第11話 虜囚の受難
1週間程、港湾コロニーに缶詰の日々が続いた。寝泊まりも港湾内の簡易な宿泊所か、もしくはキグナスの中だった。時には数か月に渡って宇宙を旅し続ける航宙商船だから、当然キグナスの中には、長期間の宿泊に耐え得るだけの設備が整っている。
ユーシンの操船技術もめきめきと上達し、最初の頃にドーリーに怒鳴られまくっていたような操作は、もう簡単にこなす事が出来るのだが、クリアーしてもクリアーしても新しい課題が次々に与えられ、やはり怒鳴られまくりながら、取り組まなくてはならなかった。いささかうんざりのユーシンだったが、守るべき人を守る為だと、その度に気合を入れ直して精進していた。
「ようやく休暇にたどり着いたって感じよね。あー、長かったわぁー、この一週間。」
ニコルは大きく伸びをしながら、誰にともなく言った。シャトルは音も無くコロニーから滑り出す。
「お疲れ様。でもみんな健康。仕事に負けてない。」
ぐんぐんと加速し、今出て来たばかりのコロニーが見る見る小さくなっていくのを横目に捕えながら、ノノが応じた。
「あっはっはあー。お前達、よくやってるぜぇ、ガキ共。思いの他なぁ。」
バルベリーゴの必要以上の大音声は、シャトル中に響き渡っているようだ。何事かとこちらを振り返る、見知らぬ人もいる程だ。
「俺が一番よくやってるだろ、オヤジ。この5日で何万点の検品をした事か。」
「どーだかな、キプチャク。お前の場合、作業量は多いが、アホでもできる簡単な仕事ばっかりだからなぁ。」
「それを言うなよ、オヤジ。検品なんてそんなもんだろう。だから俺、検品要員なんて嫌だったんだ。ユーシンやアデレードみたいに、華やかに宇宙空間を飛び回る活動もしてぇよ。」
と、唇を尖らせるキプチャク。
「そうね、『キグナス』を目にする事すら、稀だったもんね、キプチャクは。何かずっと重力のある外周壁面にいたような感じだったね。」
「そうだぜ!俺まだ、一回も白鳥の中に入ってねえんだからな。この中で唯一。ほとんど港湾施設員だぜ。」
「そうなのか?キプチャク。」
アデレードが、驚きの顔で話に加わった。「一回くらい入る機会はあっただろう。5日もあったんだから。」
「ねえよ。このオヤジが次から次へと、検品の荷を持ち込んで来やがるからさあ。キグナスのある軸部分に上がる事すら、ほとんど無かったぜ。重力の底に沈められっぱなし。」
「アデレードは、すっかり宇宙艇も自由自在に操れるようになって、毎日楽しそうに飛び回ってるよね。」
と、ニコル。クセの強い赤毛のボブ頭が、背の高いアデレードを仰ぎ見る。宇宙空間を飛んでいるが、シャトル内は今、無重力では無い。加速しているから。
「楽しそうにって事は無いよ。訓練なんだから、毎日必至だよ。」
「でも一昨日は、第4惑星まで行ってた。」
ノノも、青味がかった黒髪を揺らし、アデレードを見上げて言った。
「なにぃ!もう、そんなん、小旅行じゃねえか!オヤジ、不公平すぎるぞ。」
バルベリーゴに飛び掛からんばかりの勢いで、まくしたてるキプチャク。
「あっはっは。文句ばっかり言ってんじゃねぇよ。大変だったんだぞ、アデレードは。小旅行なんて、のんきなもんじゃねぇ。そうだなぁ、アデレード。」
アデレードを見るバルベリーゴの目は、眩し気だ。
「そうだぞ。10G近い重力に何十時間耐えたと思ってるんだ。途中何回か意識もぶっ飛んで、死ぬかと思ったんだからな。命懸けの、滅茶苦茶過酷な訓練をやってたんだぞ、お前がぬくぬくと検品やってる間に。」
「ぬくぬくってなんだよ!せめて黙々って言え!」
「ハハハ。しかしアデレードは素質のあるパイロットだよ。」
と、口を挟んで来たのは、アデレードの相棒兼教官のファランクスだった。宇宙艇は基本的に二人乗りだ。呼吸を合わせる事が重要なので、一度コンビを組んだらそう簡単に代わるものでは無い。「最初から第4惑星にたどり着けた奴なんか、数えるほどだ。何回も途中でリタイアする事を繰り返して、ようやく完了できる訓練なんだぜ、第4惑星往還は。」
