第1話 超光速の若い旅人
一旦無重力となり、ふわりと浮き上がった体を、慣れた様子でくるりと反転させて上下を入れ替えた5人の若者は、新たに生じた重力に引き寄せられ、十数秒前までは天井だった床に、見事な着地を極めた。
ユーシン・マグレブを始め、男子3人とニコルは膝を着く事も無い着地だったが、ノノだけは片膝を着いた着地だった。
「おっとっと、えへへ、バランス崩しちゃった。」
照れ笑いを浮かべるノノに、ニコルが手を差し伸べる。
「大丈夫ぅ?ノノは相変わらず、どんくさいんだから。」
文字通りに、天地がひっくり返る事態が出来したというのに、この5人の若者を含め、宇宙船のラウンジにいる数十人の乗客の誰一人、驚いた様子も無い。音もたてずに航行する宇宙船のラウンジに唯一聞こえていた、乗客達の雑談が反響し合う、ゴワンゴワンと言う感じの音は、天地逆転の瞬間だけは静まったものの、その後には、同じような響きを再開した。
他の乗客同様に、何事も無かったように落ち着いた声色で話し始めたニコルの関心の向きも、天地の交換とは違っていた。
「ラディカルグルーオンジェネレータは正常に作動しているかしら?」
幼顔の少女に似つかわしくない、小難しい単語を言い放ったニコルは、くせの強い赤毛のボブ頭を巡らせて、「ラディカルグルーオンジェネレーター」とやらがあると思しき方向に視線を向けた。
「おいおい、今は一乗客だぜ。メンテナンス要員の職業病もたいがいにしないと。」
笑ってたしなめるユーシン。
「だってぇ、気になっちゃうんだもの。操船直後の各部のメンテは、いつもやってることなんだから。考えても見て、私達は今、タキオントンネルの中なのよ。ラディカルグルーオンの成生強度がほんの少しでも狂ったら、原子レベルからぺしゃんこに潰されるか、反物質爆弾で木っ端微塵になるかの、どっちかなのよ。」
恐ろし気な内容の発言だが、ニコルは屈託のない笑顔だ。
「そんな風に言われてみると、恐ろしい場所にいるんだよなぁ、俺達・・。質量虚数の素粒子、タキオンが充満した空間にいるんだから。光速の呪縛を解き放って宇宙を旅するには必須の航法だけど、ちょっとした狂いが大参事になるんだものな。」
と、話に割って入って来たのはアデレードだ。
「そうよぉ。タキオン粒子のおかげで、30光年の距離を十日足らずでたどり着けるのは良いけど、直接触れたら反物質になっちゃうんだから。タキオン粒子ったら。」
「分かってるよニコル、ラディカルグルーオンが無いと、体を作ってる元素の一部が反物質になって、ドッカーンって事だろ。」
言いながらユーシンは、両手を大きく広げて「ドッカーン」を表現して見せた。
「逆に強すぎたら、加速度がモロにかかってぺしゃんこになるんだよな。」
「そうよアデレード。30光年10日間の旅ってねぇ、加速度がモロにかかったら100万G近いんだから、ぺしゃんこどころじゃないわよ。体を作ってる原子も崩壊しちゃうのよ。ペッシャーンって。」
そう言いながらニコルは、ユーシンの目の前で両掌をパシンと合わせて、「ペッシャーン」を表現した。
「ねぇ、怖いよね。ノノ。」
助け起こしてもらったニコルの腕に、そのままもたれかかるようにして、ニコニコ顔で話を聞いていたノノに向かって、ニコルは言った。
「分かんない、私。そこら辺の理屈。」
青味がかったロングの黒髪が、コクリと傾く。
「あははは、もう、ノノったら。でもまあ、何も知らない方が気楽よね。どうせただの乗客じゃ、異変に気付いたところで何にも出来無いんだからね。知らぬが仏・・。超光速航行の理屈なんて知らなくても、宇宙の旅は出来るもんね。」
「うん。でも、あたしたち皆が初めて訪れる宙空浮遊都市『ウィーノ』への30光年の旅が、後半に入ったって事は分かってる。」
30光年の旅の、ちょうど真ん中に当たる部分までは、加速行程だから、進攻方向の反対側が床になるが、そこからは減速行程になるので、進攻方向側が床になるのだ。だから、天地が逆転するタイミングが、旅の後半のスタートという事になる。
「ま、それで十分だ。」
そう言ってアデレードは、ノノに向かって片目をつぶって見せる。
