プロローグ
4作目の投稿です。前作までは、1回で全話を投稿しましたが、連載形式の方が、多くの人の目に触れやすいのかと思い、今回は連載にします。週2回くらいを目途に投稿していく所存です。初回投稿では、プロローグと1話・2話、2回目の投稿で3話・4話を投稿し、その後は、週2回、金曜日と土曜日に、1回の投稿につき1話ずつアップして行こうと思っています。
作者の手元で、既に物語は完結し、若干の推敲を残すのみの状態ですので、尻切れトンボになることは懸念せずに、安心して読み進めて頂きたいと思います。半年以上1年未満で、完結にたどり着くことになるでしょう。
注) 作品中「オールトの海」との記述が出て来ますが、正しくは「オールトの雲」でした。お詫びして訂正致します。いつの間にどうやって「雲」が「海」に変換されたのか皆目見当もつきませんが、本作品執筆中ずっと間違っていたようで、「オールトの海」の記述が何度も登場します。すでに投稿してしまった分はあまり訂正したくないのが作者の方針で、間違えて投稿した、という事実を今後の反省のために記録に残しておくという自戒の意味も込め、本編の訂正は致しません。
読者様に間違った情報を提供してしまい、また混乱を与えてしまったかもしれません。深くお詫び申し上げます。
おびただしい量の土や木々が、頭上を漂う。木造のプレハブ小屋のようなものも、幾つも、ふわふわと空中を泳いでいる。一見すると静止しているようだが、ずっと見ていると、じわりじわりと動いている事が分かる。
サーチライトが照らし出した部分のみ、その様子が見て取れるが、照らされていない部分でも、空はどこもかしこも、そんな状態のようだ。
真っ暗でほとんど何も見えず、闇の濃淡から微かに感じ取れる気配で、サーチライトで照らされている部分と同じような状態が、そこにも存在する事が知れるのだった。
サーチライトに照らされている部分においても、明かりは十分とはいえず、かろうじて土や木々や小屋が、薄暗い中に視認出来るだけなのだが、それらは確かに、空に浮かび、頭上を漂っているのだ。
それでも大半の建物は、建造当初から“大地”と一体化しているから、“地上”に留まり続けている。大地と一体化していない装飾物を取り払われたそれらの、何と無機質で不愛想な外観である事か。金属製の“大地”に溶接され、固定された、鉄筋コンクリートの建造物が並ぶ光景とは、ため息を禁じ得ぬほどに無味乾燥としたものだった。
空を照らすサーチライトよりも、弱々しく冷たい色の街灯に照らし出される事で、建造物のそのような印象は、いっそう助長されているのだろう。
遠心力が生み出す疑似的な重力の束縛から解放され、自由に空中を泳げるようになったもの共を頭上に見上げ、それでもなお“大地”に縛り付けられているもの共を、足下の地面の延長に見つめ、エリス少年は歩き出した。
てくてくと歩き出した。両の足を交互に繰り出し、“大地”を踏みしめて、歩いた。
周囲では、物理的に“大地”に固定されていないものは、全て空中を漂っている。それを横目に見ながら、エリスはてくてくと歩いているのだった。薄暗い地面に、長い影を引きずって。
「もう、本当に、すっかり廃墟だね、ここは。かつて大都市の中心地として、整然とした美しい街並みを誇っていたなんて、信じられないよ、父さん。」
「そうか。まあ、そうだろうね。帝国軍の攻撃で命脈を断たれ、それ以降、誰も手を加える事が無かったわけだからね。重力は、もう働いて無さそうかい?重力じゃ無くて、遠心力だけどね、本当は。」
父は、恒星エウロパの放つ燦燦たる陽光の差し込むリビングで、読みかけの本のページをめくりながら、そう応えた。窓の向こうにふと目をやると、青い空と碧い海の間を、心地良さ気な風に煽られた白い雲が、ゆっくりと流れて行く。