「うん、直後のメディカルチェックでも、問題なかった。良い身体。」
と言ったのはノノ。
「そうは言ってもよぉ、こいつらには適わねえだろうがなぁ。」
といって、バルベリーゴが振り返ってみたのは、アドリアーノだった。宇宙保安機構軍兵士であり、「1-1-1戦闘艇団」の団員である彼も、偶然このシャトルに乗り合わせていた。「こいつらなんざぁ、20Gで100時間飛び続けたりしやがるからな。」
「それは大げさですよ、元少将。」
ガッシリとした、いかつい体格に似合わず、恥ずかし気にアドリアーノは頭を掻く。「でもまあ、10Gで50時間位は、機構軍の戦闘艇団員としては、必須の力量ですね。」
「そうか。俺、まだまだだな。もっと頑張らないと。」
そう言って、アドリアーノを見つめるアデレードの眼差しは熱い。
「地球系の人だったら、死んじゃうね。そんな過酷な条件。やっぱり機構軍って、地球系人類が主体となって作った軍隊だといっても、宇宙系の兵士でもってるようなものなのね。」
ニコルの発言に、また頭を掻きながら応じるアドリアーノ。
「そんな事は無いよ。まあ、戦闘艇団のパイロットとしては、地球系より宇宙系の方が、適性が高いとは、言えるかもしれないけど。戦闘艇だけじゃ無いからね、機構軍は。」
「その中でも『1-1-1』ともなれば、もっと過酷な条件に耐えなければならないでしょ。20Gで100時間は大げさだとしても。」
ニコルも少しうっとりした視線で、アドリアーノを見上げる。ファランクスといい、宇宙艇乗りは皆、体格が良いから、ニコルやノノは見上げっ放しだ。
「こいつらは化け物だよ。」
と毒づいて見せたキプチャクだが、アドリアーノを見る視線には羨望の色も混ざっているようだ。「元宙賊の部族出身なんだろ。何千年も、過酷な条件での暮らしに堪えて来た種族なんだろ。体の作りが違うんだよ、俺達なんかとは。」
「そうか。」
キプチャクの発言を受けて、アデレードは考え込むように言った。「元宙賊の血が流れてないと、『1-1-1』は勤まらないのかな。」
「そうとは限らない。」
アドリアーノはアデレードを真っ直ぐに見て言った。この2人の身長に大差は無い。「過去には宙賊と無縁の団員もいたよ。さすがに地球系はいなかったけど。」
「それにだなぁ。」
バルベリーゴも口を挟んで来た。「お前が、元宙賊の部族出身じゃないとも、言い切れねぇんだぜぇ。諦める理由なんて、どこにもねぇんだ。やれるだけやってみろ。駄目だったところで、お前の居場所はここにある。失うもんなんて、ねぇんだぜぇ。」
新入りの5人は皆、宇宙の孤児だったのだ。親が誰か、出身がどこか、誰にもわからない。地球系人類である可能性は、限りなく低いといえるだろうが、ゼロでも無い。
「うん、第4惑星往還をあっさり成功させた実力を見ても、宙賊の血が流れている可能性は、高いと思う。少なくとも、パイロットとしての適性が高い事は間違いない。」
そう言ってファランクスは、アデレードの肩を叩いた。オヤジと相棒の相次ぐエールに、アデレードの背筋がしゃんと伸びた。
「それにしても、第4惑星に行ったって、羨ましいな。」
「そうだぜ。やっぱり不公平だ。」
ユーシンとキプチャクが相次いで不満を述べると、
「分かったよ、ガキィ。そのうちお前達にも、第4惑星に行く機会を作ってやらぁ。」
「おっ!マジか!オヤジィ!やったぜ。おいユーシン、何しようか?第4惑星で。」
飛び上がって喜ぶキプチャクに、アデレードは言った。
「そっちこそ羨ましいぞ。俺はただ行って帰っただけで、何もしてないんだからな。」
「あっはっはっは。どいつもこいつも、不満の多いガキどもだぜぇ!」
そう言って笑うバルベリーゴは、この上も無く楽しそうだ。
「何しようって・・」
ユーシンはキプチャクの言葉に応じて言った。「いかがわしい店には行かないぞ、俺は。変な事をしに行きたいんじゃないんだ。変態商人じゃあるまいし。」
「そう言えばあいつ、何してるんだろうな?あの『蒼白美女』と。どんな変態行為をしているんだろ?」
