第16話 縮まらない距離
ぬっ、と横合いから顔を出して来たバルベリーゴが、にんまりと笑いながら尋ねた。
「で、デートってなんだよ、オヤジ!送り迎えしただけだろうが。」
「なぁにぃ!本当に送り迎えしかしなかったんなら、俺はお前にがっかりだぜぇ。」
「なんだよそれ!意味わかんねぇよオヤジ。それより、何か用なのか?突然出て来て。」
ユーシンは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「ああ、そうそう。用事があったんだ。明後日、またお使いだ。今度の行き先は、いつだったか約束した、第4惑星の第3衛星だ。」
「おおっ!あそこに行くのか!水産物の仕入れ交渉か何かなのか?」
「まぁ、そんな所だ。もう一回こいつの操縦、頼むわ。」
と言って、未だユーシンの背後にある、クレアと乗っていたシャトルを顎で指し示した。
「ああ。任せとけ。」
明後日なら未だ、クレアの香りが残っているかも、などと思った、ユーシンだった。
翌日は通常の業務だった。シミュレーターでドーリーに怒鳴られ、ニコルを手伝って「キグナス」のメンテをした後、外周壁面に降りて行って検品の手伝いだ。ニコルもそこに付いて来た。「キグナス」の幾つかのモジュールのメンテは、重力のある空間でする必要があるらしい。
「で、なに?それだけ良い雰囲気になって、個人アドレス一つ聞かなかったの?」
さっきからニコルは、昨日のユーシンとクレアの事に付いて、根掘り葉掘りだった。彼のクレアへの想いは、ニコルだけの知るところだから、キプチャクがいる前では話せない。「キグナス」の外壁のメンテをしていたときは存分に話せたが、検品作業に入ってからは話せなかった。
だが今、キプチャクが次に検査する荷を取りに行った為、ここぞとばかりに根掘り葉掘りが再開されたのだった。ユーシンはタジタジの体を来している。
「何で、個人アドレスなんて聞き出すんだよ!お嬢様はブルーハルト大佐と結婚する女人だぞ。そんな、変な誤解を招くような事、出来るかよ。」
「そんなの関係無いよ!アドレス知っておけば、いつでも話が出来るし、会う約束も出来るんだよ。」
「それが、誤解を招く事だっつってるんだよ!」
ニコルはメンテを、ユーシンは検品をして、忙しく手を動かし、カチャカチャと音をたてながら、話し続ける。
「友達として、会ったり話したりするだけだったら、良いじゃない。」
「良いわけあるか!それに、お嬢様の友達なんて分不相応だ、俺には。昨日の事でも、ちょっと馴れ馴れしくしすぎたんだ、俺。にこやかに接してもらったからって、調子に乗りすぎた。あんな風に話をして良い女人じゃなかったんだ、本当は。」
「なにそれ?お嬢様は明らかに、あんたに好意を持ってるでしょ?昨日の感じからすると。まぁ、恋愛感情かどうかは知らないけど。」
好意という言葉には、一瞬口角を上げたユーシンだが、すぐにストンと落ちた。
「お嬢さまの気持ちがどうとかいう問題じゃないんだ。たとえ誰かを熱狂的に好きになったとしても、お嬢様は機構軍の幹部に嫁がなきゃいけないんだ。未来の夫の気分を害さない為には、その誰かと仲良くなんかしてはいけない。昨日の俺だって、本当はお嬢様を諌めなきゃいけなかったんだ。俺とそんなに親しくしてはいけません、って。」
「なによそれ。結婚相手が選べないんだから、その分友達とくらい、自由にさせてあげればいいじゃない。」
「・・・ボス・クロードが言ったのは、その事なのかな?お嬢様が俺を必要とした時は、よろしく頼むって。」
少し考えるそぶりを見せた後、ニコルは答えた。
「・・そうでしょ。友達として、仲良くしてあげてねって言いたかったのよ。きっと。」
「仲良く・・?でも、昨日みたいなところ、もし大佐に見られたりしたら、お嬢様に悪い感情を持ってしまうかも知れないだろ?」
そう言うと、昨日の記憶が生々しく脳裏に浮かんで来て、ユーシンは顔を赤くした。脚がジンジンして来た気もする。
「昨日みたいなって、脚の上に座られたやつ?」
