
ユーシンは決然として立ち上がり、叫んだ。無重力で急に立ち上がろうとする行動を起こした場合の、当然の帰結として、頭を天井に激突させた。
「え?なんだと、ユーシン。・・うわぁ!大丈夫か?何やってんだよ。」
突然のユーシンの言葉と行動に、キプチャクも目を白黒。
痛む頭を押さえる事もしないで、ユーシンは思索に全神経を傾注した。
(これでシャラナさん達を救えないなら、もう俺に、存在する意味は無い!)
ユーシンの思考が爆発した。蜘蛛の巣のような思索の糸が、放射線状に広がって行くように、脳中にある全記憶、全理論、全感情、全想像に対しての、一斉検索が展開される。関係があるはずも無いと思える事共にも、問答無用で検索がかけられる。あらゆる可能性が検討される。網目状に広がった蜘蛛の糸は、至る所で途絶え、寸断され、消滅して行ったが、最後に一本の糸が残った。
「これだ!」
ユーシンは眼光も鋭く呟いた。「だがこれは・・、この策は、・・外道だ。非道だ。恥知らずだ。シャラナさん達を救えたとしても、俺は、人間のクズとして、蔑まれることになるかもしれない。お嬢様にさえ、軽蔑されるかもしれない。」
ユーシンは、己が心にナイフを突き立てるような気伯を込めて言った。
「だが、お嬢様は、どんなことがあってもシャラナさんに生きていて欲しいはずだ。その為なら、何を犠牲にしたって構わない。俺が軽蔑される事くらい、何でもない。」
「ここで待ってろ!キプチャク。すぐ戻る。」
キグナス内の自室を飛び出しながら叫んだユーシンが向かった先は、無人の航宙指揮室の、通信席だった。ワープ通信の回線を開く。今いる場所はスペースコーム内だから、宇宙船がワープできるだけでなく、素粒子をワープさせることも出来る。電磁波、つまり光子をワープさせれば、数百光年先とでも、ほとんど時差も無く通信が出来るのだ。
ユーシンの通信先は、通常空間を経ての通信でも、数分の時差でやり取りできるのだが、その数分でさえ、今のユーシンには惜しかった。時間が惜しいだけでなく、込み入った相談をしなければいけないので、時差を伴ったやり取りでは心許無いという事情もあった。
目的の相手とは、直ぐには話を出来なかったが、ユーシンの提示した条件を聞くと、呆れるほどの勢いで飛びついて来た。交渉は瞬く間に成立した。ユーシンの満足のいく条件で、話はまとまった。
ユーシンは自室に取って返し、
「キプチャク、来い!」
と叫び、「キグナス」の後部ハッチへ飛翔して行った。「キグナス」からも出て、オヤジの起居する部屋に向かった。「キグナス」が係留されているブースのすぐ近くにあった。
「オヤジ、シャラナさん達を救出するぞ!」
入るや否や、叫ぶユーシン。
「なんだぁ?こんな時間にいきなり。何か思いついたのかぁ?」
「ああ!助けられる。・・キプチャク!もたもたすんな。」
遅れてキプチャクが入室して来ると、ユーシンは彼の考えをバルベリーゴとキプチャクに聞かせた。
「その策で、あの姉さん達を助け出す事は出来るだろうが、お前の精神は、本当にそれに耐えられるのか?とんでもなく重苦しいもんを、心ん中に抱える事になるんだぜ。」
バルベリーゴは、ユーシンの眼の、奥の奥を覗き込もうとするかのように、じっと見つめながら聞いた。
「耐えるさ。耐えて見せる。そうしなきゃ、守ってあげられないんだ。」
「あの女人を助ける為に、そこまでするのかユーシン。」
キプチャクも、重苦しさを感じているような目の色で、ユーシンを見やった。「確かに美人だものな、シャラナさんは。自分がどうなっても、守ってあげたいと思うよな。」