と言ったキプチャクは、アデレードの方を振り仰いで訪ねた。「第4衛星の近くは通らなかったのか。」
「通ったぞ。」
「なんか、それらしい兆候は見受けられなかったのか?」
「あるわけ無いだろ。第4衛星の数千キロ先をかすめて飛んだだけだ。そんな所から見分けのつく変態行為って、何なんだよ。」
「でも、1億㎢が必要な行為をやるって、言ってたんだぞ。あの変態商人は。」
「もーやだー、キプチャク。こんな人混みの中で、恥ずかしい話しないでよねぇ。ねえ、ノノ。」
「うん。これ以上言ったら、第4惑星行きは取り消し。」
女子2人の口撃に、口をへの字に曲げて黙り込んだキプチャク。
「第4惑星と言えば、」
と、アデレードが話題を変えて言った。「オヤジが助けた船に乗ってた、『ヤマヤ国』の捕虜達も、第4惑星にある奴隷商人の本拠地に留め置かれてるんだったよな。牢獄にでも繋がれているのかな。」
「いや、そんな事は無い。」
と教えたのはアドリアーノだった。「第4惑星の第3衛星に彼らはいるが、衛星内であれば自由な行動が認められていて、取りあえずは快適な生活を送っているようだ。」
「ほう、機構軍の方でも接触したのかい?」
と尋ねたのは、バルベリーゴ。
「はい。地球連合と同盟契約を結んでいる『ヤマヤ国』の者達なので、機構軍としても救出の可能性を探っていたのですが、どうにも・・。宙賊に捕縛されたのが『ユラギ国』に派遣されていた時の事だと言いますし、更に、奴隷売買が合法な『テトリア国』の中に入った後では、我々機構軍には、手出しをする術も無いのが現実です。宙賊に関する情報収集という事で、何とか接触だけは、果たせましたが。」
「そうか、いくら同盟関係にある『ヤマヤ国』の人達でも、同盟関係に無い『ユラギ国』で起きた宙賊行為の結果、捕虜になったんじゃ、機構軍は手出し出来無いんだな。せめて『テトリア星団』域に入る前だったら、連合の奴隷禁止の法を盾に、身柄の引き渡しを要求できたかもしれないけど。」
と、ユーシンも言った。
「やっぱり、『コーリク国』とやらに、売り飛ばされる運命なのかい?」
と言うバルベリーゴの表情は、心配に曇った。
「その国で、奴隷として、強制労働とかさせられるの?」
と、ノノも心配そうに尋ねた。
「うん、『コーリク国』に売られるのは確実そうだね。そして、奴隷をして働かされるどころか、向うに連行され次第、処刑される可能性が高いようだ。」
「ええっ !?」
ノノの表情が心配から悲しみに変わり、一同の表情も急速に曇った。
「どうして?『コーリク国』って、どういう国なの?高いお金を出して買った捕虜を処刑して、何の意味があるの?」
ノノの言葉は悲鳴に近かった。
「宙賊を裏でけしかけ、『ユラギ国』を襲わせていたのが、『コーリク国』のようなんだ。」
と、アドリアーノは教える。更に続けた。
「宙賊が捕えたのが、地球連合と同盟関係にある『ヤマヤ国』の者だと、売り捌いてしまった後に気付いたようだ。そして、機構軍が介入して来る事を恐れた『コーリク国』は、証拠隠滅の為に、『ヤマヤ国』の捕虜達を消す事にしたのだろう。」
「『コーリク国』は、」
アドリアーノの後を継いで、ファランクスが話した。「『ユラギ国』への侵略を以前から画策していると言われていたよね。でも、連合と同盟関係に無いとはいえ、表立っての『ユラギ国』への侵略行為は、機構軍の介入を招きかねない。だから『コーリク国』は、自分達で手を下さず、宙賊を利用する事にしたんだろうね。」
「うん。」
再びアドリアーノが語り出す。「機構軍が本気で介入すれば、『コーリク』の軍を壊滅させるのはた易いからね。絶対に機構軍には介入されたくないんだ、『コーリク国』は。そんな時に宙賊が、連合と同盟している『ヤマヤ国』の者達を捕虜にして、売り捌いてしまったと知ったから、『コーリク国』は慌てたんだろう。機構軍の介入を招かないという戦略が失敗に終わりそうだからね。」
「それで、『ヤマヤ国』の捕虜を買い取って、処刑して、機構軍介入の論拠を消し去ろうとしているわけか。『ヤマヤ国』の捕虜達には災難だよな。『コーリク国』と『ユラギ国』のいざこざに巻き込まれて、命を落とすなんて。」
