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第12話 船長の覚悟

 このシャトルでの移動でも、中間地点での天地逆転はあった。加速行程では進行方向側が、減速行程では出発方向側が、天になる。立ち乗りが基本のシャトル内で、乗客達は、全員が見事に宙返りを決めた。今回はノノも、片膝を着く事は無く、上手に反転着地を成功させた。

 一旦は全員が、外側から3番目にある円環の中の、一つのコロニーにやって来た。その円環は、住居コロニー多数が、列を成して形作っている。

ここから彼等は、別行動をとることになっていた。

「オーシャンコロニーに行くのか?お前達。」

 ユーシンは、ニコルとノノに向かって尋ねた。外から5番目の円環が公園コロニー群と呼ばれているのだが、その中に「オーシャンコロニー」や「山岳コロニー」や「ジャングルコロニー」等がある。「砂漠コロニー」なんていう、マニアックなものもある。

「ううん、冬山コロニーで、スノーボードっていうスポーツに挑戦する事にした。」

と答えたノノ。

「オーシャンコロニーに行くんだったら、付いて来て、あたしたちの水着姿を見たかったんでしょ?ユーシン。」

「別に。」

 そんな会話の後、2人は連れ立って去って行った。

「俺達は、オーシャンコロニーでスキューバダイビングっていうのをやるよ。」

と行った後、アデレードはファランクスと共に、リーディンググリップに引っ張られて行った。

「お前も、公園コロニーのどれかを楽しんで来たって、良いんだぜぇ、ガキィ。今日は休暇なんだからなぁ。」

と、バルベリーゴに言われたが、

「良いんだ。俺はオヤジの行く所に行ってみたいんだ。『キグナス』のパーツを作ってる工場っての、興味があるから。」

と言ったユーシンは、バルベリーゴと共に外側から10番目のコロニー群に向かう。「農工業用コロニー群」と呼ばれている円環だ。

 キプチャクは、住居用コロニーにある、いかがわしい店に行くそうだ。検品要員の中で見つけた悪友と、現地集合する予定だとか。後で聞かされるであろう土産話を思うと、今から辟易(へきえき)してしまうユーシンだった。

 工場は、広大な緑の中にポツンと立っている、小さな建物の中だった。周りの緑に比すれば、とても小さい建物であると見えたが、中に入ってみると、十分に巨大なものだった。工場コロニーという名称からのイメージでは、さぞかし殺風景で空気が汚くて水も汚染されている事だろうと思ったが、美しい緑に囲まれた清潔な工場だった。

飾り気は一切ない、白一色で統一された外観と内装だが、ユーシンにはとても居心地よく、こんな所で働くのも悪くは無い、と思わせるものだった。

「工場専用のコロニーなのに、なんでこんなに、森が広がってるんだ?オヤジ。もったいなくないのか?」

「ハッハッハ。緑なんぞねぇ工場コロニーもあるがよう、ここみたいに精密な機器を作ってる工場なんてのは、こんなもんさ。作業空間にも清浄さが求められるし、働く連中にも高度な知識や集中力が求められる。物にとっても人にとっても快適な環境じゃねぇと、出来ねぇ物作りってのも、あるって事だぁ。」

 そんな会話をしながら、工場施設へと入って行く。重力のある外周壁面の内側にある工場なので、てくてくと歩いて入って行く。

「お待ちしておりました。バルベリーゴ船長。私は出荷責任者のヤマダと言います。」

工場の従業員と思しき作業着姿の男が、彼らを出迎えて言った。「毎度、我が社のデバイスをご利用頂きまして。なんでも宙賊との戦闘で、スラスターの消耗が激しかったとか。」

「まぁ、別に、まだまだ使える状態なんだがなぁ、『テトリア』に近い宙域にまで宙賊が出しゃばるようになって来たんじゃぁ、代えのデバイスも多目に持っとかないと、やべぇかと思ってよぉ。」

