煙&愛&愛(スモークアンドラブアンドラブ)/【Farfetch'd】 ネギ愛好家
この度は素敵な企画に参加させていただき、本当にありがとうございます。
他の方の素晴らしい作品に埋もれてしまいそうですが、誰かの心に少しでも残っていただけたら幸いです。
趣味丸出しですが――、
何かに依存している女の子って、儚くて、つい守ってあげたくなりますよね?
我が家のお姫様は、毎日僕の布団に忍び込んでくる。
ふと目を覚ますとまだ深夜であった。起きて感じるのは、彼女の柔らかな手の感触。目を開けると、隣には彼女専用のベッド。もちろん蛻の殻。
毎晩毎晩、一回り以上歳の違う女の子が自分の布団に潜り込んでくるなんて、33歳独身男子の精神衛生上あまりよろしくはない。羨ましいと思うだろうけれど、手を出したら最後、犯罪者として逮捕されてしまう。つまり生き地獄。
再び眠りにつこうとするも、なかなか睡魔は訪れてくれなかった。それもそうだ、目の前に愛くるしい美少女が無防備に横たわっていて、冷静でいられるはずもない。仕方がないので、一服してクールダウンすることにした。
隣で寝ている彼女は毎日、僕の手に顔をくっ付け、しがみつく様に眠っている。そんなお姫様の、白く壊れてしまいそうな細い指先を、僕は起こさないように、壊さないようにゆっくりと剥がしていった。
「んっ……」
僕の掌が顔から離れていく瞬間、僅かに悲しそうな、縋るような声がした。人形の様に長いまつ毛の先端が揺れる。起こしてしまったかと一瞬焦ってしまうが、我が家のお姫様はまだ眠ったままであった。
「よし……」
ほっと一息をつくのもつかの間、すぐに異変に気が付いてお姫様が起きないように、枕を顔の近くに置いておく。時間稼ぎにもならないだろうが、何もしないよりかはましだろう。テーブルに置いてある煙草を取ると、抜き足で僕はベランダに出た。
――ふぅ……
やはり今日も美味しくもない。夜の爽やかな空気に、僕の口から吐き出された煙草の煙が広がっては消えていった。
僕の日課。しかし未成年が布団の上で寝ている為、部屋では吸えないでいた。我が家なのに、隅に追いやられるこの切なさの何たるや。
二本目の煙草が吸い終わる頃、寝室のほうから叫び声が聞こえた。
「あー! 茂さん、また抜け出してる!なんで、いなくなっちゃうかな~」
どうやら姫が目覚めてしまったようだ。それもカンカンに怒って。彼女はバタバタと慣れた足取りで僕の所までやってきた。
お姫様の名前は、愛という。兄の子供である。子供といっても、戸籍上だけで妻の前の旦那との間に出来た子供である。つまり、僕とは血の繋がりのない、赤の他人。けれど、戸籍上は姪っ子。
彼女の両親、つまり僕の兄夫婦は事故にあって亡くなっている。義理姉の両親もすでに他界しており、うちの実家が子供を引き取っていた。今はいろいろあって同居人なっている。
煙草を携帯吸い殻に入れ、ベランダから出るとお姫様がお待ちかねであった。
「あのな、毎回毎回言うけど、僕の布団に潜り込んでこないでくれる?」
「だって、そうじゃないと眠れないんだもん」
「けどな、若い女の子が大人の男の人の布団に潜り込むなんて……、その――、破廉恥だろ?」
「アレレ~、茂さんは、こんな幼いJCに欲情するんですか?」
「ぐっ――。そ、そんなわけないないだろ」
「だって、茂さんはヘタレだけど、優しい紳士だもんね」
薄暗い部屋で彼女が笑う。色々あって一緒に住むようになって一カ月。毎日の様に繰り返してきたやり取りだが、草食男子の僕は、この小悪魔なお姫様には敵わないでいた。誰に似たのだろうか。
何も知らない第三者がこの光景を見たら、どう思うのだろう。親子に見えるだろうか、無理をして恋人同士に見えるというだろうか。それとも未成年を誘拐した幼女趣味の犯罪者か。
残念ながら全て違う。親子でも恋人でも、誘拐してきたわけでもない。しいて言うなら、野良猫に懐かれた、とでも言えばいいのだろうか。なんせ独身男子と血の繋がっていない姪っ子。喫煙者と未成年。関係性を見いだせ、と言う方が酷というものである。
「ヘタレは余計だ」
僕が彼女の頭を軽く小突くと、彼女が手探りで僕の手を掴んできた。