「コロニーの回転は、すっかり止まってしまっているみたいだね。完全に無重力だよ。昔は山だったらしい大量の土が、頭上一面に浮かんでいるんだ。森を形作っていたと思われる木々も、その土の間に、いっぱい、無数に見えているよ。」
「そうか、コロニーが回転していれば、その外周壁面は遠心力によって“大地”の役を与えられるのだけど、回転が止まってしまったら“大地”は消失して、物体は全て、無重力中を彷徨う事になるね。」
エリス少年は、てくてくと歩を進め、頭上に浮かぶもの共を見つめながら、父の言葉を聞いていた。よそ見をして歩くものだから、“大地”に固定された建物の外壁が、いつの間にか眼前に迫って来ていた。
「うわっ!ぶつかる!」
と叫んだ瞬間、彼は建物の中にいた。「わぁ、壁をすり抜けちゃった。もうここは展示室の中だ。壁をすり抜けて、横入りしちゃったんだ、僕は。」
きょろきょろしながらそう呟くエリス。薄暗かった外とは打って変わって、発光する天井の真っ白な明かりに、建物内は照らし出されている。
「ちゃんと順番通りに見たいから、入り口から入り直そう。」
少年は、もう一度壁をすり抜け、外に出た。空に浮かぶ土や木々が、視界に戻って来る。
「あはは、よそ見して歩いても転んだりはしないけど、変な場所から建物に入ってしまう事になるんだね。」
と笑いかけながら、父は息子に目をやった。遠隔散策装置の上を歩く、エリス少年が目に映った。
歩く、と言っても、足の動きに合わせて床の方がスライドして行くので、エリス少年の体は、一つ所に留まったままだ。
「やあ、入り口が見えた。さあ、ここから入ろう。」
少年はずんずんと歩を進めていくのだが、父の目に映る愛息は、どちらにも進んではいかない。
「あ、これは、宇宙保安機構軍時代の戦闘艇だ。父さん、戦闘艇が展示してあるよ。あっちには、同時代に民間が使ってた宇宙艇もある。外見は、あまり変わらないね。」
おはじきを大きくしたような、分厚くて丸みを帯びた、楕円状の円盤がエリス少年の眼には映っていた。長径は7~8m、短径は4~5m、厚みは2m程だろうか。
「そうだろうね。戦闘艇というのは、宇宙艇の一つの種類だからね。宇宙空間で色々な作業をこなす乗り物が宇宙艇、使用目的が戦闘に特化されたものが戦闘艇と、その当時は呼ばれていたからね。」
「あ、2人分の座席がある。こっちにあるのは、噴射口だな。この時代は、プラズマイオンスラスターが使われていたんだね。まだ、無限落下航法は、発明されていない時代だものね。メインとなる大きなやつと、方向転換用の小さなやつがあるよ、父さん。」
興味津々のエリスは、戦闘艇の周りをグルグルと歩き回ったり、上から下からのぞき込んだりと、様々な角度から観察した。
「何万光年も離れたところにあるものを、こんな風に自由自在に、好きな角度から眺められるんだから、この遠隔散策装置は便利だよね。」
自宅のリビングで、およそ6万光年先にある古代遺跡であり博物館にもなっているコロニーの中を、エリスは散策しているのだ。コロニー内の空中の、至る所に、無数に散布されている、肉眼では見え無い程小さいナノマシーンが、コロニー内の全ての場所の、全ての角度の映像を捕え、そのデーターを電波として送り出しているのだ。
電波はワームホールを経由して、ほんの数分の誤差で6万光年を飛び越え、エリスのもとへと届けられている。少年が眼球上に装着しているコンタクトスクリーンに、その映像は映し出されているのだ。今、彼には、彼のいるリビングルームの景色は見えておらず、彼の体の動きに連動して流れて行く、6万光年先にあるコロニー内部の景色のみが、見えているのだ。
