第17話 氷塊衛星の商用
「宇宙用シャトル、コード181、発進します。」
翌日ユーシンは、バルベリーゴとキプチャクを伴い、シャトルを駆って港湾コロニーから飛び出したが、電磁カタパルトは使わず、マルチプラズマイオンスラスターによる推進力だけで、シャトルは加速して行った。
「スラスターだけでも、第4惑星まで行けるものなのか?」
と尋ねたのは、キプチャクだった。
「行けるかよ、ガキィ。これから外宇宙を駆け回ろうってやつが、何を寝ぼけた事、言ってやがるんだぁ。」
応じたのはバルベリーゴ。ユーシンが付け加える。
「タンク内の噴射剤を全部使い切って加速しても、第4惑星にたどり着くのに2か月くらいかかっちまう。飛翔体自体に動力源を置くやり方じゃ、宇宙なんて広いところは渡っていけないんだよ。」
「だろ?いや、俺だってそのくらい、大体は理解してるぜ。なら何で今、カタパルトも使わずに飛び出したんだよ。俺はてっきり、カタパルトで腹がよじれる位の加速をやって、それでもって、コロニーから照射されるビームに押されて、第3惑星にまで行くのかと思ってたぜ。アデレードだって、そうやって行ったんだろ?」
「ありゃあ、お前、訓練だからだぜぇ。俺たちゃ、お使いだぁ。そんなしんどい事してられねぇだろぉ。」
「俺達は、今回はタキオントンネルを使う。」
「タキオントンネルって、使用料高いんだろ?特に『ウィーノ』にターミナルを置いてるやつは。だから俺達も、ここに来るときゃ、第4惑星のとこのターミナルを使って、そっからはシャトルで来たんだろ。」
ユーシンとバルベリーゴを代わる代わる見やりながらのキプチャクの発言を、バルベリーゴが笑い飛ばした。
「あっっはっは。お前らの貧乏旅行と一緒にするな。今回はれっきとした商用だ。金掛けてタキオントンネル使って行っても、十分に元は採れらぁな。」
「じゃあ、ターミナルでシャトルを降りて、タキオントンネル航行船に乗り換えって事か?」
「阿呆!シャトルごと乗り込めるやつも、あんだよぉ。そんくらい知っとけぇ、ガキィ。」
2人のやり取りに、苦笑いを浮かべたユーシンだった。
30分もすると、ターミナルが見えて来た。漆黒の宇宙空間から、しれぇっ、という具合に滲み出て来た感じの現れ方だ。規模は違うが、円筒形構造物で、遠心力で中の人々に足場を提供しているのは、コロニー等と同じだ。外周壁面には重力があり、中心軸には無い。シャトルは当然、中心軸へと入って行く。
ドッキングベイに接続すると、そこからは自動的にシャトルは運ばれて行き、タキオントンネル航行船に積み込まれる。金属で囲まれた、最大幅数十メートルはある通路が、シャトルの窓の外を流れて行く。シャトルを運んでいるアームは、コックピットからは見えなかった。
「暫時型のタキオントンネルってやつを使うのか?」
キプチャクは、質問ばかりになっていた。
「いいや、恒久型のやつだ。ちゃんと相方がある。」
恒久型のタキオントンネルは、2基のターミナルに挟まれた空間にタキオン粒子を閉じ込めた状態で維持するので、半永久的にタキオントンネルがそこに存在し続ける。一方暫時型の方は、一基のターミナルだけでタキオン粒子を照射するので、一回に数時間しか照射は出来ない。その中で出せる速度は、どちらも光速の千倍程度なので、暫時の方は、一回でせいぜい1光年ほどしか進めない。星系内交通には十分だが、星間航路には向かない。密集した星団ならば、隣接する恒星間の距離が0.1光年ほどの所もあるが、平均すれば10光年ほどはあるのだ。
しかし、一基だけで良い暫時型の方は、進む方角を任意で選ぶことが出来るので、自由度が高い。恒久型は2基で挟む都合上、固定された点と点を結ぶだけの交通手段となる。この二つの方法は、状況によって使い分けられる。
「まぁ、今回は星系内の移動だからなぁ、距離的に言やぁ、暫時型でも十分だが、ウィーノと第3惑星を結ぶルートは利用者が多いからな。二基で挟んで恒久型にしといた方がコストも安いし便利なんだぁ。覚えとけぇ、ガキィ。」
「でも、『ウィーノ星系』は全域がスペースコームの中にあんだろ?ワープした方が早くねぇか?」
バルベリーゴは呆れたというように、額に手を当てて天を仰いだ。重力が無いから、バルベリーゴ個人にとっての天なのだが。