「そんな事より、みんな体に不調は無い。4日以上タキオントンネルの中にいるけど。」
ポータブルヘルスチェッカーをポケットから取りだしながら、ノノが言った
「もう、こっちも職業病ね、ノノったらぁ。」
「ハイハイ、『医療要員』のノノさん。定期検診をお願いします。あーーーん。」
「ユーシン、口を開けるのは意味無いよ。」
取り出した機械を片手で操作しながら、ノノは言った。手の平に収まる位の診断機器を胸の辺りに押し当てるだけで、仲間達の体調がチェック出来るのだ。医療要員のノノが常備しているアイテムだ。
「はい、キプチャクも問題無しだね。」
ここまで会話に参加していなかった、キプチャクの診断を終えたノノがそう言っても、キプチャクが黙ったままだったので、ニコルは子供を叱る母のような口調で言った。
「キプチャク、ノノにお礼くらい言いなさい。心配して診断してくれたんだから。」
「あの女人、美人だよなぁー。」
早くも椅子に腰かけていたキプチャクは、テーブルに頬杖を付いた姿勢で呟いた。
「なんだよ、女の人に見惚れてたのかよ。」
と、のっぽのアデレードは、ユーシンより頭一つ分高い位置に呆れ顔を作った。
キプチャクの指差した方向に視線を向けたユーシンは、いかにも高級そうな水色のワンピースに身を包んだ、20代前半くらいの女性を視線の先に見止めた。
(どこかの貴族の御令嬢、ってところかな?)
彼らと同じく、タキオントンネル航行船のラウンジでくつろいでいる、乗客の1人であると思われる女性だ。ベージュ一色で統一された、無味乾燥な宇宙船のラウンジにあって、一輪の花とでも評すべき存在感があった。
「滅茶苦茶美人だよなぁー、それに、ゆったりした服で分かり難いけど、スタイルも相当抜群と見たぜ、あの女人。出るトコは出てさぁー。」
感嘆の言葉が止まらないキプチャクを他所に、ユーシンは違った感想を述べた。
「顔面蒼白だな。」
「そう、色白で美人だ。」
「そう言う事じゃなくて・・、なんか、魂を抜かれたみたいに・・、茫然と言うか、悄然というか・・ものすごいショッキングな出来事に見舞われた見たいな・・。」
「どんな表情でも美人は美人だし、ナイスバディーはナイスバディーだぜ。」
「もうー、キプチャク。そんな目でしか女の人を見れないわけ、あんたは。」
「当たり前だ、俺は一人でも多くのイイ女を抱くために、外宇宙に出るんだからな。」
キプチャクの発言に、女子2人が不快感をその表情に表す。
「不純んー」
「そうよねぇ、ノノ。目的が不純すぎるよね。ノノみたいに、銀河中のけがや病に苦しむ人の力になりたいって、健気で素晴らしい目標を持ってる人もいるのにねぇ。」
女子2人の反撃にキプチャクは、ぷいっ、と視線を逸らし、件の女性のウォッチングを再開した。
「そう言う話になると、また急に楽しみになって来た。早く外宇宙に出たいなぁ、白鳥に乗ってさぁー。」
アデレードがひときわ声を大きくし、その胸の高鳴りを露わにして言った。
「うん私も楽しみ。」
ノノがそれを受けた。「宇宙商船『ウォタリングキグナス』。早く見たい。乗りたい。」
「ああ俺もだ。『ケンカ腰の白鳥』の字名を持つ、銀河でも最大級の重武装宇宙商船『ウォタリングキグナス』。早く乗りたいよな。」
「そうね、ユーシン。私も早く白鳥のメンテしたい。」
「あはは、ニコルは乗るよりメンテする方が楽しみなのか。『メンテ要員』の鑑だな。」
ユーシンもニコルも、ノノもアデレードも、しばし遠くに視線をさまよわせ、これから彼らが乗り込むことになる宇宙商船「ウォタリングキグナス」の、未だ肉眼では見たことのない、画像で見ただけの勇姿を想起していた。純白の船体、翼を思わせる両舷の突出構造物、首に相当する部分にあるのは通信やレーダーの設備と、そして銀河最大出力のビーム兵器、プロトンレーザー砲「アマテラスマークⅢ」。
会話が小休止を得た事を契機に、1つの長いソファーに尻を並べて腰掛けていた、キプチャクを除く4人は、その「ウォタリングキグナス」に連なる、それぞれの夢に想いを馳せる。
若者達が胸躍る空想に遊んだ、しばしの沈黙の後、アデレードがまた、天井を仰ぐようにして言った。