遺跡の中を自由に歩き回り、見たい場所を見たい角度から見る、という事が、自宅に居ながらにして実現出来ているのだった。この時代の技術の成果だ。コロニー内は無重力でも、少年の体には、エウロパ星系第3惑星の重力がかかっているので、てくてくと歩くことが出来ているのだ。
「この戦闘艇に乗って、銀河の平和の為に、宇宙保安機構軍の兵士達は闘ったんだね。カッコ良いなぁ。」
少年は、目をキラキラに輝かせながら、そんな感想を述べる。コンタクトスクリーンを装着していても、その目の輝きを、父は見る事が出来た。
「まあ、正確に言うと、銀河の平和の為じゃ無くて、」
父は若干の補正を試みる。「地球連合と同盟関係にある国の、安全と利益を守る為だけどね。同盟関係に無い国やその国民は、宇宙保安機構軍の保護の対象にはなっていなかったのだからね。」
10歳の少年に、そんなシビアな現実を告げるのはどうかという意見もあるだろうが、父は愛息に、出来るだけ正確な知識を与える事を優先したかった。
「そうか。銀河連邦とは違うものね、宇宙保安機構は。銀河連邦軍みたいに、銀河全体とか、そこに暮らす人々みんなの為に闘ったりは、しないんだよね。」
「うん。銀河連邦も、今ある第3次銀河連邦は、全銀河、全人類をその保護の対象として活動しているけど、第1次の銀河連邦は、加盟している国とその国民のみを保護する事を、使命としていたんだ。その当時で、およそ人類の3分の1に当たっていただろうと考えられている。そして、銀河連邦の前身ともいうべき宇宙保安機構というのは、地球連合が個別に同盟関係を結んだ国々とその国民のみを、保護の対象にしていたんだね。」
「地球連合って、」
エリス少年は、依然として6万光年先の戦闘艇を観察しながら、父に問いかける。「人類発祥の惑星である、地球にあった国の集まりの事だっけ?」
父は、体を預けているソファーの横にあるサイドテーブルから、ティーカップをつまみあげ、紅茶をずずっと啜って口を湿らせてから、愛息の問いに答えた。
「地球上の国だけでは無かったのだよ、地球連合というのは。地球が属した星系である、『太陽系』内の独立宇宙国家や、『太陽系』外の地球系人類が創った星系国家や星団国家も、地球連合に含まれていたんだ。」
「あ、そうか。それらの、地球系人類が創った国どうしが、遠く離れた星と星を渡って貿易とかをする上での、安全の確保の為に、宇宙保安機構を作ったんだったよね。」
ようやく少年は、戦闘艇の観察に一区切りつけ、別の展示室を目指して歩き始めた。6万光年離れたところにある、廃墟となったスペースコロニーが博物館に改装され、コロニー内にある建物の更に内部が、様々な遺物の展示場とされているのだ。
エリス少年が見物しているこの瞬間にも、何万人もの人が同じように、この博物館を見物しているのだが、少年は誰一人、人間というものを見かける事は無い。見物人は皆、それぞれの自宅などから遠隔散策装置を使って、この博物館の展示物を見物しているのだ。実際に人間が入るのは危険だという事で、こういう公開の仕方がされているのだ。
「そうそう。宇宙保安機構軍っていうのは、地球連合に属する国々が、自分達の身を守るために創った軍隊だったのだね。宇宙系人類の中に、他人から物を強奪する事で暮らしを立てているような人達が、沢山いて、そういうのから身を守るための軍隊が、必要だったのだよ。」
「知ってる。宙賊って呼ばれていたんだよね。宇宙の盗賊だから、宙賊。銀河のあちこちに住み着くようになった、地球系の人類は、そんな宙賊に襲われる事が増えて来たから、宇宙保安機構軍を作ったんだったよね。あ、あっちには、レーザー銃が展示してある。機構軍が使ってたやつかな?」
エリスの足取りは早くなる。そんな少年を横目で見つつ、父は話を続けた。