(そうじゃない、俺はお嬢様の涙を止めたいんだ。お嬢様の心を、守りたいんだ。)
キプチャクの言葉にそんな反論を想ったユーシンだが、言葉にはしなかった。
「じゃぁお前ら、記念すべき初航宙で、『キグナス』発進の場面には立ち会えねぇなぁ。」
バルベリーゴの部屋から見える、「キグナス」の右斜め前方からの勇姿を横目で眺めながら、バルベリーゴは呟いた。
「しょうがないよ。じゃあ俺達、直ぐにでも出発するぜ。」
言い終わらない内に、彼の体は元来たルートを戻る方向に、飛翔し始めていた。キプチャクも後を追う。
「おう、気ぃ付けて行ってこい。アデレード達にも、すぐに後を追わせる。」
ユーシンとキプチャクを乗せたシャトルは、数分後には宇宙空間を疾駆していた。タキオントンネルターミナルで、タキオントンネル航行船にシャトルごと積み込まれ、超光速で第4惑星にまで到達する。彼等の為だけの緊急貸し切り船だ。莫大な費用が掛かるが、元を取る算段は付いているのだ。
「ウィーノ」を出発して3時間後には、彼等は第4惑星の第3衛星にある、地下施設に降り立っていた。立っていたといっても無重力だ。床に足を接した状態で浮いていると言った方が正確かもしれない。衛星の中心部分だから。
事前連絡を受けて、シャラナの家宰であるロクが迎えに来ていた。エレベーターで地表付近に上がり、透明の外壁で補強された、キラキラ光る氷のトンネル通路を抜けて、彼らの居室に案内される。重力があるので、てくてくと歩いて。居室といっても、かなり広かった。ここに滞在する間は、身分に相応した待遇を受けているようだ。
落ち着いたベージュ色に統一された、七メートル四方はあるだろうゆったりしたリビングルームに通された。膝高のテーブルを挟んで向かい合う、6・7人は座れるほどの長さのソファーに、シャラナは背筋の伸びた、気品の薫る姿勢で座り、彼らを出迎えた。見上げれば、手のひらサイズの魚たちを纏った第3惑星の、青と黒の縞模様が、天井の向こうから見下ろしている。
「このような時間に、わざわざ遠くからのお運び・・」
相変わらずの、凛々しく堂々としていながらも穏やかな微笑みで、丁寧な挨拶を述べるシャラナを遮って、ユーシンは切り出した。
「それより、あなた方の救出計画をお話しします。実行するなら、今しかない。我々は明日。『ウィーノ』を発ちますから。」
ようやくシャラナの隣に腰を落ち着けたばかりのトクワキが、グイと前のめりになった。ユーシン達を挟むように座った、ロクとリウと、そして今日が初対面のユクという名の家宰も身を乗り出して、ユーシンを斜め横から覗き込んだ。
いざ切り出すとなると、ためらいがユーシンを襲う。言葉が重い。鉛のような重さで下っ腹辺りに居座って、易々とは持ち上げられない。だが、渾身の気合で担ぎ上げ、その重い言葉を、テーブルの上に叩き付けて行った。
「ふざけるな!」
叫んだのは、ユーシンの隣に席を占めていたロクだ。「お前はシャラナ様を、何だと思っているんだ!」
そう叫ぶや、ユーシンの胸ぐらを掴み上げ、テーブルの脇へ引きずって行き、力任せに突き飛ばした。広い部屋の端にまで達したユーシンは、背中を壁に打ち付けた。
「シャラナ様は、『ヤマヤ』の民の人徳も厚い、高貴なお方だぞ!お前みたいな下賤な人間には理解出来無い程にな!そんなシャラナ様に、そんな悪辣な企てを冒させようというのか!無礼者が!」
びりびりと壁が振動する程の大音声で、ロクは喚き散らした。
(やはり、こうなるよな。)