「え !?いや、別に、それに限らないけど。」
ちらりとユーシンに目をやったニコルは、否定の言葉に関わらず、その顔の色から図星を付いている事を確信したようだ。
「確かに、初めて話す男性に対するにしては、ちょっと大胆な行動だけど、そんなのを見たくらいで気分を害したりしないわよ。大佐だって、もう良い大人なんだから。」
「そうかな?害さないのかな?」
「害さないわよ。そんなに大した事でもないわよ、脚の上に座るくらい。あたしだって、あんたの脚の上に座った事くらい、何回もあるわよ。」
「そうだっけ?」
「・・・、覚えても無いのね・・。まぁ、もっと子供の頃の事だけど。」
そこからしばらくの沈黙。ユーシンもあれこれ想いを巡らしながら、カチャカチャと作業を続ける。
「でもやっぱり、アドレス知ってたらまずいだろ?そんなの知ってるのがバレたら、どんな間違いが起こっていても不思議じゃないとか、思われそうじゃないか。」
少し考えて、ニコルが答えた。
「でも、ボス・クロードは、娘の事よろしく頼むって言ったんでしょ。アドレスも知らないのじゃ、よろしくは頼まれないわよ。」
「そういう事じゃ、無いんじゃないか?ボスが言ったのは。『UF』幹部として重責を担う事に、手を貸してやれって事じゃないのか?あくまで一従業員として。だったら、アドレスなんか・・。」
「ボス・クロードがどうかしたのか?」
突如、背後から、キプチャクが話に割って入って来た。
「うわぁっ!キプチャク・・。いつの間に戻って来てたんだ !?」
不自然なまでに、驚きを露わにしてしまったユーシン。
「今、戻ったところだよ。何だよその驚きようは。なにか、俺に聞かれたらまずい話でもしてたのか?」
「え?・・いや、そういうわけじゃ」
そう言ったユーシンは、ニコルから見れば、嘘を付いているのがバレバレの真っ赤な顔をしているのだが、十分に鈍感なキプチャクは気付いた様子も無い。
「あっそう。じゃあ良いけど。」
ニコルが、ニヤニヤしながら横目で見て来るのが、癪に障るユーシンだった。
「今の銀河には『UF』のような会社が必要だから、よろしく頼むってユーシンが言われたのよ。昨日ボス・クロードに。」
「へえー。」
と、一旦は関心の無いような返事をしたキプチャクだが、
「まぁ、そうだな。任せっ切りにするには、機構軍は信用ならないからな。半軍商社の俺達が頑張らねえとな。機構軍の活動も、俺達がしっかり見張ってなきゃならねぇし、機構軍が手を出せねぇところの面倒も、見なきゃならねぇし。」
機構軍嫌いのキプチャクらしい発言だが、比較的機構軍親派のユーシンが、それに反論する気配は無い。
「確かに、機構軍も大きな組織だから、中には悪い奴も、いないはずはない。監視する目は必要だよな。それに、やっぱり大きな組織って言うのは、組織の面子とか威厳とか、そう言うのにこだわって、本来の目的を見失ってたりもするしな。」
ユーシンは昨日の、ブルーハルトのスピーチの時にモニターに映された、会議参加者たちの顔色を思い出した。大佐の発言は紛れも無く正論と思われるが、それに対する機構軍幹部達は、白けた顔をしていた。
過去の清算や被害者への補償は、絶対に必要な事なのに、公会議の場で機構軍の面子を潰すような事を言われるのは気に喰わないから、あのような態度になったのだろう。だが、モニターを見ていた一般人達の反応からしても、過去の失態に正面から向き合う姿勢を見せる事が、機構軍と「テトリア国」の関係改善には必須のはずだ。
「大佐は正しい事を言ってるのに、組織の根っこが腐っているから、組織としては正しい行動がとれないのかもな、機構軍は。」
「そうだよ。一部にはイイ奴もいるけど、機構軍全体としては、腐った軍隊なんだよ。」
キプチャクは少し熱を帯びて言った。この件になるとキプチャクは熱くなる。
「でも、やっぱり銀河の平和の為には、機構軍は必要だぜ。」
ユーシンは作業から目を離し、キプチャクを振り返って行った。
「それは俺も認めるよ。だけど、任せっ切りにする程には信用は出来ねぇ。だから俺達、半軍商社が頑張らなきゃいけねぇって話だろ?」