「宇宙系人類は、1万年前に地球上で起こった戦争の惨禍から逃れて、宇宙に散って行った、数百万と思われる人々の末裔だけど、長らく宇宙を流離う暮らしを送る内に、誰かから物を奪う事でしか暮らして行けない人達も、大勢出て来てしまった。そんな人達が、宙賊と呼ばれるようになった。」
父は、窓から見えるエウロパ星系第3惑星の海の、その彼方に視線を遊ばせつつ、時の彼方に想いを馳せる。そして、言葉を繋いだ。
「1万年前の戦争で壊滅状態になった地球が、数百年の時を経て再興された。その後、宇宙系の人達に千年以上遅れて、地球に残った人々の末裔も、宇宙に出て行く事になり、地球系人類と呼ばれるようになる。そして、銀河に広く定住先を見つけて行くにつれ、宙賊に襲われる事が増えて来た。だから、地球連合という地球系人類同士で助け合う為の組織や、宇宙保安機構軍という宙賊などに対抗する為の軍隊を創った。」
「でも、宇宙系の人類は、皆が宙賊だったわけじゃないんだよね。ちゃんと自分達で必要なものを造り出せる、平和的な国も、幾つも創ったんだよね。地球連合は、そんな宇宙系の国と同盟関係を結び、協力して宙賊から身を守ろうとした。だから、宇宙保安機構軍は、そんな同盟を結んだ国をも守る軍隊になって行ったんだったよね。あっ!あっちの建物には、『テトリア国』軍の戦闘艇が展示されているって、書いてある。行って見よう!」
エリスは、そちらに歩を進めた。
「ほう、『テトリア国』軍の戦闘艇も展示されているのか。まあ、でも、それは当たり前か。今エリスが見ているのは、『テトリア国』の首都である、『ウィーノ星系』にあった宙空浮遊都市の遺跡なのだからな。」
「そうだよ。ヘラクレス回廊群の第1回廊と第4回廊が交差するところにある星団国家、『テトリア』の首都星系『ウィーノ』だよ、この遺跡があるのは。だから、『テトリア国』軍の戦闘艇があるのは、当たり前だよ。」
エリスが装着しているコンタクトスクリーンには、また頭上に浮かぶ土や木々が映し出されていた。一旦建物から出て、別の建物に向かっているのだ。宙空浮遊都市「ウィーノ」の遺跡コロニーの中の複数の建物が、古代遺物の展示場になっているのだ。歩きながら、エリス少年は話を続けた。
「この『テトリア国』も、地球連合と同盟関係にあった国で、『ウィーノ』には機構軍の基地もあったんだよね。それが、銀河連邦が設立されると、連邦のヘラクレス回廊群方面の本部が置かれ、その千年後には、銀河連邦全体を統括する総本部が、地球から移転して来て、ここに置かれるようになったんだ。」
「でも、『テトリア国』が連合と同盟を結び、機構軍の基地を受け入れるようになったのは、機構軍の2千年の歴史の中でも、最後の50年くらいになってからだったのだけどね。それまでは、『テトリア国』は、連合との同盟や機構軍の駐留を拒んでいたのだよ。」
「えぇ?そうなんだ。どうして?どうして『テトリア国』は機構軍を拒んだりしたの?当時、宇宙保安機構軍は、銀河最大かつ最強の軍隊で、とても頼りにされていたんでしょ。」
ようやくたどり着いた、「テトリア国」軍の戦闘艇が展示されている建物の入り口を潜りながら、エリス少年は問い返した。
「その理由として、色々な事が考えられているのだけども、例えば、『テトリア星団』に起こった紛争に機構軍が介入した結果、多くの『テトリア星団』の住民を、機構軍が虐殺してしまうという事件も起こっている。そういった出来事の結果、『テトリア国』はなかなか、宇宙保安機構軍を信用出来ず、受け入れられずにいたらしいんだ。」
「そんな『テトリア国』が、機構軍の発展形である銀河連邦軍の総本部になったのだから、歴史って不思議なものだよね。」
遠隔散策装置の上で、小走りになったり、背伸びして遠くを見ようとしたりしている愛息を、目を細めて眺めながら、父は説明した。