「あの白鳥に乗って宇宙を駆け巡り、宇宙艇の操縦技術を磨き、宇宙保安機構軍の内でもエリート中のエリートである最強軍団『1-1-1戦闘艇団』に、俺は入って見せる。遠い遠い、遥かに遠い目標だけど、俺は目指すんだ。『1-1-1』を。この宇宙で最高の栄誉と称えられる、戦闘艇パイロットを。」
遥かな目標を遠望するように言いながら、アデレードが見つめる天井の方角は、目標の第一段階である白鳥の待つ場所とは正反対なのだが。
その、さっきまで床だった天井にある、さっきまでは若者たちの尻で温められてホクホクだったソファーが、今は寂しそうに彼らを見下ろしている。現在乗客達がいる床面を鏡に映したような配置で、ラウンジの天井にはテーブルや椅子やソファーが置かれていて、さっきまでは人気者だったのだ。今はずいぶん過疎化が進んだが。
「うん、アデレードなら、きっとなれる。」
青みがかった黒髪が大きく頷く。
「ありがとう、ノノ。」
「ずっと憧れてたもんね。アデレードは、銀河の平和の守護者『宇宙保安機構軍』の中の、最強エリート集団『1-1-1戦闘艇団』の一員になる事を。その為に宇宙艇のパイロットとしての技能を磨いて来たんだよね。『1-1-1』への夢に向かって、これから進んで行けるのね、『キグナス』に乗って。」
ニコルとノノがアデレードにエールを送り、良い感じになっていたムードに水を差す言葉が、横合いから飛び出して来る。
「へっ、それで目出度く『疫病神』の仲間入りってわけだな。」
吐き捨てるように言い放ったのは、頬杖を突いたままのキプチャクだった。
「ちょっと、キプチャク。そんな言い方ないでしょう。アデレードの夢なんだから。」
「はは、良いよニコル。キプチャクの機構軍嫌いは、今に始まった事じゃないさ。」
アデレードの大人の対応が余計に癪に障ったのか、キプチャクは続けた。
「お前らはこの『テトリア星団』の歴史を知らねぇのか?機構軍がどんなに卑劣な事をここでやって来たか。宇宙の守護者を気取りながら、本来守るべき弱い立場の者達を、何千万人虐殺したと思ってるんだ。それ以降の、この星団の、凄惨を極める地獄のような歴史も、元を質せば機構軍の大量虐殺が原因なんだぜ。ただの『疫病神』なんだぜ、この『テトリア星団』の住民にとって、機構軍なんてのは。」
「100年以上前の事件でしょう?」
言葉を紡ぐうちに白熱して来たキプチャクを宥めるように、ニコルは言った。
「虐殺は100年以上前でも、その後に続いた、苦悩に満ちた日々が終わってからは、十年しかたってねぇよ。今も苦しんでいる人は大勢いるんだ。アルコだって・・。」
「アルコは・・、お前の育ての親であるアルコは、その辛酸を舐めさせられた1人だものな。その人から色々な話を聞かされて来たんだ。キプチャクが機構軍嫌いになるのも無理はないか。」
とアデレードは、キプチャクを非難する様子でも無く、淡々とした口調で言った。
「機構軍にも、負の歴史が沢山ある。それは知ってるつもりだ。それでも俺は、機構軍こそが、この銀河の平和を守っていると思う。その機構軍が、これからは間違いを犯さないように、俺も貢献したいんだ。」
「あっそう。」
アデレードが物分かりの良い対応をするほどに、キプチャクは機嫌を損ねる。
「なんだよキプチャク、お前とアデレードのお決まりのやり取りで、そんなにへそ曲げるなよ。ほら、あの美人でも眺めて機嫌直せよ。」
とユーシンは、努めて明るく言って、場の空気の回復を図った。
「・・いやーぁぁ、本当に美人だなぁ。もーう少し前屈みになってくれたら、谷間を拝めるんだけどなぁあ。」
「もぉー、まったく。なんなのよこの男は。」
ひと目件の女性を眺めただけで、コロッと態度の変わったキプチャクに、呆れ果てるニコル。
「医療だの機構軍だのと綺麗事を言ってるけど、やっぱり男なら女をモノにしなきゃ。俺は『キグナス』で宇宙を駆け巡り、イイ女を次々にゲットして、そして、抱きまくる。白鳥の中で。」
「え~ぇぇぇ、それは他所でやってよ。」
「『キグナス』の中で不潔な行為は禁止。」
ニコルとノノからの相次ぐクレームに、