 そう聞くと、ヤマダと名乗った男の表情も曇った。

「そうですか。恐ろしいですね。『テトリア国』の近くに宙賊など、めったに出没しなかったのですがね、これまでは。何かが起こりつつあるのでしょうか?」

「さあな、そんな事は機構軍にでも聞いてくれ。そっちとも取引はしてるんだろ?俺達なんざ、ただの商人だぜ。」

 そんな世間話を、しばし繰り広げた後、

「じゃあ、早速見せてもらおうか。」

とバルベリーゴが切り出し、

「はい、それでは。」

と、ヤマダも受け合ったので、目的のデバイスが出てくるものとユーシンは思った。だが、通された応接室に設えられたディスプレーに、次々に流れて来る様々な数値データ等を、バルベリーゴはひたすらに睨み続けた。

「オヤジ、何だよ、このデーターの大軍は。スラスターのデバイスをもらうんじゃないのか?」

「そのデバイスの、品質データーをチェックしてるんじゃねぇか。」

「そんなのを、オヤジがやるのか?この人たちがやったんだろ、品質確認なんて。わざわざ手間暇かけて、自分たちでやらなきゃいけねぇのか?」

「いけねぇって事はねぇが。こいつにガキ共の命、預けんだぜぇ。妥協なんてできるかよぉ。面倒でも、てめぇで確認せずにはいられねぇんだぁ。」

 数十分もかけて、全ての品質データに目を通し終えたバルベリーゴは、

「ここには、問題はねぇようだな。」

と言ったので、ユーシンは、

「じゃあ、いよいよデバイスのお出まし・・」

と言いかけたが、

「まだだよ、ガキィ。焦るんじゃねえよ。」

と、バルベリーゴに一蹴された。

「今度は、測定で生じた全データーを見せてもらおうかぁ。」

「はい。」

「はあぁ?」

 ユーシンは呆れ声をあげた。「測定で生じた全データーって、そんなんも、全部見るんか?何時間かかるんだよ。」

「アハハ、全部は見ねぇよ。だが、測定されたデーターが、全部記録に残る設定になってるかとか、良いトコ取りのデータ採用をしてねぇかとか、チェックする事は色々あるんだぁ。」

「なんだよオヤジ、この人達を、まるで信用して無いみたいじゃないか。不正行為を前提にしてるみたいだぜ。」

 恐縮した面差しで、目の前のヤマダをちらちら見ながら、ユーシンは言った。

「いえ、そうやって厳しい目で見て頂いているから、当方も良いデバイスを作って行けるのです。」

と、ヤマダは屈託なく答えた。

 そのデーターを見終えたバルベリーゴは、続けて測定機器や測定を実施した作業者の、適正等のデーターを確認し始めた。品質にほんの僅かにでも問題があったら、絶対に見逃さないという姿勢が、隣にいるユーシンにもひしひしと伝わって来た。

(これが、俺達の命を預かる事への、オヤジの覚悟ってものなんだ。)

 宇宙船の航宙指揮室で、でかい顔して指揮を執っているのが船長かと思っていたが、こんな地道な作業を人知れずやっているのかと思うと、彼の凄さに舌を巻く思いだった。

(俺の、お嬢様を守るって覚悟は、支えるっていう決意は、まだまだ、オヤジの足元にも及んで無かった。完敗だ。この人には勝てない、今の俺には。この人に学ぼう、本当の強さってものを。)

 たっぷり2・3時間もかけただろうか。ようやくバルベリーゴも納得する。

「上出来だ。やっぱりあんたのとこは、信用できる。こんだけ突っ込んで、何のボロも出ねぇとこなんて、滅多にあるもんじゃねぇ。もらって行くよ、あんたのとこのデバイス。」

「はい、かしこまりました。」

 ヤマダは慇懃(いんぎん)に頭を下げて言った。「では、明日中には、『キグナス』の係留ブースに届く様に手配します。」

「え!? 何だよ。結局、モノは見ないのかよ。しかも、自分で持って帰るわけでも無いのか。」

 まくしたてたユーシンを、笑顔で見つめ返すバルベリーゴ。

「あっはっは、当りめぇだ。あんなもん実物見たって、ただの、ややこしい形の金属の塊だ。それに、持ち運びも、素人には無理ってもんだ。着くころにはぶっ壊れてるよ。専門の運送屋に頼むし、その運送屋に関するデーターもチェック済みだ。」