そして彼女の高く、すらっとした鼻に、僕の手の甲を近づけ、そっと鼻から息を吸った。
――すうぅ……。
その光景を、その行為を僕は止めることができなかった。月明かりが彼女の頬を青白く照らす。彼女の鼻腔に、僕の手の匂いが染み込んでいく。当然、香るのは先ほどまで吸っていた煙草の匂い。どこか官能的な、背徳感に似た快感が走る。
「ふふふ。やっぱり、この匂いが落ち着くなぁ……」
大きく、けれどゆっくりと息を吸いこんだ彼女は、手の甲から鼻を離し、惚けた表情でそっと息を吐いた。そんな大人っぽい表情に、僕は思わず頬を赤らめてしまう。
しかし、彼女はそんな僕に気が付かない、気付けない。
これが彼女の精神安定剤。彼女はこの匂いがないと、今は生きていけないのだ。だから、これは彼女と僕を結ぶ、大切な儀式。
「ふあぁぁ~」
すると彼女は落ち着いたのか、大きく欠伸をかいた。それもそうだ、今は真夜中である。子供が起きていて良い時間ではない。
「ほら、寝室に戻るぞ」
「ふぁ~い」
欠伸交じりに応える彼女の手を引きながら寝室に戻る。今度はしっかり、彼女をベッドに寝かせて。
すると、彼女は眠りにつく前に尋ねてきた。
「ねえねえ、なんで茂さんは煙草を吸うの?」
「ずいぶんと恥ずかしいことを聞いてくるね」
「恥ずかしいことなの?」
それは思い返すと恥ずかしい、若い頃の過ちの記憶。
「昔ね、好きな先輩が煙草を吸っていていたんだ。それで、お近づきになりたくて、真似をしたんだ。ちょっと変わった銘柄を吸っていて、色々苦労して探して同じ銘柄を吸ったりして。まあ、その先輩には違う好きな人ができたみたいで、その恋はかなわなかったんだけどね。それ以来、ついついやめられなくて、今はれっきとしたヘビースモーカーだ。下心有り有りの、吸うフリだけのはずだったんだけれどね」
それが、今は亡き君のお母さんだとは言えないでいたが。そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼女は煙草を吸う真似をした後にこう言った。
「ふふふ。じゃあ、私も大人になったら、煙草吸おうかな。煙草って美味しいの?」
「美味しくないよ。むしろ不味い。身体にも害があるし、ロクなもんじゃない。愛ちゃん、君は絶対にすっちゃあ駄目だ」
僕がそう答えると、なぜか彼女は不機嫌になってしまった。
「ブ~、それじゃあ説得力がないよ」
「それもそうか」
先ほど見た、僕の手の甲の香りを嗅いだ彼女の表情は、かつて恋した女性の顔にそっくりであった。きっと大きくなったらあの人の様に綺麗な人になるのだろう。日に日に美しく大人になっていく彼女に、僕はこれからもっとドギマギさせられるのかもしれない。
「……」
この感情を一体なんと呼ぶのだろうか。愛というには弱く幼く、父性と呼ぶには強いこの感情の名は。今はまだ、その感情の名はわからない。けれど、彼女が一人で歩ける様になるまで、僕は彼女を支えていよう。そう、僕は誓った。
それまでは、彼女は僕の布団に夜な夜な潜り込んでくるのだろう。僕の手の匂いを嗅いだりするだろう。それでも、僕は支えていく。なんたって、彼女の大切な忘れ形見なのだから。
「茂さん、じゃあ大人になったら私が付き合ってあげるよ」
「えっ?」
「ははは、なんて声を上げてるの。茂さん、本当にヘタレだね」
どうやら、からかわれたようだった。この子猫の様に身勝手で、小悪魔の様に意地悪で、けれど愛らしい姪っ子には本当に敵わない。
先ほど吸った煙草の煙は、天国まで届くだろうか。届いていたら、どうかこのヘタレな僕の背中を叩いてください。煙の様に揺らいでいる僕の心を。
「はやく、大人にならないかな……」
「ん?」
「なんでもないよ、おやすみなさいっ――」
――これはどこにでもある、煙と愛と、愛の物語。
はじめましての人が多いかとは思いますが、ネギ愛好会と申します。作品を読んでいただきありがとうございました。
現在、書き慣れていないファンタジー物しか書いていないせいか、こうして恋愛物を書くとなると新鮮で、筆が乗りに乗ってしまいました。
(えっ?シュレディンガーの鴨葱って企画でSS書いていたって?)
あれはポエムだからノーカンですよ、ノーカン(笑)