「・・・、そうだな。機構軍だけでは手が回らない事もたくさんあるから、俺達がサポートしなきゃな。」
少し意見のずれている2人だが、なんとなく話の決着がついた雰囲気になった。
「ボス・クロードの言う事も、もっともなのよねぇ。」
と言ったのは、ニコルだった。「人命軽視経営なんて言われているけど。誰かが命を懸けてやらなきゃいけない事が、銀河には、まだまだ多くあるのよね。」
「そうとも、機構軍だけが命を懸ければいいって訳じゃ無い。『UF』のように、命を懸ける半軍商社も無きゃ成らないよな。」
キプチャクが殊更に、偉そうぶってニコルに続いた。
「ああ、命を懸けなきゃいけない事も多いし、でも商社だから、利益を上げ続けなきゃ、存続できない。その2つを両立できる活動をして行くのが、『UF』の宿命だな。機構軍も手を出せない、でも誰かが命懸けでやらなきゃいけない、そんな事をやって、利益も確保しなきゃいけない。大変な貿易商社に入ったんだよな、俺達。」
そんな大変な貿易商社の幹部に、17歳という若さで就いているのがクレアなのだと、話しながらユーシンは思った。
(やっぱり俺が守らなきゃ、支えてあげなきゃ。それは「UF」の従業員にしかできない。ブルーハルト大佐がどれだけ血統が良くてエリートだとしても、「UF」の従業員として彼女を守り、支えていく事は出来ないんだ。バルベリーゴ達だって、お嬢様よりは先に「UF」からはいなくなるんだし、若い俺達が、いや俺が、俺こそが、一番、お嬢様を守り、支えてあげられる立場にいるんだ。)
「よっしゃあ、俺の分終わった!」
ユーシンが、検品の終えた荷をワゴンに戻しながら言った。
「馬鹿、終わってねぇよ。倉庫にまだまだあるから、持って来い。」
「まだあるのかよ。終わったと思たのになぁ。」
ぶつぶつ言いながら、ユーシンはワゴンを押して検品スペースから壁一枚隔たった通路に出た。(変態商人がお嬢様に悲鳴を上げさせた通路だな)などと、頭の片隅で思いながら。
ワゴンを押して行くと、通路の角を曲がった向うから、話し声が聞こえて来た。その弾む様な声色の主は、今のユーシンには間違えようがなかった。一昨日までは、そうでも無かったが。と、なぜかUターンしたユーシン。そのまま検品室に戻って来た。
「もう次のヤツ、取って来たの?」
と、驚くニコル。
「それ、今持って行ったヤツだろ。新しいの、取って来いって言ったんだぜ。」
と呆れ顔の、キプチャク。
ユーシンはこそこそと、ニコルの側により、キプチャクに聞こえないように小声で言った。
「どうしよう、その角の向こうに、お嬢様がいる。」
「・・それで戻って来たの?なんで?仲良くなったんでしょ?良い機会だから、アドレス聞いておいでよ。」
ニコルの言葉に、ユーシンの顔には困惑が広がって行く。
「アドレスなんか聞けるかよ!それより、どんな顔して、お嬢様の前に出れば良いんだろう、俺?」
「・・・??普通の顔でいいんじゃない?」
「普通の顔って、どんな顔だよ。普通なんて分からないよ。」
オロオロの体のユーシン。
「・・、じゃあ、昨日しゃべってた時と同じ顔でいいじゃない。」
だんだん面倒臭そうになって来たニコル。
「あれはダメだ。あんなのは馴れ馴れしすぎたんだ。あんな風にしゃべっちゃいけない、けど、黙って通り過ぎるのも、不愛想というか、失礼というか・・。」
「黙ってってのは、冷たすぎるけど・・、そうね、じゃあ、軽く会釈すれば。」
「・・・軽く会釈か。ナルホド。」
と言ってユーシンは、また通路へと出て行った。
通路を進むと、また声が聞こえて来た。
(軽く会釈、軽く会釈、軽く会釈)
と念じながら、通路の角の手前まで勢いよく歩いて来たのだが、角に差し掛かるや否や、くるりとUターン。
「また戻って来たの?」
あんぐりと口を開けて呆れ顔のニコル。
「何やってるんだよ、ユーシン。やる気あるのかよ!」
と言って、横目でユーシンを一瞬見やったキプチャクは、すぐに作業に視線を戻す。
「う・・う・、キプチャク、代わりに取って来てくれないか?」