「ふわー」

 もう、ユーシンには返す言葉も無かった。デバイス一つ入手するのに、自分には知らない事だらけだった。今日は付いて来て良かったと、心から実感したユーシンだった。


 その後ユーシン達は、あちこち寄り道をしながら、「キグナス」の待つコロニーに戻って来た。農場コロニーやオーシャンコロニーを、中心軸の部分から見回しただけだが、それなりに楽しめた。農場コロニーは肉眼で見る分には緑の壁だったが、望遠鏡で見ると、稲作の田んぼや野菜畑や果樹園を視認する事が出来た。

オーシャンコロニーは一面ほぼ水だらけだが、ただの水ではないらしい。ミネラルを中心に色々な物質が溶かし込まれていて、地球の海と呼ばれる大量の水たまりに、成分を酷似させているとの事。舐めたらしょっぱいなどと言う事は、ユーシンの想像の及ばない所だったが。その水だらけの中にポツリポツリと浮かぶ、島を模した、緑を(まと)う盛り土の数々は絶景だった。

ユーシンが「キグナス」のブースに戻った直後に、仲間達も続々と帰って来て、それぞれの土産話に花が咲いた。

「すごかったぞユーシン、」

最初に息せき切って話し出したのは、キプチャクだった。「地球系の女のサービスは、最高だったぜ。女の待つ部屋に入ったらなぁ、まずなぁ、その地球系の女がだな、右手のひらと左手のゆ・・・」

「冬山コロニーはどうだったんだ?ニコル、ノノ!」

 精一杯の大声を張り上げて、話題の急旋回を試みたユーシン。ノノとニコルも思いを共有していた。

「良かったよぉ!とっても。雪なんてものに触ったのも、生まれて初めてだった。冷たいの。」

 ノノは笑顔で話した。

「スノーボードっていうスポーツも、最高だったわぁ。あんな感覚、生まれて初めてだった。」

 ニコルも満足気だ。

「で、地球系の女の手のひらが、俺の・・・」

「俺の方も最高だったよ!『オーシャンコロニー』。ユーシンも上から眺めたんだってな。だが、あの海という名の水たまりの底は、別世界だぞ。色とりどりの熱帯魚とサンゴ。言葉では言い表せない美しさだったよ。」

 アデレードも声を張り上げた。

「地球系の女が・・・」

「オヤジと行った『工場コロニー』だけどよぉ!!」

 大いに盛り上がる若者達を、巨大な白鳥が静かに見下ろしていた。


 キグナスの中で眠りに着こうと、ユーシンはベルトで、ベッドに体を固定しようとしていた。無重力空間だからベルトで固定しないと、床には着けない。

 そこにバルベリーゴから通信が入った。ベッドの横の端末を操作すると、彼の顔がディスプレーに現れる。

「おう、ユーシン、今から寝るのかぁ。」

「ああ、なんかあったか?」

 ベッドに縛り付けられた状態のユーシンを、バルベリーゴは見ているだろう。

「すまねぇが、明日はちょっと、お使いを頼みてぇ。」

「お使い?」

 ベルトによる固定作業を続け、カチャカチャと音をたてながら、ユーシンは続きを促した。

「明日、機構軍と『テトリア国』の幹部の会議があるってぇ話だぁ。第3惑星の地上なんだけどよぉ。それに、うちのボスも顔出す事になったそうだぁ。急な話なんだがよぉ。」

 数日前の宴会の席で、ガリアスに聞いた事をユーシンは思い出していた。

(機構軍と「テトリア国」で、幹部同士の話し合いがあるとか言ってたけど、有力商社なんかも集めた、大きな会議を開く運びになったのか。何かが、動き出してるのかもな。)

 そんな事を内心で思いながら、ユーシンは話した。

「それで、俺がボスを送って行けば、良いんだな?第三惑星の地上か。俺、惑星の地上は初めてだな。」

「おぅ、なんだぁ、そうなのかぁ?じゃぁ、良い機会じゃねぇか。惑星の地上ってもんも、早いうちに体験しておいて損はねぇ。行ってくれるなぁ。」

 ユーシンは、少し胸が躍った。「ウィーノ星系」の第3惑星と言えば、テラフォーミングの途上で、まだ宇宙服無しで外を歩ける状態じゃないが、植物などは何種類か生息を始めている惑星だ。空気も大気圧で、そこに築かれた街も、それほど頑丈なシェルターを必要としていないという事を、ユーシンは知っていた。興味深い惑星だと思っていたのだ。