と言ったのは、キプチャクだった。
「でも、『コーリク国』は『ヤマヤ国』への侵略も画策しているらしい。同じ『キークト星団』内の国だからな、三つとも。」
と、アドリアーノは更に教えた。
「つまり、『キークト星団統一国家』を樹立し、その首魁に収まろうっていうのが『コーリク国』の最終目標ってわけかぁ。連合と同盟してる『ヤマヤ国』を侵略するには、先に『ユラギ国』の征服を完了して、機構軍が『ヤマヤ国』救援に向かうルートを遮断してしまう必要があるってわけだなぁ。」
と、バルベリーゴは言った。
「そして、『ユラギ国』への侵略を機構軍に邪魔されない為に、宙賊を使って『コーリク』の名が、表に出ないようにして来た。同盟関係にない『ユラギ国』が宙賊に荒らされているだけなら、救援要請が無い限り、機構軍は出て行けなから。だけど、『ヤマヤ国』の者が捕虜になった事が明るみに出れば、やはり機構軍が出てくるかもしれないから、買い取って殺す事にした。殺してしまえば、『コーリク国』の企みに関する証拠は無くなり、機構軍は出て行けないから。」
と、ユーシンも話を整理するように言った。
「そういう事なら。このままじゃあ。」
ノノは心配でたまらないという表情で語る。「救出できなければ、『ヤマヤ国』の人達は殺されちゃうし、『ユラギ国』も『ヤマヤ国』も、『コーリク国』に侵略されてしまうのね。」
「まあ、全ては噂程度の情報だから、そうなると決まったわけでは無い。」
と、ノノをなだめるように言ったアドリアーノだったが、「でも、そうなる可能性は高いし、『コーリク国』の『ヤマヤ国』侵略の企みに関する証拠がない限り、機構軍も動けない。『ユラギ国』が侵略されてしまう前に『ヤマヤ国』侵略を企んでいる証拠を見つけないと、『ヤマヤ国』への侵略も阻止できない。その有力な証拠があの捕虜達だけど、救出する手立ては見つからない。」
と、苦しい現状を認めざるを得なかった。
「このままその捕虜達が『コーリク国』に売られて行って、殺されてしまえばよぉ、『コーリク国』の野望の阻止は、難しくなっちまうなぁ。」
と、バルベリーゴも重い口調で言った。
「なんだよ。機構軍って、肝心な時に役に立たねえんだな。同盟関係の国を、守る手立てがねえなんてな。」
そんなキプチャクが付いた悪態に対し、アドリアーノは、
「その通りだよ。機構軍の一兵士として、歯がゆい限りだ。何とか救出の可能性を探っては見るが。」
と、沈痛な声色で言った。
「何をしんみりしてやがるんだぁ。そんなのは『1-1-1』の任務じゃねぇだろう。お前らは戦闘艇で突撃して行くのが仕事だぁ。そんな難しい交渉事や法律問題は、他の奴等に任せりゃぁ良い事だぜぇ。」
アドリアーノを元気づけようとするバルベリーゴ。「お前らも、あんまりそういう事を、深刻に背負ったりするんじゃねぇぜぇ。この宇宙にゃぁ、可愛そうな奴や残酷な話は、星の数ほど転がってるんだぁ。それにいちいち真剣に悩んでたら、身が持たねぇ。『キークト星団』の行く末なんざぁ、俺達が心配してどうにかなる問題じゃねぇ。あんまり気にするなぁ。まぁ、『ヤマヤ国』はウチのお得意さんでもあるが、数ある得意客の一つにすぎねぇ。」
そう言ってノノの頭を撫でたバルベリーゴの手つきは、乱暴な言葉づかいとは裏腹に、限りなく優しいものだった。
今回の投稿は、ここまでです。次の投稿は、明日'17/3/18 です。
「ヤマヤ国」の虜囚達の過酷な運命が語られました。ユーシン達には、会った事もない赤の他人だし、遠くの国の出来事です。とはいえ、間接的には関わりが出来た人達でもある。何かしてあげられるのでしょうか?どこまで気に留めれば良い事なのでしょうか?ユーシン達と共に、読者様にもそんな気持ちを抱いて頂ければ、うれしいのですが。というわけで、
次回 第12話 船長の覚悟 です。
中空浮遊都市の風景、バルベリーゴ船長のこだわり、そして、あの人があの人に急接近!? ご注目頂きたいです!