「ワープするには、質量や直進速度や回転速度や磁場強度等を適正値に調節する必要があるんだ。シャトル程度の質量だと、軽すぎて、必要とされる速度や磁場強度が大きくなりすぎ、事実上不可能なんだ。「キグナス」みたいな、でかぶつじゃないと、ワープは出来ないんだ。」
「そうか!だからワープする宇宙船って、みんなでかいんだ!」
「おいユーシン。こいつにもうちょっと、航宙に関する基礎教育をやっといてくれぇ。先が思いやられるってもんだぜぇ。」
「なんだよオヤジ。俺は検品要員だから、航宙方法なんて知らなくてもいいだろうよ。」
そんなやり取りの間に、シャトルが積み込まれたタキオントンネル航行船は、超光速の疾走を始めた。宇宙船内に時間の遅れの発生なども、無い。あったら、彼等は、浦島太郎。
2時間後には、彼等は、再びシャトルで宇宙空間を飛んでいた。シャトルの窓にはでかでかと、青と黒の縞模様が、円の中に納まった光景が見えていた。環を持つ惑星だが、環を真横から見る角度でアプロ―チしているので、環と視認する事は出来なかった。
惑星に近づいて行くと、惑星を真二つに両断するように、白い光の線が現れた。惑星の直系の、倍ほどの長さに見える白線だ。更に近づくと、その白線の幅が徐々に広くなり、光の帯となって、シャトルの片方の側壁を舐めるように流れて行く。帯はどこまでも長く続き、端が見えない。今通り過ぎた方の端が、後方の彼方へ飛び去ってしまうと、シャトルは、無限の広さを持つ、光り輝く湖面の上に、ぽつんと置かれたみたいになった。
その湖面に、黒々とした半球が見えて来る。湖面の一部が陰に沈んでいる。どんどん近づき、半球の全景が視界に収まり切らないくらいに大きく見えて来てようやく、黒々とした半球はただの黒から、極めて濃い紺色に見えて来る。もっと近づき、半球という形状を確認する事すら不可能な、ただの巨大な絶壁と化した時、その絶壁に穴が開いているのが見えた。絶壁の色が、真っ黒に近い位の濃い紺なので、ある程度の大きさに見えるまで、穴の存在は視認できなかった。
なんとかシャトルが通れる位に見えた穴は、実はシャトルがゴマ粒に見えるくらいに巨大な穴である事が、更に接近する事で判明し、そしてシャトルは、穴の中へと突進して行った。第4惑星の第3衛星の地下に、シャトルは入り込んで行ったのだ。巨大な氷塊であるその衛星は、内部の氷の一部を溶解させ、ミネラルなどを溶かし込み、海水に近い成分にして、海洋性生物の棲み家とされている。つまり、大きな大きな、生け簀だ。
シャトルは、衛星のど真ん中辺りで停止した。ど真ん中だから、無重力だった。シャトルを降りたユーシン達は、金属性の内壁で囲われた、地下施設の中に泳ぎ出して行った。
「ようこそおいで下さいました。」
と言って、やたらと派手な黄色い制服を来た、係員と思しき女性が出迎え、
「こちらへどうぞ。」
と、彼等を案内して行った。
高速エレベーターで上に登って行くと、徐々に重力が効いて来る。最初のエレベーターの加速で床が出来たので、その反対側が上となったが、等速運動になったところでまた無重力になり、上というのはただの情報と化した。更にしばらく、上という事になっている方向への移動が続くと、そこで衛星の重力が効いて来て、上は情報だけのものでは無く、ちゃんとした上に戻った。減速時に重力は弱まったが、無重力に戻る程では無かった。
「うわぁあああっ!」
と、ユーシンとキプチャクが同時に大声を上げたのは、エレベーターを降りると同時に、透明の天井の、更に上に、巨大な生物が見えたからだった。彼らなど一口で飲み込める程の巨大生物だが、形は彼らの知っている魚のイメージと、さほど離れていない。
「びっくりした、食べられるかと思った。」
と、キプチャクは胸をなでおろしたが、
「うふふ、心配なさらなくても、あの生き物は、人間は食べません。あの大きな口で、プランクトンを捕まえて、それを餌にして生きているのです。」
と、係員の女性は説明した。
天井を、目を凝らしてよく見ると、そんな巨大生物が何十体も見え、その巨体と巨体の間に、ゴマ粒のような生き物が無数に、うようよと泳ぎ回っているのも見えた。更にその向こうには、大量の水によって姿をゆがめられた、青と黒の縞模様をもつ円盤が、微かにではあるが見えている。円盤の3分の1ほどは、惑星の環が、光で出来た腰帯のように覆っている。多種多様な魚たちが、第4惑星を包み込むように乱舞している、と言って良い光景が、そこにはあったのだ。