と内心で呟くユーシン。(オヤジの予測した通りの展開だな。俺もそう思ってたけど。)
「で、どうするんだ、ユーシン。」
とは、救出計画を持ち掛けた時のバルベリーゴの発言だ。「商売仲間達の不評を買うようなマネは出来ねぇぞ。」
「ちゃんとした、フェアな取引なら問題無いだろ?シャラナさん達の所有者である、奴隷商人が納得する条件で、購入すればいいんだ。」
「買うだと?」
隣で聞いていたキプチャクが、呆れた顔で割り込んで来た。「お前そんな金、持ってんのかよ?」
「俺は持ってない。」
「じゃぁ、誰が持ってるんだよ?『UF』の金とか言うな。金はあるけど商売に使う金だ。慈善活動に使う金じゃねぇんだ。奴隷を買い受けるなんて使い方は許されねぇぞ。」
「違う。欲しい奴に買わせるんだ。『コーリク国』が提示した以上の金額を出してでも、欲しいと思う者に、購入を持ち掛けるんだ。」
バルベリーゴは、黙って腕組みをして聞き入っているが、キプチャクはいちいち口を挟んだ。
「そんな奴いるかよ。『コーリク』っていう国家が出そうっていう金額だぞ!莫大な規模の金なんだぞ!誰にそんな額の買い物が出来るっていうんだよ。」
賛同を求めるようにバルベリーゴを見やったキプチャクだったが、腕組みしたままだんまりなのを見止めると、また声を上げてまくしたてた。
「もっとちゃんと考えて話をしろよ。そんな事有り得ないだろう。そんな莫大な金を出して、奴隷を買うなんて。」
「ただの奴隷じゃないぞ、シャラナさんは。」
「シャラナさんはって、ただの一人の女だろ、奴隷になっちまったら。誰がそんなものに大金出すんだよ。たった一人の女を買う為だけに、国家財政規模の出費をするような阿呆な奴は、この世には・・・・!いた。」
「そうだろ。いるだろ。」
そう言ったユーシンだが、得意になるどころか、沈痛な面持ちだ。
「いるけど・・、でも・・、それって・・」
「そうなんだ。すこぶる下衆なアイディアなんだ。」
「あいつだろ?金を出すのは・・。あの、『変態商人』ラクサス・・だろ。」
なぜか徐々に赤面して来たキプチャク。「あいつが金を出すのは、人助けの為じゃねえぞ。その・・あの・・例の・・変態的な・・何かの為に・・」
キプチャクが言い淀んでいる事を、ユーシンは単刀直入に言ってのけた。
「シャラナさんには、『変態商人』ラクサスに凌辱されてもらう。」
驚きで天井と床を往復してしまったキプチャクが、また吠える。
「なんだとぉー!お前、本気で言ってるのか。あの綺麗で高貴で優しい女人が、あの変態に好きなようにされてしまうんだぞ。何をするのかは、よく分からんけど、・・あの・・魂を破壊・・その・・顔面蒼白に・・その・・、うわぁっ!想像する事さえ耐えられないぞ!俺には。」
「でもそれで、奴隷商人の手からは離れられる。その後も自由にさせてやるって、ラクサスからの承認は取り付けた。一度だけ、存分に凌辱させてもらえれば、後は俺達に身柄を預けて、どこに行って何をしようと構わないと。所有権はラクサスが握ったままになるけど。」
「・・確かに、『変態商人』にしたら、大好物だろうな、シャラナさんは。高貴な女を、魂が抜け落ちる程に辱しめるのが好きだって言ってたから。シャラナさんの纏う気品の神々しさは、銀河広しといえども滅多にお目に掛かれるもんじゃない。ラクサスなら、一度だけの事に、国家財政規模の金でも出すだろうぜ。」
「ガキィ」
今まで黙って聞いていたバルベリーゴが、ゆっくりと口を開いた。「その策は、少なくとも『ヤマヤ』の家宰の連中の、逆鱗には触れる事になるだろうな。二・三発殴られるくらいは覚悟しておけ。」