「そうだな。でも、まあ、『テトリア国』は、銀河でも有数の人口密集宙域であるヘラクレス回廊群の中でも、特に中心的な、戦略的要衝に位置する国だからね。そこが連邦の総本部になるのは、自然な流れだったとも、言えるんだよ。」
「そうだった。ヘラクレス回廊群は、6本ものスペースコームが寄り集まった、銀河の中でも人口の集中しやすい環境にある宙域だったんだよね。その中でも、スペースコームが交差するところにある『テトリア』国は、要衝地として名を馳せているよね。」
「そうだね。宇宙に筋状に存在する、空間の歪みであるスペースコームの中でのみ、人類はワープという移動手段を使う事が出来る。何千光年、何万光年という距離も、スペースコームでのワープを使う事で移動出来るのだが、そのスペースコームが6本も集まっていれば、その中で人々は、とんでもなく広い範囲を、自由に行き来出来るようになる。自然と、ヘラクレス回廊群には、古くから人が多く集まるようになった。」
「うん。平行に並ぶ4本のスペースコームを、1本のスペースコームが串刺し状に貫いているんだよね。その4本を貫く1本がヘラクレス第1回廊と呼ばれ、南北に、1万光年以上に渡って長く伸びているんだよね。そして4本の平行に並ぶスペースコームは、東西に長く横たわっていて、内側から順に、第2、第3、第4、第5回廊と呼ばれているんだよね。第6回廊は第3回廊だけと、端っこの方で交差している。」
知識を披露しながらエリス少年は、きょろきょろと辺りを見回す動きだ。「テトリア国」軍の戦闘艇が、なかなか見つからないらしい。
「おおっ、エリス。銀河における東西南北も、すっかり憶えてしまったようだね。」
「そんなの簡単だよ。銀河中心方向が北、銀河の円盤の端の方向が南、銀河標準上下の上に頭を向け、北に向かって立った時に右側になるのが東、左側になるのが西だよね。」
身振り手振りを銜えて、銀河の東西南北を説明するエリスの動きは、「テトリア国」軍の戦闘艇を探す動きと混ざり合って、くるくる、じたばた、といった、滑稽なものとなった。それを見た父は、思わず笑みをこぼしたのだった。
「凄いぞエリス、よく憶えたな。」
「えへへ・・、あっ、あった!『テトリア国』軍の戦闘艇だ!」
駆け足になったエリスを見つめながら、父は語り続けた。
「そして、『テトリア国』はヘラクレス第1回廊と第4回廊の交点に位置することから、古くより要衝地として発展して来たんだ。」
「これがその『テトリア国』軍の戦闘艇かぁ。」
またもエリスは、ぐるぐると展示物の周りを回り、上から下から、それを覗き込んでいる。
「すごく発展した国だったんだよね『テトリア国』は。」
動き回りながら話し続けるエリス。「今、僕が見ているこのコロニーも、宙空浮遊都市の中心にあったコロニーだけど、かつては百数十基というコロニーが密集した、とてつもなく巨大な宙空浮遊都市だったんだよね。でも、今は、それらのコロニーも散逸してしまって、今僕のいるコロニーしか、見つけられていないんだよね。」
「ああ。かつては、多数のコロニーが並んで形作る円環が12本もあり、それらの、大きさの違う12の円環が、中心を共有しつつ1カ所に集まっているという、とんでもない大きさの宙空浮遊都市だったそうだ。」
「今、たった一基しか残ってない状態からは、想像も付かないね。それに、3千年も昔に、そんな巨大な建造物が、宇宙に浮かんでいたっていうのも、驚きだよね。」