「阿呆か。お前の分だろう。自分で行けよ。」
「う・・、そうだな。」
昨日、あれだけ親しく話をした人と顔を合わせる事に、なぜこんなにも動揺するのか、ユーシン自身も不思議でたまらなかった。だが、昨日親しく話した事こそが、クレアに顔を向けづらく思わせる原因でもあるようにも思える。
ユーシンは、またニコルににじり寄って行った。
「会釈の角度って、どのくらいが適当なんだ?」
「はあぁっ?」
開いた口をふさぐ力も出せ無い、という顔のニコルだったが、しょうがなしに会釈の見本を示してやった。「・・このくらい。」
「このくらいか?」
「そう、このくらい。」
「このくらい?」
「このくらい。」
「このくらい。」
「このくらい。」
「このくらい。」
からくり人形よろしく、2人の頭が交互に前後した。ジロリと横目で見るキプチャク。
「よ・・よし、じゃあ、今度こそ、行って来る。」
勇気を振り絞って、決戦の場に向かって行ったユーシンだった。
通路の角の所で、Uターンしたい衝動をかろうじて堪え、だが、一旦立ち止まり、会釈の素振りを10回ほどやった。そして、遂に、その向こうに、ユーシンは運命の一歩を踏み出して行ったのであった。が、誰もいない。
拍子抜けした気分で、ユーシンは進んで行く。向こうにT字路が見えて来た。直進すれば倉庫だ。ユーシンは直進しかけたが、直前で、T字路を曲がった方向から声がした。聞き違えようの無い弾んだ声。ドキッとしたユーシン。音を立てないよう細心の注意を払いつつも、急加速しながらT字路を通り過ぎた。
(なんで、こんなに、コソコソしなきゃいけないんだ。)
通り過ぎながら、横目でサッとそちらを見た。クレアは向う向きで、誰かと話をしていた。
T字路を過ぎて、ホォぉぉっ、と、肺の息を出し尽くす程のため息を付き、ユーシンは歩き出した。
(結局、顔も合わせずに、済ませてしまうのか・・。)
と、少し心残りに思う。
背後からは話し声が聞こえて来ている。内容は分からないが、当分終わる感じでは無い。という事は、当分は、クレアは振り返らないだろう。そう思うと、いても立ってもいられなかった。ユーシンはワゴンを置いて、わざわざ数メートル引き返し、T字路から素早く顔を出してひっこめ、ひと目チラリと覗き見た。滑らかな曲線を。それからようやく、今度こそ真っ直ぐに、倉庫へと歩を進めて行った。
検品の終わった荷を置いて、新たな荷をワゴンに乗せて引き返してきた時、T字路にも、検品スペースまでのどこにも、もうクレアの姿は無かった。顔を見せていれば、また昨日のような最高に愛らしい笑顔で、話しかけて来てくれたかもしれなかったものを。会いたいのに、話したいのに、どんな顔で出て行けば良いか分からなかった。
あまり親しく話したら、分不相応だとか、馴れ馴れしすぎるとか、ブルーハルトに申し訳ない気がするとか、そんな想いは、本心でありながら、言い訳でもあった。今ここで話をして、彼に見とがめられる気遣いは無いのだから。
なぜ、顔も見せられなかったのかは、結局は、よく分からない。ただ、昨日あれだけ縮まったと思った距離が、またズドーンと、絶望的な程に広がった気がした。
ユーシンは、精いっぱい平気な顔を装って、キプチャク達のもとへと戻って行った。
今回の投稿はここまでです。今週の投稿も、ここまでです。次回の投稿は、'17/4/7 です。
ユーシンとクレアの関係といい、機構軍といい、釈然としない感じばっかりさせる説話になってしまいました。進展するのか、しないのか。頼りになるのか、ならないのか。今後の展開を気に掛けて頂ければ、この上もなく嬉しいのですが。というわけで、
次回 第17話 氷塊衛星の商用 です。
物語内の移動手段や風景の描写が中心の説話になります。世界観が伝わり、壮大な景色を思い描いてもらえたらなぁと、思いながら書きました。「想像してください、宇宙に浮かぶ、でっかい生け簀・・」みたいな。少し地味な話ですが、もうじき派手な話も出てくるので、是非、お付き合い頂きたいと、思う次第です。