「構わない。」
まっすぐにバルベリーゴを見つめて、ユーシンはきっぱりと言った。
(お嬢様の涙が止まるなら、一万発だって殴られてやるさ。)
「どんな辱めだろうが何だろうが、命を取られるよりは安上がりだぁ。あの姉さんは、それを呑むだろうさ。恐らくは、周りの者の方が、拒絶するだろうし、憤慨するだろう。得に、家宰連中は、本来守るべき人に、体を穢してまで助けてもらう恰好になるんだ。誇りも忠誠心もズタボロにならぁ。それに、それを提案する人間は、辛いなんてもんじゃ済まねえぞ。どんな面してそんな下衆な策を切り出すのやら、俺にも想像すら出来ねぇ。そんな思いまでして、あの姉さん助けてやろうってのか?」
「ああ。」
また、真っ直ぐな視線を添えた発言。「シャラナさん達を助ける為なら、命と引き換えにしたって構わないって、覚悟を決めてる。」
「へっ。昨日までそんな事、言ってなかったじゃねぇか。何がお前に、そこまでの覚悟を固めさせたんだか。」
バルベリーゴは、何かを見定めようとするかのように、凄みのある視線をユーシンの目に叩き付けていたが。
「ラクサスが承諾したのは間違いねぇんだな。後で四の五の言われねぇように、念は押してあるんだな。」
「書き換え不可能な電子署名も、もらった。明日の朝からは、所有権は残すが、裁量権は放棄すると明記してある。」
さらに質問を続けるバルベリーゴ。
「そこから『キグナス』に連れて来るんだな。その段取りは?」
「ラクサスの奴が、貴族の面子に掛けて『ウィーノ星系』の外までの安全は確保して見せるって。だから、『キグナス』はオールトの海の外で待っていて欲しい。ラクサス持ちで、オールトの海の外までの、タキオントンネル使用の手配もしてくれるそうだ。オールトの海に展開している『テトリア国軍』も、ラクサスの財力で動かせるから、道中の安全は確保されるはずだ。」
「ただの慈善活動の為に、『キグナス』を使うわけにはいかねぇってのも、分かってるか?」
「大丈夫、ちゃんと運賃も採るさ、ラクサスから。『UF』もこの件で、きっちり儲ける。」
「なるほど」
少し考えたバルベリーゴだが。「この前俺達を襲って来た連中みたいなのが、また狙って来るかもしれねぇぜ。衛星からターミナルまでが一番危険だ、敵は惑星の環の中に潜んでるようだからな。本当にラクサスと国軍だけを当てにして、大丈夫なのか?」
ユーシンはハキハキと答える。
「宙賊が国軍に対抗出来るとは思えないから、基本的には国軍に任せる事で十分だと考えてるよ。だけど、一応、もう一段の安全策は打っておこうと思ってる。向こうに行く時はシャトルを使うけど、そのシャトルは自動操縦で、囮として飛ばしておいて、俺達は第4惑星から『キグナス』までは、宇宙艇で向かうようにしたい。」
「良い手だな。もし宙賊が待ち構えているようなら、第4惑星に入ったシャトルがそこから出て来たら、無我夢中で攻撃するだろうさ。それで、奴らをそちらに引き付けてる間に、シャトルよりは機動性の高い宇宙艇で脱出する。タキオントンネルに入っちまえば、まあ『テトリア』国軍で何とかするだろうし、宇宙艇なら、万一襲われても逃げ切れる可能性が高い。」
「だから、俺達を追いかけて、宇宙艇を向かわせておいて欲しい。」
「了解だぁ。ガキィ。」
バルベリーゴは、またしばらく考えをまとめている様子で黙ったが、やおらユーシンに向き直って言った。
「その策で、あの姉さん達を助け出す事は出来るだろうが、お前の精神は、本当にそれに耐えられるのか?とんでもなく重苦しいもんを、心ん中に抱える事になるんだぜ。」