「ああ!お安い御用さ。喜んで行かせてもらうぜ、オヤジ!」

「そうかぁ。それなら、ご苦労だが頼むわぁ。明日出発で、明後日か明々後日に帰着って事になるだろうな。まぁ、楽しんで行って来いやぁ。」

 それで通信は切れ、ディスプレーも暗転した。


 翌朝、と言っても、朝日が昇るわけでは無い。住居コロニーのように、その時間帯に似合いの照明が照らされる事も、港湾コロニーでは無い。だがユーシンには、こちらの方が馴染みがある。そんな朝、部屋の照明が自分の設定した時間に点灯するだけの朝、食事を手早く済ませたユーシンは、第3惑星行きの準備を始めた。

 「キグナス」のすぐ傍にいくつか並んでいるエアロック兼駐機場に、ユーシンは向かった。彼より先に起きていたバルベリーゴの「シャトルで行け」の(げん)に従って、ほとんどが宇宙艇の入っているエアロックの中から、シャトルが入っているのを探し出した。

 徹底的に小型化・軽量化が図られて、機動性を重視した、単独で星間航行をする能力までは持たない宇宙用の乗り物が、“宇宙艇”と呼ばれ、様々な作業を行う目的で設計されている。作業には戦闘も含まれ、戦闘に特化されている宇宙艇が“戦闘艇”と、この時代、この宙域では呼び習わされている。

 逆に、軽量化が徹底されておらず、機動性よりも、人や物資を多く輸送する目的で造られている宇宙用の乗り物が、シャトルと呼ばれているのだ。単独で星間航行が出来るような乗り物は、宇宙船という事になる。

 今回の輸送業務は、人を数名送り届けるだけだから、さほどの輸送力は必要ないが、機動性などはもっと必要無かった。宇宙艇はキグナスへの資材搬入やパイロットの訓練等、他に使う用事が色々あるのだ。

「というわけで、今回はただのお使いだから、シャトルになるわなぁ。」

 ひとり呟きながら、脱気されていないエアロックのハッチを開け、シャトルに乗り込み、シャトルの基本的なデイリーメンテナンスシーケンスをなぞり始めた。これまで「テトリア国」内で、人員等の輸送を本職として来たユーシンだから、慣れた作業と言える。気分も楽なものだ。

「送るのは、まぁ2・3人ってところか。ボス・クロード1人ってわけは無いから、秘書官1・2名も同伴するだろう。これで、第3惑星の軌道上施設に行って、そこから地上へは専用の往還機があるから、ただの(かばん)持ちをやるんだろうな。」

 鞄持ちでも、惑星の地上の土が踏めるのなら、願ったり叶ったりのユーシンだった。

 キグナスの操船より、遥かに慣れた手さばきでシーケンスを消化して行く。サクサク進むから気分も良い。集中力も俄然(がぜん)高まり、近づいて来た人の気配が、すぐ背後に至るまで気付きもしなかった。

 ようやく感じ取った気配に、ユーシンは振り返ろうと、無重力中でふわふわ浮いている体を、周囲の壁などを上手く使って反転させながら、

「ボス・クロード、お早いお着きで・・」

と言いかけた時、突如、世界が縦回転した。

「あら、ごめんなさい。お父様では無くて。私も同行する事になりましたのよ。」

 明るく弾んだ声がエアロックに響き渡るのを、ぐるぐる回転する世界に翻弄されながら、ユーシンは聞いた。


今回の投稿はここまでです。今週の投稿も、ここまでです。次回の投稿は '17/3/24 になります。

ちょっと面倒臭い描写だったかもしれませんが、世界観の構築上、必要だと思って書いた説話です。共感して頂ける読者や、想像を膨らませて頂ける読者がおられたら、嬉しいのですが。後、あの人があの人に急接近して、本説話は終了しました。もちろん、あの人です。というわけで、

次回 第13話 ユーシンとクレア です。

あの人って、言っておいて、名前出しているし。でも、分かり切ってるから、良いか。第3惑星まで、片道12時間という設定にしてあります。12時間も、あの人とあの人が・・まだ、「あの人」言ってるし。ご注目頂きたいです!

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