「その巨大都市が、同じ『ウィーノ星系』にある第3惑星のテラフォーミングの完成と共に、そちらに重要施設や人口を奪われて行って徐々に衰退し、遂には、銀河の暗黒時代を招聘することになる銀河帝国によって破壊され、住民も根こそぎ連れ去られた。帝国による支配から銀河が脱した後も、人々は第3惑星の方ばかりに住み着き、かつて繁栄を極めた宙空浮遊都市は、二度と都市として復活する事は無かった。百数十基もあったコロニー群も、人の手が加えられなくなると、徐々にその軌道が逸れて行き、宇宙の彼方へと飛び去って行って散逸し、今となっては、どこにあるのかも分からない有り様となった。」
「じゃあ、この宙空浮遊都市が最も反映していたのは、銀河連邦の設立前後って事になるのかな?」
「そうだな。銀河連邦の設立と、その拠点のヘラクレス回廊群への移転という出来事が、この都市の衰退に繋がったといえるから、連邦の設立前後、つまり、宇宙保安機構軍が銀河連邦軍に生まれ変わろうとしている時期が、この都市の絶頂期だったと言えるだろうな。」
エリスは、再び宇宙保安機構軍の戦闘艇の前に来た。一度見た場所へは、マーキングしておけば一瞬で移動出来る。実際に移動しているのではなく、映像を見ているだけだから。
「やっぱり、機構軍の戦闘艇が、一番かっこいいなぁ。宇宙保安機構軍か。3千年もの遥かなる昔に、同盟国の安全と平和を守るために闘った軍隊。やっぱりかっこ良いよなぁ。ねえ父さん、機構軍の闘い振りを教えてよ。機構軍にまつわる話を聞きたいよ、僕。」
「そうだな。銀河連邦は機構軍の後に出来た組織だから、連邦にも多くの資料が残されているのだが、やはり、外部の組織に残されている資料の方が、より信憑性が高く、広範な情報が残されている事が多いんだ。」
「確かに、自分達に関する情報を残す場合は、自分達に都合の良いものを選んで残すだろうけど、外部の組織が残す情報は、そういう選別を受けずに残されたものの可能性が高いもんね。」
「だから、今日は、宙空浮遊都市『ウィーノ』が絶頂期だった頃に活動していた、ある貿易商社が残してくれた資料を基に、宇宙保安機構軍の闘いを検証してみようか。」
父は、右手のフリップでキーボードを呼び出した。手の動きが、彼の体内にあるマイクロコンピューターへのコマンド入力になっていて、彼の眼球上に装着されているコンタクトスクリーンには、彼の胸の位置辺りにキーボードが浮かんで見えるような画像が、投影されているのだ。
そのキーボードを叩いて、彼は必要な資料を呼び出した。実際には、キーボードは存在せず、指の動きを体内のマイクロコンピューターが感知して、コマンドの内容を理解しているのだ。
「3千年という遥かなる昔、宙空浮遊都市『ウィーノ』を本拠地に活動していた、宇宙貿易商社『ウニヴェルズム・フォンテイン』。それが保有していた、何百もの宇宙商船の内の一つで、同社のエース格だった宇宙商船『ウォタリングキグナス』。その商社の業務日誌や商船の航宙日誌を紐解く事で、宇宙保安機構軍の闘いぶりも見えて来る。特に、機構軍の中でも最強のエリート集団としてその名を轟かせていた、『1-1-1戦闘艇団』についても、これらの資料の中に、詳細な記録が残されている。」
「うわぁ!『1-1-1戦闘艇団』!」
そう叫ぶと、エリスも右手のフリップで遠隔散策装置をオフにした。「知ってるよ、僕。聞いた事がある。遥かなる昔に、銀河中にその名を轟かせた最強軍団、宇宙保安機構軍の中のエリート集団、『1-1-1戦闘艇団』.聞きたいよ、彼等の話を。知りたいよ、彼等の闘い振りを。教えてよ父さん。」
突如自宅リビングに舞い戻ったエリスは、そう言いながら父のもとに駆け寄り、ソファーの空いているスペースにすとんと腰を落とした。
「よし、じゃあ、記録を紐解いて行こうか。『ウニヴェルズム・フォンテイン』と『ウォタリングキグナス』が残してくれた資料から。」
父の言葉を皮切りに、歴史の泉からは時があふれ出し、流れ出した。少年の心は、その永遠なる時の流れに溶け込み、遥かなる過去からの波動に、共鳴して行くのだった。