「止めなさい、ロク。申し訳ありません、ユーシンさん。我が家宰が手荒なことを・・。」
肩で息をしているロクの背後から、シャラナの凛とした声が届いた。
「その人は我々を助けたい一心で、このような提案をして下さっているのだ。」
とロクを諭したのは、シャラナの夫トクワキだった。「このような策は、提案する者も辛いのだ。その辛さを乗り越えて、我々を生き延びさせようとして下さっているのだ。」
「他に何か策があるなら、」
伏し目がちに体勢を整えながら、ユーシンは言った。「俺の言った事は忘れて、その策を実施すれば良いです。身を穢されるくらいなら死ぬ方を選ぶというなら、それも、俺は、止めはしません。が、もしこの策を採用するなら、俺達は協力を惜しみません。」
「他に策がない事は、もう痛い程思い知らされている。」
と言ったのは、家宰の一人のユクだった。
「私が、ひと時の辱めに耐えれば、我々全員が救われるのですね?」
シャラナは立ち上がり、真っ直ぐにユーシンを見つめながら言った。
「はい、間違いありません。今夜一晩あなたを好きに出来たら、『ヤマヤ』の虜囚5人全員を買い取り、明日以降の行動の自由は保障すると、正式な契約を取り交わしています。あなた方の承諾が得られれば、この契約は履行されます。」
「シャラナ様!」
すがるようにシャラナを見つめ、ロクは叫んだ。そのロクを右手の動きで制して、シャラナは言った。
「それならば、お安い御用です。私をそのラクサスとか申す者の下へ、連れて行ってください。」
「その必要はありません。先方から迎えに参ります。しばらく、お待ちください。」
「分かりました。」
ひざを折り、悔し涙に咽ぶロク。ユーシンは彼の腕を取って、グイとばかりに立ち上がらせた。
「2・3発、殴られる予定になっていたんだけど、どうします?」
ロクはうつむいたまま、答えた。
「私が殴りたいのは、私自身だ。我々の不甲斐なさが、こんな事態を招いたのだ。我々が、ちゃんとシャラナ様をお守り出来ていれば・・」
「そうだな、」
家宰の一人のリウが立ち上がり、ユーシンに手を差し出しながら言った。「あなたは我々の救世主だ。こんな口に出すのも汚らわしい策を、勇気をもって提案してくれた。我々はあなたに感謝しなくてはいけない。」
その手を握りしめてユーシンは言った。
「感謝は、策が成功してからにして下さい。」
今回の投稿はここまでです。次回の投稿は明日、'17/4/29 です。毎週2回、一話ずつ投稿していますが、今週はゴールデンウィークなので、多くの人に読んで頂けるのではという期待を込めて、4回連続で投稿しようと思います。4/30と5/1にも、1話ずつ投稿しますので、是非ご一読願いたいと思っています。
そして、5/1投稿の説話をもって、「テトリア星団の章」は終了です。ゴールデンウィーク終盤の金曜日から、新章開始となります。物語は、ますます盛り上がってまいりますので、是非、ご注目頂きたいです。
さて、「ヤマヤの虜囚」の救出に向けて、とんでもない策を案出したユーシンでした。クレアの涙を止める為に、危険に飛び込むとか、命を懸けるとかいうのとは、別次元の苦しみを背負わせることで、ユーシンンの決意と覚悟を表現してみたのですが、どうでしょうか?というわけで、
次回 第24話 不屈の貴女 です。
「変態商人」に身を委ねたシャラナは、どうなるでしょうか?「ヤマヤの虜囚」達は、救われるでしょか?第1章終了に向けて物語は熱を帯びるので、読者の皆様にも関心を寄せて頂きたく思っております。