若い2人は、口の閉め方すらも失念させられて、その光景に縛り付けられていたが、バルベリーゴは何度も見たことがあるのか、さほど気にもかけずに、エレベーターから数メートルの所に設えられているカウンターテーブルへと歩みを進めた。
幾つかに仕切られた中の、一つのブースに、バルベリーゴは腰を落ち着けた。
「おっとっと、待ってくれよオヤジ。」
慌てて後を追って来たユーシン。
「あぁ、お前らはボケっと天井眺めていても、良いんだぜぇ。別にお前らがやるような事はねぇからな。」
「そうはいくか。一日も早くオヤジを失業させるってのも、俺の目標なんだ。仕事を盗む機会を見逃せるか!」
「こんのクソガキィ!生意気言いやがるぜぇ。」
と悪態を付くバルベリーゴの口角は、これでもかと引き上げられている。
「お、俺もだ。」
と、少し遅れてキプチャクもやって来た。
「こちらがオーダーした資源の搬入と、追加オーダーを頂いた商品の引き取りですね。」
ブースの中の、カウンターテーブルの向こう側にいた職員が、バルベリーゴに話し掛けた。別に、人と人が顔を合わさなくても、電子化された情報のやり取りだけでそういった決済は出来るのだが、わざわざ人が出向いて人と会うという事を重視している会社は、この時代でも多かった。商売はいつの時代でも、個人間の信頼関係からは無縁とならないのだった。
双方の荷の確認方法や、運搬・支払い等についての詳細が話し合われて行く。
「それでは、そちらのシャトルへの商品の積み込みを開始いたします。」
全ての商談が滞りなく終わり、事務的な中にも親しみのある声で、先方の職員が言った。
「で、ウチが引き取るこれって、どんなんなんだ?美味いのか?」
小首をかしげながら、キプチャクが尋ねた。
「試食なさりますか?サメ肌マグロ。」
「出来るのか?だったら是非。」
身を乗り出して応えたキプチャク。
「これは、地球に生息する生き物なのですか?」
と、ユーシンは尋ねた。
「いいえ。地球外で独自に品種改良された生き物です。もとになった生物は、地球で天然に生息していますけど。」
との答えが帰って来ている間に、テーブルに穿たれた穴から、現物がせり上がって来た。
「どうぞ、お召し上がりください。」
「生で食うのか?」
「はい。」
「この黒い液体を浸けるんですね。」
「はい。」
「・・・・うめぇ!」
「美味しいです!」
「この緑のやつは?」
「お好みで。」
「・・・、!っ!?!!(ツーン)辛ぁっ!・・鼻がっ、鼻がっ、鼻がっ・・!」
「あっはっは、やかましいガキだぜぇ。」
試食も終わり、カウンターテーブルを後にしたユーシン達は、再び頭上の絶景に目を向けた。
「本当にすげえな、これ。」
「ああ、全くだぜぇ。こんな生け簀が、この衛星に何百と作られてんだぜぇ。驚くだろ、ガキィ。」
「そんなにあるのか!? こんなのが。」
と言って、驚きを露わにしたキプチャクが、生け簀からバルベリーゴに視線を移す。
「なんだ、俺、でっかい一個の生け簀があるのかと思ってた。その方が都合よくねぇか?」
ユーシンは、視線の向きをそのままに、興奮気味に問うた。
「そうはいかねえんだとよぉ。温度やら水圧やら組成やらを変えた生け簀が、何百と必要らしい。地球系のニーズに応える為には。」
「そうなのか。でも、地球の海っていうのは、ひとつながりの水の塊なんだろ?それを再現するのに、何百種類の生け簀が必要になるもんなのか?」
ユーシンの疑問に答え続けるバルベリーゴ。
「らしいなぁ。俺も地球なんぞに行った事はねぇが、地球の海ってのはよぉ、全部繋がってるくせに、場所によって条件が全然違うらしいんだぜぇ。」
「ええ?何だよそれ。」
生け簀に戻した視線を、またもバルベリーゴに向けざるを得なかったキプチャク。
「ここでもよぉ、一続きの生け簀で、場所によって温度やなんかの条件が違う部分を作ってあるやつも、あるって話だ。で、その中の生物は、何か月とかって周期で、条件の違う部分を行ったり来たりするって、話だぜぇ。回遊とかって、地球時代の性質を受け継いでなぁ。」
「・・なんか、地球って、すげぇ惑星なんだな。」
「そんなすげぇとこを、何千年も前に飛び出して、こんなとこに、いるんだものなぁ、俺たちゃぁ。」
そんなバルベリーゴの呟きを最後に、後は黙って、生け簀を眺め続けた3人だった。
30分程後には、彼等は地表近くにあるレストランの席に着いていた。遅めの昼食といったところだ。地表と言っても、この惑星に土は無く、氷だけの世界だ。