「分かったよ、抱くのは外でするよ。でも、イイ女がいるところまでは『キグナス』に乗せてくれ。」
と、キプチャク。
「勝手にしなさい。」
とニコルが、あきらめの声色で言った。
「仕事はちゃんとしてね。」
とノノが、優しく諭すように言った。
「オヤジに目いっぱい、こき使われろ。」
とユーシンは、投げつけるように言った。
「オヤジかぁ。オヤジにも会えるんだな。元気にしてるかな。」
ユーシンの発言を受け、アデレードがまた声を大きくして言った。
「あのオヤジが、元気じゃないわけないでしょ。」
「オヤジだけは、診察の必要を感じない。」
ニコルはともかく、ノノまでオヤジ呼ばわりが当たり前のようだ。
「余りにも久しぶりだからなぁ。でも、宇宙で一番元気なイメージだよな、オヤジは。だけどこれからは、オヤジじゃなくてキャプテンになるんだよな。『キグナス』の船長なんだから。」
「あら、アデレード。私はこれからもオヤジって呼ぶわよ、ねぇノノ。」
「うん、立場が船長でも、オヤジはオヤジ。」
「そうだな、血は繋がっていなくても、俺たち全員のオヤジだもんな。宇宙の孤児だった俺達を拾って、それぞれを育ての親のもとに預けてくれたんだ。そのおかげで今の俺たちがある。それぞれの夢を見つけさせてくれて、夢を追いかけられる技能を身に付けさせてくれた。」
と言いながらユーシンは、初めて「オヤジ」ことバルベリーゴ・マグレブに出会った日を思い出した。
「今日からお前は、俺の息子だ」
そんなバルベリーゴの言葉を。その瞬間込み上げた安心感を。溺れる者が、体を預ける浮遊物を見つけた時には、あんな気持ちだろう。幼い孤児にとって、「オヤジ」と呼べる存在の登場が、どれだけ心強かったか。
前後のいきさつは、記憶には無い。宇宙の盗賊である「宙賊」に襲われ、半壊状態で遭難していた宇宙船から救い出されて、バルベリーゴに拾われたというのは、人伝に聞いた事だ。
共に旅をする5人の若者全員が、似たような境遇だった。宇宙で孤児となり、バルベリーゴに拾われ、養子としての法的手続きをした後、各々の育ての親に預けられた。だから全員姓は、マグレブだ。
ユーシン・マグレブ(15歳)、キプチャク・マグレブ(16歳)、アデレード・マグレブ(17歳)、ニコル・マグレブ(15歳)、そしてノノ・マグレブ(18歳)。それがこの、超光速で宇宙を旅する若者5人だ。
ユーシンは、心中で強く思った。
(血のつながった親がどこの誰であれ、俺たちは全員、バルベリーゴ・マグレブの子供だ。)
血のつながらないマグレブ兄弟は彼等だけでは無い。聞くところでは30人余りの孤児が、バルベリーゴ・マグレブの養子として、今も「テトリア星団」で暮らしていて、5人と同様に星団内の運送業務に付いている。
その中で、自ら志願し、能力も十分であると認められた彼ら5人が、今回「ウォタリングキグナス」の新たなクルーに抜擢されたのだった。そして彼らは、オヤジと白鳥の待つ、星団国家「テトリア」の首都星系「ウィーノ」にある宙空浮遊都市「ウィーノ」に、超光速のタキオントンネル航行船で向かっているのだ。
若者たちは「オヤジ」との、それぞれの記憶に想いを馳せた。約1名は「蒼白美女」に不純な視線を送り続けていたが。そして、やおら、アデレードが言った。
「機構軍に入る夢も大事だけど、その前に、『キグナス』のクルーとして1人前になって、早くオヤジの役に立たないとな。拾ってもらった恩は返してから、俺は夢を追いかける。」
「うん、私も『医療要員』として、早く1人前になって、オヤジの役に立ちたい。」
と、ノノも笑顔で受けた。
「そうだな、みんなこの『テトリア星団』中のあちこちで色々な仕事して、それぞれの技能を磨いて来たけど、外宇宙に出て、宇宙商船の船員として1人前の仕事が出来るようになるには、これからもっともっと頑張らないと、だな。でなきゃ、恩返しもできない。」
「それはユーシン、お前が一番当てはまる事だぞ。」
と、冷やかし気味のアデレード。
「そうだよぉー、ユーシン。なんたってあんたは、宇宙船の『操船要員』なんだからね。星団内をタキオントンネルやビームセーリングで行き来する船とは全然違うんだから。スペースコームで移動するんだよ。ワープするんだよ。空間を飛び越えて移動するんだよ。」
と、ニコルも言った。
「ああ分かってるよ。それを考えると、一番わくわくするんだ。スペースコームジャンプ・・。宇宙のところどころに存在する、細く長く伸びる空間の歪み、『スペースコーム』。その中でのみ人類は、何百光年もの空間を跳躍する移動手段、『スペースコームジャンプ』、つまり『ワープ』が出来る。『ウォタリングキグナス』で、何千何万光年もの空間をピョンピョンと飛び越えて、星々を駆け巡り、様々な人々に、国に、文化に出会い、色々な物を、人を運ぶんだ。それが、宇宙商船のクルーとしての俺達の明日だ。嗚呼、何て夢と希望に満ちた未来だ!」
「私は正直、不安の方が大きいけどね。あたしも、『スペースコームジャンプ』する宇宙船のメンテなんて、した事も無いから、やって行けるのかどうかって心配。ユーシン、あんただって、今まで『スペースコーム』での、『ワープ』での移動なんて経験ないでしょ。タキオントンネルとかビームセーリングとか、操船っていってもほとんどやる事も無い仕事ばっかりして来たんだから。大丈夫なの?本当に。」
「・・うーん、シミュレーターでの操船訓練なら1万時間超えてるぞ。ビームセイリング船を操船しながら、片手間で練習して来た。」
「ユーシン、とっても不安だよ。」
「ノノまで・・。大丈夫だよ、俺がいきなり操船を任されるわけじゃないんだから。『操船要員』は3人いるって聞いてるから、しばらくは先輩達にお願いして、俺は“見習い”って事だろうよ。」
ユーシンの発言を受けて、「蒼白美女」をしげしげと眺めていたキプチャクが、ぼそりとしたつぶやきで割って入って来た。
「お前らは立派な仕事があって良いよな。俺なんか『検品要員』だぜ。」
「あらぁ、検品も大事な仕事よ。商売は信頼が第一だからね。お客さんにちゃんとした商品を届けなくちゃいけないもの。ものすごく色々な商品を扱うんだから、『検品要員』も相当高い能力を求められるわよ。その証拠に『検品要員』のトップは、船長であるオヤジが兼任するんでしょ。ねえノノ。」
「うん。キプチャク、オヤジにしごいてもらって、早く1人前になってね。」
「あのなぁー、ニコル、ノノ。オヤジがキャプテンと兼任してるって事が、『検品要員』がただの雑用だって証じゃないか。荷物の積み下ろしの時にちょいちょいっと見たら、あとはやる事も無くて、色んな部署をたらい回しにされて、力仕事だのデスクワークだのを押し付けられるんだぜ、きっと。嗚呼、俺の前途には、女を抱く以外には何の愉しみも無い生活が待ってるんだ。」
と言って天井を仰ぎ見たキプチャクに、アデレードが言った。
「嫌だったら、着いてすぐ引き返してもいいんだぜ。無理に『キグナス』のクルーにならなくても。」
「バカヤロー、アデレード。どんな苦しみを乗り越えてでも、俺は銀河中の美女を抱きまくるんだ。・・おっ、見えた!『蒼白美女』の谷間ッ!!」
「緊張感無いな、キプチャクは。言っておくけど、俺達はこれから、ものすごく危険な事をしようとしているんだからな。『ウニヴェルズム・フォンテイン』っていうのがそもそも、利益獲得の為なら従業員の命も顧みないってのが経営方針の、貿易商社なんだからな。」
アデレードの後をついで、ユーシンも言った。
「ああ、そうだな。俺たちはそんな貿易商の正規の従業員になるんだよな。オヤジも言ってたぞ。ウチの商社に人道意識なんて期待するなって。従業員の健康や安全より儲けを優先する会社だって。俺達はそれを承知で、自ら志願して『ウニヴェルズム・フォンテイン』に入社して、『キグナス』に乗り込むんだ。」
「やっぱり、すっごく不安になって来た。外宇宙に出るや否や死んじゃったらどうしよう、ノノ。」
「死んだら、どうもしようがないよ、ニコル。生きてたら、どんな怪我でも私が治してあげるけど。」
若者5人の会話は尽きない。期待と不安、希望と危険、夢と欲望、それらを混然一体に心に宿した彼らを乗せて、タキオントンネル航行船は超光速の旅を続ける。