レストランの天井窓からは、先ほどの生け簀より、はるかにはっきりと、第3惑星とその環が見えていたが、彼等とそれらの間には、手のひらサイズ以下の魚しかおらず、巨大なものを拝む事は出来なかった。
惑星が良く見えるようにとの配慮なのか、店内は薄暗く、すぐ近くにいる者の顔しか見分けは付かない。内装の詳細も、良く見えない有り様だった。メニュー表は案の定、海産物が大半を占めている。
バルベリーゴがオーダーした料理が、運ばれて来た。ニギリズシの盛り合わせとかいうのが、木製のお盆のような容器に並べられている。抜群に美味かった。ユーシンもキプチャクも、会話する事も忘れて夢中で食べた。
「あの、もし。・・少しお話をさせて頂いても、よろしいでしょうか?」
との声が聞こえた時ユーシンは、バルベリーゴが突如、女みたいな声と言葉遣いでしゃべり出したのかと驚いた。が、声の主はバルベリーゴのはずも無く、見ず知らずの女性だった。
声を発した時点では、薄暗い中に紛れて、顔の形は見分けられなかったが、
「何か御用で?」
とのバルベリーゴの言葉で、一歩こちらに踏み込んで来たところで、ようやく見分けがついた。
シャープな輪郭に均整の取れた目鼻立ちで、切れ長の瞳から放たれる眼光は力強く、唇もきりっと引き締まっている。誰が見ても美人と言うだろう。
(顔の形だけなら、お嬢様よりも美人だな。)
なんてことを、ユーシンは思ったりした。
そんな女性が、バルベリーゴの隣に席を占めて来た。まさか座って来るとまでは思っていなかったのか、バルベリーゴは少し慌てたように反対方向にずれた。
腰を落ち着け、姿勢を正したその女性は、バルベリーゴ、キプチャク、ユーシンの順に、何かを見定めようとするかの如く、じっと正面から視線を向け、一つ大きく深呼吸した後、おもむろに話し始めた。
「実は、お願いがあるのです。どうか・・」
「ああ!あんた、あの時の!」
女性の言葉を遮って、バルベリーゴが声を張り上げた。「宙賊に襲われていた船に乗ってた女人だなぁ。」
「やはり。」
と、その女人も言った。「あの時、宙賊を追い払い、私共の乗る船を助けて下さった商船の、船長様だったのですね。」
言い終わると共に軽く口角を上げ、目を細めて笑顔を浮かべる。穏やかで、温かで、それでいて威厳に満ちたものがある。一本筋の通ったような背筋の見栄えが、そんな雰囲気を醸すのか。
「ああ、そうだぁ。あの時、襲われてた船の船長と通信で話した時、モニターの端に確かに、あんたがいたなぁ。想い出したぜぇ。『ヤマヤ国』の人だなぁ。」
「私も、あの通信をモニターで拝見していて、あなた様をお見受けしておりました。」
「なんだよオヤジ。」
キプチャクが割って入った。「それならもっと早くに想い出せよ。これだけの美人、忘れねぇだろ、普通。」
「そう言われてもなぁ。通信たって、ありがとさん、どういたしまして、ってな具合の、ごく短いやり取りだったんだぜぇ。その時モニターの端っこにいただけともなりゃぁ、思い出すのも一苦労だぜぇ。というかぁ、こんだけの美人でも無けりゃぁ、思い出す事もねぇわなぁ。」
「で、お願いというのは。」
と、ユーシンは続きを促した。美人と連呼されても照れるどころか、眉一つ動かさずにじっとバルベリーゴを見る姿勢に、泰然とした落ち着きと共に、彼女が抱えるものの切実さを感じ取っていた。
「はい。お願いというのは・・。私共を助けて頂きたい、救い出して頂きたいのです。」
バルベリーゴの眼差しは、その発言を受けて、急激に沈痛なものへと変じた。
今回の投稿では、ここまでです。次回の投稿は、明日、'17/4/8 です。
この説話は、ほとんどストーリー展開には関係なく、世界観の構築のためだけに設けたような内容になり、もしかしたら退屈だったかもしれません。が、最後に、重要人物が登場しました。この「ヤマヤの美女」の事は、ストーリーを理解する上で、是非覚えておいて頂きたいです。何と言っても、ヒロインのクレアより美人(ユーシン評)なんですから。というわけで、
次回 第18話 ヤマヤの虜囚達 です。
助ける手立ての見えない人に、直接に救助を嘆願されてしまいました。どうなることでしょう。そして、「コーリク国」「ユラギ国」「ヤマヤ国」の情勢も、ちょっとややこしいかもしれませんが、今後のストーリーを楽しんで頂く為に、理解して頂けると、嬉しいです。